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辺境の老騎士 作者:支援BIS

第7章 迷宮への挑戦

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第8話 イステリヤ(後編)

 7

 今バルドは、得られた情報を心の中で整理している。
 結局、ここまででどんな情報が得られたのか。

 まず、古代剣とは鍵である、ということが分かった。
 それは〈初めの人間〉すなわちジャン王の遺産とやらの力を引き出すための鍵なのだ。
 フューザ中腹にあるという中継装置と、古代剣と、古代剣に認められた使い手がそろえば、ジャン王の遺産の力を呼び出し、操ることができる。
 その遺産の力をもってすれば、悪霊の王またの名をパタラポザさえも滅ぼすことができるらしい。
 ただし竜人の得意な人を操るまじないは使えない。
 使い手の心を操れば、使い手の心も古代剣も〈よごれ〉てしまう。
 〈よごれ〉てしまった古代剣では、遺産の力を引き出せないのだ。
 これが正しい情報であるとすれば、竜人も悪霊の王も、バルドの心を操って言うことを聞かせることはできないことになる。
 そして古代剣はもともと七本あったが、六本目までは〈よごれ〉てしまった。
 だから今バルドが持っている古代剣が、最後の正常な鍵なのだ。

 次に、悪霊の王とは、ジャン王から〈囚われの島〉に封じられた存在であるということが分かった。
 バルドは、悪霊の王とは〈船長〉のことではないか、とも思った。
 しかしザリアは、〈船長〉は処刑されたと言った。
 また、いかに〈船長〉が精霊憑きであるとはいえ、ジャン王よりはるかに長命で今日まで生き永らえているというのは理に合わない。
 それに〈船長〉には仲間たちがいたはずで、ことさら〈船長〉だけが封じられたというのも不自然だ。
 何より、族長ポポルバルポポは、それは人間などではなかった、と言っている。
 見たこともない、恐ろしくて強大な存在だったと。
 パタラポザとはジャン王に力を奪われ封じられた邪悪な神霊なのだろうか。
 分からない。
 パタラポザが何者であるのかは、まだよく分からない。
 何者であるにせよ、強大な存在だ。
 竜人たちもマヌーノの女王も太刀打ちできないほどの。
 そしてそれは、人間たちの世界に関与し、〈パタラポザ〉と呼ばれてきた。
 そして二十年ほど起きて、十年か十五年ほど眠るのだという。
 竜人はその覚醒と睡眠の周期を〈パタラポザの暦〉と名付けた。
 さぞかし今まで睡眠期には、さまざまな抵抗の試みがなされたことだろう。
 今は眠りについている。
 眠りについて六年目、ということになるか。

 竜人たちは、もともとフューザの山腹に住んでいた。
 そしてあまたの亜人たちを支配し喰らっていた。
 だがジャン王に追い払われた。
 追い払われて二百年のちに、竜人たちは傀儡国家を作って人間たちに戦争をしかけた。
 しかしその傀儡国家はジャン王に滅ぼされた。
 竜人たちはこのイステリヤに追われ、〈囚われの島〉を見張る役目を与えられた。
 〈囚われの島〉に何者かが近づかないように。
 やがてウルドルウとエキドルキエという二体の竜人が〈囚われの島〉に足を踏み入れ、パタラポザに囚われた。
 この二体は特別な力を与えられたという。
 このうちウルドルウはもう死んだ。
 物欲将軍の言葉が正しければの話だが。
 とすると、マヌーノの女王を操り、魔獣の大侵攻を行わせたのは、エキドルキエという竜人だ。
 その竜人は、今どこで何をしているのだろう。
 とにかく竜人たちはすべてパタラポザの支配下に置かれた。
 そしてパタラポザの手足となって人間の世界に介入をしてきた。
 手足となりながらも、竜人たちはパタラポザを激しく憎んでいる。
 反乱者たちの狙いがジャン王の遺産を手に入れてパタラポザを滅ぼすことである、ということも分かった。

 竜人たちは人間と事を構える気がないというのは本当だ。
 パタラポザがそれを禁じたからだ。
 ただしパタラポザの脅威がなくなれば、竜人たちは人間をどうとでも扱うだろう。
 彼らにとって人間は虫けら以上のものではない。

 ふと見れば、タランカがバルドのほうを見ている。
 ここからあとの質問については、バルドの意志を聞きたいのだろう。

 バルドは目を閉じてさらに思考した。
 古代剣は最初七本あったという。
 物欲将軍は、五本の古代剣に宿る神獣を〈食べ〉た。
 残りの二本とは、バルドの所持するシャントラ・メギエリオンとカーズの所持するヴァン・フルールだ。
 だが六本までの古代剣が、〈よごれ〉てしまったという。
 つまりヴァン・フルールもすでに怪物とやらの魔の手にかかってしまっている。
 だからシャントラ・メギエリオンのみが、魔剣スタボロスのみが、唯一〈よごれ〉ないまま残った古代剣なのだ。
 とすれば物欲将軍がバルドを〈最後の神獣の剣の使い手〉と呼んだわけも分かる。
 竜人の長が、これが最後の機会だと言ったわけも分かる。
 最後の古代剣の使い手が現れ、その存在を怪物は知った。
 再び目覚めたときには、怪物は古代剣と使い手を手に入れ、望みを果たすだろう。

 ここまで考えて、バルドはある可能性に気付いた。
 最後の古代剣を〈よごれ〉させないまま、怪物に遺産を手に入れさせない方法がある。
 バルドを殺せばよいのだ。
 おそらく今までもそうだったはずだ。
 古代剣の使い手は現れては死に、古代剣は次の使い手との出会いを待ったはずだ。
 そしてまた、竜人の長には怪物の野望を永遠に打ち砕く方法がある。
 バルドの心を支配してしまえばよいのだ。
 そうすれば、最後の古代剣も〈よごれ〉てしまい、鍵を開ける道は閉ざされる。
 バルドは族長ポポルバルポポに、少し意地の悪い質問をした。

  ポポルバルポポ殿。
  バルド・ローエンを殺してしまえば、これが最後の機会ではなくなる。
  また、バルド・ローエンの心を操れば、怪物が遺産を手に入れることは永久に不可能になる。
  それを考えなかったわけではあるまい。

「無論、考えた。
 だがそれをすれば、〈あるじ〉の報復は恐ろしいものになる。
 バルド・ローエンを殺してしまえば、次の使い手が現れるまでに、今度は何十年待つことになることか。
 そんなまねをすれば、〈あるじ〉は激しい懲罰を加えるだろう。
 まして霊剣を〈よごれ〉させるようなまねをすれば、われわれは完全に滅ぼされるだろう」

 竜人の長の答えを聞きながら、バルドはあることに気付いた。
 やはり長は嘘をついている。
 隠し事をしている。
 長は、〈あるじ〉がジャン王の遺産を探しているのはそれを破壊するためだと言った。
 だが同時に、〈あるじ〉は竜人たちが最後の古代剣を〈よごれ〉させてしまうことを決して許さない、と言った。
 矛盾しているではないか。
 ここまで長が述べてきたことからすれば、ジャン王の遺産の力を呼び出すには、中継装置と古代剣と使い手が不可欠だ。
 古代剣を〈よごし〉てしまえば、もう二度とジャン王の遺産の力を呼び出すことはできなくなる。
 それこそ〈あるじ〉の望むところのものではないか。
 だから何かが違う。
 〈あるじ〉が遺産を探す目的が破壊である、というのが違うのだろうか。
 だとすると、その遺産を得て〈あるじ〉は何をするのだろうか。
 また、もしかすると、竜人たちが遺産を得て〈あるじ〉を滅ぼすというのが嘘なのかもしれない。
 だとすると、遺産は〈あるじ〉に対してどんなことができるものなのか。
 結局、その遺産とは何でありどのような働きをするものなのかが問題だ。
 長は話している以上の何かを知っている。
 だがそれを漏らすことはないだろう。
 バルドは際どい質問をした。
 眠っているあいだに怪物を殺そうとは考えなかったのか、と。

「むろん、考えた。
 考えただけではなく、かつて試みたことがある。
 竜人の戦士たちが囚われの島に押し寄せ、〈あるじ〉を殺そうとした。
 だがわれらは〈あるじ〉の姿を見つけることさえできなかった。
 〈あるじ〉は島の奥深くに隠れているのだ。
 探しても探しても、〈あるじ〉は見つからなかった。
 探索しているうちに、〈あるじ〉が目覚めてしまった。
 〈あるじ〉はわれらを調べ、われらが〈あるじ〉を殺そうとしたことを知った。
 〈あるじ〉の懲罰は苛烈だった。
 当時の族長を含め、われらの半分が殺されたのだ。
 どんなふうに殺されたと思う。
 〈あるじ〉は、われらに、手近な者同士が組みになるよう命じた。
 そして組みになった者のうち、背の高い者が背の低い者を殺すよう命じたのだ。
 母は子を殺し、夫は妻を殺した。
 その支配の力は絶大で、誰一人拒むことはできなかったのだ。
 やつはわれらのすべてを一度に、しかもいとも簡単に支配下に置き、その残酷な命令を下したのだ。
 しかもそのとき以来、〈あるじ〉はわれらが囚われの島には近寄れない呪いを掛けた。
 人間たちよ。
 〈あるじ〉が殺せるかどうか、試してみるなら試してみるがいい。
 だがわしらがお前たちをあそこに連れてゆくことは不可能だ」

 バルドは違う質問をした。
 その遺産とやらは、どんな形や色をしており、どんな大きさをしており、どんな働きをするものなのか、お前たちは知らぬと言う。
 しかし、〈あるじ〉はお前たちにそれを探させたのじゃろう。
 形も色も大きさも分からずに探せるわけがない。
 何かの情報は与えられておるはずではないか、と。

「分からぬ。
 分からないのだ、人間。
 ただそれはとてつもない力を秘めているということしか知らされていないのだ。
 ただ〈あるじ〉が言うには、それは明らかに自然のものではなく、作られたものであり、目にしさえすればそうと分かる、というのだ」

 パタラポザは、遺産とやらがどこにあるかは知らない。
 だが、どんな大きさでどんな形でどんな働きをするかは知っているわけだ。
 ただしそれは、その形や大きさを知らないという竜人たちでさえ、いったん目にすればそうと分かるものであるという。
 それはパタラポザを滅ぼせるものであると、竜人の長は言う。
 そうかもしれないし、そうでないかもしれない。
 しかしいずれにしても弱点なのだ。
 どういう意味においてかはまだ分からないが、そのジャン王の遺産とやらはパタラポザの弱点なのだ。




 8

 バルドはいよいよ核心に迫る質問をすることにした。

  ポポルバルポポ殿。
  遺産の力を呼び出すための仕掛けとやらがフューザにあるということだったが、詳しく聞きたい。
  それはどこにあり、どうやってたどり着くのか。
  また、どうやって使うのか。

 ポポルバルポポは、器の中の飲み物をすっかり飲み干した。
 そして、ようやくバルドのほうに向き直り、目を光らせた。
 射抜くような視線だ。
 そしてその視線は、一瞬だが確かに古代剣をとらえ、そして外された。

  気付いておる!
  この竜人は、わしが誰か、わしが腰に提げているのが何かを知っておるわい。
  知っていて気付かぬふりをしておる。

「そこに行くには、二つの道がある。
 一つはフューザの山腹にある扉から入る道だ。
 ここは空を飛んでいきさえすれば、ごく簡単に行くことができる。
 だがこの扉の開閉は〈あるじ〉の完全な支配下にある。
 今回に限って、〈あるじ〉は眠る前にこの扉を閉ざしてしまった。
 〈あるじ〉が眠っているあいだは、この道は使えない。
 もう一つは風穴から入って上って行く道だ。
 それは〈試練の洞窟〉と呼ばれている。
 〈初めの人間〉が作ったのだ。
 〈試練の洞窟〉は長く険しい。
 そしてその道中には〈初めの人間〉が配置した〈敵〉が待ち構えている。
 〈敵〉を打ち倒さなければ、先には進めないのだ。
 すべての〈敵〉を倒して進めば、中継器にたどり着く。
 それは宙に浮かぶ金色の玉で、霊剣の力を解放してその玉に呼び掛ければ、遺産の力を引き出すことができる」

 ずいぶん詳しいことだ。
 長年にわたり人間世界で調べ上げたのだろうか。
 ただし族長ポポルバルポポが、その知識のうち何をそのまま語り、何をねじ曲げて伝えているかは分からない。
 じゅうぶんに注意しながら族長の言葉を聞かねばならない。
 さて、そうとして今聞いた事柄を整理すればどうなるか。
 竜人は遺産の力を得たい。
 それにはバルドと古代剣を、中継器とかいうものの場所まで連れて行かねばならない。
 だが簡単に入れる道は閉ざされており、〈試練の洞窟〉とやらを通り抜ける困難な道を通らなくてはならない。
 〈試練の洞窟〉とやらにいかに強い敵が出るとしても、この恐るべき竜人たちならば簡単に制覇できるだろう。
 この竜人たちで勝てない相手なら、誰にも勝てない。
 ということは。

 バルドは訊いた。
 では、反乱者とやらは、その〈試練の洞窟〉を制覇し、バルド・ローエンと霊剣をそこに連れて行こうとしたのだな、と。

「制覇できなかったのだ。
 いや。
 そもそも挑戦することさえできなかったのだ。
 〈試練の洞窟〉が制覇できたのであれば、わしも反乱者たちの思惑に乗ってもよかったのだがな。
 〈あるじ〉が眠りについてから、反乱者たちは中継器のある場所に行こうとした。
 そしてフューザ中腹の扉が閉ざされていることを知った。
 そこで〈試練の洞窟〉に挑もうとした。
 〈試練の洞窟〉は風穴の中にある。
 風穴の入り口はマヌーノどもが管理しているが、これはどうということはない。
 空を飛んで行けば、簡単に入り口までは行けるのだ。
 そして風穴に入ることはできる。
 だが、その奥に進めないのだ。
 入り口にはただし書きがあり、三人以上六人まででなければならないと書いてある。
 だがなぜかどんな勇士六人で挑んでも、奥への道は開かれないのだ。
 つまりわれら竜人にはなぜか〈試練の洞窟〉に挑戦する資格が与えられていない。
 その理由は分からぬ」

 バルドは族長ポポルバルポポのこの言葉を訊いて目を見開いた。
 そして、反乱者とはどういう者たちで、何をし、今どうなっているのか、と訊いた。

「反乱者というのは、〈あるじ〉にわれわれが使役されている状況にがまんのならない者たちだ。
 そういう者は多い。
 不満を口にするだけならよかったのだ。
 それは〈あるじ〉の懲罰の対象とはならぬ。
 だがトトルノストトとその同調者たちは、この最後の機会に何としても〈あるじ〉を滅ぼしたいと考えた。
 初めトトルノストトがパルザム王国の都に使いを送って霊剣と使い手を差し出すよう命じたときには、わしはそれに気付かなかった。
 ほんの数人が二日ばかりどこかに行っていただけだからな。
 だが霊剣と使い手を回収に向かったときには、さすがに見逃せなかった。
 何しろ率いた人数が多すぎた。
 やむなくわしは残った者を尋問した。
 そしてトトルノストトが七回にわたり〈試練の洞窟〉の挑戦に失敗していること、業を煮やして霊剣とその使い手を伴って〈試練の洞窟〉に挑もうとしていることを知った。
 これはさすがに見過ごせなかった。
 あまりに見込みの低い賭けだからな。
 それに、人間などいくら殺してもかまわないが、霊剣とその使い手に手を出したら、〈あるじ〉はわれらを絶対に許さない。
 わしはトトルノストトを捕らえ、その位階を下げ、謹慎させた」

 謹慎させているのか。
 ということは、ポポルバルポポは本気でトトルノストトを罰する気はない。
 あくまでパタラポザの手前をはばかっての処置なのだ。
 それはそうだろう。
 覇気あふれるトトルノストトは次代の竜人たちを率いる貴重な人材だ。
 殺したいわけがない。
 しかしそれでは族長ポポルバルポポは何を狙っているのだろう。
 〈あるじ〉が目を覚まして遺産を手に入れるのを黙って見ているつもりなのか。
 それとも。

 考えろ。
 考えるのだ。
 竜人の族長ポポルバルポポの狙いは何なのか。
 タランカが質問を続けてよいかといわんばかりにバルドの様子をうかがっている。
 まだまだ訊きたいことがあるのだろう。
 いっそここはタランカに任せてみるか。
 いや、しかし。
 何かが気に掛かる。
 なぜポポルバルポポは、バルドのほうを見ようとしないのか。
 明らかにここにいる老いた人間がバルド・ローエンであり、その腰にあるのが最後の〈よごれ〉ていない霊剣だと気付いているのに、気付かないふりをするのか。
 ポポルバルポポは何を狙っているのか。

  そうか!

 バルドは族長にしゃべらせすぎたことに気付いた。
 これ以上ポポルバルポポに質問をしてはいけない。
 何かをしゃべらせてはいけない。
 いや。
 だが、あと一つ。
 あと一つだけしたい質問がある。
 バルドは族長に訊いた。
 精霊が狂うのはなぜであり、いつ始まったのか、と。

「なに?
 ああ、精霊か。
 なぜ狂うか、だと。
 獣に取り憑いた精霊のことだな。
 知らん。
 われわれは精霊にも、精霊が取り憑いた獣にも、まったく興味はない」

 これは予期しない答えだったので、バルドはしばし言葉を失った。
 しかし、そうなのだろう。
 竜人は精霊にも魔獣にも興味がないのだ。
 おそらく魔獣は竜人を襲わない。
 襲ったとしても、竜人たちにとっては少しも脅威ではない。
 またこの口ぶりでは、竜人たちは精霊憑きになろうとは思わないのだろう。
 そんなことができるとは知らないのか。
 いや。
 もしかすると、竜人は精霊憑きにはなれないのかもしれない。
 いずれにしても、正常な精霊がいない今、考えてもしかたのないことだ。

 ふと見れば、タランカが口を開こうとしている。
 いかん。
 タランカに質問をさせてはいけない。
 バルドはせき込むように族長の娘チチルアーチチに向かって言った。

  これで話し合いは終わった。
  チチルアーチチ殿。
  われらを連れて帰れ。

「何?」

 チチルアーチチは驚いてバルドの顔を見つめ、それから父であるポポルバルポポを見た。
 ポポルバルポポもチチルアーチチのほうを向いて、何事かを表情に込めた。
 竜人の表情など読み取りようもないが、族長の表情を見てチチルアーチチは納得したようだ。

「分かった。
 だが今からでは夜の寒い時間に空を飛ぶことになり、お前たちは弱るか死ぬだろう。
 昨夜送り届けた場所に今から送る。
 帰還は明日の朝だ」

 急な展開にタランカが何事かを言いたそうにしている。
 だが、駄目だ。
 無用な質問などされたら、せっかくの族長の手回しが無駄になりかねない。
 ここは素早く引き上げる必要がある。
 竜人たちの飛竜に送られ、バルドたちは昨夜過ごした砂浜に戻った。





 9

「バルド様。
 なぜ急に会談を終えられたのです。
 まだまだ問い(ただ)したいことがありましたのに」

  だからじゃ。
  あれ以上族長にしゃべらせてはならなんだ。
  特に〈試練の洞窟〉についてはのう。

「分かりません。
 〈試練の洞窟〉についての知識こそ、われわれが求めていたものです。
 そこに怪物を倒せる手立てがあるのではないですか」

  そうじゃ。
  そして族長ポポルバルポポは、わしらに〈試練の洞窟〉に踏み込む手立てを探させたがっておる。

「は?」

  よく考えてみよ。
  なぜ族長は、われらをこの島に招いた。
  なぜわれらの質問に、あれほど懇切に答えた。
  竜人は人間のことなど虫けら以下にしかみていないというのに。
  それはわしたちに〈試練の洞窟〉のことを教え、わしらにその謎を解き明かさせるためじゃ。
  じゃが、はっきりそうと言うわけにはいかなんだ。
  それは禁忌に触れるのじゃ。

 このバルドの指摘に思考をなじませるため、タランカは少しの時間を必要とした。

「……そう…か。
 〈あるじ〉とやらは、自分が眠っているあいだに〈試練の洞窟〉を踏破する者が現れることを嫌ったにちがいない。
 そして〈試練の洞窟〉のことを知っているのは竜人だ。
 だから竜人の族長に何かの制限を加えた。
 族長が誰かに〈試練の洞窟〉に行くよう命じたり依頼したりできないように。
 それは心にかけられた制限かもしれないし、あるいは……」

 そんなことを族長が言い出したら、チチルアーチチが族長の首を刈り取ったかもしれんの、とバルドは言った。
 カーズとカーラは、黙ってバルドとタランカの問答を聞いている。
 タランカは独り言のように言葉を続けた。

「もしもバルド様が、自分たちが〈試練の洞窟〉に行くと言っていたら、族長はどうしたか。
 われわれを皆殺しにしたかもしれない。
 いや、バルド様は殺されなかったろうけれど。
 それぐらいの制限はかけられていて不思議でない。
 そうか!
 族長はバルド様と魔剣スタボロスに気付いていたようだったのに、それを確かめようとはしなかった。
 それどころか、意図してバルド様から目線を外そうとしていた。
 魔剣とその使い手が目の前に現れたなどということを、確かめるわけにはいかなかったんだ。
 ああ、そうか。
 ほかにもどんな制限があったか分からない。
 だから私があれ以上よけいなことを言う前に、バルド様は会談を終わりになさったのですね」

 バルドはタランカに微笑んで、そうじゃ、と言った。
 〈試練の洞窟〉とやらに行かなくてはならない。
 そこには罠があるだろう。
 族長ポポルバルポポの話も、全部が全部真実とはとても信じられない。
 本当に竜人たちは、遺産とやらの中身をまったく知らないのか。
 いや、およその見当がつくからこそ、怪物が目覚める前に何としてもその力を手に入れたいのではないか。
 また、バルドたちが〈試練の洞窟〉に踏み込む方法を発見したとして、そのあとどうするつもりなのか。
 まさか人間たちが遺産とやらを得て〈あるじ〉を倒すことを狙っているのか。
 だが気位の高い竜人が、人間が超越的な破壊の手段を得ることを許すだろうか。
 とすれば、遺産とやらが解放されたあと、それを奪い取る算段があるのか。
 族長には間違いなく何かのたくらみがある。
 だが、それでも。
 この島で得た知識は、バルドの探索を大きく前進させた。
 今や向かうべき場所が明らかとなり、調べるべき物が明らかとなった。
 それにこちらにも隠し玉はある。
 精霊憑きの薬師ザリアである。
 ザリアの知恵と不思議な力は、バルドたちを導いてくれるだろう。

  見ておれよ、竜人の族長。

 バルドは新たな冒険を得て、胸の血が熱くたぎるのを感じた。




2月22日「試練の洞窟(前編)」に続く
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