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  透明の向こう側 作者:
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 二人が元町駅に差し掛かったとき、明らかに飲みすぎて千鳥足になりながら肩を組んで大声を張り上げている男二人がいた。真由は見るともなしに彼らを目の端で追っていたが、そのうち、片方の男が何を思ったか信号機にガン、ガンと頭をぶつけ始めた。何か声高に叫んでいる。大方上司とケンカしたとか彼女に振られたとかでヤケ酒をして悪酔いしたクチだろうと思ったが、連れの男が「うわっ、すげえ血やっ!」と叫んだのははっきりと聞き取れた。「ちょっとごめん」そう言うが早いか真由は有薗の腕を振りほどき、二人の男の元へ駆け寄った。途中赤信号に引っかかったのがもどかしく、車が途切れた瞬間、左右を見極めると横断歩道を走った。真由が駆けつけたときにはなんとか連れの男が本人の体を後ろから抱え込む形で信号機から引き離し、本人はすっかり脱力していたが、周囲の人間は一定の距離を保って取り巻くのみである。「ちょっと通して」人を押しのけて真由は現場に入り込んだ。信号機についている血は思ったほど多くはないし、頭も目立った傷はなさそうである。「ちょっとそのままそーっと正座して座って、膝枕みたいにして」真由に言われるがまま、男はぺたりと地面に座り込んだ。誰かが呼んだのか騒ぎに気付いたのか、すぐ近くの交番から警官が一人やってきて「何か手伝いましょうか?救急車呼びますか?」と言っても真由はまともには振り向きもせず「こっちはいいから、野次馬をなんとかして」と言い放ち、男に指示しながら真由も手伝って、頭を打ち付けた怪我人の体を少し動かした。「ちゃんとつかまえててね」そう言うとそっと髪をかき分けて傷口を見た。そんなに力いっぱい打ち付けたわけではないらしく、傷は数か所あるものの、主に血が噴出しているのは額に近いひとつだけである。「この人の鞄は?」訊ねられた男は両手を怪我人にふさがれていたので、あごをしゃくってみせた。そこに落ちていたリュックを拾うと「これ?間違いない?」と念のために確認してから「ちょっと失礼」と真由はリュックを開けて中を物色した。上手い具合にタオルが入っていた。ハンカチでもあればしめたものくらいに思っていたが、タオルなら好都合だ。先ほどの警官に向かって「交番にガムテープない?すぐ持って来て」と呼びかけた。警官は「はいっ」と威勢よく返事をするとくるっと回れ右してすぐそこの交番へ駆け出すと、すぐにガムテープを持って戻ってきた。本人の物なら感染症の心配もあるまいと判断した真由はタオル中心を後頭部にまわして頭全体を覆うようにし、一番傷の深い辺りだけは何重にもタオルが重なるように折りたたんで、端同士をくるむとさらに、髪がくっつかないように注意しながら念入りにガムテープでそれを留めた。そしてその上から、一番出血している傷の辺りを手で押さえて圧迫しながら「そんなに力いっぱいぶつけてなかった?」と不安に怯えている男に向かって訊ねた。「最初は軽いもんだったんですけど、途中からガァンガァンって」「あなた。タクシー代くらいはある?二、三千円程度」「それくらいなら」それを聞くと真由は自分のバッグから携帯電話を取り出して神戸海原病院へかけた。「お疲れ様です、渡部です。今救急センター、一人軽症患者受け入れ可能ですか?頭部外傷です。大丈夫?そしたら、今からタクシーでそちらへ向かってもらうので十分ほどで着くと思います、お願いします」一気にまくしたてるようにそれだけ言うとそこで一旦電話を切った。そして再び警官に向かって「タクシーを一台つかまえてください。行き先は神戸海原病院」と短く指示する一方で、もう一度怪我人を支えている男に顔を向けると質問を浴びせかけた。「この人の名前と年齢」「フジワラタカヒロ、二十五歳」「住所は?一人暮らし?」「東灘区に家族と住んでいます」「何か持病とかある?普段から飲んでる薬とか」「ないと思います」「今日はいっぱいお酒飲んだ?」「はあ」そこへ、警官が誘導して一台のタクシーがぴたりとそばに停車した。真由はさっと立ち上がると運転席に飛びつくようにしてドライバーに話しかけた。「すみません、怪我人を乗せて欲しいんです、神戸海原病院まで」「えー、怪我人?」とドライバーは露骨に嫌がった。「大丈夫、たいした怪我じゃないからご迷惑はおかけしません。お願いします」と真由は食い下がる。「しゃあないなあ、海原病院ね」運転手は渋々といった顔だったが、それでも拝み倒したのが奏功したのか真由が運転席の窓を離れると同時くらいに後部座席のドアが勢い良く自動で開いた。「そーっと立ち上がって。私が足を持つから、そーっとやで」と力を合わせて怪我人を後部シートに押し込み、靴を脱がせると足を山形に折り曲げて後部シートに横たわらせた。「あとは病院がするから、あなたは何もしなくていいからね。タクシー乗ってる間に、この人の家族に連絡が取れるなら取って。たいした怪我じゃないからそんな心配そうな顔しないで」怪我人の持ち物を渡してやるとき真由がもう一度「心配しないで」と力強く笑って見せると「ありがとうございます」と男も少し安堵の表情を浮かべた。タクシーが発進するとすぐに真由は再び救急センターに電話をかけた。「渡部です。さきほどの患者、今タクシーが出発しました。患者はフジワラタカヒロ二十五歳、東灘区在住です。大きな傷はありませんが一か所、額の縫合が必要かもしれません。今はタオルを巻いて押さえてあるだけです。鉄柱に何度も頭を打ち付けているので、念のためCTも撮ってください。既往症はたぶんありませんが飲酒で酩酊状態です。それとお手数ですがその患者さんが到着したら、到着した旨、私のケータイまでご連絡いただけますか。お願いします」ほーっとため息をついて携帯電話を閉じると、警官の努力空しく、まだ群集の半分くらいはそこで様子を見守っていた。しかし「さあ、もう終わったから解散解散!」と警官が語気荒くせっつくと、みなそれぞれに散っていった。「さきほどは迅速に対応いただき、ありがとうございました。ご協力感謝します」携帯電話をバッグにしまい、立ち上がると真由は深々と礼をした。「あなた、お医者さん?見てみぬ振りをしようと思えばできたのに、立派なもんだね。いいお医者さんだ」「何も治療したわけではありません。ほんとに軽い傷ですから。どうもありがとうございました」警官は人の良さそうな、いかにも地方都市の万年巡査らしい泥臭い笑顔を浮かべて「これからも頑張ってな」と言って気安くぽんと真由の肩を叩いた。
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