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打ち合わせとレコーディングが済んで帰宅したのは真夜中だった。その後少々酒も入っていい心持ちになった有薗はタクシーを自宅からは離れたところで降り、冬風に吹かれて歩いた。シャワーを済ませジャージ姿になってキッチンへ入ると冷蔵庫から缶ビールを取り出し、それを持って書斎に入る。しかしドアを閉めようとした瞬間、真由からもらったプレゼントを思い出し、リビングに戻って荷物と一緒に無造作にソファへ投げ出した紙袋を取り上げた。ソファに身を預け、紙袋を閉じているテープをぴっと指先で切って中身を取り出すと、ちゃんとクリスマスカラーの赤と緑のリボンがかけられている。しかしリボンを留めているシールは「Happy Birthday」だ。きっと真由がそう指定したのだろうが、その組み合わせに少し笑ってしまった。包装紙をそっとはがすと出てきたのははっとするほど真っ白な箱で、開けてみれば黒の革手袋が収められていた。色も素材もてらいがなく、まことに実用的な品であることに有薗は感心した。帽子のときには「形に残る物は贈らない」と言っていたが、これまた形に残るものである。しかも有薗の趣味ともちゃんと合う。「嬉しいな」と思わず声が出た。するとますます嬉しい気持ちが募ってきた。誕生日を祝おうとしてくれる気持ちも、好みに一致する的確な見立ても、嫌味でない心遣いも何もかもが嬉しい。手袋だけを玄関のクローゼットにしまうと、空き箱と包装紙は綺麗に元通りに整え直し、リボンとともに袋に戻すとそれを持って書斎へ行った。特に理由はないが、なんとなくぽいと捨ててしまうのも忍びなく、結局書斎のクローゼットの片隅にそれをしまっておくことにした。そうしてようやくデスクに座り、パソコンを起動してメールチェックである。一晩放っただけで軽く百通を越すメールが来る。その大半はフィルタをかわして受信してしまうスパムメールで、それをいちいち削除するのに辟易しながら送信者と件名を何通も何通も読んでいた。すると、その中に真由からのメールが届いていた。添付ファイルがある。件名に添付ファイルありと但し書きがあるから真由が添付したのは間違いないし、拡張子がjpgだから何かの画像かと開いてみると、やや薄暗い中に何やらごちゃごちゃと雑多な物が写っている。よく見ると朱塗りの半月盆の上に備前焼らしい一輪挿し、これには薄い桃色の花をつけた小枝が挿してあり、かわいらしい女の子の日本人形がかしこまっていて、その足元に恐竜、アニメのキャラクター、五層からなる天守の城、シーサー、小さな地球儀、そして東京タワー。なんとまとまりのない集団だとおかしさに口元が緩む。特定の対象があるわけでなくミニチュアがとにかく好きなのだと説明していたが、それにしてもずいぶんな雑食だ。純和風とミニチュアの混淆というアンバランスさはセンスを疑うほどにたまらなくおかしい。それからメール本文を読んでみた。「東京では素晴らしい時間をありがとう。本当に本当に素敵な一週間となりました。多謝。我が家の玄関の写真を添付します。東京タワーさんが仲間入りして、ますますわけがわからなくなりました。それでは風邪など召さないようご自愛くださいませ。」
「プレゼントありがとう。とても気に入りました。大活躍間違いなしです。真由さんも風邪などひかないようにくれぐれも大事にしてください。新しいアルバムのタイトルが決まりました。これはお年玉にしましょう、来年お知らせします。お楽しみに。」
真由からのメールに短いながらも必ず相手を気遣う言葉が添えられているように、有薗からのメールもまた、気遣いを忘れなかった。いつも、彼女とのメールや電話は、その後の気分が良くなる。それだけに、時折発せられる冷たさがとてつもなくひやりと感じられるのだが、最近はそんな言葉もない。今自分がほんわかと気分が良くなったように、彼女もまたそうであってほしいと願いをこめて送信ボタンをクリックした。
時刻は深夜だったが、真由は必死に東京で学んだことの報告書を作成するためパソコンに張り付いていた。東京ではホテルでも有薗宅でも満足に寝ておらず四日間ほぼ徹夜に近い状態だったので、自宅に帰ると荷物も解かず睡眠導入剤を飲んでベッドにもぐりこんだ。夕方近くまで眠り込んで、熟睡を得てエネルギーが充填されたことに満足すると洗濯からとりかかり、寒さをこらえて窓を開け放って部屋の空気を入れ替え、掃除をした。洗濯物も干し終えて簡単な夕食を取り、人としての生活を取り戻したところでようやくパソコンの電源を入れ、それからは時折一服のために頭を冷やしがてらベランダに出る以外、ひたすら画面とにらみ合いである。「データを送ってあげる」と言っていたとおり、斉藤医師から早速訓練結果やその他もろもろのデータがメールで届いていた。それに対して礼のメールをさっと書いて送ると、受信データを保存し、それらと持ち帰ったデータとを整理し、自分のノートも広げ、報告書とのにらみ合い開始である。そうやって仕事に没頭して数時間、そろそろ煮詰まっていたところへ有薗からのメールである。「新しいアルバムのタイトルがお年玉か。嬉しいな」そうひとりごち「風邪をひかないように」という言葉に彼の温かさを感じた。そのときふと、有薗に抱きしめられたときの温かさを思い出した。「なんかほっとけない」と言う彼の言葉も同時に思い出す。自分の弱さを人前では決して出すまい見せまい気づかせまいと努めているのだが、彼には見抜かれているのだろうか。いや、弱い面というよりも、真実の一面、心の闇の深淵を覗かれているような気がする。奥深く隠している闇が、彼には透けて見えるのだろうか。そっとシャツのボタンをはずして自分の胸元を見た。有薗が吸った跡が赤く残っている。こんなにはっきり残るほど強く吸うなんて、ずいぶん遠慮のない男だと小さな笑みがこみあげた。シャツを脱ぎかけたついでにシャワーでも浴びようと浴室に行き、真っ裸になって洗面台の鏡に自分を映して見た。昨夜はひとつしか気付かなかったが、赤い跡は胸元に三つ。幸い人に見られる場所ではなくほっとしながら再び有薗のことを思ったが、その瞬間、愛情のないキスはしないと言うことですなわち愛のないセックスは平気だと表明した自分と、それをはっきり聞いてなお行為を続けた有薗を思い出し、がくっとひざが折れてその場に座り込んでしまった。それは有薗もまた、自分に愛情があるわけではないという返事をしたも同然だった。愛情のないセックスをゲームと言ったのはほかならぬ自分だし、今まで真由はそのゲームに勝ってきた。進行中のゲームもある。しかし、今、こんなに胸が締め付けられるのはどうしたことだろう。浴びる者のいないシャワーが浴室で湯を吐き出し続けていた。
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