6.初恋のヒト その2
「何もそこまで怒らなくてもいいじゃない! ということは、私の思い過ごしだったってわけね。でも澄香ももういい歳なんだし、そろそろ素敵なお相手の話があってもいい頃よ」
「そ、そりゃあそうだけど……。こればっかりは、一人ではどうにも出来ないことだし。もしかして、心配してくれてるの? もう、お母さんったら、あたしのことなんか気にしなくていいのに」
「何言ってるの! そりゃあ大切な娘のことだもの。気になるに決まってるでしょ。ねえ、澄香。まさか、一生結婚しない……なんて言わないわよね?」
澄香は、はっとしたように目を見開き、母親を完全否定できない自分にたじろぐ。
「……それは、まだわからない。この先どうなるかなんて、ちっとも想像もつかないんだもの。でもね、結婚が人生のすべてだなんて思ってないし、今のままでもいいかなって思うこともある。だって気楽なんだもん。誰に縛り付けられることもなく、自由気ままだしね。それじゃあ、だめかな?」
「別にだめじゃないけど……。なんだか寂しいわね。それがいま時の若い人の考え方なのかしらね」
がっかりしたような母親の姿に少し同情的になった澄香は、母親の背後に回り肩にそっと手をのせ優しく揉み始めた。
ゆるくパーマのかかった髪の間にちらほらのぞく白髪を見るにつけ、母親もいつまでも若くはないんだなあなどと感慨深くなる。
「お母さん、元気出してよ。結婚を否定したわけじゃないんだからさ。いい人ができたら、すぐに紹介する。だから心配しないで、ね、お母さん」
澄香は、肩揉みを続けながら、母親にそっと声をかけた。
「ああ、いい気持ちだわ。ありがと、もう充分よ。あなたも疲れてるんでしょ? お風呂に入って休みなさいな。ふふ……。それにね、相手がいてもいなくても心配するのが親の務めなの。それが仕事みたいなものよ。さ〜て。楽しみはその時が来るまでお預けってことね。それにしてもどこにいるのかしら、澄香の運命のヒトは。がんばってね。仕事も恋愛も!」
澄香はもう少しで危うく口が滑りそうになるところだった。
実はあたし、好きなヒトいるんだ……などと。
でも、母親も知っているその人の名を出すことは、何があっても出来ない。
実らぬ恋に無駄に時を費やす哀れな娘だと知られたくないのだ。
きっとこの先もずっと告げることはないんだろうなと、リビングにもどっていく母親の後姿を見ながら澄香は確信するのだった。
澄香は、素早く入浴を済ませると、自分の部屋のベッドに腰掛けて携帯を開き、さっき届いたメールを見ていた。
そこにあるのは、二日後に迫った同窓会についての文面だった。高校三年の時のクラス同窓会だ。
もうすでに知っている内容だったが、本人は出張明けで予定の時刻に遅れるかもしれないとも書いてある。
発信元は秀彦。
そう、彼こそが澄香の初恋の人であり、メールを交換する唯一の心許せる男性である。
だが秀彦から切り出してくるメールは、こういった事務的な内容のものばかり。
今回幹事の代行も頼まれている澄香に対して、当然とも言える内容のメールだったりする。
普段は澄香がその日あったことをメール送信して、秀彦から返信されるというスタイル。
一日に何十回とやり取りすることもある。
ただし、いつも始まりは澄香から。秀彦から先に来る事はない。
秀彦はきちんとマナーを守り、律儀に返信してくる。
ただそれだけのことだと、澄香はいやと言う程思い知らされているのに、彼にメールを送るのを止められないでいた。
唯一のこの繋がりを断ちたくない一心で、何百回、何千回というやり取りを六年近くも続けているのだ。
澄香が秀彦と初めて会ったのは高校二年になったばかりの頃だった。
いや、正確には、小学校の五年生の時に初対面を果たしているのだが、悲しいことに澄香には当時の記憶は全くない。
というのも、秀彦は澄香のいる小学校に転校してきて一年後に、父親の海外転勤で家族揃ってイギリスに渡ってしまったから、ほとんど接点がなかったのだ。
中学三年の時、澄香と同じ中学にもどってきてからも、クラスが同じでない限り彼のことを知る由もなかったというのが、その後の彼女の言い分である。
高校二年での新たな出会い。
この時の衝撃は、今でも彼女の胸にしっかりと焼き付いているのだ。

(HPです。)
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