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ヒューマン・エラー 作者:本塩
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第1話

あかし瑞穂さま主催、【人×人外ラブ企画】参加作品です。
「ティム、いつまで寝てるつもりなの?」

 突き破るような勢いで扉を開け、わざとらしく足音を立てて中に入る。召使い用の小さな部屋、その奥のベッドの上で、シーツが丸い塊になっている。それをむんずとつかんではぎ取ると、彼はようやく目を覚ました。

「あ……おはよ、シャーリー」

 もう朝? とあくびを噛み殺しながら目を擦っているこの召使いに、わたしの忍耐はついに限界を越えた。

「朝? じゃないわよ、ティム。早く起きて朝食の準備をしなさい! それが終わったら家の掃除よ。あなた昨日、中途半端にやって放り出したでしょう」
「朝から小言なんて勘弁してよ。わかったわかった。あとでやる」

 ようやく身体を起こしたティムがまだ開ききらない目で見上げてくる。猫っ毛の金髪はぼさぼさ、寝巻代わりのシャツはよれよれ。やる気が一切感じられないその姿にわたしも脱力する。胸の中の空気をすべて吐き出すような、大きなため息がこぼれた。

「まずその身だしなみをどうにかして。のりの効いたシャツならタンスの中に入ってるから」
「そんなのないよ。もう全部洗濯にまわしたから」
「わたしが洗ってアイロンまでかけたのよ。あなたがいつまでも放置してるから!」
「そうだったんだ」
「掃除も炊事も洗濯も、ぜんぶあなたの仕事でしょう? まったく、役に立たない召使いだわ。ここにはわたしとあなたしかいないんだから、もっとしっかりしてちょうだい」
「うん、たしかに君の言う通りだ、シャーリー。ごめんなさい」

 素直に頭を下げる割に口元は緩んでいて、本当に反省しているのかと疑いたくなる。
 胡乱な目でティムを見つめていると、彼はおもむろにシャツのボタンに手をかけ、ひとつふたつと外していった。

「ちょ、ちょっとティム……っ」
「どうしたの」

 不思議そうに見上げてくるけれど、そんな彼と目を合わせられない。慌てて顔を逸らして、ちらちらと横目でうかがう。
 ティムの肌はとてもきれいだ。まるで陶器のようになめらかで、白く透き通った肌は日焼けを知らない。そう、文字通りの意味で。

「シャーリー?」

 上半身が裸のまま、ティムはベッドから立ち上がった。なんでもないような顔ですたすたと近づいてくる。わたしとほとんど同じ目線にある緑色の瞳に、手で顔を覆ったわたしが映っていた。

「あああ、あなたって」
「なに?」
「き、綺麗よね」

 細く息を吐きながらそう言うと、ティムは首を傾げてシャーリーの手を取った。自然と指が絡まり合い、そこから温度の違いが伝わる。間近にある彼の身体は儚げで繊細なのに、しっかりと男性的な逞しさも感じられた。

「シャーリーの方が、綺麗だよ」
「あら、いつからお世辞が言えるようになったの?」
「お世辞じゃないよ。僕は君を綺麗だと思う。この世界で一番、綺麗だと思う」
「や、やめなさい」
「綺麗だよ、シャーリー」
「こらっ」

 真面目くさって何度も同じ言葉を重ねるティム。わたしは居心地が悪くなって、彼の手から自分の手を引き抜いた。

「口の減らない機械人形(オートマタ)ね!」
「シャーリー、綺麗」

 同居人兼友人兼、召使い。わたしの機械人形(オートマタ)はほんの少しだけ、壊れている。






「焦げてる! ティム、ボタン押して!」
「え? あ、本当だ」

 少し離れたすきに、台所には黒い煙が充満していた。あわてて調理台に駆け寄り、ボタンを押して加熱を止めると、換気扇を最強モードで回した。フライパンの中の、よくわからないけれどとにかく真っ黒なものを流しに捨てる。焦げ付いたフライパンは洗浄機に放り込み、こちらもボタンを操作して後処理をする。そして後ろで棒立ちになっているティムを振り返り、うんざりと肩を落とした。

「あなたはもう! なんで料理もまともに作れないの?」
「うーん、なんでだろう。作り方はわかるんだけど」

 毎朝同じやり取りをしている気がするけれど、ティムは悪びれた様子もなく、今しがた自分が生み出した黒い物体を興味深そうに眺めた。

「……わたしがやるから、あなたは大人しく座ってて」
「え、いいの?」
「その方が早いわ。どいて」

 腕をまくりながら調理台の前に立つ。ティムに家のことをやらせようと思っても、結局はわたしがすべて片づけることになる。
 高度な機械文明を発達させたこの国で、召使いとしての機械人形(オートマタ)は人々の暮らしに欠かせないものだった。命令に忠実な彼らはどんな指示でも完璧にこなす。見た目は人と同じだけれど、組み込まれたプログラムは人とは比較できないほど精巧な結果をもたらしてくれる。家事だっておてのものなのだ。本来なら。

「ごめんね」

 ぽつりと呟かれた言葉は、調理器具の作動音に紛れて聞こえなかったことにした。
 料理も洗濯もまともにできないオートマタのティム。内部プログラムのどこかで、異常が発生しているのだろう。そのせいでいつもいつも手を焼かされる。
 彼を役立たずと言ったのはわたしだ。それでも追いだそうという気にならないのは、きっとひとりきりの食卓が静かすぎるから。

「できたわよ」
「わ、美味しそう」

 手早く作り上げた簡素な朝食を前に、ティムが目を輝かせる。

「おいしい?」
「うん、すごく」
「そう。……よかった」

 むしゃむしゃと口に運び、あっという間に平らげてしまう。その様子は人とほとんど変わらなくて、ふいに胸がつきりと痛んだ気がした。

「ありがとう、シャーリー」

 顔を上げたティムと目が合わないように、わたしは頬杖をついたままそっぽをむいた。ティムのありがとう、という言葉は、いつも特別な響きを持ってわたしの中にこだまする。召使いなのに彼がへりくだった態度を取らないのは、私が最初にそう言いつけたからだ。そのときは唯一の同居人と壁を作りたくないと思っただけだった。けれど一緒に暮らしているうちに、彼はただの同居人から大切な友人となって、そして今、その枠すら超えようとしている。オートマタの彼を相手にして。

「明日の朝は任せたわよ。ちゃんと作れるようになってちょうだい」
「わかった。がんばるよ」

 自分が彼との間に何を望んでいるのか、まだ気づきたくない。

「皿くらいなら洗えるよ、僕」
「洗浄機に入れるだけでしょ。まったく……」

 気づいてしまったらそれは、せっかく作り上げた日常をいとも簡単に壊してしまいそうだから。

「ほら、貸して。わたしがやるわ」
「うん。ありがとう」

 彼とわたし、ふたりきりのこの世界を。






「……あ、起きた?」
「ティム……」

 その日、わたしはいつものように自室で仮眠を取っていた。わたしはティムのように寝汚くないから、ティムの声に応じてさっと半身を起こした。そして自分の身体を見下ろす。

「包帯、替えてくれたの?」
「うん。古傷なんて、あんまり見たくないだろうと思ってね」

 そう言ってティムは、包帯に包まれたわたしの左腕をするりと撫でる。左腕だけではない、右足の膝から下にかけて、真っ白い包帯が洗いざらしのシーツとグラデーションを作っていた。そして首元に手をやると、そこにも包帯が巻かれている。傍から見れば、わたしは包帯だらけの重傷患者のように見えるのだろう。けれどわたしは、この傷を負った時のことをよく覚えていない。ただ、それが戦争のさなかの出来事だったことは覚えている。
 発端が何だったかも定かではないような、くだらない戦争。わたしたちの国ももれなくそれに加わった。戦況は目まぐるしく変わっていき、気づけばどこの国のものかも分からない機械兵が街を跋扈し始めて、わたしはティムと命からがら逃げのびた。怪我は、きっとそのときに負った。

「ありがとう、ティム」
「これくらい当然だよ」

 どこか胸を張っているようにも見える彼。家事はからっきしなのにこういうことは細やかに気を配って、処置もしっかりしている。純粋な感謝の気持ちと、寝ている間に触れられたことへの決まり悪さが混ざった。わたしの「ありがとう」は、彼の心を揺することはできるのだろうか。あるかどうかもわからない、機械人形(オートマタ)の心に────

「どうしたの?」

 ぐっと顔を覗き込んでくる彼を、やっぱり直視できない。

「そ、掃除は?」
「え?」
「家の掃除。もうしたの?」
「ああ。まだ」
「もうっ」

 聞くまでもないことを聞いて、わたしはベッドから抜け出した。小言をぶつける余裕なんかない。

「シャーリー? もう陽も暮れたのに、まさかこれから始める気じゃないよね」
「関係ないわ。散らかってるとわたしが気になるの! 行くわよティム、あなたも手伝って────」

 振り返ったその瞬間、突然夜が襲ってきた。遠くの方で、ばん、と音がして、すべてが闇に包まれる。

「えっ、なに? 停電?」

 何が起きたのかわからなくて、わたしはとっさにしゃがみこんだ。ティムがひゅっと息を飲む気配がした。真っ暗で何も見えない。冬でもないのに肌寒さを感じる。心細さでどうにかなってしまいそうだった。

「ティム? どこ?」

「ここにいる」

 すぐ近くで聞こえた声は固く緊張していた。まるで普段の彼ではないような、低くくぐもった声。安心できずに縮こまっていると、強張った肩をふわりと抱き寄せられた。

「ここにいるよ、シャーリー」

 名前を呼ばれ、わたしは細く息を吐いた。彼の腕の中にいる。それでようやく不安は消え去り、逆に薄いシャツ越しに彼の温度を感じて、こんな状況なのにわたしは浮足立ってしまった。

「ど、どうしよう、電気。電気がないと、ティムが」
「落ち着いて。大丈夫だよ、たぶんもうすぐ……」

 その言葉通りに、部屋に光が戻った。
 いつの間にかわたしも彼の背中に手を回して、わたしたちは部屋の中央で抱き合っていた。お互いの顔が見えるようになってからも、ずっと。
 そのあまりの近さに、今度は別の意味で身体が強張った。

「あ、あの」

 おそるおそる見上げた先で、ティムはとても難しそうな顔をしていた。わたしの視線に気がつくと目元をゆるめ、あろうことかさらに強く抱きしめてきた。

「んっ、ティム……!」
「怖かった?」
「そ、そんなわけ」
「ふうん」

 息苦しさから抜け出そうとするわたしの髪を、ティムは梳くように撫でた。

「家が非常事態に陥ったら、その家で働く召使いは主人(マスター)が守るものなんだよ。シャーリー、知ってたかい?」
「だから、怖くなかったって言ってるでしょ!」

 腰を抜かしていたことを暗に責められ、キッと彼を睨み上げる。腕を突きだして彼の抱擁から逃れた。

「電気が元に戻ったのなら、早く掃除を始めるわよ」
「はいはい」

 そのまま勢い込んで部屋を出たからわからなかった。そのときの彼が、いったいどんな顔をしていたのか。


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