マネーが虎
「じゃあこっちのドラゴンの肝を3gと、氷結マンドラゴラの足を2本いただこうかしら」
「ありがとよ! 美しい奥さんのために、もう一本足をサービスしとこうかねえ!」
髭面の店主がガハハと大きな声で笑った。あらまぁ、なんて謙遜しながら、うら若い主婦が右手で口元を隠し彼に微笑み返す。左手でしっかりと握られたまだ幼い少女は彼女の子供だろうか、初めて来た市場に興味深々で、キョロキョロと忙しなく首を動かしていた。
「じゃあ合計で、30Gでさぁ。毎度有り!」
「はい30G。どうもありがとう」
「お嬢ちゃん! 怪我しないように帰るんだよー!」
「はぁい…」
大男は大きく手を振って、大小それぞれの買い物袋をぶら下げた彼女たちに別れを告げた。まだまだ見たりない、といった少女が物珍しそうに何度も店主の方を振り返った。
「さぁシルビアちゃん、買い物もすんだから、帰って夕食の支度をしましょうね」
「うんっ」
二人は仲良く手をつなぎながら、夕日に照らされたあぜ道を進んでいく。しばらくして、少女が母親の顔を見上げた。
「ねえお母さん」
「なぁに?」
「さっき渡してたのなあに?」
「G? Gは通貨よ。品物をもらう代わりに、払わなきゃいけないの」
母親が少女に微笑んだ。財布から通貨を取り出し、娘に手渡してみせる。少女はそれを不思議そうに眺めた。その姿の愛おしさに、母親はまたしてもにっこり微笑んだ。
「なんで払わなきゃいけないの?」
それでも少女の興味は尽きそうもない。彼女は母親を質問攻めにした。
「そうねえ…。そう言われるとおかあさんも良く分からないわ。でも、昔は通貨の代わりに、虎を使ってたのよ」
「虎!?」
「そう。大きい猫さん。でもその時は払う人も受け取る人も虎さんに噛まれてみんな大怪我してたから、流石に危ないってことになって、代わりに猫を使うことにしたの」
「おおきいねこさんにかまれたら痛いよお…」
少女が両手で自分の肩を掴んだ。猫に噛まれたことでも思い出しているのかもしれない。
「そうね。使う前に気づかなかったのかしらね…。で、しばらく猫さんを使ってたんだけど、異世界の…肉球星から来た肉球星人さんたちが、『虐待だ!』って猛抗議したの」
「ぎゃくたい? こうぎ?」
「うん。肉球星人からしたら、自分たちと同じような姿をした猫さんをモノのように使うなんて許せなかったみたい。シルビアちゃんだって、イカを財布に入れとくのは可哀想って思うでしょう?」
「イカを? やだやだ! うん、ねこさんかわいそう!」
少女は怯えたような表情でブンブンと首を振った。長く伸びた触手がペチペチと母親の体に当たった。
「それで…猫さんの代わりに貝殻を使うようになったの」
「貝殻を? 変なの!」
少女は目を丸くした。
「そうね…指に挟まったら痛いですもんね。でもそれも、長くは続かなかった。数年前に、また別の世界から…今度は地球という星から来た地球人たちが、もっといいものが有りますよ、って得意げに紙で作ったお金を見せてくれたの」
「かみ??」
紙なんかもらっても強くも可愛くも食べられもしないのに何にも嬉しくない…そんな顔で少女は首を捻った。
「それからまた今度は紙の惑星からきた紙星人たちが…」
「こうぎしていったんだね! ウチはもんく言われてばっかだね!」
「うん…紙愛護団体が乗り込んできて、今すぐ止めないと紙の怒りを買うぞ、と散々脅されたのよ。お母さんはその時まだあなたくらいで…よく覚えているわぁ」
遠い目で母親は赤い空を見上げた。少女は財布の中のGを優しく撫でて上げながら、一緒になって一番星を探した。
「それで、Gになったんだね!」
「そうよ。紙星人たちが私たちに全部くれたの。太っ腹よね。さっ、Gが逃げてしまわないうちに、財布の紐を縛りなさい」
「はぁい」
「今夜はご馳走よ。パパの地球への単身赴任が終わって、もうすぐ帰ってくるんだから」
「ほんと!? やったぁ!」
にっこりと微笑みあった母娘は、仲良く両手を繋いで暖かい我が家へと足を急がせるのであった。