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気がつけばいつもそこに君が
作:やくも



First Day(3):その男、目測百九十センチ




 てっきりデパートの別のフロアに移動すると思っていたのに、七星はそのまま外のアーケード街へと向かっていった。
 アーケード街は縦に長い商店街のようなものだ。
 近年ではゲーセンやネットカフェの施設も多く立ち並び、ドラッグストアや薬局も軒並みを飾っている。
「えーと……あ、こっちだ」
 右か左かと少しだけ悩んで、七星は左の道へと歩き始めた。
 目的地はおろか、その場所さえも知らされていない俺は、ただ七星のあとについていくことしかできない。
 夕方になり、アーケードの中も日中に比べるとずいぶんと人の数が増えている。
 人ごみが苦手な俺は、はっきり言えばさっさと帰ってしまいたい気分だった。
 しかしまぁ、理由はよく分からないが今日の七星はずいぶんと機嫌がいいようだった。
 時折何の前触れもなく怒ったり、立ったまま寝るなどという大道芸は見せ付けてくれたものの。
 どうせこのあとは真っ直ぐに家に帰るだけだし、そのついでにもう一軒くらい立ち寄る店があってもいいだろう。
 とはいえ、一体目的地はどこなのか、俺には見当もつかない。
 と、前を見ると。
「……あれ?」
 いつの間にか、少し前を歩いていた七星の背中が忽然と姿を消していた。
 慌てて振り返るが、そこにも七星の姿はない。
 ぼんやりと歩いている間に、どんどん前へと進んでいってしまったのだろうか?
 いや、目を離した時間はそれこそ数十秒程度のものだ、それは考えにくい。
 一体どこに行ったのだろうと、俺は周囲のあちこちに目を配らせて……。
「わ……」
 ふいに、あらぬ方向から腕を引っ張られた。
 見るとそこに、七星が立っていた。
「な、七星……」
「何驚いた顔してるのよ? しっかりついてきてくれないと困るじゃない」
「あ、ああ。悪い……」
「ほら。こっちこっち」

 そうして引っ張られるがままに、七星は俺の腕を掴んで路地裏の狭い通りへと入っていく。
 道幅は途端に狭くなる。
 なんだか薄暗いし、人の出入りは多くはなさそうだ。
 そんな道なき道を歩くこと数十秒。
「はい、到着っと」
 七星はようやく俺の腕を離し、足を止めた。
「到着って……」
 七星の視線を目で追ってみると、そこは中古のCDショップのようだった。
 ただし、立地条件はかなり悪い。
 こんな路地裏にあるくらいだから、きっと客足も限りなくゼロに近いんだろう。
 店の看板も古びて錆付いているし、ネオンサインはところどころの電球が切れている。
 扱うものが中古なら、店そのものも中古だった。
 しばし呆然と立ち尽くす俺を尻目に、七星はスタスタと店の中へと入っていく。
 一応、自動ドアとしての機能はまだ失われてはいないようだった。
 しかし反応が鈍く、一度開いたドアはなかなか閉まろうとしない。
 その間に、俺は七星のあとに続いて店の中へと入っていった。



 店に入った瞬間、雰囲気が変わった。
 薄汚れてすす臭かった裏路地は、どこか大人びたムードの漂う酒場のようなイメージを思わせる。
 ゆったりとしたテンポのジャズ系の曲が、雑音のない静かな店内をいっそう引き立てているようだった。
「いらっしゃい」
 カウンターにどっしりと構えた恰幅のいい中年男性。
 この人が店のマスターだろうか?
 ざっと見たところ、店内には店員らしき姿は見当たらない。
 ということは、そういうことなのだろう。
 俺はカウンターのマスターに小さく頭を下げて、木造の店内に歩を進めた。
 店内には中古のCDだけじゃなく、古今東西の様々なレコードも取り揃えてあった。
 ほとんどが国外のバンドのもののようで、俺にはタイトルさえ読めないものばかりだ。
 どれもこれもが古ぼけたジャケットに納められてはいるものの、とても丁寧に扱われている。
 中古といえば確かに中古だが、限りなく新品に近い中古だ。
 店の奥の方に行くと、そこには比較的最近のCDが置かれていた。
 いわゆるJPOPや、ロック系の曲だ。
 しかし、いくら新しくてもそれらはもう三年以上も前の曲ばかり。
 中古CDショップなのだから新作を探すのがおかしいとはおもいつつ、昔懐かしい曲をいくつも目にする。
 もっとも、俺が懐かしいと思える曲の大半は自分でCDを持っていない曲だ。
 どうしてそれが懐かしいのかというと、ようするにその曲が主題歌として使われていたドラマなどによる影響が大きい。
 劇中で流れる挿入歌やエンディングで流れる曲は、回数を重ねて見るだけでいつしか口ずさめるようになるものだ。

 ふと俺は、一枚のCDを手に取った。
「これは……」
 それも昔、好きだったドラマの主題歌として歌われたものだった。
 あのドラマはかなり好きだったのに、どこか中途半端な終わり方をしてしまったのが納得できなかった。
 まぁ、当時の俺は十三歳。
 恋愛ドラマの展開にいちいち反感を覚えるなど、今では到底ありえない話だけど。
 ジャケットを裏返す。
 隅の方に、手書きで値段が書かれたシールが張られていた。
 値段は三百五十円。
 まぁ、さすがに中古というだけあってずいぶんと安い。
 迷う時間は必要なかった。
 俺は黒い買い物籠の中にCDを一枚入れて、再び店内をグルリと歩き始めた。



 しばらく店内を回って、ようやく思い出した。
 七星はどこだ?
 入店してからもう二十分ほどが経っている。
 長居はしたくないといっておきながらも、ずいぶんと時間が経ってしまった。
「アイツ、どこ行ったんだ……」
 この店は一階のフロアのみで構成されている。
 決して広くもない店内だから、探せばすぐに見つかるはずだ。
 と、CDの棚からレコードの棚へと変わる途中に。
「あ、いたいた。おい、七……」
 見つけたその背中に声をかけようとして、俺は思いとどまった。
 七星は小さなテーブルのようなものに肘を乗せながら、大きなヘッドフォンに両手を添えている。
 耳に流れるメロディのリズムを感じ取るように、片足の爪先が一定の間隔でトントンと床を叩く。
 目を閉じ、メロディに合わせて何度も小さく頷く。
 その横顔はどこか幸せそうで、ついつい声をかけるのがためらわれた。
 見れば七星が肘を乗せている小さな台のようなものが、他にも二つほど並んでいる。
 レンタルショップなどで見たことがある。
 これは確か、CDを視聴できるプレイヤーだったはずだ。
 ようするに、実際に聴いて気に入ったら買ってくださいという店側の配慮である。
 見た目は古臭いけど、客への心遣いは立派なもんだと、俺のこの店に対する印象は好感触だ。

「あ」
 その声に俺は視線を戻す。
 見ると、七星は大きなヘッドフォンを外してプレイヤーのスイッチを切るところだった。
 曲の演奏が終わったのだろう。
「ごめんごめん、つい夢中になってた」
「いや、別に待ってないからいいよ。で、お前は買うのもとかないのか?」
 答える前に、七星が俺の手に提げた籠の中身を覗う。
「隼人はそのCD、買うの?」
「ん? ああ。昔好きだった曲なんだ、これ。それにまぁ、値段も安かったし」
「ふーん……」
「それで、お前はどうすんの?」
「え、私?」
「今聴いてた曲、気に入ってるなら買えばいいんじゃないか? それとも、以外にもレアで値段がヤバイとか?」
「んー……まぁ、確かにお気に入りではあるんだけど、ね……」
 七星の言葉はどこか歯切れが悪い。
 もしかして本当にプレミア物で、バカみたいな値段がついているのか?
「まぁ、私のことはいいからさ。買うなら早く会計済ませてきなよ」
「え? あ、ああ、そうだな」
 促されて、俺はマスターの構える会計に向かう。
 それに気付いてか、マスターの男性は読んでいた新聞を折り畳んで椅子から腰を上げた。
 途端に、俺はギョッとした。
 マスターの身長は、それこそ楽に百九十センチに届くのではないかという巨体だった。
 プロのバスケット選手、いや、バレーボール選手並の背丈だ。
 俺の身長も百七十八センチで、どちらかと言えば長身に部類される。
 が、これは比べ物にならない。
 今でも百八十センチに届かない二センチを嘆いているというのに、世の中上には上がいるのだと思い知らされた。
「三百五十円だな、毎度あり」
 その体躯とは裏腹に、マスターの声色はとても温厚だ。
 俺は財布から小銭を取り出し、ちょうど三百五十円をマスターに手渡した。
 するとマスターは再び椅子に腰掛け、読み途中の新聞を捲り始めた。
 なぜだか俺の中に、敗北感のようなものが芽生えてしまった。

「終わったぞ……って」
 会計を済ませて戻ってくると、七星はまたヘッドフォンをして先ほどと同じ曲に耳を傾けていた。
 だから、そんなに気に入るくらいに好きなら買ってしまえばいいのに……。
 やれやれと、目を閉じてリズムを取る七星の側頭部を軽く指で突いた。
「わっ……」
 そんな声で振り返る七星だったが、俺が会計を終えたのを確認するとすぐに演奏を停止させた。
「あはは、ごめん」
「いや、いいけどさ。その曲、買えばいいじゃん。好きなんだろ?」
「……うん。まぁ、ね」
 やはり、七星の言葉はどこかはっきりとしない。
 遠慮がちと言うか引け目があるというか、どちらにしてもよく分からない。
「……まぁ、いいか。なら、そろそろ帰ろう」
「ん、そうしよ」
 一転して、七星はまた機嫌のよさそうな顔を見せる。
 やっぱり女って、よくわかんねぇ……。
「マスター、お邪魔しました」
 店を出る際に、七星がそんなことを言ったので驚いた。
 振り返ると、マスターは椅子に座ったまま片手を上げてそれに応えていた。
 ますます驚いた。












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