かくれんぼ(12/31)PDFで表示縦書き表示RDF


かくれんぼ
作:大平麻由理



11.卒業の日 その三


 木戸は何かを考えているようでもあったが、秀彦の姿が見えなくなると澄香に向き直り、コーヒー一杯だけ付き合ってと言って、歩き出す。
 澄香は、どうして木戸について来てしまったのだろうと少し後悔したが、あの時の秀彦の目は、お願いだから木戸を悲しませないでやってくれと言っているように思えて仕方なかったのだ。
 そんな秀彦の気持ちを踏みにじることなんて出来るわけがない。
 親友の恋を応援するのはあたりまえのこと。澄香がマキの恋愛を一緒になって喜ぶように、秀彦も木戸の恋の行方を案じているのだ。
 とうとう秀彦に自分の思いを告げることは叶わなかったけれど、言わなくてよかったとも思っていた。
 もし告げていたならば、秀彦は、木戸と澄香の間に挟まれて身動きが取れなかったかもしれない。
 挙句、二人の友情にまでヒビが入ってしまうだろう。
 澄香は、そんなことをおぼろげに考えながら、フラワーロードを北に歩き、大通り沿いのコーヒーショップに木戸と共に入った。

 ぱっと見渡す限り、空いている席はなく木戸が引き返そうとすると、店員がすかさず声をかける。
「二階席が空いておりますので注文後、どうぞお上がり下さい」と。
 木戸はコーヒーを二つ載せたトレーを持ち、カウンター奥の階段を上がって行く。
 澄香も遅れないようにやや小走りになりながら木戸の後を追った。
 二階席はまだ半分くらい空いている。窓際の席に着くとお互い無言のままコーヒーを飲み始めた。
 澄香は、木戸を目の前にしながらも、さっきの秀彦の手のぬくもりが余韻となって頭から離れないままだった。
 こんなにも秀彦が恋しくて仕方ないのに、目の前にいる人物は彼ではない。

 先にこの沈黙を破ったのは木戸だった。コーヒーカップを置き、澄香をじっと見つめる。そして口を開いた。
「池坂……。君の心が誰にあるか、俺が気付かなかったとでも?」
「えっ?」
 カップを持つ手が止まり、心臓がどくどくと鳴り始める。
 いったい木戸は、突然何を言い出すのだろうか? 
 澄香は、木戸の射抜くような鋭い眼差しに、視線を逸らすことすら出来なかった。
「加賀屋は親友だ。誰がなんと言おうとそう思ってる。でもそれとこれとは話が別だから。俺は君をあきらめないし、あいつに君の気持ちを伝えるつもりもない」
「き、木戸君……」
「それに君も知ってると思うけど、片桐先輩は、真剣に加賀屋のことを思っている。でもあいつはどう思ってるのか俺にもまだわからない……。君のことが好きなのかとも思ったけど、俺に協力してくれるあいつを見てると違うのかなとも思う。今、こうやって君と俺を二人にしてくれたのが、あいつの答えだと……そう思ってる」
 木戸はきっぱりとそう言った。今こうやって木戸と二人でいることが全ての答えなのだと。
 澄香もわかっていたのだ。秀彦はただの昔馴染みとして自分を気にかけてくれていただけだということを。
 木戸は、九州の大学に推薦で決まったこと、そして、休みに神戸に帰ってきたときに会って欲しいなどと淡々と澄香に自分の希望を伝える。
 澄香はまず、大学合格おめでとうと言った後一呼吸おき、しっかりと木戸の目を見て気持ちを告げた。
「ごめんなさい。木戸君とはこれっきりにしたいの。もう二人だけで会うことは出来ない。あたしは、木戸君が言うように、加賀屋君のことが好き……なんだと思う。でも、今こうやって木戸君と二人で話をしていることが、加賀屋君の出した答えだと、あたしもそう思ってる。辛いけど、それは受け止めなきゃね」
「そうか、もう会えないか……。俺のこと、そんなに嫌い?」
 澄香が秀彦への思いを口にしたにもかかわらず、木戸はそんなことはまるで聞いていないようなそぶりで尋ねる。
「あっ……。そ、その、嫌いとか、そんなんじゃなくて……。どうやって説明したらいいのかな? とにかく付き合えないの。多分この先も気持ちが変わることはないと思うから」
「それは加賀屋をあきらめられないってこと?」
 冷ややかな言葉が返ってくる。
「……それもまだわからない。でもこんな気持ちで木戸君とは付き合えないし、他の誰かが付き合おうって言ってくれたとしても誰とも付き合えない。今はまだ……」
「……わかった。ごめんな。なんか俺、あきらめが悪いよな。そろそろ帰ろうか……」
 今までの強張った表情がいっきに緩み、さも申し訳なさそうに木戸の目が澄香に訴える。

 コーヒーショップを出て、駅に向って歩いていった。
 なんか後味の悪さは拭いきれないが、傷ついているのは木戸の方なのだ。
 澄香は二度も木戸に別れの言葉を浴びせかけたことになる。
 誰でもこんな風に断られたなら、きっと立ち直れないよな、などと思ってしまう。
 でも同情では済まされない問題だ。これでよかったのだと自分自身に言い聞かせ、二度と思わせぶりな態度は取るまいと深く反省した。

「もう九時過ぎてるな……。なあ、池坂。俺の最後の望みを叶えてもらってもいいかな……」
「な、何?」
 このタイミングでそれはないだろう。少々感傷的になっていた澄香であれば、付き合うこと以外なら、どんな無理難題も受けてしまいそうだ。
「家まで送らせて。それ以上は何も言わない。君を困らせることもしない。いいかな?」
「わ、わかった。じゃあ、送ってくれる?」
 澄香は一瞬ためらったが、あまりにもすがるような眼差しで見つめてくるものだから、つい許してしまう。
「サンキュー……」
 その後、横を向いて少し鼻をすすったように見えたのは、気のせいだろうか?
 もし木戸が泣いているのだとしたら……。
 澄香はそれ以上は深く考えないようにして、とにかく、早く家に帰り着きたいとそればかり心の中で繰り返しながら、木戸と並んで歩いていた。
 電車の中でももちろん、何もしゃべらない。
 二人とも思い思いの方向を向き、視線を合わすこともなかった。
 駅に着き改札を出たところで、澄香は突然バランスを崩した。
 履き慣れないブーツのヒール部分が地面にうまくつかず、滑りそうになったのだ。
 その瞬間、横にいた木戸が抱きかかえるようにして澄香がころびそうになるのを阻止する。
 なんとか間に合った。しっかり立っている。
 体勢を立て直し、あわてて木戸から離れた澄香は、その時木戸の手が澄香の手をしっかり握っていることに気付く。
 離して……とその手を引っ込めようとしても、木戸は更に強く握り返してくる。
 澄香が初めて木戸が怖いと思った瞬間だった。

 澄香の怯えた様子に気付いた木戸は、咄嗟に手の力を緩め、悲しげに彼女を見つめた。
 澄香は怯えて、そして木戸は悲しげに……。

 駅の売店の横にあるたばこの自動販売機の陰に立っていた男は、その二人を見て、もう本当に自分の立ち入る隙はないと反対方向に歩き出した。
 今日こそは彼女に気持ちを伝えようと決心していた男がここにもいたことに気付くものは、結局、誰もいなかったのだ。




 

















   





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう