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辺境の老騎士 作者:支援BIS

第6章 フューザリオン

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第5話 祝福の大地(後編)





 6

「おい、じじい。
 お(めえ)、あの村の(もん)か」

「雇われ用心棒かい、その年で。
 大変だなあ」

「楽にしてやるぜ。
 今日限り金を稼ぐ必要もねえ。
 死んじまうんだからな」

「げっへっへっ。
 よかったな、でっけえじいさん。
 その代わり、お(めえ)の金は頂いとくぜ」

「馬と(くら)(よろい)もな」

 馬に乗ったごろつきは久しぶりだ。
 しかもわりとちゃんとした剣や槍を持っているようだ。
 槍が欲しかったから、ちょうどよい。
 風体と匂いはひどいものだが。
 五人もそろって馬で近づいてくるものだから、村の手前で出迎えてみたのだ。

 一人が斬り掛かってくるその剣を古代剣で迎え打った。
 相手の剣は折れ飛んだ。
 すれ違いざまに首に斬りつけた。
 そしてその真後ろにいた賊の頭を正面から割り砕いた。
 ユエイタンが右回りに素早く体を回転させる。
 その勢いを利用して、三人目の賊が振り返りかけたその頭を横から斬り飛ばす。
 その賊が馬から落ちる前に、持っていた槍を奪い取ると、逃げだそうとした賊の背中に放った。
 最後の一人はすでに馬を走らせて逃走にかかっていたが、あっという間に追いついて、頭に斬りつけようとしたがやめて、体当たりして馬から落とした。
 なぜ頭を斬らなかったかというと、そこそこ使えそうな(かぶと)をしていたので、もったいないと思ったのだ。
 起き上がった所を殺そうと思っていたら、倒れていた賊をユエイタンが踏みつけた。
 みっともない声を出して五人目の賊も死んだ。
 五頭の馬と装備が手に入ったわけである。
 すぐにクインタとセトがやって来て、使える物をはぎ取ってくれるだろう。

 ここに豊かな村があるということが評判になっているようだ。
 実際、バルドもカーズもジュルチャガも金持ちである。
 必要な物を買う金は惜しまない。
 無論それはわずかな地域での限られた評判なのだが、そのうち噂は広がるだろう。
 遠く南に見える山脈には、ボーバードを始め南の地域で食い詰めたごろつきや野党が逃げ込むことも多いようだ。
 山の上からここの煙を見ると、襲いに来たくなるのだろう。
 さほど得る物がないとしても、防衛力がないというのは最大の魅力なのだ。
 そしてバルドとカーズの腕を見て驚いて逃げようとする。
 襲ってくれば殺すが、逃げる者は逃がすこともある。
 逃げた者は仲間を集めてもう一度来るかもしれず、ほかの村を襲うかもしれない。
 本当は捕まえて、ヒマヤの街あたりに引き渡したいのだ。
 奴隷として売れるし、うまくその労働力を使ってくれるだろう。
 無駄な殺生もせずにすむ。
 だがそれにはちゃんとした村長が要る。
 この村が村としてちゃんと認められる必要がある。
 村長なしで、これは盗賊ですと突き出しても、お前がそうだろうと言われかねない。
 ジュルチャガは自称村長に過ぎない。
 相変わらずの交渉力で、買い物は何とかうまくできている。
 こんな辺鄙(へんぴ)な開拓村にどうしてそんなに金があるのかとは思われているだろうが。
 しかしちゃんとした村であり村長だと、ヒマヤやその他の街から認められてはいない。
 やはり何とかしなくてはならない。

 もう一つ何とかしなくてはならないことがある。
 カーズとドリアテッサのことだ。
 今まではカーズを遠出させるわけにいかなかった。
 最初こそヒマヤへの買い物に行かせたが、その後は二、三日以上村を離れないようにしてもらっている。
 だが村の設立から一年が過ぎ、村もずいぶん立派になった。
 何しろちゃんとした工具があり、たっぷりの塩があり、腕の立つ騎士が二人いるのだ。
 とびっきり目端の利く村長と、腕利きの薬師までいる。
 地理的条件のよさはいうまでもなく、発展するのに必要な条件はすべて備えているといってよい。
 村人はもう百人に近いし、それなりに腕に覚えのある者も何人かいる。
 なかなか立派な家が二十二軒建ったし、柵もある。
 あちこちにエガルソシアの畑があり、順調に育っている。
 もうカーズが遠出しても、いや、抜けても何とかなる。





 7

 騎士とは貴族であり領主であり、独立独歩の存在であった。
 しかし、規模の大きな家が生まれると、自身では領地を持たず主君の家の一部を貸し与えられて生活する騎士も現れた。
 彼らもやがては手柄を立て、主家が大きくなるに従い、領地を下賜され独立していった。
 実際にそうなれるかどうかはともかく、それが自然なあり方であると思われていた。
 ところが大きな国が生まれて貴族家が巨大化していくと、最初から最後まで主家に従属することを前提とした階層が生まれた。
 彼ら従属騎士もれっきとした貴族であるが、その地位身分は主家の権勢と財力次第ということになる。

 カーズ・ローエンは従属騎士ではなくバルドの跡継ぎであるが、そのバルド自身が領地も身分も持たない身なのである。
 であるからカーズは身元の怪しい従属騎士とみなされる。
 カーズがドリアテッサを(めと)ることは不可能なのだ。
 だが、ドリアテッサはコヴリエン子爵である。
 自身が領地持ちで爵位持ちなのだ。
 カーズのほうが入夫すれば領主代理として身を立てることができるから、二人は結婚できる。
 無論その場合でもカーズが名誉ある騎士であると証明されることがぜひとも必要ではある。
 バルドは騎士証明を書こうかと思ったが、やめた。
 アーフラバーンが、そして何人もの騎士たちが、カーズの身元を証してくれるだろう。
 それを期待してよい程度の働きはしてきた男なのだ。

 カーズには、ドリアテッサと結婚して幸せになってほしい。
 それが、ここを出て行き帰って来ないということを意味するのであっても。

 騎士証明を書くことをやめたのは、バルドの意地でもある。
 もう少しいえば、カーズに対する申し訳なさが、そこにある。
 バルドが領土や財産やきちんとした身分を持った騎士でさえあれば、カーズに肩身の狭い思いをさせることなく、堂々とドリアテッサに結婚を申し込ませることができた。
 だが、今のバルドは、つまるところただの放浪騎士にすぎない。
 自分がしっかりした身分さえ持っていればと思うと、カーズに対してたまらなく申し訳ない気持ちになるのである。

 しかし。
 しかしである。
 騎士としての立派さは、領土や財産や身分をもってしか計れないものなのか。
 むしろ、騎士としての立派さは、武威と、志望と、何をなしてきたかによってこそ計られるものではないのか。
 とすれば、カーズ・ローエンほどの騎士が、この大陸にあろうか。
 あれほどのことを黙々としてなしてきた騎士が、愛しい姫に求婚する資格さえ持てないというようなことが、あってよいのか。

 だから、騎士証明を書かずにカーズを送り出すことにしたのは、バルドの意地である。
 この男をどう遇するつもりか、とバルドはファファーレン家に、ゴリオラ皇国に問いかけるのだ。
 それは騎士の振る舞いを見守り裁定する神々への挑戦でもある。

 神々よ。
 大いなる命よ。
 あなたがたが、カーズ・ローエンのしてきたことに正義と献身を認めるなら。
 その業績を賞めるならば。
 どうかこの求婚を成就させよ。

 バルド・ローエンは、そう言いたいのである。




 8

 九月二日。
 ジュルチャガのフューザリオン設立宣言からちょうど一年目の日。
 神々に供物を捧げ、たくさんの肉を焼き、酒と果物の汁でお祝いをした。
 たまにはこういう祭りが必要なのだ。
 みんな大いに楽しんだ。
 子どもたちも、まつり、まつりとはしゃいでいる。
 この一年でクインタもセトも、ユグルもヌーバもミヤも、見違えるほど成長した。
 それまで栄養が足りていなかったのかもしれない。
 ミヤは四歳ぐらいかと思っていたが、どうも本当に六歳ぐらいだったようだ。

 クインタはひどくたくましくなってきた。
 弓で魚を射抜くわざも身につけた。
 剣もどんどん上達している。
 血を見ても動じないし、猛り狂う野獣を目の前にしてもひるまない。
 中原のへなちょこ従卒よりよほど使い物になる。

 セトは落ち着いた性格で思慮深い。
 人の話を理解する力が高く、自分の気持ちを表現するのもうまい。
 子どもたちのまとめ役だったのだが、最近ではジュルチャガの助手としてなかなか活躍している。

 バルドは満ち足りていた。
 この年で開拓農民のまねごとはきつい。
 だがそれ以上にやりがいがある。
 殺してばかりだった人生の最後に、一つの村を作り出す手伝いができたのだ。
 子どもたちが、じいじ、じいじ、と慕ってくれるのもうれしい。
 年寄り扱いされるのがこんなにうれしいことだと初めて知った。
 五人のみなしごは、もはやバルドの孫にひとしい。
 このまま村が栄えていくのを見守ろう。
 そしていよいよ体が衰えたらフューザに登って死ねばよい。
 そんなふうに考えるようになった。

 その夜バルドはカーズに言った。

 ドリアテッサ殿の元に行け。
 ゆっくりしてきてよいぞ。
 ドリアテッサ殿も、お前も、ジュルチャガも、幸せにならなくてはならぬ。
 義理や立場にとらわれるな。
 自分の生きていく場所、居たい場所は、自分で決めるのだ。
 心のままにな。
 そのことを遠慮してはならぬ。
 分かるな。

 カーズは、うなずいた。
 そして、にこりと笑った。
 この男がこんな表情を見せるとは。
 愛し合う二人を引き裂いてきた罪を感じて胸が痛んだ。

 待てよ。
 カーズとドリアテッサが結ばれたとしてだ。
 ジュルチャガはどうする。
 村長になり落ち着いたのだ。
 嫁が要るではないか。
 うむ。
 わしの生涯の最後の大仕事は、ジュルチャガに妻を(めと)らせることじゃな。
 バルドはその夜寝るときまで鼻息が荒かった。

 翌朝早く、カーズは出発した。
 バルドはそれを見送った。
 ジュルチャガとクインタとセトも見送った。
 この三人とザリアには、カーズを皇都に使いに出すと伝えてある。
 もう戻らないだろうということは教えていない。
 見る間にカーズの姿は草原のかなたに消えた。

 シロヅノの大群が移動している。
 すぐに冬が来るから、シロヅノを二頭ばかり()って燻製(くんせい)にしておきたいところだ。
 空を白い鳥の群れが横切った。
 あれはカリカザイだろうか。
 焼いても煮てもうまい鳥だ。
 これほど豊かな地は、世界中探しても少ないのではないか、とバルドは思った。





 7

 その夜バルドは奇妙な夢を見た。
 丘の上に二人の立派な騎士がいる。
 一人の騎士は壮年で、もう一人はごく若い。
 若い騎士があるじで、壮年の騎士がその配下だと、様子で分かった。

「見よ、クインタ。
 ここからはわが国も霊峰フューザも、そしてオーヴァまでもが一望できる。
 絶景だ」

「まことに。
 ところで、御大将」

「ん。
 何だ」

「王をお名乗りなされ」

「なにっ。
 これまで通りではいかんのか」

「ここまでフューザリオンの規模が大きくなっては、共和制ではやっていけません。
 それに領主たちも、騎士たちも、民も、他国も、あなたが王だと思っています。
 みんな、あなたが成長するのを待っていたのです」

「む。
 だが母上が何とおっしゃるか」

「御大将の御名を名付けられたは、その母上様ですぞ。
 どこの王家にも負けないほど格式の高い御名を。
 そのお心は明らかではありませんか」

「他国が警戒するかもしれんな」

「逆です。
 今の状態のほうが不自然であり、不便であり、不審を呼ぶのです。
 良い騎士を育てたければパクラかフューザリオンに修行に出せ、と中原ではいうそうです。
 医学を学ぶ者、鍛冶を学ぶ者も一度はフューザリオンに行かねばならないといわれるとか。
 各国から料理人の修行申し込みの予約が詰まってヌーバが苦労しているのをご存じでしょう。
 今の共和体制からきちんとした王国になったほうが、諸国も付き合いやすくなるのです。
 神々に建国を宣言なさり、王位に就かれ、爵位を与え、大臣諸官を任じ、国としての形をお調えなされ。
 すでにタランカが準備を調えております。
 みな、この日の来るのを心待ちにしておりました。
 あとは御大将のお気持ち一つなのです」

「はは。
 聖地パクラと並べられるとは光栄だな。
 そうか。
 俺が王か。
 父上はさぞ驚かれような」

「まさに」

 目を覚ましたときも、笑い合う二人の声が耳に残っていた。
 この夢はいったい何だったのか。
 何かの予兆なのか。
 二人の騎士に見覚えはない。
 ないのだが、どこかで知っているような気もする。
 壮年の騎士はクインタと呼ばれていた。
 まさか、あのクインタなのか。
 ヌーバという名前も聞こえた。
 そして、若い騎士が乗っていた馬。
 懐かしい感じのする馬だった。
 目がユエイタンに似ていたのだ。
 目だけではない。
 体全体が、大きさといい力強さといい、ユエイタンによく似ていた。
 そして体毛の色とたてがみの様子は、クリルヅーカにそっくりであるように思われた。




10月25日「ジュルチャガの結婚」に続く
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