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辺境の老騎士 作者:支援BIS

第7章 迷宮への挑戦

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第8話 イステリヤ(前編)


 1

 太陽神コーラマが、西の水中に身を隠しかけるころ、東の水の上に大地が現れた。
 小さな大地だ。
 もっとも、小さいというのは周りの広大な水の世界と比べてのことであり、その小さな大地は、パルザムの王都とどちらが大きいか、というほどの大きさを持つ。
 間もなく一行は、その小さな大地の西の端に降り立った。
 波が打ち寄せる際であり、いくつもの岩棚が折り重なっている。
 見れば岩棚の中央を小さな水流が通っており、岩棚の中ほどでは水たまりができている。

「ここで一晩過ごせ。
 あなぐらもあるし、水もある。
 草や木や枯れ枝もある。
 明日、朝の食事が済んだころに迎えに来る」

 そう言ったチチルアーチチに、バルドは、ここまで世話になったのう、と礼を言った。
 タランカは、質問をした。

「チチルアーチチ殿。
 この水の上の大地が竜人のすみかなのか」

「そうだ。
 この(ククル=リ)こそが、竜人の国たるイステリヤだ。
 われらの住まいはククル=リの東側から中央にかけてだ」

「ククル=リとは何か」

(ユーグ)の中にぽつんと浮かぶ大地のことだ」

「ユーグとは、この広大な水の大地のことか」

「水の大地、とはおもしろい言い方だな。
 だが、その通りだ。
 こうした言葉は人間の言葉なのに、お前たちは知らないのだな」

「チチルアーチチ殿。
 竜人には竜人の言葉があるのだろう」

「無論だ」

「あなたがたは普段人間とまじわらないはずだ。
 なのになぜ、あなたはそんなにも見事に人間の言葉が話せるのか」

「……それについては、明日族長に訊け」

 ここでバルドが質問を挟んだ。
 バルドはチチルアーチチにこう訊いた。
 ククル=リというのは、イステリヤだけでなく、ほかにもあるのか。

「ある、と聞いている。
 だが私たちが知るのは、このイステリヤだけだ。
 ……いや。
 もう一つ知っているな。
 それについては明日族長に訊け」

 バルドが訊きたかったのは、取りあえずそれだけだ。
 タランカがチチルアーチチに言った。

「分かった。
 疲れているところを済まなかった。
 他の竜人たちにもチチルアーチチからねぎらいを伝えてくれ。
 チチルアーチチに抱かれての空の旅は心地よかった」

「……お前は変な人間だ」

 チチルアーチチはそう言い置いて、仲間を連れて飛び去った。
 カーラがうさんくさげな目つきをタランカに向けた。

「あんた、あの竜人の女を口説くつもり?」

「いや、そんなつもりはないよ。
 でも仲良くしたい、と思っている」

 仲良くか。
 なるほどそれは大事なことじゃ、とバルドは思った。
 竜人たちは味方というわけではない。
 むしろ敵だ。
 いよいよのところでは決して友誼を結べる相手ではない。
 しかしだからこそ、対話し理解することが必要だ。
 仲良くしたい、というほどのところに心を置くことは、とてもよい。
 そうでなければ交渉などできない。
 タランカはまだ若いのに、老練な貴族のような発想ができている。
 バルドは大いに感心した。




 2

 太陽神は水に没したが、暗闇にはほど遠い。
 中天には姉の月(スーラ)が輝き、妹の月(サーリエ)も銀の馬車に乗って姿を現した。
 星神ザイエンはひときわ豊かに星々の光を降らしている。

 さて、食事の準備をしなくてはならない。
 バルドたちが下ろされたのは波打ち際の砂浜である。

「このまま砂浜で食事にしよう。
 僕はたきぎ拾いをするから、カーラはこの鍋に水を汲んで、スープの具を準備しておいてくれるかな」

 カーラが鍋を持って波打ち際に向かうのを見て、バルドはあることを思い出した。
 そこでカーラに、ユーグの水は塩水のはずじゃ、と声を掛けた。

「あら、そうなの?
 じゃあ、塩が節約できてちょうどいいわね」

 カーラは鍋に(ユーグ)の水を汲み、それを手ですくって飲んだ。
 そして、何とも言えない顔をした。

「うえええええええ。
 からい。
 塩からい。
 それに、なんていうか、まずい。
 だめだわ。
 この水じゃ、スープは作れない」

 そう言って、岩棚をのぼって清流を汲み取った。
 カーズはといえば、砂浜の端にある岩場に上って何かを見ている。
 そこは清流が流れ落ちる場所であり、ごつごつした岩が折り重なっている。
 打ち寄せる波が岩に当たって砕け飛び散っている。
 カーズは砂浜のほうに戻って来た。
 波打ち際をあさっている。
 何かを見つけたようだ。
 それは貝だった。
 二、三個の貝を拾うと、また岩場に戻った。
 カーズの体が岩場の影に消える。
 下のほうに降りたのだろう。
 ほどなく岩場から出て来た。
 剣を抜いている。
 その剣の先で何かがはねている。
 びちびちと。
 魚だ!

 バルドにも、ようやくカーズの狙いが分かった。
 岩場に魚が寄って来るのに気付いたカーズは、貝の身を水に落とし、それを食べに来た魚を剣で突いたのだ。
 なんという技。
 魔剣〈ヴァン・フルール〉をそんなことに使ってよいのか、と少し思ったが、カーズが自分でやっていることなのだから、よいのだろう。
 その後カーズは人数分の魚を獲った。
 (ユーグ)の魚は、泥臭さがなく、非常に美味だった。

 食事のあと、四人は思い思いに過ごした。
 なかなか寝付けなかった。
 何しろこの風景は素晴らしい。
 星神に照らされ、風神に吹かれてさざめき揺れる広大なる海。
 飽きることのない眺望である。

 それにしても、この大いなる海がユーグだったのか。
 バルドは感慨を深くした。
 ユーグ、というのは古い古い神の名だ。
 何の神かといえば冥界の神なのである。
 大オーヴァが流れていく先は巨大な奈落となっており、その落ち込んでいく先は冥界である。
 すべての死者の体が流れ着く場所こそが冥界なのである。
 したがって冥界は闇そのものであり、混沌そのものでもある。
 と同時に新たな命の揺り籠でもある。
 死者はユーグのもとで安らう。
 そして新たな命となって地上に生まれていくのである。
 なんとなれば、闇とは命を包み守り育む働きだからである。
 辺境ではユーグの名は忘れられていない。
 バルドも、川に流した手紙は大オーヴァに流れつき、それからユーグに送り届けられるものだと思ってきた。

 ここから先は、ロードヴァン城からパルザム王都への旅の途次、マッシモサンボ位伯に聞いたことである。

 がやがて、死者の魂魄は霊峰フューザに集まって神々の庭にいざなわれる、という信仰が力を持つようになった。
 また、パタラポザなる闇の神が現れ、(くら)きもの、おぞましきもの、怪しきものをつかさどるといわれるようになった。
 生命の誕生は豊穣神ホランのわざとされるようになった。
 こうしてユーグはその権能を奪われ、ただオーヴァの水を飲み込み続ける神となり、人々から忘れ去られていったのだという。

 だが、ユーグはここにおわす。
 オーヴァの水を飲み込み続けたその巨体で大陸を覆い、人の目に見えないところで人の暮らしを支え、この世のことわりを守り続けているのだ。

 ふと見れば、タランカはひとり何事か考え込んでいる。
 波打ち際ではカーズのそばにカーラがにじりよっている。
 バルドはユーグとザイエンに寿言を贈って報謝した。




 3

 一行が朝食を終えてしばらくして、チチルアーチチがやって来た。
 三騎の飛竜を従えて。
 四人を乗せて飛び立つと、海岸線に沿って北に移動した。
 そしてある場所で空中に静止し、チチルアーチチは言った。

「あれを見よ」

 チチルアーチチが指し示す方角には、一つの(ククル=リ)があった。
 それは小さな小さな島だ。
 薄い赤色をした岩でできており、一本の木も生えていない。
 あれはいったい何なのか。
 あの島がどうしたというのか。
 バルドたちの疑問に答えは与えられず、一行はそこから再び移動を開始した。

 今度はイステリヤの中央部に向かって飛んだ。
 島の中央部は巨大なそそり立つ岩山となっており、その中央部がぱっくりと割れている。
 さらに近づくと、その割れた壁面にたくさんの穴が開いているのが見えた。
 穴と穴とをつなぐように壁面には階段が掘られている。
 穴の中から飛竜に乗って飛び出す竜人がいる。
 つまりあの穴が竜人たちの家なのだ。
 一行は壁面の最上部の穴に向かった。
 バルドたちはそこで降ろされた。

 ここから落ちたら命はないのう。
 と、バルドは思った。
 不思議なことに飛竜に乗って飛んでいるときには、高い空の上にいるという恐ろしさは感じなかったのだが、今は高さの恐怖を強く感じた。
 バルドたち四人とチチルアーチチは、洞窟の中を進んだ。
 どういう仕掛けか分からないが、奥に進んでも洞窟の中はぼんやり光っている。

 ほどなく最奥部に着いた。
 そこには一人の巨大な竜人がいた。
 恐らくひどく年老いた竜人だ。
 岩壁に背を預けて座っている。
 その竜人に向かってチチルアーチチが言った。
 竜人の言葉なので意味は分からない。
 だが短い言葉の中に、フューザリオン、タランカという言葉があったのは聞き取れた。

「人間たち。
 わしはイステリヤの族長ポポルバルポポ。
 お前たちを歓迎しよう。
 タランカという人間はどれだ」

「私がフューザリオンのタランカです。
 族長ポポルバルポポ。
 私たちの要求に応じ、会談の場を設けてくれたことに礼を言います」

 そして待ちに待った竜人の長との対話が始まった。
 ついにバルドが追い求めてきた秘密が明かされるのだ。




2月16日「イステリヤ(後編)」に続く
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