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辺境の老騎士 作者:支援BIS

第8章 パタラポザ

163/184

第2話 にせ者(前編)

 1

 カーズ一人を供に連れて出掛けようとしたのだが、ジュルチャガが今度こそついて行くんだと駄々をこねた。
 どうしようかと思っていたら、ドリアテッサが文字通り首根っこを押さえて言い聞かせてくれた。
 この平民領主の調整力は今こそまさに必要とされていて、とても連れてなど行けない。
 フューザリオン全体の人口は一万二千を超え、なおも日に月に増加しているのだ。
 ドリアテッサは、「その代わりにセトを連れて行ってください」と頼んできた。
 セトは今十九歳ぐらい。
 人当たりがよく交渉事が得意で大いにドリアテッサの役に立っているはずだ。

「だからこそです。
 セトもいずれこのフューザリオンを背負って立つ人材の一人。
 今のうちに広い世界を見せてあげたいのです。
 バルド様がこうして旅に出られることが、あと何度あるでしょう。
 本当はわたくしがお供したいぐらいなのです。
 どうかセトを連れて行ってやってください」

 そうまで頼み込まれては断るわけにはいかない。
 というわけで、今回の旅はバルドとカーズとセトの三人で出掛けることになった。
 カーズは革鎧職人ニテイが新しくあつらえた革鎧を着ている。
 バルドはといえば、気楽な着流しの旅人姿だ。
 十四年のあいだ愛用した魔獣の革鎧は、仕立て直してクインタに譲った。
 むろん、古代剣とヤナの腕輪は身につけている。
 今のバルドにはあの革鎧ですら、いささか重いのだ。
 セトは普通の旅人風の装いに要所要所に革の防具を着けたいでたちである。

 カーラが恨めしそうに見送った。
 連れていってやりたいのはやまやまだが、ピネン老人と薬師ザリアが死んで以来、カーラの負担は急に増えた。
 いつのころからか、カーラがその技術を惜しみなく使い始めたということもある。

 西回りの道を通った。
 つまり道の整備されている場所を通った。
 最初の野営で、バルドは自分の衰えを思い知った。
 地に伏して寝るのが苦痛なのである。
 体が痛い。
 なんということだろう。
 バルドの体は柔らかなベッドでなければ安眠できないようになっていたのだ。
 仕方がないので草を刈って敷き詰めて寝た。
 すると今度は草の青臭さが鼻についた。
 がまんして寝ていたが、なかなか寝付かれない。
 やっと眠れたと思ったら、夜明けの風の寒さが関節にこたえて目が覚めた。
 バルドは情けなさにため息をついた。

 セトも野営慣れしておらず、準備にはまごついていたが、夜になったらすやすや眠っていた。
 その気楽さと若さがうらやましかった。
 もっとも、周囲への注意を忘れて眠り込んでしまうようでは、旅はできない。
 そこはカーズも心得ていて、時々セトを蹴飛ばして起こしていた。
 カーズ自身は眠っていても何かが近づけば目が覚めるのだから、夜番は必要ないのだが、これは教育のためである。

 一週間ほどたつうちに、少し体もなれてきたが、やはりつらさを感じた。
 今回の旅は、できるだけ人家のある道を行くことにした。
 寝苦しい夜には、またあの呼び声が聞こえるようになった。



〈バルド・ローエン〉
〈バルド・ローエン〉


 今バルドたちがいるのは、ヤドバルギ大領主領の中のココチという独立領だ。
 小さな街なのだが、ここにはなぜか腕の良い皮革職人が集まっていて、近隣の街に製品を売ってなかなか繁盛しているらしい。
 ガンツがあったので、さっそく宿を取った。
 そこでバルドは二度目のため息をつくことになった。
 食事がまずいのである。
 カムラーの食事に慣らされてしまったバルドは、そこらの店の料理を受け付けなくなっていたのだ。
 野営のときは不思議と気にならなかったが、こういう店に入ると、もうがまんならない。
 味けのないスープや焼けすぎた肉を恨めしそうに見ながら、バルドはカムラーの絶品料理を思い出した。

 カムラーめっ。
 カムラーめっ。
 くそっ。
 くそっ。

 まずい料理を酒で流し込んでいると、セトがじっとバルドのほうを見ている。

「確かにここの料理はひどいですね」

 まるでバルドの心を読んだかのような物言いである。
 バルドはむすっとしたまま、酒をあおった。

「さしものパタラポザ神の食徳の恩寵も、たまにははずれるときもあるのですね」

 一瞬聞き逃し掛けたが、心に引っかかるものがあり、バルドはぎろっとセトをにらんだ。

「え?
 バルド様の誓願なされた神はパタラポザ神。
 忠誠を捧げた相手は人民。
 そして依って立つ徳は食徳なのでしょう?」

 吹いた。
 口に含んでいた酒を吹いてしまった。
 なぜ。
 なぜ長年秘密にしていたそのことを、こんな若者が知っているのか。
 バルドが騎士叙任の誓いの際に掲げた徳目が食徳であるということを。
 問い詰めると、セトはあっさりと白状した。
 なんと、騎士ナッツ・カジュネルから訊いたというのだ。

 騎士ナッツ・カジュネルはアーゴライド家の騎士であり、シャンティリオンの側近の一人だ。
 ロードヴァン城での魔獣大侵攻の時にはシャンティリオンから借り受けたのだが、副官としてまことに見事な働きをみせてくれた。
 竜人たちのパルザム王宮襲撃のあと、移民団の護衛としてフューザリオンに来ていたのだ。
 その後風穴への調査にも同行するなど、それなりの期間を辺境で過ごした。
 その際、ジュルチャガやドリアテッサや子どもたちにバルドの武勇伝を訊いて回っているのは知っていた。
 だがどうしてナッツがそのことを知っているわけがあるのか。

「シーデルモント様ですよ。
 王都におられるシーデルモント様から、ナッツ殿はバルド様の昔のことをいろいろ聞き込んだのです。
 私たちから、ゴリオサとゲリアドラのこと、火事のこと、その後の村の創設のことなどを聞き出す代わり、これはとっておきの話だ、と聞かせてくださったのです」

 シーデルモントか!
 そういえばやつが王都にいたのだった。
 シーデルモントはバルドの直弟子といってよい男で、バルドに関することはよく知っている。
 そしてシーデルモントは主家であるテルシア家の人々と特別に懇意にしていたから、そのことを聞いていても不思議ではない。
 違うのだ。
 あれはそういうことと違うのだ。
 バルドは確かに、食徳をわが徳となし、騎士の誓約を果たさん、と宣言した。
 しかしその食徳ということの意味は、どんな食べ物も無駄にせずおいしく食べられる徳のことだ。
 決してどこに行ってもうまい物に行き当たりますように、という意味ではない。
 しかし同僚や先輩たちは、そのことでバルドをからかい続けた。
 くいしんぼう騎士、と。
 からかわれれば腹が立つ。
 ついにバルドはバルドが誓いを立てたときの徳目が食徳である、と口にする者をさんざんにやり込めるようになった。
 それでついには誰もそのことを口にしなくなったのである。
 それからもう何十年もの年月がたつ。
 知っていた者は死に絶え、もう今では誰も知らないことだと思っていたのに。
 シーデルモントが知っていたとは。
 やつにはそのことを口止めしたことはない。
 そんな必要があるとは思わなかったからだ。
 失敗だった。
 しかもシーデルモントはナッツ・カジュネルにそのことを話してしまったという。
 もしかすると、シャンティリオンが刊行しているというバルドの伝記の最新版には、そのことが書かれるのだろうか。
 ああ!
 何たる不覚。





 2

 後ろのほうがにぎやかになってきた。
 誰かが何かの語りをやっているようだ。
 その語りの中で、「バルド」という言葉を聞いたような気がして、びくりとした。

「いいかい皆の衆。
 そんときバルド・ローエン卿は、どうなさったと思う?
 こう言いなさったのさ。
 わしと魔剣スタボロックが、そんな野盗一味は追い散らしてくれる!
 それから七日間、老騎士様はミーメの村にとどまって、山野を探索なさった。
 野盗どもはバルド様の気配に震え上がってよう。
 風を食らって逃げちまったのさ。
 以来十四年、ミーメの村には野盗のやの字も出ねえってえから驚きだ!」

 観衆から、おおおっ、という驚きの声が上がる。

「どうだい。
 老騎士様のご威徳はてえしたもんじゃねえか。
 けどおいらは思うんだ。
 老騎士様が七日間も山野を探索なさってさあ。
 ほんとに野盗どもが見つからなかったのかってね。
 実は何人も、いや何十人もの野盗を討伐なさっておいて、その手柄は黙っておられた。
 そんなところじゃねえかと思うのさ!」

 観衆から、そうだ、そうだ、と声が上がる。

「まあ、当のご本人が何ともおっしゃらねえから、何がほんとかは分からねえんだけどよ。
 とにかくバルド様は、ミーメの村を平和にすると、びた一文謝礼は受け取らず、また旅に戻んなさったってこった。
 お供二人を連れてよ」

 観衆から、すげえ、たいしたもんだ、と声が上がる。
 バルドは背中を冷や汗が流れるのを感じた。
 覚えがある。
 その村はゴドンと二人で寄った村だ。
 ゴドンが盗賊退治を買って出てバルドが付き合わされたのだったが。
 この語り手の話している内容は、細かい点では間違いもあるが、おおむね事実に沿っている。
 だがミーメの村というのは、ここから南にあるエグゼラ大領主領の、そのまた南にあるのだ。
 ここら辺りの住人なら、ミーメ村という名前さえ聞いたことがないだろう。
 どうしてこんな場所で、しかもこんなに時間がたったあと、その噂をする人間がいるのか。

「さあさ、皆の衆。
 いいかい。
 驚いちゃいけない。
 実は今夜この店に、バルド・ローエン卿がおみえなんだ!」

 うわっ、とバルドは思った。
 わしの顔を知っておるとは。
 こんな場所でさらし者になったのでは、たまったものでない。

「さあ、ご紹介しようじゃねえか。
 辺境の老騎士、英雄バルド・ローエン卿様だあっ」

 バルドは目を閉じた。
 拍手喝采が浴びせられる。
 と、セトがバルドの腕をつついた。
 目を開けてセトを見ると、背中のほうを指している。
 振り返って見てみると、拍手の中心にはまるで別の男がいる。

「やあ、困ったのう。
 ここにはお忍びで来ておるというのに。
 はっはっは。
 まあ、どうか、そっとしておいてくれぬか」

 満座の注目を浴びながらそう言って笑ったのは、五十をいくつも超えていないように見える大柄な男だ。
 革鎧にやたらぴかぴかする金属飾りをごてごてと付けている。
 見るからに安物で、また防御力の低そうな代物なのだが、物を知らない人間には立派な鎧にみえるかもしれない。
 頭やひげに白いものが混じっているが、とても十四年前には老騎士と呼ばれるような年齢ではなかったろう。
 ただし、そんなことを指摘する者はここにはいなかった。
 もっとも、男はたぶん騎士ではある。
 体格もそうだし、物腰やただよう雰囲気からそう感じる。
 剣も持っている。
 流れの騎士なのだろう。

「すげえ!
 バルド・ローエン卿様とお会いできるなんて。
 女房に自慢できるぜ」

「バルド様。
 おいらの杯を受けてくだせえや」

「おいっ、亭主。
 バルド・ローエン様に、一番高い料理を持って来い!」

 にせ者はすっかり人気者となり、周りのもてなしを受けている。
 バルドの功績を紹介した男も、ちゃっかり相伴にあずかっている。
 男はそのまま、次から次へとバルドの武勇譚を語った。
 誇張やでまかせも混じっているが、六割がたは事実に基づいている。
 いったいこれはどういうことなのだろう。

 宵の口に始まった、この時ならぬ宴会は、ずいぶん夜更けまで続いた。
 バルドといえば、何が話されるのか恐ろしくて、初めのうちは耳を傾けていたが、そのうち話題が繰り返しになったので、部屋に上がって寝た。
 カーズもバルドと一緒に二階に上がった。
 セトは階下に残っていた。




 3

〈バルド・ローエン〉
〈バルド・ローエン〉




「バルド様。
 バルド様」

 セトに起こされて目が覚めた。
 人が近寄ったというのに、体を揺すぶられるまで目覚めないとは、なんという油断か。
 だがこれも老いというものなのだろう。
 それにしても、ひどく早い時間だ。
 何があったのだろう。

「昨夜遅く、領主の使いと名乗る者が現れ、バルド様のにせ者を領主館に招待しました」

 そんな遅くに突然の招待とは妙な話である。

「今朝流れてきた噂によると、昨夜領主が殺されたそうです。
 その犯人はバルド・ローエン卿であるというのです。
 領主代理は近接領の領主を呼んで、公開裁判を行うとのことです」

 公開裁判とは、重要な案件について、その処置の正しさを周知せしめるため、人民に広く公開して行う裁判のことだ。
 たいていは、ひどく芝居がかったやり方で、為政者の判断を人民に納得させる。
 あるいは、極めて悪らつな罪人を口汚く裁くことで、人民のうっぷんを晴らさせる。
 ある種娯楽めいた匂いのする仕置きである。
 だが、近接領の領主までを呼ぶ、というのがよく分からない。
 そこにきな臭さをバルドは感じた。
 それにしても、セトはこんなに早朝からよくそれだけの情報を得たものだ。

 バルドはセトの手際を褒め、引き続き情報収集にあたるよう命じた。
 特に注意すべきは、領主の死によって利益を得る者は誰かということと、急に羽振りがよくなったり、妙な振る舞いをする者がないかじゃ。
 事が済むまではこの街に滞在する。
 セトはうなずいて部屋を出た。
 バルドはもう一度寝ることにした。
 バルドが遅めの朝食を終えて茶を飲んでいるところにセトが帰って来た。

「公開裁判を開こうとしているのは、領主代理ですね。
 領主代理は、領主の奥方の弟です。
 領主の引き立てで騎士になり、領主代理におさまったんです。
 奥方のほうはもう亡くなっています。
 それで領主には年の離れた息子がいて、今クラースクで騎士修業をしてます。
 来年ぐらいには帰って来て領主を継ぐんじゃないかって、もっぱらの噂だったみたいですね」

 当面の情報はその程度だった。
 引き続きセトには探索を続けさせ、バルドは昼寝した。
 夕方、ガンツに集まった客は、領主殺しの話題で持ちきりだった。

「バルド様が領主を殺しなさったんだってなあ」

「最近、ひでえ税の上げ方だったからなあ。
 たぶん、あれだぜ。
 老騎士様は領主様に税金を下げろ、とか何とか談判してくださったんだぜ」

「おうおう。
 それでキレた領主が襲い掛かって返り討ちか。
 ありそうな話だぜ」

 勝手な憶測で場が盛り上がる中、一人隅のほうで沈んでいる男がいた。
 バルドの武勇伝を語った男である。
 バルドは酒を持って男の向かいに座った。

 おぬし、元気を出せ。
 まあ、一杯やれ。

「お、俺。
 どうしたらいいのか」

 まあまあ、まずは飲め。

 男はバルドがつぐ酒を飲んだ。
 よほど不安だったのだろう。
 杯を重ねるうち、酩酊してしまった。

 これでは相談にもならんのう。
 おい、おぬし!
 明日もこの場に来るのじゃ。
 分かったのう。

「あ、ああ」

 セトは、夜遅く帰って来て報告をした。
 もともとこの街は景気もよくお上の仕置きも過不足なく、過ごしやすい街だった。
 ところが数年前から税が上がり、しかも急に思いついたように徴集するようになった。
 それで領主の評判はこのところ悪い。
 ただし調べたところ、税が上がったのは領主代理が実権をふるうようになってからだった。
 公開裁判は三日後に領主館の前の広場で行われるという。




 4

 一日目はさしたる成果がなかった。
 バルドは武勇伝を語った男と酒を飲み、事情を聞き出した。
 男はバルドのにせ者と、リンツで知り合ったという。
 三年ほど前のことだ。
 二人とも噂に聞くバルド・ローエン卿を尊敬していて話が合った。
 リンツではいろいろとバルド・ローエン卿の逸話が聞けたが、メイジア領に行くとさらに詳しい話が聞けるという。
 二人は物好きにもメイジア領まで足を伸ばした。
 泊めてもらった村人にバルド・ローエン卿の名を出すと、人が変わったように饒舌になり、〈旅語りの夜宴〉の話をとうとうと聞かせてくれた。
 どういうわけか、バルドの話を聞きにわざわざやって来た男たちがいる、という話が領主に伝わった。
 二人は呼び出され、領主ゴドン・ザルコスの語るバルド伝に耳を傾け、二晩も泊めてもらった。
 そのあげく小遣いまでもらって送り出されたというのだから、メイジア領主のバルド好きは一通りではない。
 二人もますますバルドが好きになった。
 二人は賃仕事などをしながら、ゴドンから聞いたバルドの旅路をたどった。
 そしてあちこちで、当事者が話すなまなましいバルドの活躍ぶりを聞いた。

 ある日泊まったガンツで、二人は酔いに任せて居並ぶ人々にバルドの話を語った。
 座は大いに盛り上がった。
 バルドの噂をそれとなく聞いている人も多かったのである。
 二人は酒と食事をおごってもらったばかりか、人々から講釈料を奉られた。

 これは商売になる、と二人は気付いた。
 それで旅を続けながら、泊まる先々でバルドの物語を語るようになったのである。
 語るうちに、大男はバルドの役柄になって、バルドの台詞やしぐさを演じるようになった。
 それは本物になりすますということではなく、ただ演じたのである。
 それに対して、「いよっ、バルド様!」などとはやし立てられるのも心地よかった。

 二人はトゥオリム領にも立ち寄った。
 両親を殺された三人の子どもが苦労に苦労を重ねて残虐な前領主を討ち果たした街だ。
 最初のうちは、バルドと三人の子どもの関わりについて、二人の話を信じない人も多かった。
 だが実のところ、三人の子どものうち末の妹が残した言葉が謎だった。
 「干しぶどう、おいしかった。ありがとう」というその言葉が。
 三人は野人同様に嫌われていたから、干しぶどうをやる者などなかったはずなのだ。
 いったい誰から干しぶどうをもらったのだろうと、この十数年ずっと話題になっていたのだという。
 そこにこの二人の証言である。
 それはメイジア領のザルコス家から出た干しぶどうなのだという。
 メイジア領といえば、干しぶどうの名産地として有名だ。
 しかもその領主ゴドン・ザルコスがその場に居合わせて見聞きし、それをゴドン本人から聞いたというのである。
 そういえば、三兄妹と最後の晩に出会った行商人も、自分が三人と別れたとき二人の武士らしい旅人がいた、と証言している。
 そうだったのか。
 三人の子どもたちに干しぶどうを上げたのは、噂に聞く辺境の老騎士バルド・ローエン卿だったのか。
 しかも干しぶどうだけでなく、酒やいろいろな料理をふるまったのだという。
 なんと優しいおかたなのか。
 人々は涙し、これから三人の塚に参拝するときには、辺境の老騎士様にも拝礼すると言った。

 そこまではよかったのだ。
 クラースクの街で、演出のため、鎧に飾りを付けた。
 クラースクでもローエン卿の冒険譚は受けた。
 そしてヤドバルギ大領主領に来た。
 二人はどちらからともなく言い合った。
 バルド様を演じるだけで、あんなに喜んでもらえる。
 本人が来たということになったら、みんなどんなに喜んでくれるだろうか。
 そこでバルド・ローエン卿になりすましたところ、領主館に呼び出され、領主殺しだといわれて捕らえられてしまった。

(ばち)が当たったんだよなあ。
 やっぱりにせ者には、なっちゃいけなかったんだ」

 そう肩を落とす男に、バルドは、そうじゃのう、にせ者はやめておけばよかったのう、と言った。
 四、五年前のバルドなら、バルドの武勇伝を語って歩くなどという行い自体をひどく責め、ただちにやめさせようとしただろう。
 だが体調の変化が心情にも変化をもたらした。

 どうせわし自身は、もう人々を助けて歩くようなまねはできん。
 辺境の暮らしは厳しい。
 せめてわしの物語で慰められるなら、それはそれでよいではないか。
 そんなふうに考えるようになってきていたのである。


〈バルド・ローエン〉
〈バルド・ローエン〉





 5

 二日目になって、いくつもの情報が入ってきた。
 まず、領主が死んでいることを確かめたのはこの街の薬師なのだが、その薬師は致命傷となった傷とローエン卿が持っていた剣の大きさが合わないと、ひそかに漏らしている。
 次に、領主館の小間使いで当日夜に領主代理の世話をしていた娘が、翌日から無断で仕事を休んでいる。
 バルドはセトに命じて、薬師とその娘のもとに行かせた。
 その結果得られた情報は、事件の真相を推理するにじゅうぶんなものだった。
 さらにバルドは、カーズにあることを命じた。
 そしてその夜、語り部の男にバルドは言った。
 おぬし、一世一代の語りをやってみる気はないか、と。











4月7日「にせ者(後編)」に続く
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