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かくれんぼ
作:大平麻由理



6.高校二年生 その三


 澄香は生まれて初めてのデートを終えても、気持ちが晴れないままだった。
きっちりと断ったのだ。木戸君とは付き合えない……と。
それでも木戸はひるまなかった。たまに一緒に買い物に行ったり、映画を見たり、図書館に行くだけで充分。恋人同士になれなくてもいいから……と澄香に懇願するような目で訴える。
それが無理ならメールのやり取りだけでも……と言われたのだ。
そこまで言うのなら……。メール交換くらいならかまわないかと気を許してしまったのがそもそもの間違いで、家に帰り着くや否や、澄香の携帯に木戸からのメールが早速表示される。
 今日は楽しかった、明日は部活がないから一緒に帰ろうと。

 澄香と木戸の関係は、数日後には学年中に知れわたることになり、超ビッグカップル誕生とまで囁かれる始末だ。
 もう後にはひけない。そんな空気が漂うほど周囲の盛り上がりはすごかったが、当の本人同士は、木戸の言ったとおり控えめな物で、一度一緒に下校したきりで、その後、二人でいるところを目撃した者は誰もいない。
 渦中の澄香は、誰かに聞かれるたびに木戸とは付き合ってなんかいないと釈明するのだが、否定すればするほどおもしろがる周囲の反応に嫌気がさし、そのうち何も言い訳をしなくなっていた。
 だから言わんこっちゃないと鼻息も荒く澄香を諌めるマキは、このまま思わせぶりな態度を取り続けるのは、木戸に対しても失礼なことだよと忠告するのも忘れない。
「言ったんだよ、ちゃんと。木戸君とは付き合えないって。でも、たまに一緒に出かけるくらいならいいかなと思っただけだよ」
「もう! ほんとに澄香ってわかってないんだから。一緒に出かけるってことが付き合うことなんだよ。それはあんたが木戸にOKを出したってことなの!」
「そ、そうなの? でも木戸君、言ったよ。恋人同士になれなくてもいいって……」
「だから、そうやって時々デートをして、僕を見て! って言ってんの。いつかは恋人同士になれるってそう思ってる。ねえ、澄香。あんた、かがちゃんが好きなんでしょ? このままじゃあ、かがちゃん、あんたから離れていってしまうよ。いいの?」
 と同時に澄香の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
 一番気になっていたこと。マキに言われるまでもなく、それが澄香にとっての最大の気がかりだったのは本人が一番よくわかっている。
 けれど澄香は、この現実が何を物語るのかもうすうす気付いていた。
 木戸と秀彦は誰もが認める親友同士だ。
 そしてその二人がお互いの恋愛について何も知らないなんてことはまずあり得ない。
 言い換えれば、木戸が澄香を思っていることは秀彦も知っているということになる。
 その状況で木戸が澄香に告白したとなれば……。
 秀彦は、澄香のことはただのクラスメイトであり、昔馴染みの知人の一人としか思っていないということにならないか?
 恋愛に疎い澄香だが、このカラクリに気付かないほど、世間知らずでもない。 
 木戸に告白された瞬間から澄香の本能が、秀彦をあきらめるよう働きかけていたのかもしれない。
 今なら間に合う。すべて白紙に戻して、新しい道を模索せよと。
 澄香も、出来る物ならそうしたかった。すっぱり秀彦のことはあきらめて、木戸と一緒に新しい一歩が踏み出せるのならどれだけよかったか。
 意に反して、ますます秀彦への想いが募るばかり。
 マキがアドバイスしてくれた時に、勇気を出して秀彦に告白しておくべきだったのではないかと後悔するが、時すでに遅し。

 それから数日後に決定的な事実を目の前に突きつけられ、澄香の心は、ぐちゃぐちゃにかき乱されるのだった。


 運命のその日はテスト前日で、全校生一斉下校の指示が出ている放課後だった。突然降り出した雨に、校舎一階のロビーが生徒でごった返していた。
 カバンを頭に乗せて走り出す者、折り畳み傘を広げる者、誰のかわからない忘れ物の傘をあさっている者……。
 バーゲン会場さながらにひしめき合った人ごみの中に、澄香はいち早く秀彦の姿を見つけた。
 やはり彼も傘を持って来ていないようだ。
 澄香はとっさに思ったのだ。自分の折りたたみ傘を秀彦に貸そうと。
 どうして突然そんなことを思ったのか彼女自身もわからなかったが、その時はそうするべきだと思ったのだ。自分はマキに一緒に入れてもらえばいい。
 すぐに彼の近くに走り寄り、傘を差し出したその時だった。
「加賀屋君、一緒に帰ろ。あたしの傘大きめだから、二人で入っても濡れないよ」
 澄香の前に立ちはだかるようにして親しげに秀彦に話し掛ける女性が……。
 確かに澄香が傘を差し出した瞬間、秀彦の視線が澄香を捉え、何か話しかけるように見えたのだが。
 それなのに、突然目の前に現れたロングヘアーの女性に視界を妨げられ、結局その傘は誰にも受け止めてもらえずに再び澄香のカバンに舞い戻る。
 澄香は、女性が振り返った瞬間、胸元のリボンが緑色であるのを確認した。
 三年生だ。
 ──野球部マネージャーの片桐……さん。
「あら、あなた、もしかして木戸君の? そうよね。ふふふ。かわいらしい方。木戸君、とてもいい子だからよろしくね」
 ……よろしくね。声のトーンは柔らかく、響きのあるアルト。でも彼女の目は少しも笑ってなかった。
 秀彦に近寄らないで、彼は私のものよ……と言っているような、じっとりとした粘りを含んだ強い視線に澄香はその場から動けなくなってしまった。
 片桐の肩越しに覗く秀彦の悲しげな目元が澄香の脳裏に焼きつく。
 ごめん……と言っているようにも見える。
「さあ、帰りましょう。加賀屋君、あなたが傘さしてね」
 まるで恋人同士だ。秀彦の腕に片桐の手が絡みつき、どこかで観た映画の一場面のように鮮明に澄香の視界に飛び込んでくる。オマージュ。そう、これは幻影なのだ。秀彦を想い過ぎるあまり見えてしまった、幻の光景。

「池坂……」
 秀彦が最後に澄香を呼んだ一言は、彼女の心に深く深く沈みこんでいった。







   





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