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真由が二本目のタバコに火をつけた頃、有薗がリビングに姿を現した。「眠れないの?」「起こしちゃいました?ごめんなさい」「いや、いいんだけど。なんとなく、君が逃げ出しちゃうような気がして」「私、逃げ出さなきゃならないような悪いことをしましたか?」「え、そういうつもりじゃ」「ソノさんって恋人いるんでしょう?今も神戸まで迎えに来てくれたあの人?」「うん」「他の人を抱くのって、その人に罪悪感とかありますか?」「ないね、まったく」「私もです。恋人のいる人とわかっていて、抱かれました。だけど、その恋人に罪悪感なんて持ち合わせない。だって」だって、と言ったきり真由がしばらく黙ったので有薗は「だって?」と繰り返して続きを促した。一瞬真由の中に迷いが生じたのだ。正直に言わなくてもいいではないか、と。なんでもない、とごまかしてしまえ、とも思った。が、自分を貶めるだけだとわかっているのに、彼女は結局正直に答えた。「これはゲームだもの。ちゃんとパートナーのいる人が、パートナー以外の人と遊ぶ。でも愛しているのはパートナーだけ。私はソノさんのゲームのプレイヤーです」「なんだか、とても哀しいたとえだな」「でもそうなんです。こういう関係は、ゲームなんです。遊びなんです。だからソノさんのパートナーはゲームのいちプレイヤーに過ぎない私に嫉妬する必要もないし、気まぐれにゲームをしただけのソノさんを責める必要もない。不倫もそう。私は不倫がいけないことだなんて思わない。だけど、プレイヤーのどちらかが本気になってしまったら、ゲームセットです。好きになった方が負け。どちらかが飽きるか、本気になったときゲームは終了です」「なんだか納得いかないな」「どうして?」「僕は確かに恋人がいるけど、だからってゲームだとか遊びだとか、そんな軽い言葉で片付けられるのは納得いかない」「じゃあ恋人と別れて私と付き合いますか?」「・・・」「それが答えでしょう?私もそんなことは求めていないしこれからも求めないから安心してください。これは遊び、ゲームと割り切ったほうが、どうせならゲームオーバーにならないように攻略しようとする方が、楽しいじゃない?それができないなら、私のことは、恋人でもない男と寝る、尻の軽い女だと軽蔑してください。実際に私はそういう女です」
ふーっと煙を吐き出す彼女の横顔は恐ろしいほど醒めきっていた。
「君は、僕が君を嫌いになるように仕向けているのかな?」「そんなつもりはないです。ただ事実を述べただけ」「とにかくベッドに入って寝よう。そんなところにいたら風邪をひいてしまう。眠れないんなら寝酒でも足す?」「ううん、大丈夫。寝ます。先に寝ててください」そう言われても有薗がすんなり寝室に引っ込む筈もなく、真由は真剣な眼差しで彼を見つめると「お願い、先に行ってて」と懇願するように呟いた。
それからさらにもう一本タバコに火をつけた。真由は思っていた。有薗とこういう関係になってしまったことを、悔やんではいない。相手が誰であろうと自分にとってセックスが大きな意味をなさないことに変わりはない。愛情のないセックスを平気でする女。妻や恋人のいる男性と遊ぶ女。汚らわしい存在だが、それが自分なのだ。東京に来るつい数日前にも、学生時代に付き合っていて、今は別の女性と結婚した男と会って、寝た。そこに愛情はない。あるのは惰性だけだ。快楽を求めているわけでもない。ただ、求められれば拒否しない。そのくせ誰に対しても愛情を抱けない。愛情を抱かないから求めもしない、非常に都合のいい女としてゲームが続くことになる。そんなことを繰り返している自分に、もはや憎しみも悲しみさえもわかない。
それなのに、これまでどんな経緯でどんな男と男女の関係に陥ってもさほど悩ましい思いをしたことはないのに、今、たまらなく気分が塞ぐのはどうしたことか。
しばらく暗闇で身をかがめて頭を抱え込んでいた。しかしきっと、彼もいつまでも自分が戻ってこないことを心配して眠れずにいるだろうと思うと、もう一度ペットボトルの水を飲んで、立ち上がった。
寝室は、一度消された照明がうっすらと部屋を明るくしていた。「起こしてしまってごめんね」そう言うと真由は布団にもぐりこんだ。ふっと触れた真由の肌が冷え切っていて、思わず有薗は彼女をぎゅっと抱きしめた。自分のひんやりした体が確実に温まっていくのを感じ、真由は小さく「ありがとう」と言ってしばらくは彼の温かさに身を任せた。「眠れそう?」「うん。ソノさん、お願いがあるんだけど」「何?」「今夜、腕貸して」真由がそう言うと有薗は腕を持ち上げて真由に腕枕をしようとした。「そうじゃないの。腕枕は嫌い」くすくすと真由が笑って動きを制した。腕枕をされると、自分の頭の重みで腕がしびれてしまうんじゃないかと心配になって結局眠れない、だから嫌い。そう話しながら真由は有薗の腕に自分の腕をからめ、そっと肩に額を押し付けた。寝ていながら、腕組みをしてぴたりと寄り添っている状態だ。「それって気を遣いすぎだよ」と有薗は笑ったが「苦手なものは苦手、しかたない」と完全に男の腕に甘えることを諦めきったかぼそい声が答えた。その声がふと明るくなって「ソノさん、ほんとに私、寝言歯軋りいびき最悪の寝相、もう総動員オールスターだから。私より先に寝ちゃわないときっと寝れないよ」と笑って忠告した。「ほんと、寝て。ほんとに不眠になるから」真剣に頼むように言うと、最後にもう一度「今晩だけ、貸してね」ときゅっとからめた腕に少しだけ力をこめ、真由は目を閉じてそれきり黙り込んだ。
有薗の腕は、体と同じくほっそりしている。しかしそれは女の腕とは違う男のたくましさも同時に持ち合わせていた。この腕は、美麗なまでに繊細な指を持っている。官能的な指先・・・そんなことを思いながらその腕に巻きつくようにして真由は眠った。と言っても深い眠りが真由を訪れることはなく、ウトウトと浅い眠りを何度か繰り返し、七時にはくっきりと目が醒めていた。しかし有薗は気持ち良さそうに規則正しい寝息をたてている。彼が起きるまではじっとこうしていようと彼に腕をからませたまま、再び目を閉じる。
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