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雪の少女と百の恋紡ぎ

作者:高良あおい
「なぁ和紗ー、俺と付き合わない?」
「もー、とーまくんったらまたそんな冗談ばっかり言って。あ、そんなことよりこれ、明日の全校集会の原稿ね。とーまくんも進行役なんだから、ちゃんと読んでおいてよ。私にばっかり任せたら怒るよ」
「……らじゃっす、会長」
 こうして、俺の何十回目かも分からない告白は玉砕に終わったのだった。
 ……いや、実はちゃんと数えている。確か今ので九十六回目だったはず。もうすぐで三桁の大台に乗る、にも関わらず結果は全敗。大丈夫、この程度で凹む俺ではない。今なんて俺の方も頬杖ついて適当に言ったわけだし、期待はしていない。うん。
 九十六回も俺を振った薄情な少女はというと、俺に資料を渡した後はいつも通りぽやぽやとした笑顔で窓の外を眺め、時折楽しそうに声を上げていた。
「もうすぐ夏だねぇ、とーまくん。暑いのにみんな部活頑張ってるねぇー。あっ見て見て陸上部、今日は陸上部がグラウンド勝ち取ったのかなぁ」
「和紗は俺に手伝わせたいのか邪魔したいのかはっきりしてくれ」
 嘆息交じりに呟くと、彼女は楽しそうに「あははー」と声を上げる。再び嘆息すると、俺は手にした総会の資料に視線を戻した。とはいえ、原稿を作る段階で目は通して、ある程度は覚えた原稿だ。しっかり確認する気も失せて、俺はちらりと目の前に座る少女を盗み見た。
 整っているとは言え、高三とはとても思えないような童顔。肌は透き通るような白で、緩く背中に下ろされた髪は綺麗な漆黒だった。それが余計に彼女を幼く見せていて、これが全校生徒の頂点に立っていると言われても誰も納得出来ないだろう。
 そんなことを考えていると、不意に彼女が俺を睨むように見て、口を開く。
「とーまくん、何か失礼なこと考えてるでしょ」
「へっ? ……いや別に」
「ほんとかなー」
 訝しげに首を傾げる少女に、俺は苦笑を浮かべた。
「本当だって。ほら読み終わったぞ、返す」
「持ってて良いよ、とーまくん。どうせ全校生徒に配るんだし。それにしても、他の子たち遅いねぇ」
「あー、……そうだな」
 何を隠そう、他の役員たちに遅れて来るようにと言ったのは俺である。先輩権限やら副会長権限やら駆使して。先輩また振られちゃったんですかぁ、という後輩の笑い顔を思い出して、俺は苦い顔で言葉を濁した。
 俺が彼女――氷室和紗に出会ったのは二年ほど前、高校に入って間もない頃である。あの時の和紗は副会長になりたてで、俺も会計になりたてだった。
 和紗に惹かれたきっかけは、と問われると、答えることは難しい。一緒に過ごしているうちに、少しずつ惹かれていった。そんなありきたりな答えしか返せない。けれど想いだけは本物で、初めて彼女に告白したのが、去年のクリスマスだったか。
 ああ……そのときのことは、よく覚えている。

「ごめんね、とーまくん。気持ちは嬉しいけど、私、恋をすると死んじゃうんだ」
「……そんなわけ、ないだろ」
「本当だよ。きっとね、私は雪女なの。恋する熱に耐えられないんだよ。だから、ごめんなさい。とーまくんの気持ちはとっても嬉しいけど、私はその想いには応えられません」

 ぺこり、と頭を下げた少女の笑顔はどこか悲しそうで、だから俺は決意したのだ。
 恋をすると死ぬなんて、そんなわけがない。ならば俺は、この想いを伝え続けよう。彼女が応えてくれるその日まで、君を好きだと言い続けよう、と。
 ……それから数カ月。結果は見ての通り、九十六連敗である。

 ***

 確かに彼女は冬が好きで、夏は苦手なようだった。暑い中で頑張っている生徒たちを見て楽しそうにしてはいたが、彼女自身は暑さに弱い。去年だって何度も倒れていたし、そうでなくとも夏は他の季節に比べて大人しかった。
 だが、その程度で自らを雪女と称した彼女の言葉を信じるわけがない。そうだ、暑さに弱い女子なんて、数え切れないほどにいることだろう。珍しくも何ともない。
 一気にそれだけを言うと、目の前のベッドに横たわりながら、和紗は呆れたように苦笑した。養護教諭は留守で、他に休んでいる生徒はいない。長話をしたところで、叱る人間はいなかった。
「……それ言うために、わざわざ来たの? 生徒会、私がいないのにとーまくんまで抜けたら大変じゃない。駄目だよー、文化祭に向けて、これからもっともっと忙しくなるんだから」
「だから何だよ。俺にとっては和紗の方が大事だ」
 俺の言葉に、和紗は微笑む。
「懲りないねー、とーまくん」
「お前もな、和紗」
 不機嫌なのを隠そうともせずに返すと、彼女は悲しそうな笑みを浮かべた。
 ……だから、どうして。どうして、そんな風に笑うんだ。
「とーまくん。……あのね、もう、やめない?」
「やめる? 何を」
「とーまくんがどんなに私のこと好きでも、私は絶対に応えられないもん。だから、そんなの続けてても」
「っ……お前、まだそんなこと!」
「だって本当のことだもの!」
 俺の言葉を遮るように、彼女は叫んだ。その声はどこか泣いているようで、俺は慌てて和紗を見る。俺と視線を合わせると、彼女はにこりと笑った。
「私もね、もう限界なんだよ。自分のこと好きって言ってくれて、大切にしてくれる……そんな人のこと好きにならないなんて、無理なんだよ」
「だったら――」
「でも、そうしたら私も、とーまくんも、もっともっと不幸になるから。とーまくんに恋したら、私は消えちゃうから。だから……」
 私を消さないで。囁くような彼女の声は、俺たち以外誰もいない保健室には大きすぎるほどに響いた。
 ……何だよ、それ。だから諦めろ、っていうのか。その程度で、俺が諦めると思うのか。消えるなんて、死ぬなんて、そんなわけがないのに。
 一つ嘆息し、立ちあがって彼女を見据える。戸惑うように俺を見る和紗に、俺は強い口調で言い放った。
「それでも、俺は和紗が好きだよ」
「っ」
 目を見開く和紗の頭をぽんと撫でて、俺は彼女に背を向ける。
「これで九十八回。……そんな言い訳されてる時点で、俺にとっては十分すぎるくらいに辛いよ」
「ち、違っ――」
「それじゃ和紗、また明日な。今日は無理しないで帰れよ」
 背後に手を振り、保健室を後にする。
 ……和紗が何を考えていたか、なんて、知りもしなかった。

 ***

 和紗が行方を眩ましたのは、その直後のことだった。保健室を出た和紗を養護教諭が見たのが最後で、それ以降彼女を目撃した人間はいない。それを聴いた瞬間、夏だというのに得体の知れない寒気を感じた。
 親しい友人が行方不明だからとか、片想いの少女がいなくなったからだとか、そんな理由じゃない。もっと根本的な恐怖が、俺に襲い掛かっていたのだ。まるで――まるで、もう二度と和紗に会えないような、そんな。
 突発的な家出か何かかもしれない、だから落ち着いて普段通りの生活を送るように、と教師は言ったが、とてもそんなことは出来なかった。授業を全て上の空で聞き流して、終わると同時に鞄を引っ掴む。掃除も生徒会もサボることになったが、そんなことは言っていられなかった。
「和紗……和紗っ!」
 馬鹿みたいに叫びながら、人の多い街の中を駆け抜ける。ああ俺は何をやっているんだ、警察も探しているのに見つからないんだからこんなところにいるわけがない、探すならもっと別な場所を――
 気付けば、俺は無意識にあるところを目指して走っていた。俺にとっての、そして彼女にとっての、もしかしたら始まりかもしれない場所。
 ……去年のクリスマス、彼女に告白した場所に。
「和紗!」
「……とーまくん?」
 ――何度目かの呼びかけに、答える声。振り返った少女の姿に、俺はずるずるとその場に崩れ落ちた。
「とっ、とーまくん! 大丈夫?」
「……心配、したんだからな」
「ご、ごめんなさい」
 目を逸らす彼女を軽く睨んで、息を整える。たった今まで街の中を全力疾走していたわけで、いくら運動が得意でもこのままでは喋ることも辛い。そんな俺の傍にかがみこむと、和紗はぽつりと呟いた。
「とーまくんの馬鹿。私がどこにいるかも分からないのに、走ってきたの?」
「和紗が、……このまま、和紗に会えないような気がして」
「ばか」
 ぎゅっと俺の服の裾を握りしめると、和紗は不意に沈黙した。俯いたままの彼女の表情は、俺には分からない。
 やがて彼女は顔を上げると、何かを決意したような、そんな顔で俺を見た。
「あのね、とーまくん。私もね、とーまくんのこと、好きだよ。大好き」
「和紗?」
 待ち望んでいた言葉。そのはずなのに、俺の胸に浮かんだのはまたも不安だった。得体の知れない、恐怖。
 それを知ってか知らずか、和紗はにこりと笑む。
「どうして驚くの? とーまくんの想いに、応えただけだよ。ずっとそうしてほしかったんでしょ?」
「あ、ああ……でも、何で」
「ずっとそれを考えてたの。とーまくんに辛い思いは、もうさせたくないなって」
 答えは? と、きらきらと大きな彼女の瞳が訊ねてくる。俺は不安を押しやり、和紗をそっと抱き締めた。
「俺も大好きだよ、和紗。……ようやく、応えてくれたな」
「えへへっ」
 俺の腕の中で嬉しそうに笑い、彼女は俺を見上げる。
「ねぇとーまくん、キスして?」
「なっ」
「嫌なの?」
 上目遣いの彼女に、俺は顔を赤くしながら首を振る。……くそっ、可愛すぎるだろう。よし、と覚悟を決め、彼女の頬に触れる。
 重なった唇は柔らかくて、けれどどこか冷たかった。
「えへへっ」
 触れていたのはほんの一瞬。その感触を確かめるように自らの唇を指で辿ると、和紗は嬉しそうに笑った。
「ごめんね」
「え?」
 表情に似合わないその言葉に、俺は硬直する。
 気付けば、少女の体は透き通っていた。きらきら、と周りで輝く小さな光は、よく見れば少女の体から放たれていて、そうして少しずつ削れるように、和紗の体は消えていた。
「……和紗? 何だよこれ、どうして」
「言ったでしょ? 恋の熱には、耐えられないって」
 嬉しそうな微笑で、哀しそうな声色で、少女は俺を見上げた。
「本当は、全部自分で言いたかったんだけど、もう時間が無いかな。あのね、生徒会室の棚の、一番上の引き出しの奥に、手紙が入ってるから。読んでくれたら、嬉しいな」
 そう言っている間にも、和紗はどんどん薄くなっていく。慌てて彼女に触れた途端、俺の手が触れた部分だけが、溶けるようにふわりと霧散した。びくっと肩を震わせ、俺は慌てて手を離す。
 それをおかしそうに見て、和紗はそっと俺の方に触れた。その指先が、はらはらと崩れ落ちるのも構わず。
 体を引こうとする俺を遮るように、彼女はそっと微笑んだ。
「ごめんね、とーまくん。結局、傷つけちゃったね」
「……かず、さ」
「ずっと応えられなくて、ごめんね」
「和紗ぁっ!」
 泣き叫ぶような俺の声に、和紗はにっこりと笑う。次の瞬間、その笑顔もまた光の粒に変わって、砕け散るように消えた。


 ***


九条燈真くんへ

 えへへ、こうやって改まると、何書けばいいか分かんないね。
 あ、くじょうとうま、って漢字合ってるかな? 何度も書いたはずなのに、自信ないです。おかしいなぁ。
 えっと、とーまくんがこれを読んでいるとき、私はもうとーまくんの隣にはいられなくなったんだと思います。そうじゃなきゃ、この手紙はとーまくんには見つけられなかったと思います。
 まず、読んでくれてありがとう。多分死ぬ前の私が言ったんだと思うけど、それでも、とーまくんが読んでくれる保証はありませんでした。だから、ありがとう。
 ねえ、一つ訊きたいな。私は、死ぬ前の私は、笑っていたかな?
 きっと笑っていたと思います。私がそこにいないってことは、例え短い間でも、とーまくんと結ばれたってことだから。
 もう、流石に信じてくれたよね。私は、恋をすると死んでしまう、そんな体質でした。
 原因は分からないし、体質っていうのかもあやふやだけど、とにかく自分が『そう』だっていうのは、何となく分かってたの。雪女、っていうのは私の作り話だけど。
 本当は、もっとちゃんと、とーまくんの告白を断れれば良かった。けど、とーまくんを傷つけたくなかった。うん、多分その時点で、私もとーまくんが好きだったんだと思います。
 恋じゃない、これは恋じゃない、って自分に言い聞かせてないと消えちゃうから、ここには書けないのが残念です。
 でもね、とーまくん。私はずっと、幸せだったよ。とーまくんと出会って、一緒に過ごして、こんなに楽しい日々があったのか、ってびっくりした。その思いは、決して嘘じゃないです。
 とーまくんがこれを読んでいる今、私のことを覚えているのはとーまくんだけだと思います。私がいた事実は、多分消え去っている、そんな気がします。
 残酷なことを言っているのは分かってるけど、だけどとーまくんには、私のことをずっと覚えておいて欲しいな。
 だって、みんなに忘れられるのは、いくらなんでも哀しすぎると思わない? せめてとーまくん一人だけでも、覚えていてほしいなって、そう思います。
 とーまくんは、私のことを忘れないで、だけど引きずらないで、前に進んでください。
 ……うわぁ、我ながらわがままだね、ごめんね。でも、私の本心です。
 とーまくんは優しいから、もしかしたら自分を責めてるかもしれないね。
 でも私は、とーまくんが私を諦めないでくれて良かった、そう思います。だって、とーまくんの想いは、凄く凄く嬉しかった。とーまくんと過ごした時間は、宝石みたいにきらきら光ってて、いつも、いつまでも私の宝物です。
 好きだ、って言ってくれて、ありがとう。
 私と一緒にいてくれて、本当にありがとう。
 またいつか、どこかで会えたら良いな。
 大好きです、って書けないのが残念です。

                       氷室和紗  


 ***


「……和紗」
 ぼろぼろと零れる涙を、止めることは出来なかった。彼女は、本当に残酷だ。自分を責めることすら、許してはくれないのか。
 彼女の言う通り、誰も和紗のことを覚えてはいなかった。クラスメイトも、教師も、生徒会の奴らも、彼女の両親すらも。
 何も無かったように続く日常の中で、これだけが、彼女がこの世界に存在した証だった。
 手紙を丁寧に折り畳み、そっと口づけて封筒に戻す。
 涙を拭おうともせずに、俺は封筒に記された文字を見た。彼女の性格と容姿に似合わない、整った大人っぽい字。初めて見たとき、驚く俺を見て彼女は笑っていたっけ。
 ……それを『思い出』にすることは、まだ出来ないけれど。
「大好きだ和紗、愛してる。……愛してた」
 百度目の告白は、相手を失って、溶けるように静かに消えていった。
連載更新しないで何やってるのか、とお叱りを受けそうですが、文芸部の部誌用に〆切当日クオリティの短編。こちらにも投下しておきます。
以下、部誌の後書きを転載。

 ***

 今回も例に漏れず〆切当日にお送りしております、高良です。これでも〆切を破ったことは無いのが密かな自慢です。もっと余裕持って書けとよく言われます。反省してます。

 さて、今回は私にしては珍しい恋愛メインです。と思ったら部誌に出す話はむしろ恋愛メインじゃない方が珍しいかもしれないことに気づきました。これでも一応普段は異世界ファンタジー(長編)書いてる人間なんです信じてください。恋愛書くの苦手です。恋愛要素のあるファンタジーなら書けるけど恋愛メインは苦手なんです。
 それがどうしてこんなことになったのかは自分でもよく分かりません。

 さておき。

 恋をすると死んじゃうと主張する女の子にしつこく告白する少年の話、です。
 というと、とーまくんこと燈真が凄く酷い奴のように思える不思議。日本語って難しいねー。
 私恋してないと死んじゃうの! みたいな人はたまに見かけますが、逆はいないんじゃないでしょうか。……いや信じてるわけじゃないですって。
 雪女、というのは和紗の創作でしたが、あながち嘘でもないのではないでしょうか。人の温もりに触れたら消えてしまう雪女、っていうのは物語じゃよく見かけますし、和紗が『それ』であったなら彼女の言葉は何一つ間違いじゃなかったんじゃないかなぁと思います。
 彼女と結ばれた瞬間失ってしまった燈真がその後どうするのか、どうなったか。それは語らないでおきましょう。幸せにするも不幸にするも貴方次第。

 そこそこ長くなってしまいましたが、読んでくださった皆様、ありがとうございました。
 それでは、またどこかでお会いできることを祈って。

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