挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
辺境の老騎士 作者:支援BIS

第7章 迷宮への挑戦

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

156/184

第9話 試練の洞窟(中編3)





 9

 再び闘技場に出た。
 ザリアが石板の文字を読む。

「〈いまだ闘技場に上らぬ者一名が上れ〉と書いてあるね」

 そうい言ってザリアはバルドのほうを見た。
 今度は誰を闘技場に上げるのか、と判断を仰いでいるのだ。
 バルドはカーズを見た。
 カーズはうなずいて、闘技場に上る三段のステップに足をかけた。

 すると轟音が響き、突然辺りが真っ暗になった。
 いや、真っ暗ではない。
 今までが明るかったからそう思うが、月のない夜ほどの明るさはある。
 見ればカーズは、もう闘技場に上がっている。
 上がって、闘技場の反対側の端をにらんでいる。

 今度は先ほどのように、カーズの体が大きくなるというようなことはなかった。
 いつも通りのカーズである。
 いつのまにか闘技場は草原に変じていた。
 どこからか吹き込んでくる風に吹かれて、草原がそよそよそよいでいる。

 誰かが立っている。
 闘技場の向こうの端に立っている。
 目が慣れるにしたがって、その姿ははっきり見えてくる。
 人だ。
 若い男だ。
 一糸まとわぬ素裸である。

 なんと美しい男か。
 ほっそりとした体躯には、一つも無駄な肉はない。
 ひげのないつるりとした顔。
 短く刈り込まれた頭髪。
 だらりとさげられた両手の指先までがしなやかで美しい。

 と、段々と部屋が明るくなってきた。
 次第に明るさは増し、ついに昼間のような明るさになった。
 カーズはずっと前方をにらんでいる。
 すでに男の姿はない。
 代わりにそこには一匹の大きな狼がいた。
 またもザリアがぽつりと言い当てた。

「半神半獣の英雄、スカーラー……」

 スカーラーは人間の男だった。
 あまりの美しさに月神サーリエが求愛した。
 だが男には恋人がいたのでこの求愛を退けた。
 激怒したサーリエは、男を醜い獣の姿に変えた。
 サーリエが天空を支配する夜のあいだだけ、獣は男の姿に戻る。
 サーリエはまんまと男を自分のものにした。
 これを快く思わない者がいた。
 サーリエに恋慕していた獣神ドーグである。
 獣神ドーグは何度も男を殺しかけた。
 サーリエは太陽神コーラマの炎の戦車を引く八匹の狼のうち最も強力な一頭を盗み、その毛皮を男に着せ、その血を男に飲ませ、その肉を男に食べさせた。
 炎狼の霊力を得た男は、獣神ドーグを寄せ付けないほど強くなった。
 だが太陽神コーラマが、盗まれた狼の毛皮を男が身に着けていることに気付いた。
 コーラマは男に死の呪いをかけ、期限までに七つの冒険を成功させなければお前は死ぬ、と告げた。
 男は七つの冒険を成功させて民衆の英雄となるとともに、強大な力を身につけた。
 夜は美しき男。
 昼は不死不敗のたくましき狼。
 それが半獣半神の英雄スカーラーである。

 カーズと狼は同時に前方に駆けだした。
 すさまじい速度である。
 たちまち両者は闘技場中央で互いを捉えた。
 カーズは狼の爪をかわしながら、真っ赤な光を放つ魔剣で狼の首をないだ。
 魔剣ヴァン・フルールは、確かに狼の首を捉えた。
 見ていたバルドは、首は斬り落とされた、と思った。
 だが狼は何事もなかったように動作を続けた。
 首には傷一つ付いていない様子なのである。
 〈炎狼の呪力を帯びた毛皮は、何物も切り裂くことができない〉
 という神話の一節を、バルドは思い出した。

 首を切ることができなかったということは、狼の攻撃動作を止めることができなかった、ということである。
 狼はカーズの喉元に食いつこうとした。
 カーズは至近距離でそれをかわしてのけたが、狼の牙は肩口を切り裂いた。

 それから高速での攻防が始まった。
 ほとんどバルドの目にも、両者のやりとりは見えない。
 カーズは狼の攻撃をかわしながら、体のいろんな場所に斬り付けているようだ。
 だがカーズの攻撃はまったく通らない。
 魔剣の赤い軌跡はむなしく強靱な毛皮にはじかれるばかりである。
 それにひきかえ、狼の攻撃は時々カーズに届いて、徐々に傷を増やしていく。

 やがてカーズは全身血まみれになった。
 心なしか、わずかに動きも鈍ってきたようにみえる。
 そのとき、草に足を取られてカーズがよろめいた。
 その隙を見逃さず、狼はカーズののど笛に牙を立てた。
 と見えたのは錯覚で、魔剣ヴァン・フルールは狼の喉から深々と突き入れられていた。
 よろめいたのは、誘いだったのである。
 毛皮は傷つけることができないとしても、口の中はそうではない。
 魔剣は喉を通り、内臓にまで届いているだろう。
 ヴァン・フルールを突き入れられたまま、狼は口から血を噴き出した。
 しかし狼の生命力は、容易なことでは奪い尽くせない。
 もがく。
 もがく。
 いや。
 そのような状態になりながらも、狼はカーズへの攻撃を続けているのだ。
 牙は封じられたが、爪は残っている。
 狼はなおももがいてカーズの体に傷を付けるが、カーズはひるまない。
 ぐいぐいと狼の頭めざして剣を突き入れていく。
 カーズの体はみるみる傷だらけになり、狼の血とカーズの血は混ざり合い、もはや区別もつかない。
 恐ろしいうなり声を上げながら、狼はあがき続けた。
 けれどやがて長い時間のあと狼は動きを止め、人間の姿に戻ってから倒れた。

 鐘が三度鳴り、闘技場は元の岩の台座に戻り、その奥に新たな通路が開いた。
 ザリアはカーズの手当をした。
 狼の魔獣であつらえた革鎧はすでにずたずたであり、革鎧に包まれていた美しい体も傷だらけとなっている。
 だがカーズのまなざしには、いささかのひるみもない。
 いや。
 その目には、いささか得意げな光がある。
 そんなふうにバルドには思われた。
 バルドはかすかにほほえんだ。

  カーズよ。
  見事な戦いじゃった。
  わしはお前を誇りに思うぞ。

 バルドは、声には出さず、心の中でカーズの戦いぶりを賞賛した。
 ザリアがしばらくのあいだカーズの治療をした。
 傷痕はそのままだが、出血は止まった。
 痛みも治まったのだろうか。
 なにしろカーズは苦しんでいても表情には出さない。
 しかしザリアが治療したのだから、いくぶんなりとも痛みは和らいだはずである。
 一行は先に進んだ。




 10

 今度の洞窟は青い光に満ちていた。
 そこでは小型の盾蛙(ローワーグル)のような敵が襲ってきた。
 体長は人間の頭ほどしかないのだが、異様に大きな足が付いており、とてつもなく大きな跳躍をする。
 ぱっくり開いた口からは長く鋭い舌が伸びてくるのだが、これに刺されると体が麻痺する。
 そんな敵が百あまりも一度に襲い掛かってきたのである。
 敵を倒しながら、こちらも次第に麻痺していった。
 カーズさえも、先の戦いのダメージが残っていたのか、ついに敵の攻撃をかわしそこねた。
 ザリアは麻痺した仲間を治療していったが、悪いことにそのザリアも襲われ、麻痺してしまった。
 最後に残ったイエミテが最後に残った敵を倒したので、なんとか勝てた。
 やがてザリアが自分を治療し、全員を治した。

 そこから少し進んだ場所で、バルドは休憩を命じ、食事を取った。
 全員相当疲労している。
 これまでからすれば、一度敵を倒した場所にはもう敵は現れないようだ。
 じゅうぶんな休憩を取って、一行は再び進撃を再開した。

 バルドは違和感を感じていた。
 洞窟に現れる敵と、闘技場に現れる敵についてである。
 闘技場に現れた二体の敵は、いずれも強敵ではあったが、その闘いぶりは堂々たるものであり、胸はずむものがあった。
 だが通路に現れる敵は陰湿である。
 通路の敵には悪意を、あるいは邪悪な何かを感じる。
 戦いには何の喜びもない。
 この差はいったい何を意味するのだろうか。




 11

 次の闘技場に着いた。

「〈いまだ闘技場に上らぬ者一名が上れ〉、か。
 さっきとおんなじだねえ。
 ねえ、バルド。
 今度はあたしに行かせておくれでないかい。
 ちょっと考えてることがあるんだよ」

 ザリアは戦闘要員とは考えていなかったので、この申し出には驚いた。
 だが何か考えがあるのだろう。
 バルドはうなずいてザリアに許可を与えた。

 今度は闘技場が沼地に変じた。
 沼とそれを取り巻く背丈の高い草地だ。
 だが敵の姿がいない。
 草の陰にでも隠れているのかと見回したが、見当たらない。
 ザリアは、といえば上空を見上げている。

 いた。
 敵がいた。
 はるか高空にぽつんと浮かんでいる。

 女だ。
 薄衣をまとい、長い明るい栗色の髪をなびかせた美しい女だ。
 女はにこにことほほえんでいる。
 女の服を、髪をはためかせる風は、どこから来ているのだろう。
 女自身だ。
 この四方八方に乱れねじれて吹きすさぶ風は、女から発している。

 風神ソーシエラ。

 時に優しき成長の守り手であり、時に無慈悲な破壊の女神。
 疲れ切った人間にソーシエラが吹き寄せる風は、その者のつらい記憶を奪い去り、忘却を与える。
 あらゆる物を切り裂く霊力を持つが、その体は切ることも突くこともできない。
 そのソーシエラが笑いながら虚空に浮かんでいる。
 空にあるものをいったいどのようにして攻撃せよというのか。
 しかも神話の通りであるなら、剣も槍も槌も、ソーシエラには傷を与えられない。
 ソーシエラは、殺せない神であり、不滅の神なのだ。
 その姿は消えることがあるけれども、いつのまにか復活して天空を吹き抜けて行く。
 ソーシエラはそうした神である。
 いったいこの相手と、どうやって戦えというのか。

 ザリアは沼地のほとりまで進み、杖を突き刺した。
 ソーシエラはふうっと息を吹き掛けた。
 その息は風の刃となってザリアの左手の肩口を吹き抜ける。
 ザリアの左手が肩口から切れて、ぽとり、と地に落ちた。
 ザリアは右手で左手を拾うと、切れた場所に付け、何事か呪言をつぶやく。
 切れたはずの左手は元の通りにつながった。

 ザリアはなおも目を閉じ呪言をつぶやく。
 杖が赤く輝き始め、ザリア自身の体もやわらかく発光する。
 ソーシエラが、またもふうっと息を吹き掛けた。
 風の刃がザリアの首に迫る。
 と、風の刃は杖に当たって、あらぬ方向にそれていった。
 女神は少し驚いた顔をして、もう一度息を吹き掛けた。
 またも風の刃は杖に当たってそれていく。
 女神の顔から笑みが消えた。

 ザリアはなおも呪言をつぶやいている。
 女神は両手を広げ、あおるしぐさをした。
 左の袖から五つの、右の袖から五つの風の刃が生まれ、ザリアに迫る。
 十個の風の刃はいずれも杖にそらされるが、そのうちのいくつかがザリアの両の腕をかすめて切り裂いた。
 それて飛んだ風の刃は辺りの草を刈り取っていく。
 が見守るバルドたちの所には届かない。
 闘技場の外には飛び出ないようになっているようだ。

 なおもザリアの呪言は続く。
 女神は両の手の指を大きく開いて伸ばし、その十本の指から続けざまに風の刃を放つ。
 乱れ打ちといってよい密度の濃い攻撃である。
 そのほとんどは杖にはじかれるが、いくぶんはザリアの体を削っていく。
 もはやザリアの顔も体も血まみれである。
 だが、ザリアは目を閉じたまま呪言をつぶやいている。

 激しく打ち付けられる風の刃をはじいていた杖が、ついに耐えきれなくなった。
 ばきんと音を立てて折れ飛んでしまったのである。
 女神は風の刃を放つのをやめ、にこりと笑った。
 そして両の手を突き出したまま一つに重ねた。

 来る。
 来る。
 とどめとなるべき攻撃が来る。

 そのときザリアはかっと目を見開き、何事かを叫んだ。
 するとザリアの周囲に風の渦巻きが起き、今まで女神の攻撃が斬り落とした草が宙にらせんを描く。
 草の渦は激しい勢いで上空に伸び上がり、女神の所にまで迫る。
 ザリアは懐から何かを出して打ち合わせた。
 火の粉が飛んだ。
 ということは火打ち石だったのだろう。
 火の粉はあり得ない燃え広がりかたをみせ、渦巻く草に燃え移り、あっというまに女神を包んで燃えさかる。
 燃える草の端切れは媒介に過ぎない。
 それを種として何百倍何千倍の炎をザリアは起こしたのだ。
 激しい悲鳴が響き渡った。
 業火は一瞬で鎮まったが、もう虚空には女神の姿はない。

 鐘が三度鳴り響いた。





3月7日「試練の洞窟(中編4)」に続く
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ