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手をつないだままお喋りしながら二人は南京町を抜け、大丸前の大きな交差点を渡って神戸一の繁華街三宮に出た。セレクトショップで熱心に帽子を手にとってあれこれ見ていた真由はそのうち帽子専門店に入ると「どうかな?」と有薗の手を離してひとつのキャスケットを手に取り、被って見せた。有薗が本心からかわいいよと言っても「ほんまかいな」とろくにとりあわない。だから有薗は重ねて「ほんとにかわいいよ。よく似合う」と褒めながら「帽子が好きなの?」と訊ねた。「好き。男の人も帽子似合う人は好きだな。ソノさんは帽子よく似合うよね」年末に東京で見た、粋に極まった有薗の帽子姿を思い出しながら真由はメンズの帽子をキョロキョロと探し、真っ白なパナマ帽を見つけて「これはどうだろう?」と有薗の頭に載せた。「これは被る人を選ぶんじゃない?」いくらかためらいぎみの有薗に対し真由はにっこりと「鏡見て。めっちゃ似合ってるよ」と自信満々に鏡を指したが、言われるまま鏡を覗き込んだ有薗の方は「似合ってるかなあ?怪しいオッサンにしか見えない」とどこか不満げである。「ソノさんはハットが似合うと思う。年末にCUBEにいたときもハット姿だった」と真由は思い出した。いつもJAMANIAはスーツでステージに立つがCUBEに出演したときの有薗はいくらかカジュアルダウンしてグレーのスラックスにツイードジャケットを合わせ、全体はほぼモノトーンのコーディネイトの中でいくらか紫がかったような濃い赤のネクタイを締め、ダークブラウンのフェルト地にサテンリボンのハットを被っていた。結果的に全身の色数はそれなりにあるのに嫌味でなくまとまりがあり、いい年の取り方をした大人だと感じる雰囲気の漂う装いだったと思う。ハットが似合うという自らの分析を証明するかのように真由は「試しにじゃあこれ」とパナマ帽を外して適当に近くのキャップを手に取り、その頭に載せた。「うん、やっぱりさっきの方が断然似合ってる」ともっともらしくうなずいたかと思うと茶目っ気が湧いたらしく「ちなみにこれなんかどうだろう?」と今度はハンチングを載せ、くっと笑いをこらえて目を逸らしてうつむいている。黙ってされるがままだった有薗だが笑われるとさすがに気になって鏡を見ると、なるほど噴出すのも無理はないと納得するほど似合っていなかった。これじゃただのいかがわしいオヤジだ。耳に赤鉛筆でも挿さねばなるまい。いつまでも笑いやがって。そんなことを思って有薗はハンチングは自分の手で頭から外して元の棚に戻すと、こつんと軽く真由の頭を小突いた。かと思うと「似合うと言ってもらうと悪い気はしないな。これで明日のライブに出ようかな」と再び元のパナマ帽を手にして指先でそれをくるくる回して弄びながらそんなことを言い出して真由を慌てさせた。「ちょっと待った。ライブに出るならもっとまじめに選ぼう」とっさに真由は帽子を取り上げようと有薗の手に自分の手を伸ばしたが彼はさっとそれをかわし「こういうのって直感的に選んだものが一番だよ」と言うと「すぐ使えるようにタグ外して」と店員に渡してしまった。店を出たとき有薗が空いた方の手を差し出すと迷いなく真由もその手を取った。有薗が明日のライブで身につけると宣言したことが気になるらしく「ねえほんとにそれ着て明日のライブやるの?」と訊くと「僕は嘘はつかない」とさらりと言う。「嘘をつかないってのが人間の最大の嘘よ」と真由は軽く笑った。「明日見ればわかるじゃないか」「明日は六列目だからよく見えるよ」「六列目か。ステージからも客席ってよく見えてるんだけどね。さすがに真由さんを見つけるのは不可能かな。もっとちっちゃいライブハウスで最前列にでもいればわかるだろうけど」「ライブの最後に清水さんが投げるスティックとかKOUさんのピックとか、あれキャッチできるかな」「そんなもの欲しいの?」「ファンには激レアアイテムでしょ、メンバー本人の手に触れた物ですよ」黙って有薗は自分たちのつないでいる手を顔の高さに持ち上げて真由を見た。「えーっと・・・」真由がしばし返事に窮して目をキョロキョロさせると有薗は「どうせ僕はその程度の男さ」と言ってわざと大げさにふんっと鼻であしらってさらにため息のおまけまでつけて落胆してみせる。「何を言うか」と真由はつないだ手に力をこめて軽くじゃれついてくすくす笑った。
繁華街を途中で海側に折れ、旧居留地の異国情緒溢れるレトロな建物の間をセレクトショップや雑貨店を冷やかしながら歩くと、旧居留地のぎりぎりはずれあたりに『feuilles』はある。派手な看板もなく、うっかりすると通り過ごしそうな店構えである。店内へ入るとウェイトレスが真由を見るなり予約の確認をするまでもなく「お待ちしておりました」と笑顔を浮かべ、奧の席へ案内してメニューを一冊置いた。ビールを二人分注文すると「今日はコースで予約してないから、メニューを見ましょう」と真由が料理のページを開いた。二人でああだこうだとメニューを覗き込んでいるところへビールが運ばれてきた。有薗が顔を上げて「何がお勧めですか?」とウェイトレスに訊ねた。ウェイトレスはしばし考えると、少し声を落として答えた。「今日は明石の鯛が少しだけ入っているんです。形が悪くて料亭には卸せないからと安く分けてもらったので、味は十分なんです。それをカルパッチョでいかがですか?」声をひそめるのは、きっとそんなに数を用意できないからメニューに載せていないため他の客に聞こえないようはばかったもので、それを真由たちに勧めてくれるのは他でもない常連客だからこそのもてなしと思われた。有薗もその辺りは察知したようで嬉しそうに笑い、さらに店員の薦めに従うつもりになったらしく「いいね、じゃあそれ。ほかにお勧めはありますか?」と訊ねた。「今日はおいしい海老とイカをご用意できましたので、エスニックソテーでパスタと召し上がりますか?」「海鮮づくしだね。じゃあそれも。真由さんは?」「なすとトマトの温サラダ、丹波地鶏のバジルソース。一人分ずつでいいから、取り皿頂戴」かしこまりました、とウェイトレスが去ると、二人はビアグラスを手にし、有薗が「ちょっと早いけど、誕生日おめでとう」と言っていつもの軽いウインクをして見せ、驚きに目を見開いた真由にくすっと笑って彼女のグラスにコツンと当てて乾杯した。陽気も良かったしたくさん歩いたから、冷えたビールが格別うまかった。ゴクゴクっと喉を鳴らして飲むと、有薗も真由も同時に「うまい」とうなった。「すごい、ソノさんよく覚えてるね。ありがとう」とそこでようやく真由は祝いの言葉へ礼を述べた。「六月四日、永遠の十九歳。ちゃんと頭に入ってる」脳にインプットされてるよと言いたそうに有薗の細い指先が自らの頭をトントンと軽くつついて示した。「それじゃあ、去年私の誕生日にソノさんが何をプレゼントしてくれたか覚えてますか?」「ライブ」有薗の迷いない即答に「すげえ、あれほんまやったんや」と真由は衝撃を隠そうとしない。「今のは僕は試された?」「そういうわけじゃない、ごめん。だって信じられないじゃない、自分のためにライブのセットリストを用意してくれるなんて」「ちょうど怪我から一年だったし、神戸だしそのときお世話になった真由さんの誕生日だし。特別でしょう」こともなげにそんなことを言ってのける有薗に真由は「信じられない」と繰り返しながら正直に驚きと感動を表した。「嬉しい。あらためて、ありがとう」「いえいえ。僕にできるのは音楽だけですから」真由が熱っぽく興奮気味になっても、有薗は憎らしいほどいつもどおりしごく落ち着き払っている。
「そんで、KOUさんと伊藤さんは永遠の十六歳だっけ」真由が先日の大阪でのMCを思い出してそう言い出すと有薗はかすかに笑って「あいつらも馬鹿だな」と呟いてから、ところで君こそ本当は幾つなのかとずばり訊いた。「それを訊くのか?」と苦笑して真由が答えをはぐらかすと「年齢を隠す人は嫌いじゃないの?」となかなか鋭い。三十五になると真由が正直に答えると有薗は口に入れかけていたフォークの手を止め、ぴたっと静止してしばし目をぱちくりさせて真由を見つめた。有薗の真っ正直な反応にはちょっとした感動すら覚えた。「あれ、なんで固まるのかな」と笑うと「もうちょっと若いと思ってた」とどこまでも正直である。「悪かったよ、オバチャンで」ぷんとすねてみせると「若く見えるってことだよ」とフォローが入る。怒ってないよと真由はさらに笑い、そういうソノさんこそ幾つかと問うた。「あれ、知らなかったっけ?」「誕生日は覚えてるよ、十二月二十六日。クリスマスの次の日」「今四十三」「あれ、そんなになるの?」「JAMANIA最年長」「そうなん?清水さんかと思ってた」「あいつは僕よりいっこ下。伊藤が一番若い、つっても三十七?三十八になったんだっけ、それくらい」「清水さんはリーダーやから一番お兄さんなのかと思ってた」「体がでかいからリーダーなの」「ほんとにそんな理由なの?」「半分ほんと」半分はほんまかい、と思ったが胸の内で突っ込むに留めつつも、図体がでかいからリーダーとは安易過ぎるとおかしかった。「残り半分の理由は?」「あいつが一番喋りがうまいから渉外とか、お客さん向きなの。面倒見もいいしね」「ライブでMCあるでしょ、あれ、ドラムってステージの一番奥だしタイコたちに囲まれてるし、最初誰が喋ってるのかわからなかった」「ほかの楽器だと手を休めるのがすぐわかるもんね」
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