挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
辺境の老騎士 作者:支援BIS

第1章 古代剣

28/184

第5話 仇討ち(後編)




 3

「さ、山賊だあ〜〜。
 誰か、助けてくれ〜〜〜!」

 あんなすさんだ街の近くには、兇賊も多いかもしれんな、とバルドが思いをめぐらせた矢先、そんな声がした。
 ここは山中である。
 もう日は陰りかけている。
 谷川のほとりに降りて、食事とねぐらの支度をしようとしたところだった。
 襲われている旅人は、行商人のようだ。
 谷川で水を飲んでいたのだろうか。
 一人の山賊が、山刀のようなものを振り上げて襲い掛かっている。

「これはいかん。
 助けてやりましょう」

 と、ゴドン・ザルコスが言った。
 声がうれしそうに聞こえるのは気のせいだろうか。
 二人が斜面を駆け下りようとすると、何かを振り回して投げる音がした。

  スリングかの?

 自身も少年の日にスリングが得意だったバルドは、すぐにそう気付いた。
 何かが盗賊の腹に当たったようで、盗賊は腹を押さえて足を止めた。
 そこに三人の影が走り寄った。
 三人とも何か武器を持っているようだが、距離もあり、薄暗くなっていることもあって、はっきり何かとは分からない。
 だが三人が盗賊に飛びかかって攻撃すると、すぐに盗賊は倒れて動かなくなった。

 そうか。
 あの三人の姿が見えたから、旅人は助けを求めて叫んだのか。
 ところが、旅人は三人に感謝するどころか、石を拾って投げつけ、荷物を抱え直して街のほうに逃げて行った。
 あまりといえばあまりの仕打ちに、

「や、何ということをするのか!
 命の恩人に対して、なんとけしからんやつだ。
 それにしても、あの三人、連携の取れたよい動きでしたなあ」

 と、ゴドンが言った。
 バルドの思いも、まったく同じである。
 バルドとゴドンは、三人に近寄った。

 近寄ってみて、驚いた。
 三人とも、ひどく年取っていたのだ。
 男が二人と、女が一人。
 三人とも、とても小柄だ。
 やせ細り、顔も体もしわだらけで、骨が浮き出ている。
 野人の着るような、毛皮を継ぎ足したぼろを着ている。
 髪の毛は白く、ざんばらで、至るところで抜け落ちている。
 栄養も足りないのだろう。
 皮膚の色は黒くどろどろに汚れている。
 三人は用心深く、近寄っていったバルドとゴドンを見ている。

「お前たち、よくやった。
 今の旅人を助けてやったのだな。
 よい動きだった。
 だが、今の男はひどいな。
 助けられた礼を言うどころか、石を投げつけて逃げて行った。
 今の男とは何かあったのか?」

 そうゴドンが話し掛けると、三人はほっとした様子をみせた。

「いえ。
 わっしら、山ん中に住まいいたしおりやして、あん(しと)とは会うたこともございやせん。
 こんななりでごぜえやすから、里の(もん)は、わっしらを見かけると、(やま)(じい)が出た、(やま)ばあが出たちゅうて、怖がっては石を投げよりますんです」

「それは難儀なことだな」

「いえいえ。
 そんなではごぜえやせん。
 わっしら、いつもはずっと奥の山ん中に住まいいたしおりやすから、それでよろしいんで。
 里の(もん)が寄って来んで、逃げてくれたら、ありがてぇんで」

「ははは。
 そうか、そうか。
 ところで、その盗賊は死んだのか」

「へえ。
 間違えのう死んでおりやすんで。
 使える(もん)を剥いで、埋めてやりてぇんでやすが、よろしゅうござんしょうか」

「おお、それは殊勝じゃ。
 われらも手伝おう」

 バルドとゴドンは、盗賊の埋葬を手伝った。
 三人の老人は、盗賊の武器とわずかな荷物は自分たちの物としたが、着物は脱がせなかった。
 盗賊を埋めたあと、三人はひざまずいて手を合わせて祈った。

  この者たちがどういう素性の者にせよ、死者の霊魂を拝むことを知っている。

 と、バルドは思いながら、自らも死者の魂の安心を祈願した。
 そのあと、バルドは三人の老人を夕食に誘った。
 三人は、驚きながらも相談して、その誘いを受けた。




 4

「こ、これが酒っちゅうもんでごぜえやすか?
 何ともかんとも、うんめえもんで。
 ありゃ。
 なんやら、ええこんころもちになってきやした。
 (おお)にい。
 (ちい)にい。
 お酒さんちゅなあ、おいっしいねあ」

「わっしも、酒ちゅうたらもん、初めて頂きやしたんで。
 へえ。
 何ともかんとも、不思議なもんで。
 こりゃ、死に土産でやすなあ」

「こっちのんは、鹿肉のくんせい、いいましたか。
 うんめえもんで。
 うんめえもんで。
 ああ。
 ありがてぇあなあ」

 ぱちぱちとはぜるたき火を囲んで、五人は夕食を取った。
 鍋にかけたスープができるまで、バルドは荷から次々と食料を出して、老人たちにふるまった。
 ザルコス家でたっぷり上等の保存食をもらったので、旅の途中にしては豪華な品ぞろえだ。
 酒を振る舞ったところ、生まれて初めて飲むとのことで、ずいぶん楽しそうにしている。
 三人は兄妹だったようだ。
 妹の老婆など、ひどく小柄なこともあって、珍しい食べ物に目をくりくりさせ喜びはしゃいでいる様子は、まるで子どものように無邪気だ。
 声もしわがれてはいるが、聞き慣れてくると愛嬌のある声だ。
 老婆がとりわけ喜んだのは、干しぶどうだ。
 ザルコス家は、三種類の干しぶどうを持たせてくれた。
 一つは、薄緑色。
 一つは、紫がかった赤。
 一つは、少し赤みのある黒。
 それぞれ味が違う。
 甘くておいしい干しぶどうだ。
 老婆は、一粒を口に入れては歓声を上げ、一粒を口に入れては兄たちに感激を語った。

「酒を初めて飲むだと?
 その年になって。
 信じられん。
 農民でも祭りには酒を飲むだろうに。
 その腰につけた水袋には、酒が入っているのではないのか?
 えらく大事そうにしているが」

「へえ、お武家様。
 違いやすんで。
 これにはまあ、仕事で使う汁が(へえ)っておりやすんで」

 鍋が小さいので、一度に五人分のスープは作れない。
 ところが、三人の老人は、ひどく小食だった。
 遠慮しているのではない。
 いつも食べる量が少ないため、胃の腑が小さくなってしまったのだろう。

「それにしても、お前たち。
 盗賊を攻撃した動きは見事だった。
 武芸の修行をしたことがあるのか?」

「いえいえ、とんでもねえこって。
 わっしら、山ん中で獣をはあ、追い回しよるばっかりで。
 へえ」

 と、ゴドンの問いに答えながら顔の前で振る手は、ひどく汚れて傷だらけだが、年のわりには大きく、しわもあまりない。
 三人は早々に寝付いた。
 三人身を寄せ合って眠りこける姿はほほえましい。
 仲の良い兄妹だ。
 若いときからずっとそうだったのだろう。
 しかし、寝ていても警戒心は解けていない。
 バルドやゴドンが動きをみせると、ぴくりと反応している。

 翌朝、日が昇る前に三人は立ち去った。
 バルドは目覚めていたが、寝ているふりをした。
 三人は何度も何度もバルドとゴドンを拝んでから、トゥオリム領の方角に歩いていった。




 5

 ゴドンが起きると二人は出発した。
 昼前にはゴザに着いた。
 ガンツに部屋を取って体を洗ってから食事を取った。

「それにしても、伯父御は気前が良すぎる。
 あんなうまい物を次から次へと」

 ゴドンは、妹夫婦が心づくしに持たせてくれた食料を、惜しげもなく老人たちに振る舞ったことが、やや不満なようだ。

「あの老人たちの風体にもびっくりしましたが、もう匂いのひどいことといったら!
 鼻が曲がるかと思いましたぞ。
 あんな匂いの近くで食べたのでは、せっかくのうまい物も台なしでしたな。
 しかも、ご自分の器で飲み食いさせるとは!
 気持ち悪くないのですか」

 なぜあの老人たちに馳走する気になったのか、と自分の胸に聞いても、バルド自身はっきりした答えは持っていない。
 助けた旅人から邪険にされるのを見たとき、ああ、気の毒にと思った。
 せめてよくやったと声を掛けてやりたいと思った。
 近づいて姿を見ると、まことにみすぼらしい老人たちだった。
 人の心配などしている立場ではないような風体だった。
 それが、自分たちの身を危険にさらして旅人の危機を救った。
 金品が目当てだったのなら、旅人が殺されてから盗賊を殺せばよかった。
 そうしなかったということは、三人の老人が義侠心から行動した、ということだ。
 だがその行動には報いがなかった。
 ならばせめてわしが腹一杯食べさせてやろう。
 それが、この場にわしが居合わせた意味だ。
 自分の心の動きをバルドはそのように整理したが、わざわざ口にしてゴドンに伝えることはしなかった。

「おいおい、た、大変だぜ!」

 突然ガンツに飛び込んで来た男が大声を出した。
 食事をしていた客たちの注目が集まる。
 男は、ガンツの主人の知り合いらしく、主人のほうに近寄って、大声で告げた。

「隣のトゥオリム領の領主のやろう、とうとう殺されやがったぜっ」

 客たちからどよめきが上がる。
 一番大きく反応したのは、ゴドン・ザルコスだった。
 何っ!と大声を発すると、飛び込んで来た男を無理矢理自分たちの席に座らせ、

「どういうことだっ。
 詳しく話せ!」

 と詰め寄った。
 男はあたふたしながら、ガンツの主人が差し出した水を飲み干し、一息ついてから話し始めた。

「いえね、旦那。
 仇討(あだう)ちなんでさあ。
 仇討ち」

「仇討ちだと?
 材木商の息子がやったのかっ」

「ざ、材木商?
 いえ、そうじゃねえんで。
 エンバのガキどもなんで」

「エンバ?
 誰だ、それは」

「六年前に殺された親分なんでさ。
 人情に厚く、腕っ節の強い、そりゃあもう男っぷりのいい親分でしたねえ。
 領主様の護衛に斬り殺されて、その女房なんかは、そりゃもうむごい目に遭わされたんですけどね。
 十二を(かしら)に三人の子がいやして、その子らが山ん中に逃げてたらしいんでさ。
 それが、今日、街を見回ってた領主様の前に現れて、われら義人エンバの子、父の志を継ぎ無道の領主を討つ、ってたんかを切ったんだそうです。
 あたしゃ、その場にはいなかったんですけどね。
 そりゃもう薄汚い格好だったってことでさあ。
 とんでもなくしなびてるんで、見たやつはてっきりじじいとばばあだと思ったって言ってまさあ」

「老人にみえる三人組だと?
 そ、その三人が、あの護衛二人に勝ったのか?」

「いえ、そうじゃねえんで。
 二人の老いぼれ、じゃなくて子どもが、それぞれ護衛に飛びつきやしてね。
 しばらくしがみついて、動きを止めたんだそうですぜ。
 そのあと切り殺されちまったんですけどね。
 そのあいだにもう一人が領主様に斬りつけて。
 その一人も殺されたけれど、領主様の手に傷を付けたんだそうで。
 そしたら、領主様は、おっ死んじまったんだそうなんでさあ」

「では、護衛二人は生き残ったのか?」

「いえ、そうじゃねえんで。
 組み付いた二人をすぐに引きはがして、ばさっと切り捨てたそうなんで。
 そりゃもう、すげえ血しぶきが上がったってことで。
 返り血を浴びた二人の護衛のお武家様は、苦しみだして、すぐに死んだそうでさあ」

 そこまで聞いて、バルドの脳裏にひらめくものがあった。
 昨日三人からただよってきた強烈な匂い。
 その中に、何かは分からないが覚えのある匂いがあった。
 そうだ。
 あれは腐り蛇(ウォルメギエ)の毒液の匂いだ。
 目に一滴入れば目が潰れ、口に一滴入ればたちまち命を落とす猛毒。
 魔獣の動きをさえ鈍らせる三つの毒の一つ。
 その匂いだった。
 あの水袋の中身は腐り蛇の毒だったのだ。

 あの三人は、首に何かを巻いていた。
 寒さをしのぐためだと思っていたが、そうではなかった。
 あれは、よくなめした革に(あぶら)か渋汁を塗り込んだ物だったのではないか。

 相手が必ず喉首を浅く切ってくると分かっていたら。
 そこを一瞬だけ守れれば、懐に飛び込むことができる。
 さらに腐り蛇の毒液の入った袋を首に巻き付けておけば。
 攻撃してきた護衛はその毒を浴びることになる。
 領主に斬りつけたという武器にも、毒が塗ってあったはずだ。

  そうか!

 昨夜、三人は殺した盗賊を埋めた。
 埋めなければ、毒で死んだ死体だと分かってしまう。
 それはあと一日だけ秘密でなければならない。
 だから埋めたのだ。

 それにしても。
 あの恐るべき手練れ二人に組み付いて、わずかな時間とはいえ動きを止めるというのは、たいしたものだ。
 どれだけの修練を積んだら、そんなことができるのか。
 武術も何も知らずに育っただろう十二歳の子どもと、その弟と妹は。
 山にこもってどんな月日を送ったのか。
 獣を相手にどれほどつらい修行を積んだのか。
 人並みの楽しみを何一つ知ることもなく。
 戦い方を教えてくれる人もなく、何らの武器も持たない身で。
 三人は工夫に工夫を重ね。
 宿敵を葬る方法を練り上げたのだ。
 木の根をかじりながら、まるで百年も生きた年寄りにみえるほどの苦労をして。

 しかも、何たる見事な口上か。
 恨みのためとも、親の(かたき)とも、三人は言わなかった。
 父の志を継いで、無道の領主を討つ。
 何という見事な物言いか。

 バルドは身が痺れたような感動と言いようのない悲しさを覚え、ずいぶん長いあいだ身動きもしなかった。
 ゴドンも同じだった。
 やがて、少し湿った声でゴドンが言った。

「十八歳といえば、わが甥と同じではないか。
 その妹といえば、わが姪と年も近かろう。
 あんなつまらん物を、うまいうまいと。
 死に土産だなどと大げさに喜びおって」

 しばらくして、ぽつりと言い足した。

「もっともっとうまい物、たくさん食べさせてやりたかった」




7月28日「月魚の沢」に続く
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ