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  透明の向こう側 作者:
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 ライブはJAMANIAのデビュー曲『JAMANIMALS』で始まった。その次も、これまで発表されているアルバムの中からオリジナル曲を選んで演奏されたが、客たちはその一曲一曲に思い入れがあるらしく、イントロとともにわーと歓声が起こった。そして三月に発売されたアルバムから立て続けに三曲の新曲が流れるとますます歓声は高くなり、会場の熱狂は加速する。メンバーもステージ上で可能な限り客席に近づいて客を煽る。客もそれに乗る。もともとラテンの明るいノリを得意とするバンドではあるが、今夜のステージはそんなものではない、熱い。ラテンの軽快さよりも、パンクの激しさ。それほどに熱い。体が、場内が、ステージが、すべてが熱い。そうしてメンバーも客も、気持ちと体が暖まったところへ静かなバラード調の曲をはさんでふぅと息をついたかと思うと再び客を煽り、躍らせるハイテンションな曲が畳み掛けるようにきた。有薗の曲『Rest Time』だった。タイトルには似つかわしくない、派手な印象の曲である。ただ、歌詞はないが、有薗が「怪我をしたとき思いついたフレーズ」と言っていたのがわかる気がした。自分をゆっくり見つめなおし、充電し再スタートを切った彼の思いが爆発した、彼にふさわしい曲だと思った。彼のどちらかと言うと物静かなおっとりした話し方からは想像がつかないが、彼の、演奏したい、音楽をしたい、という思いが強まった時期を思いやると爆発的な曲の作りがもっとも似つかわしく思える。大盛り上がりになったところで一旦メンバーはステージから姿を消したが、客のボルテージは下がることなく、激しい手拍手が鳴り止まぬ。真由も一所懸命手拍子で彼らを呼び続けた。それに応えて、メンバーが再びステージに現れた。ライブ中は曲の演奏ばかりで一切MCはなかったが、ようやくリーダーがドラムセットに備えられたマイクを引き寄せ「今日は俺たちJAMANIAの新しいスタートです」と高らかに宣言すると、客はわーと歓声をあげた。「初のオリジナルアルバム、どうだったかな?」と彼はニヤリとして客席を見渡した。自分たちの新作に自信を持っていることがよくわかる。客席からは「サイコー!」と声が飛び、メンバーも嬉しそうにみなニッと笑顔を見せた。そしてアンコールで二曲演奏すると、ライブは鮮烈な印象を植えつけて終了した。客席の熱気はすぐには冷めやらず、誰もなかなか帰ろうとはしなかった。みな満足げな笑顔を浮かべており、曲に合わせて体を動かした後の爽快さを感じさせた。大勢の流れに押されるようにようやくライブハウスを出たのはかなり時間が経ってからだった。時刻は八時過ぎ、ミニライブというだけあってライブは実質一時間ほどだった。
 約束の店に着き、店内をぐるっと見渡してまだ有薗が来ていないことを確認すると、真由はカウンターでコーヒーを受け取って唯一空いていた席に座った。店内は満員だった。隣のテーブルにいた女性客はさきほどのJAMANIAのライブに行ったらしく「今日の増岡さんのトランペット冴えてたね」などとメンバーの名を挙げて興奮気味に話していた。これではほかにも店内にはライブ帰りの客がいるやもしれず、ここに有薗が姿を現すのはいけない、と思った。それでも「少し待たせる」と言っていた彼の言葉を思い出し、落ち着いて一服しながら考えようとバッグからタバコを取り出して火をつけた。とにかく、彼に電話かメールで、他の待ち合わせ場所を伝えるしかないだろう。しかし自分はこの付近はもちろん東京に詳しくない。どこなら彼がSONOとばれずに、確実に会えるだろうかと真剣に考えた。ふと、自分が有薗と会うことにばかり熱中していることに気付いて真由は自分でも驚いた。今の自分は、有薗に会いたくてたまらない。ライブが最高だったと、伝えたくてたまらない。会わないという選択肢はありえなかった。
 『Rest Time』のメロディを胸のうちで口ずさみつつ、入院していた頃の有薗のことを思い出してみた。彼は物静かで礼儀正しく、怪我でしばらく楽器が弾けない現実も誰よりも冷静に受け止め、病院内の生活も極めてまじめだった。医師や看護師への態度も実に物腰が柔らかく評判が良かった。退院したとき、看護師の一人が「あんなまじめな患者さんばかりだといいのにね」と言ったくらいだ。そして退院後、自分の復帰をまっさきに主治医であった真由に知らせる律儀さ。一方で真由と最初に交わした言葉は「タバコ吸いたい」だった。「先生にはスモーカーの気持ちがわからないんだよ」とすねて見せた彼の顔を思い出して知らず真由はくすりと笑っていた。「この電話番号の有効期限、無視する」と宣言したり、茶目っ気といたずらっぽさもある。そのくせ、何よりも、彼には何もかもを大らかに受け止める寛大さを感じた。真由が彼と深く関わろうとせず、冷たい態度をとっても彼は決してそれに対して問い返したりせずさらりとかわしてしまった。
 不思議な人だな。私とは違う。すごく成熟した大人だな。あの鷹揚に構えている感じはなんだろう。そんなことを考えていた。
 二本目のタバコもぎゅっと灰皿に押付け、さてどうしよう、ここにいても有薗には会えまい、と元の思考に戻り、結局、席を立って灰皿とカップの載ったトレーを返却すると、店を出た。店は駅からすぐ近く、人通りは多かった。待ち合わせの場所を変更しようにも、どこを指定すればよいかわからないし、結局真由は店の表で邪魔にならないところに立ち、ライブハウスの方向をちらちらと見ていた。
「なんで中にいないの?四月とはいえまだ寒いでしょう」と声をかけられ、はっとして振り向くと有薗が立っていた。「あれ、なんでそっちから?」と真由が驚くと「ああ、ライブハウスからメンバー全員車で出たんですよ。帰らずに待ってるファンが結構いたから急遽ね」と自分が来た方向を指した。「このお店にもね、ライブ帰りのファンがいたんですよ。だからここにソノさんが来ちゃまずいと思って外に出ました」「僕別にアイドルじゃないし、全然平気なんだけどな」「自覚なさすぎですよ」「自由な方がいいよ。ま、いいや」と言うと有薗はそっと真由の肩を押して駅の方向へ促し、歩き出した。「おじさんの家ってどこ?」「高円寺」「じゃあそっちの方向の方がいいのかな」「いいですよ、ちゃんと東京の路線図持ってるし」そこで有薗はふっと笑って思わず真由の顔を見た。真由は冗談を言っているのではなく生真面目そのものの表情で、笑っている有薗を不思議そうに見つめ返した。「笑っちゃ失礼か。路線図ってのがなんか意外な言葉でさ。お医者さんって頭いいし、路線図なんか持ち歩かなくたって東京くらいスイスイ行けそうな気がして」と有薗が自分が笑ったことの理由を説明すると「どうせおのぼりさんですから」と真由もふふっと笑った。「じゃあ明日は浅草観光?」「そう、はとバス乗って」「東京タワーも?」「もちろん。『根性』って書いたペナント買って帰ります」そこでぷっと再び有薗が噴き出した。「そんなもの本当に売ってるの?」「知らない。東京タワー行ったことないし」「え、行ったことないの?」「あまり東京来たことないし、来ても観光じゃないから。浅草は行ったことありますけどね。雷門くぐりましたよ」「そっか、じゃあ良かったら明日案内しようか?」と有薗が提案したが、真由はそれには「明日は叔父とゆっくりしたいので。また機会があれば」とまじめに断った。
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不透明人間


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