その26:それでも明日を
悠久の時は、感情を奪う。
喜び、悲しみ、怒り、妬み…
そしていつしか…「退屈」すらも感じなくなる。
一晩経った、西暦2005年1月23日。
トンネルの向こうでは、剣崎一真が相川始を封印した日付。
あの時は土砂降りの雨だったのに、こちらの世界では雲ひとつ無い青空が広がっているのを、ハナはぼんやりと眺めていた。
昨日の剣崎と虎太郎のやり取りを聞いて、ずっとハナは一人で考えていた。
剣崎が、もう一人のジョーカーになる可能性を。
金色の戦士の姿で戦い続ければ、剣崎一真はアンデッドに…ジョーカーになる。
そのリスクを負ってでも、彼は金色の戦士の姿でダークローチを倒していた。
……その理由は?
「ハナちゃん、アレ…!」
彼女の考えを中断させるように、リュウタロスが声をあげ、ある方向を指差す。
その先にいたのは…山小屋に入ろうとする、相川始の姿だった。
そして、彼が向かう山小屋に…リュウタロスは何となく覚えがあった。
そこは、最初にこの時間に降りた時に、キンタロスと橘が彼を運び込んだ小屋。
「静かだな。…耳が痛ぇくらいに。」
「……うん。」
そこに破滅の使徒などいないかのように、周囲は静寂で満たされていた。
けれどそれが、嵐の前の静けさと言う物である事も、モモタロス達には充分すぎるほど分かっている。
相川始は、待っているのだ。
自分を封印できる、唯一の存在を。
自分が封印されても良いと思える、たった一人を。
例えそれが、彼が愛した人達との別れだとしても、自分のせいで死んでしまうよりは余程良い。
栗原親子が…人間が消えるくらいなら、自分が封印される方が良い。
…その結末が、残された者にどんな影響を与えるかも考えず。
ただ、目の前にある平穏のためだけに。
「…来るぞ、隠れろ。」
モモタロスに言われ、全員が小屋から少し離れた木の影に隠れる。
…誰が来たのかなど、考えるまでも無い。
小屋の中にいる者が待つ存在。
この戦いに、決着をつけるための戦士。
……剣崎一真の、到着である。
*
剣崎は当然のようにその小屋に足を向け、そして当然のように始はそこにいた。
「懐かしいな。」
「ああ。この場所から、俺とお前は始まったのかもしれない。」
こちらを見向きもせずに言う始に、剣崎はにこやかな笑顔で答えた。
この小屋は、今の剣崎と始の関係を築いた「始まりの地」。そして、様々な出来事を見てきた「思い出の地」でもある。
…だからこそ、始も剣崎もここに足を向けた。
ここが始まりであり、そして…
「だから、ここで終わるんだ。」
まるで最初から決めていたかのように、始は何の感情も感じられない表情でそう言う。
「始、お前は本当に世界を…人類を滅ぼしたいのか?」
「……俺にはもうどうにもならない。俺はそうするように作られた。」
それは、間接的な否定。
相川始は、世界を滅ぼす事を望んでいない。
だが、自分の意志では、滅びを止める事はできない。なぜなら…
「俺は…ジョーカーだ。」
そう、始が宣言した瞬間。唐突に彼は苦しみだし、その姿が歪む。
ヒト…相川始の姿から、本来の姿であるジョーカーへと。
そして…その咆哮と共に、衝撃波が放たれる。
彼の意思とは関係なく、小屋を吹き飛ばすに足る威力の衝撃波を。
剣崎も、そして…始も、気を失うほどの衝撃波。
…どのくらいの時間が経っただろうか。
一瞬?
数分?
日の高さから言って、それほど時間は経っていないだろう。
それは分からない。だが、吹き飛ばされた側も、吹き飛ばした側も、目を覚ましたのは同時だった。
互いにその姿を…「剣崎一真」と「相川始」を確認すると、何も言わず互いに距離を詰める。
剣崎一真は、ブレイドに。
相川始は、カリスに。
変身し、攻撃の応酬が始まった。防御の様子など微塵も無い。
何合、打ち合ったのか定かでは無い。しかし、決着がつかないと思ったのか、カリスはハートのキング…「EVOLUTION」のカードを腰のベルトに通し、ワイルドカリスへと進化し、ブレイドをその圧倒的なパワーで吹き飛ばす。
そして、ハートスートの13枚のカードを、1枚の…「WILD」と名付けられたカードにまとめる。
それを確認すると、ブレイドはブレイラウザーから3枚のカードを取り出し、読み込ませる。
『KICK』
『THUNDER』
『MACH』
スペードスートの5、6、9。その組み合わせで出来る技は…
『LIGHTNING SONICK』
電撃を纏った、ブレイドのキック。
それに対抗すべく、ワイルドカリスはワイルドのカードを読み込ませようとして…考え直したように、カードを放棄、ブレイドのキックを殴る事で弾き返した。
*
「何なんだよ…この戦い…」
赤い戦士となった始に弾かれ、変身解除された剣崎を見つめつつ、モモタロスは小さく呟いた。
先程、始が…いや、ジョーカーが放った衝撃波に巻き込まれたせいで、彼らも吹き飛ばされたが、打ち身程度で大した怪我は無い。
ハナも、ジークがとっさに庇ったお陰で大した怪我も無い。
イマジンであるモモタロス達だから打ち身で済んだようなものの、ハナは人間。まともに喰らえば、恐らく大怪我をしていただろう。
それはともかく。
2人の戦いを、少し離れた所からこっそりと見ていたのだが…
共食いのように見えたその戦いに、モモタロスすらも絶句していた。
だが…どこかまだ、全力で戦っているようには見えない。
特に、始の方は。
「…本気で戦うつもりは無いのか、始。」
攻撃を弾き返され、変身解除状態となった剣崎が、始に言う。
彼もまた、始が全力で来ていない事に気付いていたのだろう。
…傍で見ているモモタロス達ですら気付いたのだ。戦っていた剣崎が気付かないはずも無いのだが。
「何だと?」
「何故、ワイルドのカードを使わなかった?」
剣崎に言われ、始は赤い戦士の姿から、ヒトの姿になり…
「…気付いていたのか。」
「ああ。お前はわざと、俺に封印されるつもりだったんだな。」
「それ以外に、方法はあるか?」
うすうす、ハナ達も感付いていた。
始が本気で戦わないのは、自分が封印される事で、世界を守る事が出来るからだと。
そしてきっと…それしか方法が無い事も。
「俺の体は、もう俺の意思ではどうにもならない。攻撃を受けるほど俺は、一匹の獣に戻り、戦いの事しか考えられなくなる。」
それは、ジョーカーの…アンデッドの本能だから。
だから…
「そんな俺を倒せるのは…お前だけだ。」
「…始…」
辛そうに、それでも何かを決意したように。
剣崎は小さく親友の名を呼び…そして、宣言した。
「…アンデッドは全て封印した。お前が最後だ。…ジョーカー!」
「俺とお前は、戦う事でしか分かり合えない!」
それは、トンネルの向こうの世界で最初に見たのと、よく似た会話。
場所や天候、剣崎の口調こそ違うものの、あの時の再現を見ているような気がした。
「始…それで良い。本気で来い!ジョーカーの力を全て…俺にぶつけろ!」
ジョーカーと化し、その影から複数のダークローチを生み出すのを見て。
戦士へと変身した剣崎が、満足そうに言う。
だが…ハナ達は知っている。
ダークローチは、トンネルの向こうからやってきている「侵略者」である事を。
「あいつら…ひょっとして、世界を滅ぼすのを、ジョーカーのせいにしてるんじゃ…」
誰にでもなく、リュウタロスが呟く。
…「ジョーカーが残れば世界が滅びる」と言う伝承にかこつけて、異世界の侵略者が送り込んでいるのだとしたら?
そして、その事実を知らないジョーカー…相川始が、「ダークローチを生み出しているのは自分」だと思い込んでしまったとしたら…?
自己暗示とは、恐ろしく効く物である。
事実、かつてジョーカーに戻る事を恐れた始は、自己暗示をかけて深く眠りについた事があるでは無いか。
思い込み故に、ジョーカー自身もダークローチとこの世界をつなげる「扉」と化してしまっていたら…?
何の事は無い。
全ての元凶は、「トンネルの向こう」にいる、「誰か」。
それこそが、倒すべき敵であり、トンネルを増やしている張本人では無いのか。
「だとしたら…僕、許さないよ。あいつらも、あいつらを送り込んでる『誰か』も。」
「…それ以上に許せねーのがいるだろーが。」
リュウタロスに対しモモタロスが、彼らしからぬ静かな怒りを湛えて言う。
「この世界の『神』って奴だ。何でアイツの望みを叶えてやらねーんだよ…!」
本来なら、カテゴリーキングが封印された時点で、相川始の願いを聞き届ける「神」がいたはずである。
そして、それが始の願いを聞き入れたならば、こんな事にはならなかったはずなのに…
それを思うと、モモタロスは悔しくて仕方が無かった。
「無駄だ。聞いた話では、世界に干渉するための道具すらも、向こうの神に押さえられているからな。」
「え…?」
その言葉は、リュウタロスの仮説を肯定するものであり、そして、今起きている事を把握している事も指していた。
ジークがいつ、どこで、誰からその話を聞いたのかは分からない。
だが、それを問うたところで彼は答えてくれるだろうか。
…多分、答えないだろう。それが例え、ハナからの問いかけだったとしても。
「神は有能だが万能では無い。強すぎる力が世界に干渉すれば、世界はその力に耐え切れずに崩壊する。そのためのワンクッションが必要なのだが…」
「それを、トンネルの向こうの神が奪った…」
「そう。そして逆に、それを使ってあのダークローチを送り込んでいるのだ。」
ハナの言葉に満足気に頷き、ジークは憐れむ様に視線を向ける。
その存在故に、運命に…神々に振り回される者達に…
「退屈」を感じられるだけマシだ、とでも言いたいのか?
馬鹿らしい。変化があれば、常に何かを感じられる。
お前はただ、感じる事を放棄しているだけだ。
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