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  透明の向こう側 作者:
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 昼食をさっと済ませて店を出ると、病院に戻る前にと思って寒さに震えながら神戸の神戸海原病院へかけた。「渡部ですが、高遠先生はお願いできますか」と告げると即交換手の声から保留音に代わり、その保留音が途切れると真由が名乗るよりも先に高遠の声が飛び込んできた。「おう、斉藤先生から聞いた。研修延長やって?やったな、見込みがあるってことやぞ!」「はい、嬉しいです」「事務部長には話しておいた。幸いお前、当直もこの研修で免除されてるし、支障はないから存分にやってこいって方向に固まりつつある。心配するな」「はい」「正式に決定したらこっちから電話するから。まあ安心しとけ。明日は訓練らしいな、存分に目に焼き付けて来いよ。帰ってきたらお前の脳内をプロジェクターから映すくらいの気持ちでかかれ」高遠らしい潔いまでのプレッシャーのかけ方だ、と苦笑がこぼれた。
 十五時頃、改めて高遠から連絡があった。無事に真由の研修延長は許可が出、受け入れ病院との調整も済んだとのことであった。
 結局、その日も急患の処置に加わったり、手術の検討会に参加したり、医局の一員として治療に当たるほか、災害医療システムの実災害での過去の運用例を教わったりと多岐にわたる研修を受け、ようやく一段落ついた頃には二十時を過ぎた。そこから今日の分の報告書の草案をまとめる作業と、斉藤からもらったデータの処理などがある。これでは到底有薗と食事どころではない。ライブハウスに行ってみようなどと思ったのは無謀だったと思い知らされた。しかし何より斉藤が、同じく遅くまで病院に残って真由につきっきりで指導をしてくれることが嬉しかった。
 結局病院を出たのは二十三時近かった。ホテルの部屋に戻ると、もう遅いなと思いつつ放っておくわけにもいかず、有薗に電話してみた。「今仕事終わったの?」「そうなんです。連絡もしないでごめんなさい。やっぱり遅くなっちゃいました」「そっか、じゃあ明日に賭けてみようかな。でも明日はリハやるんだよね。僕も何時に上がれるかわかんないから、真由さんの新幹線に、間に合わないかも」「リハ?」「カウントダウンライブの」「いいな、東京の人はJAMANIAにしょっちゅう会えて。でもそれじゃ仕方ないですね」「もし良ければもう一泊しなよ。疲れてるとは思うけどさ。ってあんまり勝手なこと言っちゃいけないな。あさっては仕事?」「日曜日まで連休です」「じゃあ明日は食事して、あさって東京タワー行ってみようよ。行ったことないって言ってたでしょ?」「よく覚えてますね」「人との会話は結構鮮明に覚えてる。一種の特技かな」「今は即答はできません、ほんとごめんなさい」「うん、わかった。とにかくさ、明日一度連絡頂戴。もし神戸へ帰るならそれでもいいから、連絡して」「わかりました。どうもありがとう」
 東京にいるなら会おうよと気さくに言ってくれる有薗に対して自分の答えの冷たさは何事かと真由はほとほと自分の悲しい性がいやになった。
 彼の優しさが怖い。
 また同じことを考えている、何度考えても答えは同じなのに、と目を閉じて、ビジネスホテルの狭い部屋に無理に据え置かれた小さなデスクで真由はうなだれた。彼の優しさが怖い。何度思ったことだろう。彼の優しさに甘えてしまう自分が怖いという方が正解か。今すでに甘えてしまっている。冷たく返事をしても彼が変わらぬ鷹揚さで接してくれるとわかっているからこそ少々そっけないと自分で気付いていても飾らぬ返事をしてしまっているではないか。
 疲れてるかな、と自分の思考の生産性のなさに今更うんざりした。
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不透明人間


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