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仲良く並んだ二つの雨傘
作:竹仲法順


 六月。全国各地が梅雨入りし、連日雨が降り続いている。
 ボクはその日、傘を差して新宿の街を歩いていた。ブルーの雨傘を差したボクの脇には、ピンク色の傘を差して歩く亜里沙がいる。
「梅雨時でジメジメしてるわね」
「うん。でも仕方ないよ。梅雨が終われば、すっきりした暑い夏が来るからさあ」
「そうね。それまでは我慢、我慢」
 亜里沙がそう言い、傘を差したまま、新宿の目抜き通りを歩いていく。ボクは亜里沙の真横に立ち、傘を差した右手とは真逆の左手で亜里沙の手を握る。
 半袖シャツにジーンズ姿の亜里沙は、その日バイトがないらしく、丸一日ボクとデートしていた。偶然と言うべきか、ボクもその日はバイトがなく、フリーだった。
新宿近辺を二人で散策して、お昼時には定食屋で一緒に昼食を食べた。
 亜里沙の体からは、食事後に噛み始めたミントガムの香りに加えて、フローラス系の女物の香水の香りが漂ってくる。その香りは一際優しく、ボクはその匂いが鼻腔に入ってくるたびに、亜里沙に対し言葉に出来ない愛おしさを感じていた。
 雨はずっと降り続いていて、通りを練り歩くカップルたちは皆雨傘を差している。
 ふっと交差点で立ち止まったボクたちは、信号待ちの間、じっと前を見据えた。
 多数の車が通っていて、今日も首都の心臓部は慌しい。
 ボクは(うら)めしそうに天を見上げた。空全体に雨雲がかかっていて、一向に晴れる気配はない。
「雨、このまま降り続くのかな?」
「うん。多分夜まで降るわよ。昨夜の天気予報で言ってた。今日は関東地方全域で雨模様だって」
「そう」
 ボクが頷くと、亜里沙が噛んでいたガムを吐き紙に捨て、
「孝一」
 と改めてボクの名を呼んだ。
「何?」
「キスしない?」
「キス?」
「うん。今、信号が赤でしょ。その間にキスするの」
「……」
 ボクはそれを聞き、亜里沙が提案した大胆な路上キスに思わず言葉を失った。
 だが、なぜかしらボクは一転亜里沙の提案に乗り、
「うん。そうしよう」
 と言った。
 すると亜里沙が差していた雨傘を折り畳んで雨に濡れながら、ボクの体を引き寄せて、自分の唇をゆっくりとボクのそれに重ね合わせてきた。
「……」
 ボクも傘を差すのを止めて、雨に打たれながら、亜里沙の愛の仕草に応える。
 ボクたち二人はしばらくの間、人が見ているのも構わずに、ゆっくりと口付けを交わした。無我夢中で互いの口中にある熱や潤いを求め合う。
 やがて愛を誓う儀式が終わり、亜里沙が元通り傘を差して、
「雨でずぶ濡れになっちゃったから、あたしの部屋で温かいシャワーでも浴びない?」
 と誘ってきた。
 ボクもいったん畳んでいた傘を差し、亜里沙の言葉に頷く。
 ボクたちはそれから新宿駅の方向へと向かった。外回りの山手線で高田馬場にある亜里沙の部屋に行くためだ。
 ボクも亜里沙も着ていた服がひどく濡れていて、おまけに冷たかった。
 新宿駅に着くと、二人して券売機で高田馬場までの切符を買い、駅のホームへと歩いていく。
 亜里沙が左腕に嵌めていた時計を見た。デジタル時計は午後六時前を差している。
「ちょっと早いけど、これから部屋でシャワー浴びて、夕飯食べよう」
 亜里沙がそう言った。
「ご馳走になっちゃってもいいの?」
 ボクがそう問うと、亜里沙が、
「自慢じゃないけど、あたしの手料理、結構美味しいのよ」
 と言い、フフフと笑う。
 やがて電車がホームに入ってきて、ボクたちはそれに乗り込んだ。
 ゴトンゴトン……。
 電車はボクたちだけでなく、昼間都心で働いた人たちをベッドタウンへと運んでいく。
 ボクと亜里沙は互いの手を繋いだまま、電車に揺られた。
 時間が過ぎ、やがて夜になる。
 ボクたちは午後六時半頃、高田馬場にある亜里沙のアパートに着き、部屋に入り早々二人で一緒に温かいシャワーを浴びた。そして入浴後、二人きりでささやかな夕食を取る。
 その夜。
 亜里沙がリビングの窓を開け放ち、ボクたちは入ってくる南風に(あお)られながら、シングルベッドで眠った。
 辺りは学生街とあってか、外では絶えず若者が騒ぐ声が聞こえてくる。
 ボクも亜里沙も大人なので、そんな埒のない騒ぎ声など気にも留めず、朝まで熟睡した。
 明け方、南向きの部屋に日が差し込んでくる。
 ボクたちは起き出し、新しい日の準備を整え始めた。
 玄関に置いてある仲良く並んだ二本の雨傘は、水滴が落ちてすっかり乾いている。ボクたち二人は交代で洗面を済ませ、各々朝食代わりのカフェオレを一杯ずつ飲むと、部屋を出た。
 ボクは亜里沙から雨で濡れたTシャツを入れる袋をもらい、それに汚れ物全てを詰め込んで、来たときと同じくリュックを背負い、駅まで歩く。
 駅に着き、改札口でボクが、
「じゃあな」
 と言うと、亜里沙も、
「じゃあまたね」
 と返し、ボクたちは離れた。
 これからボクは池袋にある自宅アパートに戻って、午後からのバイトに備える。 
 一方の亜里沙は、新宿にある派遣のバイトに行くつもりでいた。
 昨日と違い、空はすっかり晴れていた。ボクは手元に持っている傘に幾分照れ臭さを感じながら、亜里沙とは真逆の方向に走る電車に乗り込む。
 プシュー。
 電車が音を立てて閉まり、動き出して、ボクはほんの数分間電車に揺られた。
 傘を差していない方の手である左手に、昨日繋いでいた亜里沙の手の(ぬく)もりを思い出す。
“今度会えるのは一週間後だな”
 ボクはそう思いながら、着実に自分のアパートへと近付いていく感覚を味わった。
 時間が流れていく。
 空には雲一つなく、今日は昨日と違い、典型的な夏日だ。
 ボクは空いている車内の様子を眺めながら、昨日着ていた汗だくのTシャツのにおいを嗅ぎ取った。若者特有の汗のにおいが漂っている。
 ボクが今日着ているのは、亜里沙がたまたま部屋に持っていた男物のTシャツだった。
 ツーエルのシャツは身長が百七十六センチあるボクにはちょうどいい。
 汗が出てきて、車内に入っているクーラーで冷やされ、すぐに乾く。
 ボクは不意に、ジーンズの左ポケットに手を突っ込んで、中に入っているあるものを握り締めた。 
 それは昨夜のセックスの際に使わなかったコンドームだった。
                     (了)














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