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「美樹ってお料理上手よな。優しいし面白いし、私が男なら絶対美樹をお嫁さんにするのにな」そう言いながら真由はくるりと部屋を見渡した。家具の選び方、雑貨の配置、インテリアのいたるところに女の子らしい優しさが溢れている。きっと美樹の家庭は底抜けに明るくてとびきり温かいだろう。いつかそういう家庭を築ける相手と巡り逢えればいいのにな、と真剣に願う。美樹は「現実はそうはいかないんだな、これが」と大げさにやれやれ、という身振りをして首を振った。「会社にいい人いないの?」「オッサンばっかり。みんな結婚してるしね。さすがに合コンって歳でもなくなってきたしな。そういう真由は?」「全然。叩いても埃は立たへん」とポンポンと自分の腕をはたいて見せながら、瞬時に自分の脳内でその言葉をもうひとりの自分が否定する。嘘だ。薄汚い埃が積もっている。決して一生明かさないであろう一面が自分にはある。一生、嘘を突き通すのだ、一番の親友に対してさえも自分は。さらっと滑らかな嘘を吐く自分の冷たさと親友からの軽蔑への恐怖が一瞬真由を襲ったが、美樹の無邪気に明るい声がすかさず救う。「そうそう、佳奈りんからメール来てた。久しぶりに『feuilles』行きたいって。まりっぺにも都合聞いて、四人で行こうよ。こないだ『feuilles』から季節のコースのお知らせメール来てた」とパソコンに向かってメールを検索して佳奈からのメールを開いて見せた。佳奈と万里子は中学の同級生である。もともと幼馴染で仲の良かった真由、美樹と二年生のときに同じクラスになってすっかり意気投合し、同じ高校に進学した。高校卒業後、真由と佳奈が同じ大学の同じ学部に進学し、美樹は専門学校、万里子は大阪の私立大学にそれぞれ進学した。大学時代は学部まで一緒の佳奈ともっとも頻繁に会っていて、その頃佳奈から「今度親戚の結婚式で弾くから練習してるの、聴いてくれる?」とピアノで聴かされたのが『酒と薔薇の日々』だった。それまでジャズは大人の音楽だと思いこんでろくに聴きもしなかった真由の耳に心地よくピアノの音色が響き、真由は佳奈を大絶賛したものだ。現在は佳奈と万里子の二人は結婚して子どももいるが、どちらも夫の両親と同居しており『feuilles』の季節のコースには都合の許す限り、子どもを預けて参加していた。「私とにかく仕事不規則やから、もし無理やったら三人で遠慮なく行ってね」と真由は念押しした。「うん、でもまあできれば四人で行きたいね」と言いながら美樹は『feuilles』からのお知らせメールも開いて真由に見せた。コースメニューと丁寧な挨拶が書かれていた。
美樹の家を出たのは二十時過ぎだった。二人の家は電車で一駅の距離にある。真由は迷わず駅ではなく自宅に向かって歩き出した。てくてくと歩く。五月のそよ風が気持ちよかった。歩いていると、携帯電話が鳴った。バッグから取り出すと、夜道の暗がりの中に携帯電話の着信ランプがきらきらと輝いた。着信は有薗だった。
「今大丈夫かな、急いで知らせたいことがあって」と勢いのよい声が弾むように飛び込んできた。ちょうど小さな交差点に差し掛かったところで真由は歩みを止めた。「ツアー、関西が確定した」「ほんとに?」真由の声が心なしか上ずって感じるくらいだったので、有薗は嬉しくなった。自分たちのライブを心待ちにしてくれていることがよく伝わってきた。「今外なのでメモができないです」「じゃあメールしとくよ。とりあえず言っとくと、八月の終わりです。大阪と神戸、あと京都、和歌山」「京都、和歌山は無理かな。遠いです」と笑いつつも「大阪と神戸はできれば両方行きます、頑張ってチケット取ります」と意気込んで見せた。「チケット取るのも楽しみってやつ?」「あれ、私そんなこと言いましたっけ?よく覚えてますね。そうです。ファンの楽しみであり宿命です」「宿命ってまた大げさだな。でももし最悪、取れなかったら知らせて。なんとかなると思う」「そんなズルはしません」「あっそう。でも来て欲しいな」「そうだ、ソノさん、この間大阪のFMに来られたでしょう。私は聴けなかったんですけど、友達にたっぷり再現してもらいました。清水さんが目茶苦茶いい人だって興奮してました」「いい人とかラジオでわかるの?」「でしょ、私もそう言ったんです。そしたらね、ソノさんのあまりの無口っぷりをうまくフォローしてたって。その友人、すっかり清水さんのとりこです。今ちょうどその子の家に遊びに行った帰りなんですけどね、さんざん『清水さんはいい人』って聞かされました。ソノさん、せっかく大阪まで来たのにほとんど喋らなかったんですって?」「いいんだよ、そのために清水とセットなんだから。伊藤が普段から本当に無口だから、伊藤と僕じゃ放送事故になる」と笑い話を教えてくれ、真由もつい人通りがある歩道にいることを忘れ、じーっとスタジオで悪気のなさそうなしれっとした顔を見合わせ無言を通す有薗と伊藤、焦るDJの姿を思い浮かべ、くすくす笑っていた。
ついさっきまで何時間も友人との話題の中心にあったJAMANIAのメンバー自身からツアーの最新情報がもたらされる不思議さも相俟って真由の感激の度合いは急上昇だ。さっそく美樹に伝えたかったが、どこから情報を入手したのか教えられないし、と思いとどまった。彼女はファンクラブに入っているくらいだからそのうち知るだろうし、JAMANIAは公式サイトこそ持たないものの所属事務所のサイトに彼らのページがあり、ツアー情報などは逐次更新されている。彼女は熱心にチェックしているからいずれ気付いて真っ先に知らせてくれるだろう。
JAMANIAのライブも、同級生四人組で行く。ライブのチケットはこれまで大抵真由が取ってきた。そもそもJAMANIAを知ったのが真由だったというのもあるし、他のアーティストのライブでも、一緒に行くときなぜか真由が取ると驚くほど良い席を取れることがあり「奇跡の運の持ち主」と絶賛され期待され、チケット調達係としての信任厚い。
歩きながら、東京でのミニライブの様子が思い出され、真由は心が浮き立ってきた。またあの大人の妖しさに満ちたエキサイティングな時間を味わえると思うと楽しみが全身を包みこむ。ここしばらく沈みがちだった気持ちが、美樹の楽しいお喋りと有薗のツアー情報のおかげで盛り返してくるのを感じていた。八月が待ち遠しい。
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