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辺境の老騎士 作者:支援BIS

第1章 古代剣

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第4話 壁剣の騎士(後編)《イラスト:ゴドン》

 




 5

 「まいった!」

 響きわたる大声で、ゴドンが負けを宣言した。
 対するバルドも、大いに汗をかいている。
 無理もない。
 今日八回目の試合なのだ。

 ザルコス家に滞在して五日目になる。
 二日目に、ゴドンが遠慮がちに稽古をつけてもらいたいと申し出てきたが、肩の調子が思わしくなかったので断った。
 ゴドンも、初めはそれ以上無理もいわず、バルドに領内を案内した。
 メイジア領は、山に囲まれた谷あいにある、八つの村からなる。
 特筆するような資源も産業もないが、平和で美しい。
 人々が助け合って生きている様子がみてとれる。
 そして領主のゴドンは、領民から好かれている。
 ゴドンの姿を見ると、誰もがうれしそうに声を掛けてくるのだ。

 夜になると、ゴドンとユーリカとカイネンとともに晩餐を取る。
 地元で取れた食材を趣味良く調理した皿が、ほどよい数供される。
 バルドの食欲を確かめながら、ちょうど食べきれるほどの量を出してくれるのだ。
 接待とは余るほど料理を出すことだという考え方を、バルドは嫌う。
 だから、ザルコス家のもてなし方は気に入った。
 大いに気に入った。
 そのことを言うと、

「わが家の初代は、誰かがむさぼれば誰かが飢える、領民のうち一番貧しい者が今夜何を食べたか想像せよ、と言い残しました。
 ここ二百年ばかりは領民から餓死者を一人も出していないのが、ザルコス家の自慢なのですわ」

 と、ユーリカが言った。
 そして、

「でも、お客様に存分におもてなしできるだけの蓄えはございます。
 バルド様。
 どうか心ゆくまでわが家の味をお楽しみくださいませ」

 と、付け加えた。
 なるほどザルコス家の家産は豊かに違いない。
 長年のあいだに蓄えたのだろう。
 そうでなければ、壁剣のような馬鹿げた武器は作れない。
 あの鉄の塊だけで、一財産だ。
 鉄の全身鎧というものも、非常に高価なものだ。
 城の調度も、良い品が使われている。

 ザルコス家は名家である。
 なにしろ、その始祖は、遙かな昔にオーヴァ川の東に初めて植民したという〈はじめの人々〉の一人なのだ。
 そして、魔獣の大量発生による〈大崩壊〉を生き抜いた家でもある。
 神話時代にもひとしいそんな大昔のことなど確認のしようもないが、そのように広く信じられている。
 話がそのことに及ぶと、ユーリカは、

「バルド様。
 〈はじめの人々〉は、どこから来たと思われますか?」

 と尋ねてきた。
 オーヴァの西からであろうのう、とバルドが答えると。

「そういわれていますね。
 でもね、バルド様。
 わが家の言い伝えでは、逆ですの。
 〈はじめの人々〉の子孫が、オーヴァの西の国々を作ったというのです。
 とすると、〈はじめの人々〉は、どこから来たのでしょうね。
 ね。
 不思議な伝えでございましょう?」

 古い家には、いろいろと不思議な言い伝えが残されているものだのう、とバルドは思った。
 ユーリカも、夫のカイネンも、常識豊かで心配りのできる人物だ。
 特にカイネンの博識には驚かされた。
 若いころに旅をして見識を深めたのだという。

「旅はよろしいですな。
 旅は。
 人を育てたければ旅に出せ、というのは本当ですなあ。
 はっはっは。
 私も旅をしたいものだ」

 とゴドンは笑った。
 鎧を脱いだゴドンは、ずんぐりしていて、あまり筋肉質にはみえない。
 人のよさそうな人相をしていて、話しぶりも天真爛漫といってよい。
 これほど腹芸のできそうにない人物も珍しい。
 まことに素直で善良な心を持つ武人であり、バルドはゴドンが大いに気に入った。

 三日目の晩餐には、ゴドンの従兄弟が同席した。
 ザルコス家には、四人の騎士がいる。
 ゴドンと、カイネンと、ゴドンの叔父とその息子だ。
 カイネンとユーリカの息子は現在他家で騎士見習いをしており、娘はパルザム王国で行儀見習いをしているという。

 カイネンはいわゆる文人騎士で、騎士としての一応の修行は積んで叙任は受けたが、武芸は得手ではない。
 だが騎士位を持たないと、いざというときに家臣の指揮ができないし、他家との交渉にも不自由する。
 だから騎士位を持たせたのだ。

 ゴドンの叔父と従兄弟は、城から少し離れた場所に屋敷を持っている。
 叔父は遠くに用務で出ているとのことだ。
 従兄弟の騎士は、無口なたちらしく、周りのにぎやかな会話を静かに聞いていた。

 風向きが変わったのは、四日目の晩餐での会話だった。
 その日、バルドは城の武器庫を見せてもらった。
 たくさんの良質の武器があり、バルドにも使い方が分からないような武具もあった。
 いきおい、その夜の歓談では、武器や防具の話に花が咲いた。
 その中で、ゴドンが、

「そういえば、バルド殿は川熊の魔獣の毛皮をお持ちでしたな。
 川熊の魔獣の毛皮は、革鎧の素材としては最高だそうですな。
 めったにお目にかかれないものだと聞いておりますが、どこで買われたのですかな」

 と聞いてきたのだ。
 自慢話をするのもいやだったが、嘘を言うわけにもいかないので、正直に事情を話した。
 ゴドンは興奮して、さらに詳しく魔獣との戦いを話してくれと、バルドに頼んだ。

「おお!
 何と、何と。
 ううむ。
 その村の民は、まことに災難でございましたなあ。
 川熊三匹と川熊の魔獣に襲われるとは。
 しかし、バルド殿がたまたまその夜逗留しておられたとは、何という幸運!
 バルド殿なかりせば、村は全滅したかもしれませぬ。
 それが、死者が一人もでなかったのですからなあ。
 いやあ。
 それにしても、各地を放浪して、危難にある民衆を助けて立ち去る。
 ううむっ。
 ううむっ。
 これぞ騎士!
 騎士の騎士たる姿ですなあっ。
 やはり旅だ。
 旅はよい。
 それにしても、バルド殿。
 川熊三匹と川熊の魔獣を、たったお一人で倒されるなど、何という武威でござろうか。
 あなたがおっしゃるのでなければ、とても信じられんほどです。
 お年を召して弱られたなど、ご謙遜だったのですな。
 そうに違いない!
 何しろ、あの壁剣を真っ二つに切り裂かれたのですからなあ。
 剣で剣を切るなど、聞いたこともござらん。
 こうなれば、明日は何としても一手お教えくだされ」

 ゴドンは強く立ち会いを望んだ。
 バルドは、肩の具合もよくなってきたし、まあ泊まり賃代わりに一試合二試合付き合ってもよかろう、と考えたのだった。

 最初は二人とも剣を持った。
 だが、剣を振るゴドンの姿に、ひどくちぐはぐなものを感じたバルドは、得意な武器は何かと聞いた。
 すると、槌と斧が得意だという答えが返った。
 しかし、そうした武器は騎士らしくないので、剣を使うようにしているのだという。
 普通の剣ではあまりに軽すぎて手応えがないので、あのような常識外れの剣を作らせたとのことだった。

 バルドはゴドンに、バトルハンマーを持たせた。
 バルド自身は、棒を持った。
 バトルハンマーを持ったゴドンは、迫力が違った。
 バトルハンマーは、馬に乗った全身鎧の騎士を馬からたたき落とし、あるいは頭部を攻撃して一撃で戦闘不能に追い込める武器だ。
 だが、取り回しが難しく、すきができやすい。
 だから通常は、剣を持った護衛騎士と組み合わせて戦場に投入する。
 ところが、ゴドン・ザルコスは、一人で複数の騎士と戦える豪傑だった。
 超重量級のバトルハンマーがうなりをあげて飛んでくる。
 ぶんぶんと縦横に振り回されるバトルハンマーは、一振り一振りが必殺の一撃だ。

 バルドは、いささか冷や汗をかきながら、ゴドンの攻撃をかわした。
 かりに全盛期のバルドが最も堅固な盾を持ったとしても、この攻撃をまともに受けることはできないと思われた。
 長年の経験でどうにかあしらってはいるが、もう少しゴドンの腕が上がれば、かわすことも難しいだろう。
 だが、年の功はだてではない。
 剣ではなく棒を選んだのは、バトルハンマーより遠くから攻撃できるからである。
 バルドは自分に有利な間合いを保ちつつ、時にゴドンの手首をたたき、時に額や肩を突き、足を払って勝利を得た。

 試合には連勝したが、バルドは舌を巻いていた。
 一つにはゴドンの底なしの体力と武器の速度にである。
 生まれつきの膂力もあるだろうが、この男はよく修練を積んでもいる。
 一つには、打たれ強さにである。
 まるで体そのものが鎧だ。
 鍛えればさらに恐るべき戦士になると感じ、助言を与えていった。
 ゴドンは実に素直にバルドの助言に従った。
 途中からは試合というより指導になった。




 6

 二週間滞在して、バルドは旅立った。
 徒歩ではなく、馬に乗って。
 ザルコス家の所有していた馬を譲ってもらったのだ。
 差し上げますといわれたが、さすがにこのような貴重な財産をただでもらうことはできず、無理にいくばくかの金を払った。
 栗毛の大柄な馬だ。
 バルド自身が大柄だし、荷物もあるので、大きな馬でなければもたない。

 ユーリカとカイネンと、主立った家臣たちが見送ってくれた。
 当主のゴドンはいない。
 家の格式からすれば、当主が建物の外まで客を見送らないのは不自然なことではないが、ゴドンが別れのあいさつに出ないというのは、昨日までの態度からすれば、少し不思議だった。
 だが、ユーリカもカイネンもそのことにふれない以上、バルドのほうから話題にするのもはばかられた。
 ゴドン殿にもよろしくお伝えくだされ、と言ったとき、ユーリカは微妙な顔で笑った。

 城をあとにし、村々の境を越え、山に入った所に、ゴドン・ザルコスがいた。
 旅支度を調え、小振りのバトルハンマーを持って。

「おお、師匠殿。
 遅かったではないですか。
 さて、では行きますか」

 旅についてくる気まんまんである。
 貴殿はここの領主じゃろう、とバルドが言うと、

「ああ、そのことですか。
 領主の座はカイネンに譲るという手紙を書いてきました。
 大丈夫です」

 大丈夫なわけはない。
 領主の交代など、そんな簡単にできるものではない。
 いろいろと引き継がねばならない事柄や物もある。
 そのことを指摘すると、

「いやいや。
 もともと、仕事はすべて妹夫婦が取り仕切っておったのです。
 当主の印形なども、カイネンに預けっぱなしですよ」

 という答えが返ってきた。
 そういえば、逗留中、ゴドンが仕事をしている様子がなかった。
 妹夫婦や家臣たちは、いつも忙しそうにしていたのにである。
 ゴドンは、剣の鍛錬をするか、さもなければ村々を回って野獣や悪人を退治していたとは聞いた。
 守護契約地ですらない村々にも喜々として足を運んだから、メイジア領は近辺との取引で何かと便宜を図ってもらえている、とユーリカが言っていた。
 何といっても聞かないので、とにかくしばらくついてくるのに任せることにして、バルドは馬を歩ませた。
 しばらく進んだとき、バルドが水を飲もうとすると、

「この下に谷川がありますゆえ、冷たい水を汲んできます」

 とゴドンは言い、水袋を持って斜面を降りていった。
 ゴドンの姿が木々のあいだに消えたとき、

「バルド・ローエン様」

 と呼び掛ける声があった。
 ついて来ているのは気付いていたが、声を聞いてザルコス家の家臣だと分かった。
 その男は、茂みから身を現して言った。

「ユーリカ様からのご伝言でございます。
 兄がバルド様のお供をする気でおります。
 言い出したら聞かない人ですから、まことにご迷惑ではございましょうが、気が済むまでしばらくのあいだ、兄の面倒をみてはいただけないでしょうか。
 どうかよろしくお願い申し上げます。
 とのことでございます」

 そして、金貨の入った袋をバルドに差し出して、

「これは当面の旅費にございます。
 兄に預けると危険ゆえお手数ですがお預かりくださいませ、とのことでございます」

 これを突き返せば、ゴドンの同行を断るという意味になる。
 気の済むまでしばらくのあいだ面倒をみてくれ、とは実にうまい言い方だ。
 この二週間よくしてもらったことを思えば、ユーリカの頼みを断ることなどできない。

  やはり、妹御は、なかなかやるわい。

 バルドはため息をついた。




挿絵(By みてみん)
イラスト/マタジロウ氏


7月22日「仇討ち(前編)」に続く
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