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  大根と王妃③ 作者:大雪
宰相の果竪に対する扱いが酷いです
第8話
沖国の手の者が王を襲ってから3日後の事だった。
沖国へと送った使者団の一人が一つの報せを持って早馬にて戻って来た。

「なんか騒がしいわね……」
「そうですね」

その日、王妃退任の方が浮いたままとなりやる事のない果竪は、蓮璋と蛍花を連れて王宮内を案内してまわっていた。

だが、いつもと何か様子が違う。

バタバタと走り回る人々。
ふと横をすれ違った官吏の一人に、果竪は声を掛けた。

「何かありましたか?」

相手もあまりに慌てていたのだろう。
下の方に位置する位の官吏は、相手が誰なのかも判断しないままに叫んだ。

「沖国へと送った使者の一人が戻ってきたんだよっ!しかも、とんでもない報せを持ってなっ」

その言葉に、果竪は官吏の腕を掴むと物陰へと連れ込んだ。





「それでは、そのようにお願いします」

使者を下がらせると、宰相は王へと向き直る。

「では、私もこれにて下がらせて頂きます」

「ああ――」

寵姫を腕に抱きながら、興味なさそうに呟く王に溜息をつくと、宰相はそのまま必要な書類を手に謁見の間を退出した。

「やっほぅ」

「朱詩か」

部屋を出てすぐ、にこにこと笑みを浮かべる朱詩を見つけて溜息をついた。

「その様子だと、相変わらずだねぇ?」
「まあな――けど、以前よりは大丈夫そうだ」
「だと思うよ。ボクの部下達もみんな同じ感じだから」
「それで?」
「まあ、計画通りだね――今の所は」
「今の所?この私も関わった計画に何か不備でも?」

不機嫌そうに問えば、朱詩がちらっと視線を横に向ける。
それにつられて視線をうつせば、遥か向こうに見覚えのある人物が見えた。

「さ~~い~~しょぉぉぉぉぉぉっ!」

もはや地位ではなく個人名自体が宰相にされかかっているその原因をつくった本人――この国の王妃がこちらに向かって突っ走ってきていた。

「あれって」
「ひゅーひゅー!宰相大人気だねぇ」
「止めろよ」
「やだよ恐いし。それにああいう風に王宮中走り回ってくれたおかげで、結構綺麗になったし。分からない?」

朱詩の言葉に、宰相はふと周囲に視線を向ける。

……………確かに

あれほど重かった身体も、軽くなっている

「ふっとばしたのか」
「と思うよ――但し、これも一時的なものにしか過ぎないけど」
「…………………」

朱詩の言いたい事は分かる。
だが、その一時的な休息さえ自分達には今までほとんど得ることが出来なかった。

新鮮な空気を肺一杯に取り入れる事のできるこの心地良さ。
すみずみにまで行き渡り、頭を活性化させる。

「ねえ……これも果竪がいるおかげだよね?」

にっこりと笑った朱詩の次の表情を見た宰相はしっかりと釘を刺す。

「先走るな」
「わかってるよ――って事で、あとは宜しく」
「は?」

え?と思った次の瞬間だった。

さっきまであんなに遠くにいた筈なのに

まだ自分達の所に辿り着くまで時間がかかる筈だったのに

振り向けば指一本分もないほど近づいていた

「宰相っ!」

そのままドォォォンという音とともに磨き抜かれた廊下をスライディングしていく二人に朱詩は白いハンカチを振った。

「宰相、どういう事?!説明しなさいよっ」
「何をですか」
「沖国への要求についてよっ!」
「は?」

要求――?

その言葉に、宰相の瞳が鋭くなる。
どうやら簡単に口を割る馬鹿がいるようだ。

「要求って?」

冷たい声音でそう呟けば、果竪が怒りのままに答えた。

「王が……王が実は前々から沖国の姫を狙ってて、今回の件を良いことに、沖国の姫を要求して自分の妾に」
「それを告げた相手を教えて下さい」

ガッと肩を掴み、宰相はにこかやに言い放った。
誰だ事実を歪曲した馬鹿は。

「その話は大きくねじ曲げられてます」
「じゃあ違うの?」
「まあ半分は」
「半分?!狙ってたの?!今回の事は高笑い?!」

どうしても自分の夫が沖国の姫を狙っていた事にしたいらしい。
下手をすればこのまま王の下に真相を解明しにいかれかねない。
宰相は果竪から手を離さず、真相を伝える事にした。

「狙ってないです。というか落ち着いて下さい。説明しますから」

そう言って果竪を落ち着かせると、宰相は歪曲されていない事実を教えた。

「今回、沖国の手の者が我が王を狙ったという事実を問質したところ、沖国はそれを否定しました。しかし、否定しただけではどうにもなりません。だが、その証拠がない。まあ、王もこの件について事を荒立てるつもりもないですので、今後もし同じような事があれば許さないという事で終わりにしようとしました」

そこで、宰相はわざと一呼吸おいた。

「だが、一度そのような事をした国というものはなかなか信用ならないもの。二度とそのような事をしない為に、沖国は我が国に人質を差し出す事にしたのです。その人質というのが沖国の第一王女です。その王女を我が王の妾として差し出す事で改めて服従を示したのですよ」
「妾……」
「まあ上手いやり方ですよね。それに、妾とはいえ、もし王の寵を頂けて子供でも身籠もり、その子供が跡継ぎとして指名でもされたら、沖国は凪国国王の外戚として新たな権力を手にする事になるでしょうねぇ」

そこでちらりと果竪を見れば、ふるふると震えていた。
嫉妬か?と思ったが、次の瞬間その思いはあっけなく叩きつぶされた。

「沖国の第一王女って、あの才色兼備で他国にも名高い美姫?!って、確かあの姫君には恋人が――いやぁぁぁぁっ!恋人がいる事がわかってながらやっぱり最低ぃぃっ!」

そう叫びながら走りだそうとする果竪を後ろから抱き留める。

「どこに行くつもりですか?!」
「直談判するのっ!」
「直談判?何を言う気ですかっ」
「王女を正式な妻として娶るならまだしも妾っ!しかも、恋人のいる女性を妾だなんてふざけたことしないでって!」
「国の落ち度を償うのは王女としての義務の一つです」
「だからって、妾として差し出されるなんて酷すぎるっ!」
「仕方ないでしょう?王には既に正妻がいるんですから」

貴方という正妻が

その言葉に、果竪はギッと宰相を睨付けた。

「だから王妃を辞めるっていったじゃんっ!そう王妃を――って駄目じゃんっ!王妃やめて正妻の座を譲ったって、その王女様には恋人がいるんだから不幸になるじゃんっ!ああもうどうしようっ!」
「別にどうもならないでしょう」
「どうもならない?!そんな言い方ないじゃないっ」

ぎゃあぎゃあと騒ぎまくる果竪に宰相は溜息をついた。

「まったく、あなたは前と変わらず騒々しいですね」
「余計なお世話よっ」
「宰相に対しての言い草ではありませんね――まったく」
「そんな事よりその王女様よっ!ってか別に服従を示すのならば王女様でなくったっていいじゃないっ!それに本当に沖国がそんな事をしたって決まったわけじゃないものっ」
「王妃様……」
「確かに沖国の人が犯人だったけど、だからといってそれが沖国の意思だとは限らないじゃない!目の前の事だけに惑わされるなって言ったの、宰相でしょう?!」

目を見開く宰相に果竪はそのまま続けた。

「そう教えてくれたのは宰相なのに、どうして王女様を妾として受け入れちゃうの?!」

どうして……どうしてそんな事をしてしまうのか。

「沖国は絶対にそんな事しない。そもそも沖国は凪国の庇護のもと暮らしている国よ。わざわざ自分の首を絞めるまねなんてする筈がない」

果竪は力強く言った。

そう、沖国がそんな事をする筈がない。
なのに、妾として王女を受け入れてしまえば沖国は全面的に非を認めた事にする。

――ふと気付く。

そう、全面的に非を認めることになる。
しかし、今回の件については否定したといっていた。
ならば、なぜわざわざそんな事をしようとするのか?

「そうよ。なんで……」

だが、それ以上続ける事は出来なかった。

「言いたい事は分かりました。ですがご心配は無用ですよ」

ふと見れば、宰相が果竪を見つめていた。

「宰相、ごめん、聞きたい事が」
「これ以上は時間が割けないのでご遠慮願います」

その言葉に、もともと宰相が多忙だった事を思い出した。
昔から、馬鹿みたいに莫大な量の仕事をこなしていた。

「ご、ごめん。で、でも少しだけ」
「もう十分じゃないですか。そもそも私は忙しいんですからもういいでしょう?いい加減にどいて下さい」

そう言うと、宰相はスッと立ち上がる。
その上にのっかっていた果竪がころりと床に転がった。

「ちょっ!まって、話は」
「いいかげんにして下さい」

冷たい声音に果竪は口をつぐんだ。
そんな果竪を、宰相は冷たい眼差しで睨付けた。

「というか、この先沖国がどうなろうとも、もう貴方には関係ない事だと思いますが」
「関係なくないっ!」
「おや?これは不思議。貴方様がそれを言うのですか?」
「何が言いたいのよ」
「何もかにも、確かこのわたくしめは貴方が王妃を辞めると聞きましたが?」
「それが?!」

そう叫んで果竪は気付いた。
宰相の、その見下したような笑みを。

「それが?あなたにとっては、その程度なのですか?」
「な、何が――」

言い淀む果竪を侮蔑するように見下ろすと、宰相は溜息をついた。

「まあ本当に貴方らしいというか……貴方の中の優先順位の付け方には脱帽ものですよ」

しかしその顔は醜く歪んでいる。

「話がずれたので戻しましょう。そもそもの始まりは沖国の姫君の話でしたね?」
「そ、そうよ……」
「そう――恋人がいるにも関わらず王の妾として差し出される美しき王女。同情でもしましたか?――いえ、これは愚問でしたね。色々なことに首をつっこむのが趣味の貴方の事です。その無駄なまでの偽善心でもって可哀想と思われたのも当然の事でしょう」
「宰相……」
「別に、この件に関してどう思われようと構いませんよ。思うだけなら自由ですから」
「思うだけって……」
「なら何かするつもりですか?」

宰相の言葉に、果竪はもちろんと言わんばかりに頷いた。

「当たり前でしょう?!このまま放っておけるわけないじゃないっ!こんな酷い事をっ!だから早く王の所に」
「話を聞いて貰えると、いえ、そんな事が出来ると思ってるのですか?」
「宰相?」

その笑みに、言いようのしれない何かが込み上げ、果竪は身構えた。

「宰相、どうしたの?なんか変――」

そんな果竪を宰相は嘲笑う。

「変なのは貴方の方ですよ。それどころか、自分を過大評価している」
「過大?」
「ええ。子ネズミが自分を象だと思い込んでいる」
「宰――」
「薄幸の王女を可哀想と同情するその心根は酷く美しい。だが、ならば貴方はその王女に対して何が出来るというのです?」

厳しい切り返しに、果竪は固まった。
何か言い返そうにも、その視線に縫い止められ言葉が出て来ない。
宰相は優しく言った。

「出来るわけないですよね?昔の貴方ならまだしも――ただの果竪として生きることを望み王妃の地位を捨てようとしている貴方が、国のことに口出しするなんてねぇ」

その言葉に、果竪の瞳がハッと見開かれる。

「国家間という大事に対して、王妃を辞めるという貴方に何が出来るのか――こちらが教えて頂きたいですよ」
「それは……」
「蓮璋達の一件のようにはいきませんよ?あれは、それなりの理由があったからだ。巻き込まれた被害者だからこそ証人として立てた」

けれど、今回は違う。

「そう――国同士のやりとりに、一般人となる貴方に出来る事なんて何も無い。沖国の望通り、王女は我が国へと差し出される。それとも何ですか?王女を妾にしないように王に頼みますか?まあ、妾として差し出されたとしても、王が手をつけずに来賓として遇する事も出来ます。でも、それを王が聞き入れる事はないでしょうね」
「……………………」
「ただの一般人の言う事など誰も聞きやしない。王妃でなくなった貴方の言う事など誰が聞くのです」

宰相はクツクツと笑った。

「残念ですねぇ?王妃のままであれば、その権力を用いれば、止める事が出来たかもしれないのに。王に次ぐ権力を持つ王妃であれば、止める事が出来るかもしれないですのに。大国の王妃が言うならば沖国だって文句は言えない。
逆に言えば、一般人に何か言われたとしても、国同士の事に口を出すなと言われておしまいですよ。沖国としては国の命運がかかってますから。王女を好いた相手と結婚させるよりも我が王の妾として差し出す方がよほど利益にかなっている」

「っ――」

悔しそうに顔を歪ませる果竪に宰相はトドメと言わんばかりに告げた。


「王妃を辞める貴方が口出ししてどうこうなるほど、国の政治というものは甘くない」


そうして、宰相は今度こそ果竪を残して歩き出した。





「ひゅ~~、冷酷さ抜群だね~」


果竪の姿が見えなくなったところで立ち止まると、朱詩が前から現れた。

「肝心なところで居なくなったお前には負けるよ」
「あはははは――人払いしてあげたんじゃん」

あの時は刺客の乱入で上手くなかった事に出来たが、今回は違う。
こんな場所で、王妃を辞めますだなんて騒がれては大変な事になる。

「寧ろ褒めてほしいよ」
「わかったわかった」

ポンポンと頭を叩くと、子犬のような笑みを見せる。
しかし、同じ事を別の相手がやればこの少年のような青年は決して許さない。

自分が認めた相手にしか、頭を触らせない。
そんな野生の獣のような心を持つ。

「で、上手くいくの?」
「この私がし損じるとでも?」
「ボクには先走るなって言ったくせにねぇ?」
「好機がわざわざ目の前にぶらさがっているのに逃す手はありませんからね」

そうしてクツクツと笑う宰相の笑みは酷く黒いものだった。





「果竪……どこにいっちゃったんだろう」

官吏に話を聞いた後、止める蛍花と蓮璋を振り切りどこかに走り去ってしまった果竪を探す事2時間。
蛍花は不安げな面持ちで辺りを見回した。

しかも、蓮璋ともはぐれてしまい、もはやここが何処かも分からない。

人も殆ど通らないので道を聞くことも出来ない。

絶体絶命という言葉が蛍花の脳裏に過ぎる。

「こ、ここで遭難死したらどうしよう……」

それほどに凪国の王宮は広かった。
下手をすれば、このままここで行き倒れる事は間違いない。

「果竪ぅ……」

気付けば涙が零れ落ちる。

寂しさと孤独が込み上げる。
まるで、あの舘で一人逃げ回っていた時のようだ。

その場に座り込んでしまった蛍花は壁によりかかり顔を膝へとうずめた。

「どうしよう……」
「ここでどうかしましたか?」
「え?」

顔を上げた蛍花は、目の前に誰かが立っているのに気付き思わず悲鳴をあげた。
悲鳴が廊下に響き渡る。

「つぅ――」

相手が耳を塞ぎ呻き声をあげる。

「ご、ごめんなさいっ!」

相手の反応から、幽霊ではないと分かった蛍花は慌てて謝った。

先程まで誰もいなかったのに突然現れたから驚いてしまったのだ。
って、神なのに幽霊を怖がる時点で何かが間違っているのだが。

「あ、あの、私迷ってしまって――え?」
「ん?」

蛍花は相手を凝視する。

まさか

まさか――

「貴方は――」
宰相の腹黒さが垣間見えた(だろう)今回のお話。
王妃でないお前に何が出来るとつきつけられた果竪。

そして、蛍花が出会ったのは?!

え~~、今年も残り少ないですが、出来る限り更新頑張ります♪


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