とある所のとあるマンションにとある男がいた。
春先に、その男は車の話題を中心としたサイトを立ち上げた。
豊富な知識と上手い語り口調のサイトは人気を集め、リンク集はどんどん増えていった。
晩春の頃、ある相互リンクの相手と少し意見の相違ができた。
某車の出来具合に対する考えが真っ向から違っていたのだ。
最初はメールのやり取りから。
次は拍手で。
次は掲示板で。
だんだん相手はエスカレートし、ついに男の掲示板を荒らし始めた。
「ちょwwwおまwwwwそんな車本気で乗ってるわけ?」
「あんたが好きな車の売り上げ減るごとに、このサイトも見捨てられるんだろうねww」
最初は、そんな不躾な書き込みにも丁寧に返信をしていた。
その内返すのが億劫になってきて、削除するようになった。
途端、メールで中傷される内容が送られてきたのでアドレスを変えた。
アドレスを変えると、変更通知や様々な登録設定修正を余儀なくされ、思いのほか手間がかかった。
自分のせいではないのに。
――許さない。
そう思うようになった男は、ついに相手のHPの掲示板に名無しで書き込みをした。
「お前みたいな毒男は死ね」
「死ね死ね」
「死ね死ね死ね」
「死ね死ね死ね死ね」
具体的な中傷よりも、こういった同じ単語を羅列したほうが気分が悪い。
相手がやった荒らし以上の回数を掲示板に書き込みまくった。
多い時だと、一日で千回を越す荒らしメールを送った。
暇な時は、マンションの近所で見つけた猫の死骸を写メで送ってみたりもした。
そして六月の下旬。
相手のHPが閉鎖された。
その時男を襲った達成感と快感は言い表すことのできない恍惚だった。
ざまあみろ、という思いはない。
ただ、気持ち良かった。
相手の閉鎖から少し経った七月の初旬。
もう一度あの恍惚を味わいたいと思う欲望が頭をもたげた。
忘れられない。
もっともっと感じたい。
男は自サイトのリンク集から手当たり次第にHPを荒らし始めた。
やり方は以前のと同じだ。
軽い気持ちで運営していたHPはすぐ閉鎖したが、ベテランの管理人がいるHPやファンの多いHPは中々閉鎖しない。
それでこそやりがいはあるものだと、男の荒らしはさらにエスカレートしていく。
猫の死骸は己のリストカットの写真へと代わり、メールの回数は携帯とPCの駆使で数千回に上った。
アクセス規制を食らってもネットカフェからひたすら送り続ける。
八月の上旬。
ついに自サイトからリンクしてあった三桁近いHPが全て閉鎖された。
一ヶ月ほどの間、荒らしと閉鎖を繰り返し男はまるで絶頂を迎えたように快感を貪った。
――ああ、気持ちいい。
リンク先の無いリンク集の画面を目の前に、恍惚に浸った。
だが、一週間もしないうちにまた物足りなくなった。
今度は自サイトから繋がってないサイトを目に付いたところから荒らしてみる。
それでも、物足りない。
快感が足りない。
他人のHPを荒らしても足らないのなら、どうしようか。
男が次に取った行動は自分のHPの荒らしだった。
端から見たら、何とも滑稽な行動だろう。
しかし男にとっては今まで以上に快感を得る行いだったのだ。
掲示板の容量を超えるまで中傷を書き込み、訪問者のカキコをなじったりもした。
日記には普通のことを書き、コメントにはそれを嘲る文章を載せた。
――ああ、自分のHPがどんどんどんどん崩れていく。
十本の指をキーボードの上で走らせ自慰の如き快感を味わった。
指が動く。指が動く。指が動く。
その内、当然のことだが、誰も自サイトに来なくなった。
一人、部屋の中でぽつねんと座り込んで画面を眺める。
もう、この画面の向こうに男に快感をくれるものは無い。
だが本当に、どこにも荒らすところは無くなったのだろうか。
いや、そんなはずはない。
男は画面から視線を外し、側にあった鏡を見た。
そしてニタア、と笑う。
――そうだ、もっと気持ち良さそうなものが、こんなところにあったじゃないか……
「警察だ。ドアを開けなさい」
どんどんとドアを叩く音がする。
荒らされて閉鎖に追い込まれたHPの管理人達が集団で警察に訴えたのだ。
バーチャル上の被害だったが、その異常なメールの件数とそこに貼り付けられていた残虐な画像から、心神耗弱になったとして現実で法の裁きを下せると判断したらしい。
電話をしても応答が無かったことから、署員が男のマンションへとやってきた。
何度呼んでも反応は無い。
どこかへ行った形跡も無い。
ついに合鍵を借りてきて扉を開けると、部屋中が何者かによって荒らされていた。
むせ返るような暑さに混じって、何とも言えない異臭もする。
タンスが倒れ、鏡が割れ、床はゴミ箱をぶちまけたかのような散乱具合だった。
泥棒でも入ったのかと署員が慌てて中に入ると、ある一室に男はいた。
手首両足性器を切断し、首を吊った状態で。
全身の穴という穴から体液が流出していたが、尻の穴だけは何も出てなかった。
切断した性器が差し込んであったからだ。
署員は腰を抜かし、悲鳴を上げて部屋から転げ出ていく。
両手足の無い状態で、どうやって首を吊ったのかは謎だ。
ただ、ロープの輪からひょっこり出た顔がどこか幸せそうだった。
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