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辺境の老騎士 作者:支援BIS

第7章 迷宮への挑戦

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第10話 悪夢の繰り手(前編)


 1

「なぜあなたは夢を見ないのですか?
 おかしいなあ。
 マスターの話では、夢見の部屋に入った人には全員夢を見せるはずなのですが」

 いきなり話し掛けてきたのは白い服を着て頭をつるつるにそり上げた男だ。
 そこはひどく広い部屋だった。
 壁も床もつるつるである。
 壁に沿って奇妙な機械が立ち並んでおり、やはり白い服を着て頭をそった男たちが機械をながめたり触ったりしながら忙しそうにしている。
 バルドは目の前の男に質問をした。
 マスターとは何か、と。

「ああ。
 マスターというのは主人とか最高責任者という意味です。
 まあとにかく、踏破おめでとうございます。
 私はステシル。
 ここの技術部主任です」

 バルドはなおも質問をしようとしたのだが、壁際の男たちが次々に声を上げた。

「二番、意識消失!
 転倒しました。
 感情は平静なままです」

「一番、意識消失!。
 同じく感情は平静なままで転倒」

「四番、意識消失!
 転倒。
 感情、平静」

「さ、三番!
 意識消失。
 転倒!
 く、口から血が出ています。
 舌をかみ切ったようです!」

 舌をかみ切ったとかいう報告をした男の所にバルドは駆け寄った。
 ステシルと名乗った男も一緒に走る。
 壁には大きな額縁のようなものが張り付いていて、その中では絵が動いている。
 そこに描かれた絵は、カーズ・ローエンだった。
 いや、絵などというものではない。
 その額縁はまさにカーズ・ローエンを映し出しているのだ。
 ステシルが大声を張り上げた。

「救護班!
 ただちに三名で夢見の部屋三番に迎え。
 挑戦者一名が舌をかみ切ったもよう。
 回収して手当を行え!
 なんてことだ。
 せっかくの踏破者が」

 額縁の中ではカーズが倒れている。
 口から血を吐き出しているではないか。
 いったい何が起きたのか。
 舌をかんだだと?
 なぜカーズが自殺しなければならん。

 見ればその横の額縁にはエングダルを映し出している。
 別の額縁はイエミテを映し出している。
 ゴドンを映し出している額縁もある。
 皆眠ったように横たわっている。
 またある額縁はザリアを映し出している。

 カーズを映した額縁の中に三人の男が現れた。
 白い服を着て、白い帽子をかぶり、白い覆面を着けている。
 その男たちは、車輪の付いたベッドにカーズを抱え上げ、運び去っていった。
 バルドはステシルに詰め寄った。
 今の絵はどういうことじゃ。
 カーズに何が起きたのじゃ。

「わ、分かりません。
 マスターの話では命の危険はないはずなのですが」

 そのマスターとは誰じゃ、とバルドが聞こうとしたとき、天井から大きな声が響いた。
 ひどく耳障りで金属的な声だ。

「ステシル。
 バルド・ローエン殿を、わしのもとに案内せよ」

「はい、マスター。
 バルド・ローエン様というのは、あなたのことですね。
 では、こちらに」

 突然目の前の景色がゆがんだかと思うと、バルドは別の場所にいた。
 ステシルも一緒だ。
 廊下のような場所だ。

「こちらにお越しください」

 ステシルの案内に従って歩いていった。
 問い質したいことはいくつもある。
 だが、そのマスターとやらに会って訊くのがよいだろう。
 一つの扉の前でステシルは立ち止まった。
 ひどく大きな扉だ。

「こちらにお入りください」

 そう言ってステシルは、妙なしぐさで腰を折った。
 音もなく扉が横に滑って開いた。
 バルドは部屋の中に足を踏み入れた。




 2

 そこも広い部屋だった。
 奇妙な機械がたくさんあり、また立派な調度が置かれていた。
 奥まった場所に巨大な椅子があり、そこに一人の竜人が座っていた。
 巨大だ。
 それは竜人の巨人といってよい。
 しかもおそらくとてつもなく年を経た竜人だ。

「よく来た、人間バルド・ローエン。
 あの奇妙な力を使う老婆がお前の名を呼んだとき、お前がバルド・ローエンだと分かった。
 どこかで聞いた名だと思ったのだが、まさか霊剣の使い手がこんな所に自分でやって来るとは思わず、お前の正体に気付くのが遅れた。
 その前の闘技場での戦いでお前を見て、妙な力をふるうやつだとは思ったのだがな。
 あれは霊剣の力だったのだな。
 なんということだ。
 お前が霊剣の使い手であるあのバルド・ローエンだと知っていたら、回廊の敵など差し向けなかったのだが。
 だがいずれにせよ、闘技場の敵とは戦ってもらわないわけにはいかなかった。
 あれはこちらの制御を超えているのでな。
 見事にお前たちは出現した敵を倒した。
 歓迎しよう。
 〈試練の洞窟〉の踏破者には褒賞が与えられる。
 武具か薬か知識か。
 お前は何を望む」

 その竜人の質問には答えず、バルドは問いを発した。
 カーズや皆に何をした、竜人エキドルキエ、と。

「……ほう。
 わしを知っているのか。
 ウルドルウに聞いたか、人間ルグルゴアに聞いたか。
 いや、違うな。
 お前、竜人の島に行ったな。
 竜人の長に会ったのだろう。
 長は島から動けないからな」

 エキドルキエ、とは竜人たちの〈あるじ〉であるところの怪物から力を授けられた二人の竜人の一人だ。
 もう一人の竜人ウルドルウは、ゴリオラ皇国の皇宮で皇太子の兵に討たれた。
 特別な力を与えられた竜人はもう一人残っている。
 それがこのエキドルキエだ。
 こいつだったのだ。
 こいつが竜人の長の切り札だったのだ。
 竜人の長は、こうも言った。

「エキドルキエにマヌーノの女王を支配させ、魔獣の群れを人間の国に突入させようとしたのは、もしやもう霊剣の使い手が現れていて、魔獣相手にその力を発揮しはしないかという、淡い期待を抱いてのことだった」

 こいつだ。
 こいつこそが、マヌーノを操り、魔獣の大群にロードヴァン城を襲わせたのだ。
 バルドの脳裏に、あの凄惨な戦いの場面がよみがえった。
 死んでいった勇士たちの顔が思い浮かんだ。
 マイタルプ・ヤガン。
 〈鼻曲がり〉ニド・ユーイル。
 〈気取り屋〉フスバン・ティエルタ。
 そのほかの男たちの顔が。
 バルドは、腹の底に、ぐつぐつと赤黒い怒りが沸き立つのを覚えた。
 その感情を抑え込みながら、思考をめぐらせた。

 竜人の長ポポルバルポポはバルドに、〈初めの人間〉の遺産の力をお前のものにせよ、と言った。
 バルドが大いなる遺産の力を手にして怪物を倒すことが竜人の望みなのだと。
 そして〈試練の洞窟〉のことを教えた。
 そこにはもちろん罠があるはずだった。
 気位の高い竜人が、人間にむざむざ優位を明け渡すはずがない。
 その罠こそ、このエキドルキエだったのだ。

 族長ポポルバルポポは、エキドルキエが〈試練の洞窟〉のマスターとして、ここフューザの奥深くにいることを知っていた。
 あるいは推測し、確信していた。
 バルドが〈試練の洞窟〉に入るための謎を解き、さらに〈試練の洞窟〉を制覇するかどうかは分からなかった。
 いや、むしろ可能性の低い賭けではあったろう。
 だがそれは、竜人たちにとり、危険はまったくなく、そして配当の大きい賭けだった。
 もしも見事バルドたちが〈試練の洞窟〉を踏破したなら、そこには特別の力を持った竜人エキドルキエが待ち構えていて、そのうまみをごっそりと横取りするのだから。

「バルド・ローエン。
 バルド・ローエン。
 その名は密偵から聞いていたのだがな。
 だがなにしろあのときは慌ただしかった。
 〈あるじ〉は眠たくてしかたがなかったのだな。
 わしをここに押し込めた。
 そして出入り口をふさいだ。
 こんなことは初めてだ。
 だがそれは、〈あるじ〉がお前と霊剣を恐れていたという証拠だ。
 万が一にもわしとお前が出会うことのないように、わしをここに封じ込めたのだな。
 ところがお前のほうからここにやって来てくれた。
 まさに千載一遇の機会だ。
 だというのにわしはお前たちに次々と強力な妖獣を差し向けた。
 お前たちはそれをことごとく退け、あまつさえ、闘技場の敵をすべてうちやぶった。
 見事というほかない。
 そのお前たちにわしは幻影を与えようとしてしまった。
 愚かにもほどがある。
 お前の心を〈よごれ〉させてしまえば、すべては終わりだというのに。
 だがお前は心を〈よごれ〉させなかった。
 教えてくれ。
 どうやって幻影を防いだのだ?」

 バルドは竜人エキドルキエの質問には答えず、自分の質問を突き付けた。
 わしの仲間に何をした、と。

「ああ、あれか。
 たいしたことではない。
 自分の最も信頼する者が襲い掛かる、という夢を見せたのだ。
 そうすれば、困惑し絶望して逆に相手を殺そうとするはずだった。
 夢見を解いたあとも憎しみと怒りは残る。
 信頼し合っていた者たちが殺し合うわけだ。
 それはさぞ愉快な見ものだろうと思った。
 ところがそうはならなかった。
 全員平静な心のままで意識を消失した。
 つまり殺そうとする相手に怒りも憎しみも向けなかった。
 たぶんむざむざ殺されてしまったのだろう。
 わけの分からんやつらだ。
 一人などはあまりに強い心の抵抗をしたので、やり方を変えた。
 有無を言わせず体を支配し、その信頼する相手を斬らせたのだ。
 すると自決をはかりおった。
 わけの分からんやつだ」

 なんという。
 なんという卑劣さ。
 悪らつさ。
 踏破者たちが仲間同士殺し合うのをみて楽しむ、ただそれだけのために、この腐れトカゲは一行に悪夢を見せたのだ。
 ゴドンが、エングダルが、イエミテが最も信頼する者とは誰か。
 もしやバルドか。
 それは分からないが、カーズが最も信頼する者といえば、やはりバルドだろう。
 おのれの手足を何者かに操られ、カーズはバルドに斬りかかった。
 そのときカーズは迷いもなく舌をかみ切った。
 バルド・ローエンを殺すぐらいなら自らが死のう、とカーズは思ったのだ。
 ああ!
 ああ!
 なんという男なのだ。
 しかし、そうだ。
 カーズ・ローエンとは、まさにそういう男だ。

「今、手当をしているようだ。
 ここの医療技術は素晴らしいぞ。
 さあ、お前の質問に答えたぞ。
 わしの質問に答えよ、と言いたいところだが、それはヤナの腕輪だな。
 その文様が彫りつけてある腕輪となると、ほかに考えられん。
 それを手に入れていたとは。
 だが、おかげで助かった」

 竜人エキドルキエは椅子から立ち上がり、バルドの近くに歩き寄った。

「バルド・ローエン。
 ついて来い」

 そう言って竜人エキドルキエは部屋を出た。
 バルドはそのあとに従った。
 ひどくてかてかとした石の、いやたぶん金属の回廊を、エキドルキエは歩いていった。
 バルドを振り返ろうともしない。
 ついて来るものと信じて疑いもしないのだ。
 そうだ。
 竜人とはそういうものだ。
 竜人はただ命じ、他の者はその命に従うのだ。

 いくらも歩かずに、エキドルキエは立ち止まった。
 何か妙な呪文のようなものをつぶやくと、壁の一部が上下に割れて開いた。
 薄暗い大きな部屋だ。
 部屋の中央に、青くて丸い光の玉が浮いている。

「あの光っている玉が、中継装置だ。
 あれに霊剣を向けて、呼び掛けるのだ。
 そうすれば〈初めの人間〉の遺産が手に入る」




3月16日「悪夢の繰り手(後編)」(第7章最終話)に続く
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