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タケシが風呂に入っている間、一人部屋に残されて有薗は真由からもらった紙袋を持ち上げてみた。何も入っていないのかと思うほどに軽い。開けて中身を見たい衝動はあったが、明日、昼に一度自宅に帰るし、そのときまで取っておこうと再び自分のバッグのそばに置いた。彼女はあの丸ビルの中で、短い時間のうちに自分のために何を選んでくれたのだろう。なんだか、開けるのがたまらなく楽しみだ。
ビールを飲みながら考えていた。
自分のお気に入りの巣だからと、恋人にさえ侵入を許さなかった我が家。酔いつぶれたタケシを連れて帰ったときはとにかくベッドに寝かせてひたすら水を飲ませてやっていた。有薗自身はソファにごろっとなって、たまに様子を見に行き、気分が悪そうなら背中をさすってやり、また水を飲ませる。眠っていれば起こさぬようそっとリビングに戻る。そうして朝になっていくらか元気が出たらしいタケシに卵を落とした粥を作ってやった。昼過ぎにタクシーに押し込めて帰してしまうと、それで終わりだった。たぶんタケシは真由のように、ベランダからの見晴らしを眺める余裕なぞなかった筈だ。
なぜ、他人の侵入を頑と許さなかった要塞が、真由の前であんなにもあっけなく陥落したのか。我ながら不思議だった。物が少ないことを「いろんな人に驚かれるでしょ」と何気なく言われたとき、とっさには返事ができなかった。そう言われて初めて、自分が自らこの女をここへ招き入れたのだ、と気付いたからだった。なぜ自分はそうしたのだろうと疑問にとらわれたからだ。それくらい当たり前のように彼女は有薗の巣に舞い降り、羽を休めた。
女と一緒だった。そうわかっても根掘り葉掘り追求もしなければ妙な嫉妬もしない。ほんの少し、かわいげのある不機嫌さを覗かせる。有薗はタケシのそういうところが好きだった。タケシにも自由に遊んで構わないと常々言っているが、彼は有薗一筋のひたむきさだ。真由もまた、かつて「付き合っている人が浮気してもいいし、自分もする」と言ったことがあった。自分と真由は、恋愛にのめりこまない共通点を持つように、どこか似たもの同士なのかもしれない。だから、こんなに気になるのかもしれない。そこで有薗は軽く頭を振った。タケシの部屋にいて真由のことを思い出すのはこれ以上よそう。真由にもタケシにも失礼な話だ。
タケシが風呂から上がってくると、有薗は彼の首に腕を回して抱きついた。「あれ、どうしたの?」「気分が変わった」そう言って、長身のタケシをやや上目遣いに見上げるようにして、がっと彼の顔を自分に引き寄せると濃いキスをした。唇を離すと互いの粘液がつうと二人の唇をつないだ。「うわ、すっげえいやらしいキス。燃える」嬉しそうにニヤリと笑うと、タケシは有薗の肩に腕をまわし、迷わず寝室へ向かった。二人で絡み合いながらベッドに倒れこみ、再び熱いキス。
翌朝、昼近くまで二人は眠り込んでいた。「あっ、今何時だ?」飛び起きたのは有薗の方だった。「仕事って何時から?」「一時」「今十一時すぎか。すぐ飯の支度する」タケシも起き上がってパジャマを身につけるニ、キッチンへ向かった。有薗がすっかり身だしなみを整えてダイニングキッチンへ行くともうてきぱきとタケシがテーブルに食器を並べていた。「何作ったの?」「かぼちゃのシチュー。温めなおすだけだから待ってて」鍋をコンロで温めなおしながら、その間にコーヒーを淹れる。「先に飲んでていいよ」とマグを渡されてテーブルにつき、淹れたてのコーヒーを飲むとほどよい苦味がさっぱりと目を覚まさせてくれた。「サラダ食べる余裕は?」「ない」「じゃあ野菜ジュース飲みなよ」とグラスに野菜ジュースが注がれ、ランチョンマットの角っこに置かれる。こんがり焼いたフランスパンが皿に盛ってテーブルの真ん中に置かれる。だんだんテーブルの上がにぎやかになり、そしてようやく温まったシチューがそれぞれの皿に注がれた。タケシもテーブルに着くのを待ってから早速シチューを口にし「あ、うまい。かぼちゃがほくほくしてていい」と褒めると「季節のものだからね」と有薗を見つめて微笑む。「俺、おまえの手料理くらいだ、まともに栄養のことまで考えたもの食べるの」「俺の方はいつ来てくれてもいいよ。料理好きなんだから」「これからはレコーディングに入るし、ますます忙しくなると思う、ごめんな」「うん、頑張っていいもの作って。トモの音楽が俺の栄養」かわいいことを言う、と有薗は嬉しかった。
「また連絡するから」とバタバタと有薗はマンションを出た。一旦自宅へ帰るつもりだったが、それでは到底間に合わないので直接スタジオへ向かった。タケシのマンションから直接仕事へ行くことはしょっちゅうだから、その辺も慣れたもので、目指すホームへまっしぐらに進んだ。
「アルバムの発売日は三月二十一日。わかってると思うけど、ほんとに日がない、もう少し焦るというか、危機感を持ってくれ。ツアーも、四月頭から順次組んでいます。今回は割りと大き目のホールばかり回る予定だから、心してかかるように。初の完全ホールツアーです」マネージャーの藤原が仰々しくそう報告すると「俺たちのライブって、キャパの小さいところでやるからこそおもしろいんじゃないの?」とメンバーの一人が異を唱えた。「それは承知の上。いい加減自覚してほしいんだけど、あなたたちさ、結構売れてきたんだよ。今年の夏のツアー、チケットは軒並み完売だったんだ。ってことは行きたくても行けなかった人も大勢いるわけで。なので、春夏ツアーは都市部メインのホールツアーで大勢のお客さんに、冬にもっと小さいクラブとかライブハウス、そういうツアーで古くからのコアなお客さんに喜んでもらう。一応その方向でOKということでよろしいか?じゃあレコーディングに取り掛かって。それとアルバムのタイトルの決定。今日はタイトル決めないと帰さないから」
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