かくれんぼ(15/31)PDFで表示縦書き表示RDF


かくれんぼ
作:大平麻由理



14.彼女を紹介するよ


「かがちゃ〜ん! 遅いやん。どないしたん? 忙しいんか」
 遅れてやってきた秀彦の登場に、会場内がざわつく。
「ああ、悪いっ。昨日イタリアから帰って来たばかりでな。成田に着いたあと、東京本社に顔出しして、そのまま向こうに泊まったから……」
 同じ野球部だったクラスメイトの大西が秀彦の説明に大きく頷いている。
 京都からなんで新幹線? と澄香は不思議に思っていたのだが、今の話を聞いて納得した。
 普通、京都・神戸間は私鉄の特急に乗るか、JRの新快速を使うのが一般的なのだ。東京に泊まったのなら、新幹線というのも理解できる。

 秀彦はH大を卒業した後、大手商社に就職した。そこの京都支店が現在の彼の勤務先である。
 実家から通えなくもないが、深夜まで残業が続くこともあり、入社してすぐに会社の寮に入ったのだ。
 もちろん澄香は、彼の寮に押し掛けたこともないし、同窓会以外で二人で会ったこともない。
 学生時代となんら変ることなく、正真正銘、メールだけの付き合いしかないのだ。

 マキがすかさず秀彦を捕まえると、こっちこっちと自分のひとつ隣の座席を勧める。
 やはり、そうくるか……と澄香が思うのも仕方ない。マキのすぐ隣は澄香の席なのだから。
 早速一席設けられた澄香は、マキの徹底した有言実行に苦笑いを返すことしかできない。

 初めのうちはそれぞれの仕事のことや、高校時代の思い出話で盛り上がっていたが、次第にアルコールが回り始めると、話の趣旨がやや色めき始める。
 もうすでに結婚している女子も二人ほどいて、夫に対する不満や、子どもの自慢話にまで話題が及ぶ。彼氏もいない澄香にとって、それはもう想像すら及ばない世界だ。
 澄香は身体ごとマキの方を向いて、なるべく秀彦との間にカバンひとつ分の空間を取るようにして座るのだが、時折秀彦の腕が澄香の右腕に触れて、心臓が暴れ出すのを止められなくなる。
 マキ側のグループとの話が伯仲し出すと、隣の秀彦の存在を一瞬忘れそうになるが、それでも男子グループの話にしっかりと耳をそばだててしまう。
 すると澄香の後方で、大西が突然聞き捨てならないことをい言い始めるのだった。
「なあなあ、かがちゃん。おまえカノジョとかおらへんのか?」
 さっきまで大西の彼女自慢が続いていたはずなのに、その矛先はいつの間にか秀彦に移っている。
「彼女か? うーん。どうだろう……」
 その時、秀彦が向き直り、澄香の方を見た気がしたが、彼女は気付かないフリをしてマキとの会話を続けていた。
「あの人は? ほら片桐先輩。彼女とはどうなってんの? 続いとん?(続いてるの?)」
 その瞬間、澄香の肩がピクンと震えたが、マキが隣のママさん同級生との会話に夢中になっているのをいいことに、彼女達の会話を聞いているフリをしながら、背中ではしっかりと後ろの大西の話をインプットしている。
「先輩って……。おい、いつの話だよ。そんな昔の話蒸し返すな。おまえも知ってるだろ? あれは不可抗力だったって」
「そりゃあーな。でも悪い気はせーへんかったやろ? あんなきれいな先輩に言い寄られて……。それと、東京で同棲しとった言うのは、あれ、ホンマか?」
 澄香はその瞬間、目の前のマキやクラスメイトの話し声が何も聞こえなくなった。まるで耳に膜がはっているようなふさがれた感じがする。
 東京で同棲だって? 秀彦が、片桐さんと? 頭の中で繰り返されるのはそのフレーズばかり。

 澄香は意を決して、大西の方に顔を向けた。
 そして振り向いた澄香に、しまったと言うような顔をして見つめ返す秀彦がそこにいた。
「ほら見てみ。池坂だって気になるやんなあ? かがちゃんの東京でのアバンチュールのあれこれ」
「え? あ、あたしは別に。いったい何の話なの?」
 澄香は、振り向いてしまったことを後悔した。これでは知らなくてもいい秀彦の過去を自分でほじくり返すようなものだ。
「大西、いい加減にしろよ。そんなもん、ありもしねえ噂に決まってるだろ? いいか、池坂。おまえもよーく聞いておけよ!」
「は、はい」
 どうして澄香がここで秀彦に叱られないといけないのだろうかと、理不尽な思いを抱えたまま曖昧に返事をする。
「先輩とは、そんな関係じゃなかったさ。彼女、小学校から中学まで親の仕事でアメリカ暮らしだったから、同じくイギリス帰りの俺に興味を持っていただけなんだ。せっかく身につけた英語も使わなきゃ忘れちまう。だから二人の時はほとんど英語で話してたよ。アメリカとイギリスじゃあ、微妙に単語も違ったりして、あれはあれで勉強になった。それだけのことさ。大西、おまえの期待に応えられなくてわりいな」
「なんや、おもろないなあ。片桐先輩、フライトアテンダントになって世界中飛び回ってるって聞いとったから、もしまだおまえと付き合いあるんやったら、彼女達の合コンにでも誘ってもらおかなと思とったのに……。それにしても残念やなあ……」
「おい、大西。今の言葉、そのままおまえの彼女に言ってやろうか?」
「おおおっ! かがちゃん。それだけはご勘弁を……」
 澄香も少しだけ気分が晴れた。確かに秀彦と片桐は付き合ってはいたようだが、今は完全に切れている。
 それだけが解明しただけでも、澄香の心は幾分軽くなったように思える。
 この話は、大西の敗北で終わりを告げたのかと思いきや、そうではなかった。

「で、かがちゃん。おまえ、話逸らしたらあかんで。肝心なこと聞いてないし……。カノジョ。カノジョはどないなんや。おるんかおらへんのか! はっきり言ってもらおうやないの」
 それと同時に澄香にも緊張が走った。知りたい。でも聞きたくない。きっと、秀彦には素敵な相手がいるに決まってる。だから期待しないように……。
 そうやって少しでもこの後のショックを和らげようと自己暗示をかけるが、ドキドキは治まらない。
「ここで、それを言わせるか? おまえなあ、空気をヨメよ」
「おお……。かがちゃんともあろう男が、なんやうろたえてますけど? じゃあ空気をヨませてもらいますが、それはイエスですね? 肯定ととってもよろしいですか?」
「はあ? なんでイエスなんだ!」
「ほらほら。その動揺した目。で、どんな彼女? 会社の子? はたまた東京ギャル?」
「ったく。どうしようもねーな。彼女か……。いるような、いないような……」
 時折隣の澄香の様子を窺うように見ながら、腕を組んで眉間に皺を寄せる秀彦に、祈るような気持ちでその答えを待つ澄香は、出来ることなら、今すぐにでもこの場から逃げ出したいというのが正直な気持ちだ。
 もし秀彦がイエス、即ち彼女がいると言った場合、自分自身がどうなるのか、怖くて仕方がないのだ。
「よしわかった。今度の同窓会の時、おまえに彼女を紹介するよ。それでいいだろ!」
 ちっと舌打ちした後、秀彦はグラスに入ったスパークリングワインを一気に飲み干す。
 そしてそのグラスをテーブルにコンと置いた瞬間、息を潜めていた周りのみんなが、おおーーっと声を荒げた。
 澄香は、秀彦の一言一句に意識を集中させていたためか、周囲のみんなが注目していたのに全然気付かなかった。
「よっしゃー! みんな聞いたか? 今度の同窓会みんなも忘れんなよ。ゴールデンウィークぐらいに臨時同窓会開催決定! ……で、カノジョ紹介してくれなかったら、今度の同窓会は全部かがちゃんのおごりってことでよろしく!」
 何やら事態はとんでもない方向に。

 澄香は、秀彦の言った言葉をもう一度ゆっくりと咀嚼(そしゃく)し直して、今の状況を冷静に振り返ってみる。
 秀彦には、つまり……。いるのだ。

 彼女が。

















   





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう