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こうしてJAMANIAのメンバーである有薗自身から新しいアルバムが発表されることを聞いていながら、真由は美樹に彼が自分の患者として運ばれてきたことも、それがきっかけでツアーファイナルに行ったばかりか、その後バーで会ったことも、まして電話でアルバム発売を知らされていることも、なにもかもを隠しているのであった。ただ、横浜での学会のついでに東京のライブに行ったことだけはメールで報告していた。最高に楽しいライブだったよ、と。
一番の親友である美樹にさえ、真由は自分をさらけ出すことはめったにしない。有薗と知り合ったことを言わないのは、ひとつには、美樹が純粋にいちファンとして、JAMANIAのメンバーと直接会って話したことをうらやましがることが明らかだからだ。美樹にこの先、ファンとしてライブで彼らを見る以上の接点が彼らとあるとは考えられない。もちろん会う機会を作るように自分に期待されても、それには応えられない。むやみにうらやましがるような事柄だけを知らせるのも申し訳なかった。そこから何も生み出さない。もうひとつには、有薗に限ったことではないが自分が新たな人間関係の構築をすでに諦めていることを知られたくなかった。真由には親しい友人は数えるほどしかいない。大学時代の友人も、職場の同僚も、さほど深い付き合いはない。真由にとっては、親しい友人を作る作業はとても困難なことなのだった。いつからそんな風になってしまったのか。歳を経るごとに人間関係が希薄になっている事実がそこにある。
「ちょっと真由、マジで大丈夫?」と美樹が心配そうな顔で真由を覗き込んだ。美樹がJAMANIAのCDの話をした瞬間、真由は有薗の温かい声を思い出し、その温かさを突き放した自分の冷たさに悲しさを覚え、一人の世界に飛び込んでしまった。「大丈夫。心配かけてごめん。新しいCDっていつ頃発売なん?今から楽しみだね」と笑顔を作ると、美樹はそれでも少し心配そうに「やっぱりお医者さんって大変な仕事なんやろうね」と呟いた。そこへ予約していたコース料理が運ばれてきた。ここは『feuilles』という名前の、美樹が数年前に発見した手ごろな価格でコース料理が味わえるカジュアルなレストランで、季節のコースが新しく出ると必ず訪れている。いつもは真由、美樹と他に結婚した友人二人の計四人で来るのだが、今日はあいにく都合がつかず、二人だけだった。気を取り直して、という風に美樹が「さ、食べよう」と力強く言った。食べ始めてから「発売はね、来年の春頃だって。アルバム出たらまたツアーやるよね?今から楽しみやなあ」と本当にわくわくした表情を見せた。「そうやね、ほんと楽しみね」と真由はにっこりと相槌を打ちながら思った。何も、深く考えなくていい。これからもJAMANIAのファンでいていいではないか、CDを買い、ライブを楽しむ。それ以上のことを望むまい、と。有薗も、いつか錯覚に気づくかもしれないし、自分と友達になろうという思いつきに飽きるかもしれないし、自分のことなど忘れてしまうかもしれない。それでいい。それがいい。
それでも、美樹がふいに「そういえばファイナルの日って、SONOさんいた?」と言いだしたときにはドキッとした。「え、なんで?」努めて平静に聞き返したつもりだが、美樹はなかなか直感の優れた奴だ、と脈が速くなるような落ち着きのなさを自分で感じてしまった。なぜJAMANIAの中でもあえて有薗がいたかどうかだけを美樹が突然訊ねるのか、と妙な焦りと不安に押されて真由はまじまじと美樹の顔を見た。しかし美樹の方は何も人の裏を探るような様子でもなく「神戸のライブのときはいつもどおりやったと思うんやけどね。いつからかな、ホームページのツアー情報のところに『体調不良のためSONOが休演します、ご了承ください』みたいなお知らせが載ってた。ファイナルには戻ってきはったんかなと思って」と質問の意図を明らかにした。「メルマガとかでもSONOさんのことについては何にも触れられてないねん」と心配そうな曇った表情を美樹が見せたので、真由は「ファイナルのときは元気やったよ」と結論を明快に告げた。それから美樹に問われるまま、ファイナルの様子を事細かに覚えている限り話してやると再びファンらしいときめきと、ファイナルに参戦できたことへの羨望の入り混じった笑顔を浮かべた。
料理はいつものこの店らしく、他では味わえない不思議なおいしさだった。この店は多国籍な味を提供してくれ、いつも新鮮さに驚かされる。今日はトルコ料理をメインにしてみました、とオーナーでもあるシェフがテーブルに来て挨拶と説明をしていった。料理を楽しんでいる間、美樹はたびたびJAMANIAの話題を口にしたが「ファンとしてこれからもJAMANIAを見ていこう」と決めると不思議と気分が軽くなり、美樹の楽しそうな口調に真由も以前のとおり、いちファンとして新曲を楽しみにし、ライブを心待ちにする心境になっていた。コースが終わっても紅茶を飲みながら二人は散々話をして店に居座った。真由は滅多なことでは弱音を吐かない。弱い面を見せようとはしない。意識的に自分を見せない。一度口にしてしまうと泥縄のようにグチは止まらなくなりそうだから、極力自分の話題を話さない。だからこの日もほとんど美樹が喋る一方だった。自分のことといえば唯一、来年からも今研修している神戸海原病院に後期研修で残り、救急部に配属されることを報告した。美樹は真由がいよいよ医師として自分の進みたい道を本格的に歩み出すことに心から喜んでくれた。
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