「ねえ、キスしてよ」
薄暗い歩道の上で、切れかけた街灯の明かりに鮮やかに浮かび上がる白い花びらをくわえた唇が、ねだった。
聡一郎が彼女に出会ったのは、学生のときに起業したベンチャーの経営が思わしくなくなり、汗をぬぐうまもなく資金調達に走り回ったその日、ささくれ立った心をわずかでもごまかそうと扉をくぐった、ビジネス街の一角にぽっかりと口を開けたような一軒のバーでのことだった。
ウィークデイの十時過ぎという時間のせいか、ボリュームを絞ったスムースジャズの流れる店内には、人影が二つきりしかなかった。オークのカウンターの向こうがわで、バーテンダーというタイトルのカリカチュアのように、グラスを磨き続ける中年男と、その対面で、グラスに残った所在無げなオリーブを、グラスの中で転がしているダークグリーンのドレスの女。
わずかにウェーブのかかった長い髪から覗くその女の横顔を見たそのとき、少し強すぎる冷房の風に退きかけた汗が、また滲み出た。華やかだった聡一郎の女性遍歴は、事業が思わしくなくなったとたん、金の切れ目が縁の切れ目とばかりに終わりを告げた。一日中下げ続け、屈辱にまみれた彼の頭の中身は、そのころの思い出に浸りたかったのかもしれない。
「マティーニを」
女と同じカクテルを頼み、女の横に座る。聡一郎の存在にはじめて気がついたかのように、女が少しだけ顔を向けた。ほのかに漂うフローラルの、しかしなじみのない香り。そして、濡れたような瞳。聡一郎の動悸が、さらに高まる。
「もう、飲まないの?」
「お酒は、あんまり好きじゃないの」
ミキシンググラスにぶつかる氷の音を背景に、聡一郎の問いに答える囁くようなハスキーヴォイス。
「なんて香り?」
「オレアンダー」
それはどういう意味なのか重ねて問おうとした聡一郎の前に、マティーニグラスが滑らされた。
「そうだ。彼女にアレキサンダーを」
「私はもう――」
「知ってるかい、アレキサンダーってカクテルは、最初、アレキサンドラって呼ばれていたんだ。イギリスの国王エドワード七世が、王妃アレキサンドラに捧げたカクテル――」
くすりという彼女の含み笑いが、聡一郎の言葉をさえぎる。
「あなたが国王?」
呆れたような、嘲るような、そんな問いに、聡一郎はまじめな顔を装って、首を振った。
「そうじゃない。あなたが、王妃だ」
女の顔がクッと伏せられ、裸の肩があらわになった。それがクツクツと小刻みに揺れて、薄く笑みを刷いた顔が、再び上がる。
「分かった。いただくわ、ユア マジェスティ」
いたずらっぽい笑みを浮かべた女に、聡一郎は久しぶりの満足感を味わった。俺もまだ、捨てたもんじゃない。
「美しき王妃に」
グラスを彼女の目の前に掲げて、渇いたのどを一気に潤した。
店を出たときには、もう日は変わっていた。あれからカクテルの薀蓄をひとしきり語り、そして上手くいっていたころの仕事を、それがまるで今であるかのように語った。どうせ一夜限りの女なんだし、今を乗り切ればあの日々が戻ってくると思えば、現状を隠すことになんら罪悪感はない。血管を流れるアルコールを心地よく感じながら、すぐ前をおぼつかない足取りで歩く女を鑑賞する。
高いヒールを合わせれば、百八十近い聡一郎よりこぶしひとつ低いくらいだろうか。ほっそりとした、しかし張りのあるそのスタイルは、かつて彼を取り巻いていたモデルの女たちと比べても、決して遜色はない。ドレスの裾からのぞく、形のいいふくらはぎ。高いヒールを履いているにもかかわらず、まっすぐに伸びたひざ。
その足が、こつり、と音を立てて止まった。女は、歩道と公園との境に植え込まれた街路樹を見上げていた。暗い街灯の下では、彼女のドレスと同じように黒々と見える葉を茂らせ、白い一重の花を全体に散らして咲かせている。葉をそよがせるほどの勢いもない、夏の夜の風が、淡い香りを運んでくる。
「この香りは――」
女のすぐ斜め後ろに立って、彼女のうなじに顔を近づける。汗ばんだ彼女の体臭に隠れるようにして立ち上るそれは、今空気を満たしているものと、確かに同じ香りだった。
「そう、オレアンダー――夾竹桃。私の一番好きな花。ねえ、知ってるかしら? この樹には、毒があるって」
「ああ、そういえば」
聡一郎は目を閉じて、その香りを大きく吸い込み、朧な記憶を呼び起こした。
「アレキサンダーの軍隊が、肉を焼くためにこの木の枝を串に使って、大勢命を落としたと」
「そう、この樹に含まれるオレアンドリンというアルカロイドは、青酸カリよりも毒性が強いっていうわ。そして、一番美しく花を咲かせる夏が、一番毒も強い」
白い手が、夾竹桃の花に伸びて、その一枚をちぎり取る。さわり、と揺れた木の枝が、いっそうの香りを振りまいた。彼女を照らす切れかけた街灯が、点滅を繰り返す。
「花びらを舐めるだけで、死に至ることもあるくらいに」
細い彼女の指が、花びらを口に運ぶ。ゆるく開いた赤い唇が、白い花弁をくわえ込む。とっさに止めようとした聡一郎の左手が、彼女の左手首を握ったまま凍りついた。
女は、ほんのりと赤く染まったまぶたの下に熱をはらんだ瞳で、聡一郎を見上げていた。
濡れ濡れとした舌が、浅くくわえた花弁をさらに奥へと引き込む。
「ねえ、キスして」
くぐもった声で、女がねだる。口の中の白い花弁がちらちらとのぞいて、視線と意識を捕らえる。聡一郎は、花の香りに引き寄せられるように、唇を重ねた。
甘い、陶然とするような口紅の味。触れ合う舌先の、やわらかな感触。そして、苦い唾液の……
これは、花びらの、毒の味だ。しびれるような脳髄の片隅で、かすかに残った意識が警鐘を鳴らす。
しかし、聡一郎はさらに強く、女の手を握り締めた。強い脈動が左手に伝わってくる。女の腰に回して引き寄せた右手に、熱く火照った体温が――
聡一郎の心臓が、突然、強く打ち始めた。神経が、体中を網羅する感覚の網が、まるで裸になったようにささくれ立つ。それは、毒の作用だったのか。それとも、毒に対する恐怖がそうさせただけなのか。こみ上げる吐き気さえも飲み込んで女を抱きしめ続ける彼は、そのとき確かに、死の淵を覗いていた。
きしむベッドの音。利きの悪い空調の風。暗い室内灯に鈍く光る、汗ばみ脈動する素肌。
きれぎれの意識の表面を、女の言葉が滑り落ちる。
――あなたは生きてる?
鋭い爪が、横たわる聡一郎の脇から首元へと這い上がる。
――私は、それが分からない。だから確かめずにいられない。
聡一郎の体にまたがった女の細い手が、彼の首を包み込む。
――方法は、いくつもあるわ。セックスもそうだし、自分を傷つけることもそう。
喉もとの手をそのままに、覆いかぶさるように女は体を倒しこんだ。聡一郎の頬を、たれ落ちた髪が弄る。首にかかる女の体重が、意識をさらに煙らせる。
――失われていく命を、この手に感じるのもそう。そして……
「だったら、俺が殺してやるよっ!」
聡一郎は女を跳ね除けると、己の下に組み敷く。体中から立ち上る、花の香り。左手で彼女の首を締め付け、右手で少し小ぶりな乳房をわしづかみにする。柔らかなそれは指先をぬめらせ、とがった先端で、掌をくすぐる。絞め殺されるような嬌声を上げる女の口を、噛み付くようにふさぎ、しとどに蜜を吐き出す花芯に、己の中心を突き刺す。
「死ねっ。死ねっ」
絶頂は、間もなくだった。しかし、まだ命を吐き出し足りない聡一郎は、さらに腰を叩きつけ続ける。
目覚めたとき、ベッドの上には、聡一郎一人しかいなかった。サイドテーブルの上には、床に脱ぎ散らしたはずの彼の衣服が、きれいに畳んでおいてあり、壁には、少し皺の入ったままのスーツが、それでもハンガーにかけられていた。
「おい――」
女を呼ぼうとして、総一郎は彼女の名前を聞いていなかったことに気がついた。
もう一度ベッドに倒れこみ、天井を見上げながら昨夜のことを思い出す。われながら常軌を逸していた、そう思う。人は死に臨んだときに、本能が子孫を残そうと最も性欲が高まるというが。
そのとき、携帯がけたたましく鳴り出した。そうだ、資金繰りを――
あわてて飛び起きて、スーツのポケットに入ったままの携帯を取り出す。電話の向こうの相手にひとしきり頭を下げて、急いで服を身に着け、ホテルの部屋を飛び出る。
それはただ、真夏の一夜の夢、その朝はそう思っていた。
数日後、夾竹桃の並木のそばに、聡一郎の姿があった。結局資金繰りはうまくいかなかった。会社は明日、不渡りを出さざるを得ない。帰るに帰れず、行く当てもなく歩き回っていた彼を、あの香りが包み込む。
「夾竹桃、か」
あの夜の記憶が、鮮やかによみがえる。半ば死に掛けた今の自分は、あのとき、確かに生を実感していたのかもしれない。――確かめる方法はある。自分を傷つければ、もう一度あの夜を。
あの夜と同じように咲き誇る夾竹桃の花に手を伸ばし、一輪折り取る。ふわりと、あの女の香りが鼻の奥をくすぐる。それをさらに口元へと――
「やめたほうがいいわよ」
その声に驚いて振り向いた聡一郎の目の前に、あの女がいた。
「その花には毒が――って、あなた」
「君は、本当に夾竹桃の化身なのかい?」
「そうかもね。あらあら、酷い格好」
女の白い手が無精ひげの薄く生えた頬をなで、だらしなく緩めたネクタイを締めなおす。
「よかったら、私のうちに来ない? こんな時間だけど、お茶くらいなら出せるわよ」
「あ――でも、俺は君の名も知らない」
女はタクシーを呼びとめながら、聡一郎を振り向いて笑った。
「言わなかったかしらね。私はキョウコ。夾竹桃の夾に、子供の子。あなたの言うとおりよ。私は、夾竹桃の子供なの」
ほんのワンメーターほど走っただけで、タクシーは二人を吐き出した。
誠一郎は車から降りたその場所で、呆然とその家を眺めていた。大きな和風の門と、その左右に遠くまで続く白塀。
「これが……君の家?」
少し震える聡一郎の声に、夾子はくすりと笑って答える。
「気にしなくていいわよ。今は私だけしか住んでいないから。さあ、こっち」
夾子は大きな門扉の横の通用口を開いて、そこをくぐりながら手招きする。その後をついてゆきながら、さらにあきれる。和洋折衷の豪奢な母屋と、その前に広がる広い庭。常夜灯に照らされて、赤や白の花を咲かせた花木が、まるでうっそうとした森のように繁っていた。
そして、もうかぎなれていたはずの鼻を強く刺激する、その芳香。
「これは……」
「そう、みんな、夾竹桃」
立ち止まった聡一郎のそばに寄り添うようにして、夾子が言った。
「私の祖母が、夾竹桃を好きだったの。彼女は戦後の混乱の中、体ひとつからこれだけの財を作り上げてね、やっかみから様々な誹謗中傷も受けたそうだし、実際、汚いこともしていたはず。だからこそ、この強い夾竹桃の木に魅せられたのかもしれない。夏のさなかに美しく花を咲かせ、毒をもって虫を寄せ付けない、この木に」
そういう彼女も、近くに植えられた、まだ小さな夾竹桃の葉をいとおしげに撫で、さあ、と誠一郎を促す。
「待ってくれ、じゃあ、御両親は?」
「お母様は、五年前に死んだわ。この前、私がしたように花びらを口に含んでね」
聡一郎の背を、冷たい汗が落ちる。やはり、あれは本当に危険な行為だったのだ。
「お父様は……知らない。お母様には、恋人がたくさんいらしたし、父親がいなくても、私を育てるのに不自由はなかったはずだから。誰がお父様でも、私が自分の子供だとは知らないんじゃないかしら」
「じゃあ、本当に君はこの家に一人で」
「昼間は家政婦が来てくれるし、庭は庭師がついているから、別に不自由はないわ。もういい?」
「ああ」
彼女についていきながら、それでも聡一郎は言葉を継ぐ。明日の朝、銀行が取引を始めるまでに金を用意すれば、不渡りを出さずに済む。彼女なら、この家なら、それくらいの金はあるのではないか。
「だったら君は、働かなくてもいいんだ。うらやましいよ」
「お母様は、お金を増やすのも、減らすのにもあまり興味をお持ちじゃなかったから」
分厚い玄関の扉を開き、母屋に上がる。壁にかけられた名も知らぬ画家の絵が、暗い明かりに浮かび上がるだけで、余計な装飾品は見当たらない。
「私は、何もしないのも退屈だから、夾竹桃の花から香水を作ってみたりしたんだけどね」
「ああ、君のつけている」
「そう、でも、エッセンスを抽出してもやっぱり毒が混じってしまって。そのままでは、商品にならなくってね」
何を思い出したのか、くすくすと夾子は笑った。
「男殺しなのはいいけれど、それをつける女を先に殺しちゃ、やっぱりダメでしょう?」
「正真正銘のポワゾンか。でも、君はつけているじゃないか」
「これは、精製を重ねて、アルカロイドのほとんどを取り除いたもの。それでもわずかに残っているし、それにノーブランドで売れるような値段をつけることは、とてもできない代物。私専用ね。あとは、夾竹桃の品種改良もしているけれど。ほら、お庭にまだ小さな木があったでしょう。あれは、私が植えて育てているの。どんな花を咲かせてくれるのか、今から楽しみ。――さあ、座って」
リヴィングに通され、すわり心地のよさそうなソファーを勧められた聡一郎は、しかしそれに腰を下ろさず、サイドボードでお茶の用意をしようとする夾子を呼び止めた。ソファーの前のテーブルの横にも、鉢植えの夾竹桃が置かれていた。それのつけた花が、夾子と同じ香りを放っている。
「待ってくれ。すまない、君に、頼みがあるんだ」
「なに?」
「俺に、いや、俺の会社に、資金を融通してくれないだろうか。明日の朝までに用意できなければ――。もちろん、すぐに返す」
しかし夾子は振り返りもせずにポットに葉を入れ、電気ポットからお湯を注ぎ、カップをキャビネットから取り出す。
「いくら?」
「四……四千万」
夾子は分厚いじゅうたんの上を、足音を立てずにトレイを運んで、そっとテーブルの上に置いた。
「いいわよ」
「本当か!」
「でも、条件があるわ」
夾子の指が、鉢植えの夾竹桃の花びらを一枚ちぎり取った。そしてそれを、紅茶のポットに落とす。
「私が今夜あの場所にいたのはね、あなたに会いたかったからなのよ」
「俺に?」
「そう。あの夜が私は忘れられない。あなたは、私を美しく咲かせてくれる。だからもう一度」
ポットがカップの上で傾けられた。紅茶のそれに混じって立ち上る、花弁の香り。
「今度は、死ぬかもしれない。だけど、もう一度、私を抱いて」
聡一郎の動きが、カップを目の前にしてしばらくの間、止まった。しかし、悩んだのは、それほど長い時間ではなかった。会社を失えば、彼の半分は死んだも同然だ。それに、あの夜を忘れることができないのは、彼も同じことだった。ポットに入れた花弁は一枚きり、あの夜と同じ。だったら、今夜も大丈夫なはずだ。
「わかった。そうしたら、金を貸してくれるんだな」
カップに手を伸ばす聡一郎の手を、夾子はそっと押さえる。
「待って、それともうひとつ」
「なんだ」
「そのあとでいいから、私の夾竹桃を育てる手伝いをして欲しいの」
「それは……」
聡一郎の耳に、それは求愛の言葉に聞こえた。いや、それはいくらなんでも、うぬぼれに過ぎるだろう。しかし――
さりげなく部屋の中を見回す。やはり装飾は少ないが、置かれた家具はどれも高級なもの。そして、この屋敷。街中の一等地にある広大な敷地。そして、ほんの一夜契っただけの男に、惜しげもなく四千万もの大金を貸そうという、その財力。つながりを持っていて、決して損はない。
「そのくらい、お安い御用さ」
打算と、快楽に対する期待が、聡一郎の口にカップを運ばせた。紅茶の渋味と、舌を刺す苦味。まださほど冷めていないそれを、一気に飲み干す。そして、大きく吐いた彼の息に重なって、衣擦れの音。夾子の体を滑り落ちる、ドレス。明るい照明の下で初めて見る、彼女の裸体。
聡一郎の心臓が、あの夜のように大きく打ち始める。毒が、体をめぐる感覚。そうだ、これだ。再び覗いた死の淵だからこそ感じる、生の実感。これを知ってしまった以上、俺は彼女から離れられないかもしれない。それでもかまわない。やはりこみ上げる吐き気をこらえて、ネクタイに手を……
だが、聡一郎の手は強く震え、うまくネクタイを解けない。強いめまいが襲い掛かり、立っておれずその場に倒れこむ。どうして……。おびえる彼の目が、夾子を探す。
「あら、前の毒が、まだ抜けていなかったようね」
いつの間にかすべての下着を取り去った夾子は、欲情の色をまぶたに浮かべて聡一郎の横に跪いた。
「ごめんなさい、オレアンドリンは、体から抜けにくいの。だから、致死量を超えてしまったかもしれない」
聡一郎の背を、冷たい死の恐怖が駆け上がる。内臓が痙攣して、空の胃袋から、黄色い胃液がこみ上げる。言葉にならない悲鳴を上げながら、激しくそれを嘔吐した。
「大変、服が汚れちゃうわ。でも大丈夫よ。私が脱がしてあげるから」
抗う聡一郎をたやすく抑えた夾子は、ネクタイを解き、シャツのボタンを引きちぎるようにして開く。ベルトに手をかけ、ホックとジッバーをはずし――
「あら」
死を間近に予感した聡一郎の本能は、ボクサーブリーフを内側から高く隆起させていた。含み笑いすらしながら、夾子はそれをあらわにし、熱い掌で包み込む。すべての苦痛を凌駕するその感覚に、誠一郎はうめき声を上げた。
「まだ、楽しむ時間はありそう」
いったん手を離した夾子は、嘔吐物の残る聡一郎の唇にキスをすると、彼の体をまたぎ、ゆっくりと体を沈めた。ぬめる花芯に包まれたその感触だけで、聡一郎は精を放つ。それを感じた夾子は喉をあらわにして、陶酔のため息を吐く。しかし、彼女の中のものは、その勢いを減じることはなかった。それを覚った彼女は、ゆっくりと、そして次第に早く、腰を振る。
――私の家系はね、なかなか子を孕めないの。
苦痛と快感に陵辱される聡一郎の脳に、夾子の声が滑り込む。
――お母様も、お婆様もそうだった。ただのセックスでは、ダメなの。
聡一郎の歪んだ視界に映る、ゆれる夾子の姿が、融けるように崩れてゆく。やめてくれ、助けてくれ! しかし、苦痛を喰らい始めた快感が、彼の声を奪う。
――私に必要なのは、男が命をかけて放つ、強い精。
ああああああああああああ……
ついに苦痛を喰らい尽くした快感が、聡一郎の脳髄を叩いた。それは脊髄を伝い、体中の皮膚で反射して、夾子を貫いたそれに収斂する。
おおおおおおおおおおおお……
聡一郎の体を、最後の痙攣が襲い、そして、最後の命を吐き出した。力を失った男の上に、夾子の裸体が倒れこむ。
「きっと、あなたの種は美しい花を咲かせるわ」
荒い息とともに、夾子の言葉が聡一郎の耳をくすぐった。しかし、彼の目にもう光は無く――
「そうだ、もうひとつの約束、果たしてもらうわね。あなたを肥料にして育つ夾竹桃は、どんな花を咲かせてくれるのかしら」
――本当に、今から楽しみ。
その屋敷は、夾竹桃で囲まれていた。夏になると、息の詰まるような香りが、無数の木の、無数の枝の、無数の花から立ち上る。そしてその根は、木々と同じ数だけの骸を抱いて――
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