ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  透明の向こう側 作者:
30
「うわあ、ゆうくん大きくなったねえ」「目がくりっとしててかわいい」
 久しぶりに旧友四人が『feuilles』に集まり、万里子が三歳になる息子の写真を皆に見せていた。二月に一度集まったのだが、その際は子どもが熱を出して佳奈が欠席した。「佳奈りんは子どもの写真ないの?」「ケータイの写真なら」「見せて見せて」「うわっ、かわいいー」とひとしきり子どもたちの話題に花が咲いた。万里子は大学を卒業してすぐに結婚したのだがなかなか子どもに恵まれず、そろそろ本気で不妊治療を考えようかというくらい思いつめた頃に子どもを授かった。四人の中では結婚も出産も一番乗りですっかり主婦が板についており、もともとの性格もあろうが、まだ独身の真由や美樹に比べると格段に落ち着きがあり、いつもみんなのお姉さんのように「うんうん」と話に耳を傾けてくれている。思いやり深い万里子をよく知っているだけに、なかなか子どもができないことを皆口に出さないものの心配しており、子どもが生まれたときは感激のあまり美樹は涙をこぼしたほどだった。佳奈は大学卒業後会社勤めをしていたが、そこで知り合った男性と結婚し、妊娠を機に退職した。主婦同士、万里子と佳奈はたまに子どもを連れて誘い合ったりしているが、ともに夫の実家に同居しているため美樹や真由は遠慮して直接自宅へ遊びに行くことはなく、滅多に子どもたちに会うことはない。それでも子どもたちの誕生日には金を出しあってささやかなプレゼントを贈って成長を喜んでいる。この四人で集まるといつも独身の二人は「いい人いないの?いい加減結婚しなよ」と言われるのであった。結婚を勧めるくらいだから幸せなんだろうね、と真由と美樹はいつも笑って聞き流すばかりである。
「そう言えばさ、去年の終わり頃かな、真由が男の人といたってうちの人が言ってたよ。彼氏できたん?」とふいに佳奈が言った。真由には身に覚えのないことである。「見間違いでしょ、男っ気なんてゼロだよ」と真由が本気で否定すると佳奈がううん、と首を振った。「真由には何度も会ってるし、それに真由くらいデカイ女、わかりやすいよ。断言してた。タクシー乗場で寄り添ってていい雰囲気やったって」「記憶にないんですけど」と真由が言うと「ほんまに?」と一斉に突込みが入った。「ほんまに色めいた話はないって。もし私やったら、職場の人と忘年会の帰りとかそんなんじゃないんかなあ」そう言ってから真由ははっとした。真由が男性と二人きりで街を歩くことなど本当に記憶にないし、もしあるとすれば高遠に付き合ってさんざん飲まされるときくらいである。しかし、高遠とは去年の末と言えば本当に暮れも押し迫った頃に病院の忘年会で一緒になったくらいだし、二人きりということはありえない。思い当たって真由は正直「しまったな」と思った。たぶん、有薗と一緒のところを見かけたのだろう。いい雰囲気かどうかはともかく、街中で男性と一緒と言えば最近の真由には彼くらいしかいない。「それたぶん、患者さんだわ」「患者さん?」「元患者、かな。退院のお礼にどうしてもってしつこいものだから、渋々ご飯食べに行ったことが十二月にあった。寄り添ってたんじゃなくて支えてたの間違いだね」と真由は適当な作り話をした。「えー、でも結構遅い時間だったよ?帰ってくるなり『真由ちゃんが男といい雰囲気やった』って言うからびっくりしたのよく覚えてるもん」とまだ佳奈はこだわった。「私の仕事が遅くなっちゃったんだよ。だから断ろうと思ったのに『待ちます』とか言われちゃって。すごく律儀な人だからどうしてもお礼を言いたかったみたいで、ほんと、奥さんもいるし全然怪しい関係じゃないから」嘘に嘘を塗り固める作業は心苦しいものがあったが、まさかJAMANIAのSONOさんとジャズを堪能してましたと言うわけにもいかず、ここは心を決めて騙しきるしかないと思った。「患者さんとご飯食べに行ったりするの?」と美樹が驚き「まさか、普通そんなことしない。お礼の菓子折りひとつ受け取っちゃ駄目って厳しい規則あるもの。あの人は本当にもうしつこいくらい『お礼がしたい』って病院に電話があったりして、結局上の人と相談して、絶対におごってもらうなって念押しされてようやく食事に行った、って感じで・・・」実際、何かお礼をしたいと言う患者や家族は時折いる。そのときの対応もきちんと定められている。それを元にしているとはいえ、すらすらと嘘を吐く自分が少し嫌になった。いっそJAMANIAのSONOが実は入院していました、あなたたちが行った神戸のライブの後に彼は転んだんですよ、と白状してしまおうかとも思ったが、やはりそれはいけないと思った。彼女たちは信頼の置ける一番心を許している友達ではあるが、やはり著名人と、医師と患者として知り合い、その後も付き合いがあることはうかつに口にしてはいけないような気がした。「やっと真由にも彼氏ができたのかなってほっとしたのに」とようやく佳奈が納得したように引き下がったとき、嘘をつくのはここまで、と真由は心底ほっとした。
「四人お揃いは久しぶりですね」とデザートを味わっている頃にシェフがテーブルに来て笑顔を見せた。「今日のデザートは自信作なんですよ。お茶のアイスなんですけどね、この店のオープン当初から結構人気で皆さんに誉めていただいてて、今回初めてコースの締めに持ってきたんです。普段は出さない隠しメニューなんですよ」どこか誇らしげにシェフがそう説明するのへ「ほんとにおいしいです」「さっぱりしてていい」と口々に賞賛した。美樹が最初にこの『feuilles』を見つけたのは会社の同僚とランチをする店を開拓していた頃だ。数年前、当時岡山で学生をしていた真由の帰省に合わせて四人で会ったとき「この前いい雰囲気の店見つけてん」と美樹が連れてきたのが四人でここを訪れた最初だった。パスタ料理を注文して四人で取り分けて食べてみたらこれが驚くほどおいしかった。全員が「うわ、なにこれ、おいしい!」と感激し、帰り際「よかったらこれからコースのご案内とか、お知らせのメールを差し上げます」と氏名とメールアドレスを記入するカードを渡されて「また来ようよ」と意見が一致、美樹が代表して自分の氏名を記入した。以来、季節のコースのお知らせがくれば必ず美樹がみなにそれを知らせ、都合を繰り合わせて訪れるようになった。万里子と佳奈に子どもができてからは四人が揃うことは難しくなったが、集まるときは必ずこの店を利用し、すっかり顔なじみになっていた。「次は来月の真由の誕生会だね」「もうすぐやな」「そうそう、真由が一番乗りで三十四」「歳を言うな」「事実やし」「悔しかったら彼氏と祝え」少々乱暴な口を利いても許し合えるのは付き合いがもう二十年にもなるからか。誰かの誕生日をこのレストランで祝うのも通例だった。シェフは必ずオリジナルのバースデイケーキを作り、照明を落としてろうそくをともして祝いを演出してくれる。さっそく美樹が手帳を取り出して六月のカレンダーを見ながら「あ、ちょうど日曜日やん」と嬉しそうな声をあげ、まずは当の真由に仕事も予定もないことを確認してから「まりっぺと佳奈りんは都合どう?」と二人を見た。「日曜ならだんなに子ども任せられる」「私もたぶん大丈夫と思う」「じゃあ、決まりだね」とその場で次回の集合は真由の誕生日と決まった。帰り際、シェフも「六月にはまたおいしいメニューをご用意してお待ちしていますから」と店の外まで見送ってくれた。
「私ら毎年このメンツで『feuilles』で誕生会やな。いい加減、彼氏としっぽり過ごしたいわ」帰りの電車で美樹があまりに情けない表情でそんなことをしんみり呟くので真由は噴出したいのをこらえて「大丈夫、美樹なら絶対いい人いるから」と語気強く励ました。
**ランキング参加中**
NEWVELに投票
ブログにて更新情報を掲載しています。
不透明人間


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。