まれによくある夢の話
※意味とかは、深く考えないでください。
あらゆる命が春を謳歌する、よく晴れた日。
給食の後の授業。子守唄のように聞こえてくる先生の声。
(こんなの眠くなるに決まってるだろ……)
と、佐藤は心の中で愚痴をこぼした。
黒板を写す手が、どんどんと重くなっていく。ペン先に至っては、もう狙いを定めることすらままならない。
ダメだ。何とかして目を覚まさないと――そう決意し、眠気覚ましにと佐藤が視線を動かす。
しかしその視界に映ったのは、まるで逆効果な存在だった。
(……くそ、気持ち良さそうに寝やがって)
隣の席。地味系女子、鈴木。
そんな彼女が机に突っ伏して、すうすうと寝息を立てていた。
(ああ、ダメだ。引っ張られる。いや、違う、俺は寝ない。授業、を、受ける……起き……て…………
「――佐藤くんもこちら側に来てしまったのね」
落ち着いたその声に、佐藤は目を覚ました。
おもむろに首を動かせば、こちらを見る鈴木の顔。メガネの奥の瞳が、少し悲しそうな色に染まっている。
そういえば鈴木って、こんな声だっけ――と、佐藤は思った。
普段、鈴木はクラスで目立つタイプではない。特定の誰かと仲良く話している姿を見たこともないから、声を聞くのは授業中くらいなもの。
しかもその授業ですら、しょっちゅう今日みたいに眠りこけていて、それがおなじみの光景としてクラス全員――
「――って、あれ!? みんなどこ行った!?」
異様な光景に、佐藤の意識にかかっていた霞がようやく晴れた。
先ほどまでと変わらない教室。中世ヨーロッパの歴史が記された黒板に、それを書き写すべく、それぞれの机に開かれたノート。
しかし、それを使う者が誰もいないのだ。
先生もクラスメイトも、自分たちを除いて誰一人として。
「えっと……もしかして次、教室移動だった?」
そんな予定はなかったはずだが、みんな別の教室に行ってしまったのかもしれない。もしかしたら急きょ時間割変更があって、寝ている自分はそのまま放置されてしまったのかもしれない。
そう考え、尋ねた佐藤だったが、鈴木は首を横に振って応えた。
「いいえ、違うわ。安心して。今はまだ社会の授業中で、みんなちゃんと教室にいるわ――現実の世界の、ね」
「現実の世界?」
「ええ。だってここ、夢の世界だもの」
「えっと、それはどういう――」
こと、と続けようとして、佐藤は口を閉じた。
不意に背後から、新たな声が聞こえてきたからだ。
「おいおい、何だよ。佐藤くんもこっちに来ちゃってるのか」
「え!? た、高橋!?」
振り向いた先にいたのは、真後ろの席の高橋。
キリリとしたその顔立ちには、明らかに困惑の表情が浮かんでいた。
「そうか、佐藤くんも来ていたのか。これは由々しき事態になったな」
「ええ、そうね。まさか三人も集まってしまうなんてね」
「えっと……何がどうなってるの?」
揃って頭を抱える鈴木と高橋に、未だ状況を掴めていない佐藤。
それに、先ほど教室を見回したとき、高橋の姿はなかったはずだ。この教室には、自分と鈴木の二人だけだったはず。
そんな風に混乱する佐藤を見かねてか、鈴木は身体ごと向き直し、口を開いた。
「佐藤くん。さっきも言ったけど、ここは夢の世界なの。私たちは全員、授業中に居眠りをしている最中というわけなの」
「僕も今まさに居眠りを開始したわけだね」
「はぁ……」
そう言われれば、確かに鈴木は隣で眠っていた。そして佐藤も、自分が眠気に負けた記憶がぼんやりとながらある。
しかし、こんな風に夢を共有するなんてことがあるのだろうか。
と、疑問を抱いた佐藤であったが、そこに触れることなく鈴木の話は続いた。
「だけどね、三人もここにいるのはダメ。二人ならまだ許されただろうけど、さすがに三人は定員オーバーだわ」
「え、何かヤバいの?」
「ええ。だって三人も寝ていたら、先生も注意せざるを得ないじゃない」
「……は?」
「温和なことで知られる田中先生だけれど、さすがにクラスの一割――三十人中三人も居眠りしていたら、注意して、起こさざるを得ないじゃない」
「うん……まぁ……」
「しかも、僕たちは一か所に固まっている。これは非常に目立つ。先生の目に留まることは確実だ」
そこで、だ――と、真剣な面持ちで、高橋が言葉をつないだ。
「これより、誰がこの世界から出ていくべきか決めようと思う!」
瞬間、鈴木と高橋が弾けたように宙を舞い、教室の両端へと着地。
そしてそれぞれポーズを取りながら、声を合わせて叫んだ。
「我が内なる悪魔よ、その姿現し給え!」
声を合図にして、鈴木が肥大化した自分の影に、高橋は真っ赤な炎に包まれる。そしてそれらが消え去ると、鈴木の手には抜き身の刀が、高橋の背後にはドラゴンのような怪物が現れていた。
「な……何なんだよ、これ?」
非現実的な光景。
これが夢だということも忘れ、思わず呟いた佐藤だったが、しかし二人は答えない。代わりに返ってきたのは、真っ直ぐ通る高橋の声だった。
「さあ、佐藤くんも自分の内なる悪魔――睡魔を具現化するんだ!」
「は? 睡魔?」
「ふっ、それは無理な話よ、高橋くん。だって佐藤くんは、睡魔とは何かすら知らないもの」
「え? 眠気ってことじゃな――
「それに、素人が睡魔を制御するなんて到底できないわ」
「いや、制御って言ったら二人も――
「というわけでこの勝負、一気にケリをつけさせてもらうわ!」
言って鈴木は刀身を真横に、身体の正面で構えた。
「昨日私、リアルタイムで深夜アニメ観てたから、四時間しか寝てないの!」
ゆらり、と刀身から黒い影がにじみ出て、刃がそれを陽炎のように纏い始める。
高橋はその様をしっかりと見つめ、感嘆の声を上げた。
「なるほど。自らを寝不足に追い込むことにより、攻撃力を強化したのか。さすが鈴木さんだ」
「いや、さすがも何も自業自と――
「ならば、次は僕の番だ!」
佐藤の言うことには耳も貸さず、今度は高橋が高らかに宣言した。
「僕は、このクラスの委員長だ!」
高橋と共に、ゴアアア、とドラゴンが吠える。そして、その身体は虚空から現れた西洋甲冑に包まれた。
「先生からの信頼を利用した、防御力の強化。いつもながら安定した素晴らしい付加ね」
「お褒めに与り光栄だよ、鈴木さん。だがまあ、だからと言って手を抜くつもりはないけどね。さあ、それじゃあ次は佐藤くんの番だ」
「え、俺?」
「ここに居続けられる根拠があれば、何か言ってごらんなさい。まあ、睡魔も手懐けられていないあなたに、付加できるようなことはないと思うけどね」
「む……」
鈴木の挑発的な言葉に、さすがの佐藤も心に波が立った。
睡魔を手懐けられていないのは、そちらも同じはず。それに、先生からの信頼ということであれば、佐藤にも一枚強いカードがあった。
「じゃあ、一応言わせてもらうけど」
ルールは未だよく分からないが、それでも佐藤は堂々と言った。
「俺、こないだの社会のテスト百点だった」
言うや否や、ぼう、と佐藤の両手がオレンジの淡い光を放つ。
そしてそれに一番驚いている本人をよそに、鈴木と高橋は目を見開いた。
「そ、そんな……まさかあなたが、伝説の百点ホルダーだったなんて……」
「圧倒的な成績を残した者を、先生もそう易々とは起こせない。これはとんでもない新人が現れたものだ。だが――」
高橋が手で指示を出すと、ドラゴンがぐいと前に出てきた。
「純粋な能力値だけじゃ語れないのが、この世界の戦いさ!」
「ええ、その通りよ! いくら百点ホルダーでも、そう簡単に居眠りは続けられないわ!」
ちゃきん、と鈴のような音を鳴らして、鈴木も刀を構える。
教室全体に流れる、戦いの前の緊張感。あれほど饒舌だった二人が、ごくりと息を呑む。
しかしそこでようやく、佐藤は自分の意見を言うことができた。
「あのー、盛り上がってるとこ悪いんだけどさ」
「何かしら? 命乞いなら間に合ってるわよ」
「いや、そういうんじゃなくて、俺――
――起きて、普通に授業受けたいんだけど。
がくん、と首が大きく揺れた衝撃で、佐藤は目を覚ました。
(うぅ……完全に寝てた……)
薄い膜で覆われたような視界には、板書を続ける田中先生とクラスメイトたち。
本来あるべき風景が、そこにはあった。
(なんか変な夢見たな……)
教室での居眠りを賭けた異能力バトル。我ながら、おかしな夢を見たものだ。
と、そんなことを思いながら隣を見れば、相も変わらず気持ち良さそうに寝ている鈴木。
さらに、ちらりと後ろを振り向けば、そこには目を瞑り、腕組みをしたまま動かない高橋の姿があった。
「…………」
教室の時計に視線を移せば、授業終了まであと二十分。
眠気は未だ完全には消えていない。
(…………)
佐藤は再び、戦いの舞台へと戻ることを決めた。
授業中、敵が現れたことを感知して、トイレに行くふりをして戦いに向かう少年少女とかの設定を見て「実は教室で居眠りをしている彼らも、夢の世界で侵略者と戦っているのでは?」「そうだ、そんな感じの魔法少女モノを書いてみよう!」と思い立ったのに、完成したモノがこんな感じの仕上がりになった作者の気持ちを『維川』『通常運転』の2つの単語を用い、200文字以内で書き表しなさい。(配点:60点)