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  透明の向こう側 作者:
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 三月、発売当日に早速JAMANIAのCDを買ったら四月にミニライブを東京のライブハウスで実施する旨が記載された招待状が入っていた。会場などの詳細は直前に招待状記載の特設サイトで判明するらしい。美樹に聞いてみると「私のCDにも入ってた。仕事休めないし東京は遠いなあ」と実に悔しそうだった。自分も東京までJAMANIAを追いかけていくことはしないなと思いつつ、招待状は大事に取っておいた。
 四月に入ると、いよいよ専門医となるべく後期研修プログラムにのっとり救急部の一員としてスタートを切ったが、四月は原則土日は休みだった。ふと思い出してミニライブの日程を確認してみるとそれは土曜日の夜で、なんとか行けそうな気がした。すると、たまらなく彼らの音楽を生で聴きたいという思いが膨らんだ。昨年のツアーファイナル、有薗の復帰ライブ以来の生音源となる。アルバムはこれまで既存曲のカバーが多かった彼らの、初の、完全なオリジナル曲のみの構成である。そのアルバムからの選曲を中心としたライブとなるだろうし、メジャーデビュー前からのファンとしてはぜひとも行きたい、という素直な欲求だった。それに、彼らの音楽はCDで聴くより、生で聴く方が比較にならないくらい楽しいことをよく知っている。生で聴きたい。むくむくとそんな願望が湧いてくる。そしてふと年賀状のことを思い出し、そうだ東京の叔父に会いに行こうと思った。研修医ではなく一応一人前の医師としてのスタートラインに立ったことを、電話では知らせておいたものの、自分の口から報告したいな、と。ある晩、真由は叔父の自宅に電話をしてみた。「久しぶり、どう、元気にしてるの?」と電話に出たのは叔母だった。「うん、なかなか連絡しなくてごめんなさい。四月から研修研修でみっちりやってる」と簡単に報告したら「そう、頑張ってるね。でも無理しないようにちゃんと休みの日はゆっくり休むのよ?叔父さんに代わる?」と言い「誰?」「真由ちゃんから」というやり取りが聞こえ、叔父が電話口に出た。「元気してた?」「うん。連絡もろくにしなくてごめんね。いきなりだけど、東京行こうかと思ってるんやけど、都合どうかなと思って。久しぶりにおっちゃんに会いに行こうかと思って」「ああ、いいよ。もう退職してのんびりしてるし。いつ?」「再来週の土曜日か日曜日」「ああうん、大丈夫。土日で来るの?じゃあうちに泊まって行きなさい」「うん、じゃあそうしよっかな。ありがとう」
 時刻が決まったらまた連絡する、と言って電話を切った。叔父は母の弟で、もともとは大阪の生まれ育ちだが仕事で東京に移り住んだ。結婚した相手も東京の人で、真由の親族では唯一、標準語を喋る珍しい一家である。真由よりいくつか年上の従兄弟が三人いるが、いずれも結婚して家を出ている。
「アルバム聴いたらぜひ感想聞かせて」と有薗からは言われていた。なのに未だ返事をしていなかったと思い、少しのためらいもないと言えば嘘になるが、真由は初めて自分から有薗にメールをしてみた。アルバムを買ったこと、曲がどれもすばらしかったこと、有薗の曲には胸が震えた、と賛辞を送った。そしてミニライブに行きます、と書き添えた。
 すると、おもいがけずその日の夜中に、早速有薗から返事がき、「ミニライブ来るの?東京だから来ないだろうと思って知らせなかったんだけど、嬉しいな。良かったらライブの後、酒でも飲みましょうよ」と誘われてしまった。ここ何回かそっけない返事しかしてこなかった自分に対して変わらぬ有薗の鷹揚さが嬉しかった。
 真由は頭の中で行動をシミュレーションしてみた。土曜日の朝出発して、一旦叔父の家に行って挨拶をし、荷物を置いてライブに行く。有薗とご飯を食べて、叔父の家へ帰宅する。夕方の新幹線で帰っても十分神戸には戻れるから、叔父とは日曜日にゆっくり話をする時間が取れるだろう。交通手段と時刻をネットで調べながら心はたまらなく浮き立ち、早く寝なきゃ、明日仕事なのに、と思いつつ行動予定を頭の中で殆ど組み立ててしまった。
 東京行きの楽しみができて、真由の心は俄然明るくなった。美樹にも「私は仕事休みだから行ってくる。どんなライブだったかまた報告するね」とメールしておいた。自分に素直に行動してみると、意外に楽しいものだった。JAMANIAのライブのあと、メンバーのSONOと夕食。こんな贅沢があっていいものか、と嬉しさでいっぱいだった。せっかくこうして知り合えて、一緒に食事でも、という仲ならそれに甘んじてもいいではないか。
 東京の叔父に会うのも楽しみだった。真由が二度目の大学受験で医学部合格を手にしたとき、学費や年齢といった現実的な問題を挙げて母は反対した。しかしそれを説得してくれたのはこの叔父だった。「目標に向かって勉強してきたのが実ったんだ、応援してやろうよ」と母を説得し、在学中に母が亡くなってからは親代わりを務めてくれた。感謝のしようもない、理解ある叔父である。今も、彼が親代わりであることに変わりはない。
 正午すぎに東京へ着くと、電車を乗り換え、叔父の家のある高円寺へ向かった。駅まで叔父と叔母が二人揃って迎えに来てくれていた。「うわー、おっちゃん、叔母ちゃん、久しぶりー。ほんま連絡ろくにしなくってごめんね。でもほらこのとおり、元気にしてるから」とまず真由が再会を喜んだ。夕方には六本木へ出ることはあらかじめ伝えてあったが「晩ご飯は友達と食べてくる。帰りは遅くなるかもしれないから寝てて」と言うと「東京不慣れなのに迷わず帰ってこれる?」と心底心配そうに叔父も叔母も顔を曇らせた。「大丈夫だって」と話しながら、駅から十五分ほどのところにある叔父の自宅に着くと「部屋はここ使って」と一階の和室に通された。「六本木行くって、何かあるの?」と叔父が聞くので「好きなバンドのライブ」とだけ答えた。「今すぐ出なくても間に合うんでしょ?昼ご飯くらい一緒に食べよう」と叔父が食卓に誘い真由も食卓に着いた。「うわっ、お刺身とか豪華やん!」と真由が驚くと「夕飯のつもりで用意してたからね。真由ちゃんが夜はいらないって言うから、今食べましょう」と湯気と香り立つ澄し汁もよそってくれた。昼食をとりながら、すでに結婚して独立していった従兄弟たち三人の近況を聞いたり、真由自身の近況報告をしたりした。叔父は真由の母よりも先に結婚し、子どもも先にもうけたので従兄弟たちはみな真由よりも年上で、いずれもすでに結婚して親になっている。しかも全員男だから真由は叔父夫婦にとって末っ子の一人娘のようで、彼らは精一杯真由をかわいがっていた。「うわ、おいしい。これなんてお魚?」「やだ、真由ちゃん魚の種類わからないの?」と叔母に笑われ「困った子だな」と叔父も苦笑した。「結婚するお相手は?」「私みたいなのに立候補する人はいないなあ」「諦めたら駄目よ」「うーん、でもたぶん生涯ヒトリモンかな」「まあまあ、真由ちゃんが一人が気楽でいいって言うならそれでもいいじゃないか。さ、もっと食べて」と叔父と叔母に温かく歓迎され、ゆったりと家庭の団欒を過ごした。
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