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かごめかごめ
作:水樹裕





「はあっ」
 車の助手席で、大きな溜息を付いた私は、右手の指先で眉根をもみほぐした。
 お盆の帰省ラッシュの渋滞で、流れの止まった高速道路。何処までも続く車の群は、まるで蟻の大群を思わせる。 
 じりじりと容赦なく照りつける真夏の太陽がアスファルトを焼き付け、まるで蜃気楼のように全てをユラユラと揺らしていた。ただでさえ、ピタリとも動かない車にイライラするのに、昨夜の夢見の悪さが自分で思っているよりかなり体調に響いていた。
 疲れている。仕事のストレスと昨夜の訳の分からない、夢。ダブル攻撃だ。
「どうした香織かおり? 溜息なんかついて。腹でも空いたのか?」
 運転席で、ハンドルを握る彼氏の東悟とうごが、ふざけたセリフと一緒に心配気な視線を投げてくる。
 父親が宮司になったため、神社の跡取り息子に昇格した東悟とは、私が高校生二年の夏から恋人同士になって、もう八年が経つ。今では、お互い良いところも悪いところも知り尽くして、気心の知れた心地よい関係を築いていた。

 東悟は建築関係の仕事がしたいとその方面の大学に進み、今は東京の建設会社に就職してしまい、実家の神社を存亡の危機に陥れている。まあでも、そのお陰で同じ東京の空の下で、愛を育んでこられた訳だけど。
「何で私が元気がないと、お腹が空いてると思うのよ?」
 反撃してやろうと口を開きかけたが、昨夜の夢を思い出して気がそがれ、「そんなんじゃくて……」と、言葉を濁した。
 悪夢と言う訳ではないが、気持ちのいい話しでもないから。
『呪い歌』
 あの子供の声が言った言葉が、妙に心に引っ掛かった。
「ねえ、東悟」
 東悟なら何か知っているだろうか? 一応、神社の跡取り息子だし。
「なに?」
「あのさ、子供のころよく『かごめかごめ』ってやったじゃない?」
「え?」
 いきなり振られた話題が、思いがけなかったのだろう、東悟は、きょとんと目を丸くした。そうすると、普段はクールぶっている醤油顔が可愛く見えるから可笑しい。
「かごめかごめって、輪になってグルグル回る、あれか?」
「うん、そう。それ」
「それが、どうかしたのか?」
 まさか、あれが呪いの歌なのか? とは聞けないので、私は遠回しに言葉を選んだ。
「あの歌の歌詞って、何だか不思議だよね? 東悟、意味知ってる?」
「意味? うーん……、知らないな? 歌がどうかしたのか?」
 東悟は視線を前方に向けたまま、眉間にシワをよせた。遠くを見詰める瞳がすっと細められる。でもすぐ、諦めたように肩をすくめた。
 やっぱり、東悟は知らないか。
「ううん、別に良いの。ちょっと気になっただけだから」
「ふぅん」
 まあ、自分も似たようなものだから、文句は言えない。沙希ならこう言うの詳しいんだけど。
 私は、親友の細面の和風美人顔を思い浮かべた。

 地黒で猫っ毛の私とは違って、抜けるような白い肌に大きな黒目がちの瞳。
 さらさらストレートの長い髪は、女の私から見てもとても綺麗で、まるで『かぐや姫』のようだと思う。またその美しさが鼻につかないのは、ひとえにその性格の良さ故だ。
 私にとっては、大切な幼馴染みでなんでも話せる一番の親友だった。

「沙希ちゃんなら、知っていそうだよな。そう言うの妙に詳しかったもんな」
「私も今、沙希に聞こうかと思ったのよ」
 同じ事を考えるなんて、一緒に居る時間が長いと、思考回路まで似てくるんだろうか?
 私は、少し嬉しくなった。
「一昨日先に帰ってるはずだから、着いたら電話してみようかな」
 ピロロン、ピロロン。
 とその時、不意にメールの着信音が鳴った。
 バックから携帯電話を取り出して、差出人を確認する。
 差出人は『新庄沙希』
 沙希からのメールだ。
「噂をすれば、沙希からメールだよ。噂をしているのが分かったのかな?」
 クスクスと笑いながら、私はメールボックスを開いた。

『2007/8/13
 13:20
 送信者・新庄沙希
 タイトル・なし
 本文・かごめかご』

 え?
「なに、これ?」
 意味もなく、声が上擦った。本文に書かれている『かごめかご』という文字。意味不明だ。
 もしかして、『かごめかごめ』と、書きたかったんだろうか? どちらにしても意味が分からないのは同じだ。 それに、私が見た夢との奇妙な符合。偶然だろうか?
「どうした? 沙希ちゃん何だって?」
「うん、何だか途中で、送信しちゃったみたいで、意味不明なの」
「なんだそれ? 沙希ちゃんにしては珍しいな。香織なら、やりそうだけど」
 含み笑う東悟を一睨みして「どうせ私はおっちょこちょいですよーだ!」と舌を出す。
 それにしても、冷静沈着を絵に描いたような沙希には珍しいドジだ。
 腑に落ちなかったが、どうせ家に帰ればご近所さんなのだから、『着いてから直接聞けばいいや』そう思ってそのままにしてしまった。
 そして、それから二時間後。私は家に着くなり、衝撃の事実を知ることになったのだ。












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