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賭け

作者: 椎名 朝生


まだ夜が明け切らない住宅街。

そんな静まり返る街に、ガラガラとキャリーケースを引き摺る音が響く。

持ち主の不機嫌さを表す様に、ヒール特有の甲高い足音がそれを追い掛ける。


駅までの道なりにある歩道橋までやってくると、そこで一度足を止めた。

ここまで引き摺ってきた重いキャリーケースへ、溜め息混じりに恨めしそうな視線を

向ける。仕方ない。そう腹を括ってキャリーケースを持ち上げると、ヨタヨタとした

足取りで階段を登っていく。

歩道橋の一番上までやってくると、持っていたキャリーケースを地面に戻す。

荒い息を大仰な溜め息と一緒に吐き出して整えると、額に滲んだ汗を手の甲で拭う。

そしてまた、ヒールの音を響かせて歩き始めた。


……けれどすぐに、歩みが止まる。歩道橋の調度真ん中辺り。

顔を出し始めた朝日が、柔らかい日差しを横顔に当ててくる。

キャリーケースを脇に寄せると、歩道橋の手摺に凭れ掛かって、下を流れる車の列を

覗き込む。

太陽の光と規則正しく流れる車。新聞配達の自転車が、信号を渡って通り過ぎていく。

朝の風景。また慌ただしい一日が始まる。


肩に掛けていたバッグから携帯電話を取り出すと、片手でフリップを開く。

待ち受け画面には、バカみたいに笑う男と澄ました顔の女。

暫く写真を眺めていると、飛び出してきた家の様子が脳裏に浮かんだ。

半分だけ空っぽの部屋。

バカみたいな笑顔が驚きの表情に変わり、慌てふためく姿が見られないのは、

少しばかり残念だったかな。そう考えて小さな笑い声を漏らす。


お揃いのカップ、ピンク色の歯ブラシ。洋服に化粧品。

部屋にある自分の荷物は、出来る限りキャリーケースに詰め込んだ。

二人で買ったCDまで、全部持ってきたのはやり過ぎだったかな。

でも、私の方が先にファンになったんだから、構わないよね。

そのかわり、ゲームソフトは貴方にあげる。徹夜してまで付き合う女なんて、

他にはいないんだから、せいぜい私の有難味ってやつを思い知れば良い。

目が覚めた時には傍に居て、仕事から帰ってきたら出迎えてくれる。

ずっと傍にいるのが当たり前。何をしてもしなくても、それは絶対に変わらない。

安心感と惰性は紙一重。それが判るから余計に腹が立つ。

私にだって行動力くらいあるって事、此処で一つ見せ付けてやろう。

鍵の開いた鳥籠は、何時だって簡単に飛び出せる。それを貴方に判らせてあげる。


慣れた手付きでメールを打つと、躊躇う事なく送信ボタンを押す。

テーブルの上に放り出してあった携帯電話。お鍋の中に入れて枕元に置いて来た。

貴方の横で眠る私はもういないのよ。大きなうさぎのぬいぐるみがそのかわり。

のほほんとした顔のうさぎを眺めて、寝ぼけ眼の貴方の顔が目に浮かぶ。

そんな眠った頭で、メールの意味には気付けるのかな。


『森と都会の間。光が照らす時刻がタイムリミット。早くしないと消えちゃうよ』


歩道橋の上から朝の始まりを眺める。

右手に広い公園。左手には先月オープンしたばかりの駅ビルが見える。

登り始めた太陽がビルの窓に反射して、歩道橋を照らしだす。

まるでスポットライトを浴びたいみたいだと、貴方は得意の笑顔を作っていた。


いつか一緒に見た風景。貴方は覚えているわよね。


登っていく太陽と増えていく車の数。

駅へと急ぐ人波の中に、息を切らして走る男の姿が見え隠れする。

手にうさぎのぬいぐるみを掴んでいたら、それはきっとビンゴ。

賭けに勝ったのは、どっち?



完(2012.04.28)


*****

お題:

「朝の歩道橋」で登場人物が「計算する」、「メール」という単語を使ったお話。


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