精霊の偏愛
その世界では、人間、動物の他に精霊という存在がいて、異なる力をもったそれは半ば神として崇められた。尊敬と畏怖とともに……。
◇◇◇
その土地の少女――リラは、夕暮れだというのに家に帰る様子も泣く、禁じられた土地にある泉で、蕾の花をむしっては泉に次々浮かべ、沈んでいくのをぼんやりと眺めていた。
どうせ私も、蕾のまま死ぬんだ。
リラはこの数年間における自分の境遇を思い出した。
◇◇◇
「ブス」
「バカ」
「ビンボー!」
幼馴染の三人娘はいつもそう言って私をからかってきた。口だけでなく、泥を投げたり石を投げたりもした。もちろん止める者はいない。そんな上等な人間じゃない。家に帰っても味方のいない私だもの。
「また服を汚して。……本当にうちの子と半分でも血が繋がっているのかしら」
実母は幼い時に死んだ。今家にいるのは継母だ。父が再婚してからというもの、この家に私の居場所はない。
「罰として夕飯は抜きよ。そのぶん勉強なさい。うちの子に怠けた姿を見せるんじゃないわよ」
母はそう言って台所から私を追いやった。食卓では一度も食事抜きなんて目にあったことのない幼い弟がこっちを見て、覚えたての言葉を言いながらせせら笑ってきた。
「姉ちゃん、無能! 無能!」
一人自室で勉強していると、父が帰ってきた。何よりも父の言葉がつらいから、私は耳を塞ぐ。
『何だ、リラは食べないのか?』
『またどこかで買い食いしたみたい。……私、頑張ってお母さんの味になるようにしてるつもりだけど……』
『君が気にすることじゃない。まったくリラには困ったものだ』
『お袋、おかわり! どうせ姉ちゃんは食べないし!』
買い食いなんてお金、一銭もないのに。服なんて、二着しかないのに。この服だって、まだ少し濡れてる。男子厨房に入るべからずな父親は、家事を仕切る継母を疑うことを知らない。ふつっと私の中で何かが切れて、そのまま窓から裸足で外へ飛び出した。
◇◇◇
村の中にいれば必ず誰かに会う。だから私は禁足地と言われる森の泉に入った。罰当たり? 大丈夫。私なんて、存在自体が罰当たりだから。
誰もいない場所は静かでとても落ち着いた。そのうち辺りに花が咲いているのが分かって、蕾の花ばかりむしって底の見えない泉に、まるで慰霊のように置き入れる。満開の花は私には似つかわしくないような気がして摘まなかった。……そして最後に、私が沈む――――はずだった。
気の済むまで花を沈ませたあと、自分も沈むために身支度を整えていると、泉からコポコポと泡が立った。何だろうと思って覗き込むと、にゅっと泉から頭が出た。
水死体かと悲鳴をあげるが、それは全身を現したあと、とても優しく私に囁いた。
「もう数百年ここにいるけど、花を供えてくれるなんて初めてだよ」
生きてる? 一瞬普通の人間かと思ってほっとしたけど、確かに百年と聞こえた。……人、外? 魔物? そう思い至るけれど、目の前の人の氷のような美しさに逃げるのを忘れた。その美しい何かは、相変わらず優しい声で語りかける。
「君、名前は?」
「……リラ」
「僕は……ああ、精霊語は人間には発音できないか。確か人間が便宜上つけた名前があったな。……ウンディーネっていうんだよ」
その名を聞いてぎょっとする。学校でこのまえ習った。この世界を創造したといわれる四柱の一つ、ウンディーネって。まさか、そんな。でもこの美貌は人間じゃありえない。
「リラ、花をありがとう。それも蕾の花ばかり。僕はね、満開の花より蕾の花のほうが好きなんだ。咲いた時はどんなだろうって、色々想像する楽しみがあるからね」
「……そ、そう、デスカ」
ウンディーネ様は笑いながらそう言うけど、私にそんな意図なんて無かったから、返答に困って棒読みになる。
「花もだけどね、わざわざ来てくれたのも嬉しかった。どういうつもりかは知らないけど、人間がここに来れない様に色々してあっただろう?」
「……はい」
「リラ、リラ。僕は君が気に入った。人間が敬い崇めるこの精霊の力で、僕は君を守ろう」
空腹でよくまわらない頭のままで、私は「ありがとうございます、じゃあ今日はもう帰ります」 とだけ言ってその場を去った。多分、優先順位で生存本能がトップに立ち、訳の分からない存在の気が変わる前に、早くこの場を去ろうと思ったのだろう。何にしろ、人のおうち? で死ぬのは憚られたし、もうすっかりその気が削がれたし……。その日は疲れていて、布団に潜り込んだらよく眠れた。眠りに落ちる直前、そういえば濡れていた服が綺麗に乾いて気持ちいいなと感じた。
◇◇◇
朝、夢ではないことをすぐに実感できた。家がずいぶん静かだと思いながら顔を洗おうと洗面所に向かうと、父が洗面器に顔をつけたまま死んでいた。咄嗟に継母を呼ぼうと探したが見当たらず、お風呂場まで探したら、朝風呂だったらしい弟が浴槽の中で死んでいた。水でも飲んでまず落ち着こうとふらふらになりながら裏の井戸に向かうと、桶が何かに引っかかって動かない。覗き込むと継母がいた。
村中が騒然とした。皆、苛められているのは気づいていたから、最初は私が犯人だと思っていた。騒ぎが他所に漏れる前にと私を手にかけようとする動きもあったが、実行しようとすると「水」 の妨害があって出来ない。ここでやっと一連の出来事があの精霊のせいと勘付いた私は、村人達を振り切り、禁足地へ向かう。
「待て! どこへ行くつもりだ!? お前まさか……」
後ろから村人が追ってくる。それが狙いだ。とにかく、あの殺人は私じゃないと知ってほしかった。泉までくると、ウンディーネはそこにいた。泉に浮かびながら、こちらを見て嬉しそうに問いかけてきた。いたずらが成功した時の子供のように。
「お帰り。僕のささやかなプレゼントは気に入ってもらえた?」
……あれ、プレゼントのつもりだったんだ。ウンディーネの言葉に、私も村の大人達も絶句していた。いち早く立ち直ったのは、やはり責任ある立場の村長だった。
「う、ウンディーネ様、寛大な処置をどうか。このたびの乱行の件を問うことはしません。禁足地に入った者はこちらで処分しますから、なにとぞお怒りをお静めください」
リラが無断で入ったことを怒っての狼藉――そう解釈した村長は、次の瞬間には泉から出てきた無数の手によって引きずり込まれた。数秒もたたずに、唾でも吐き出すように死体が泉からポイっと投げ出された。大人達から悲鳴と動揺の声があがった。
「……処分? 何様? 何故お前達にそんな権限が?」
そんな阿鼻叫喚の声をよそに、冷たい美貌に静かな怒りを湛えてウンディーネはそう言った。
「重要な人は全部いるね? ちょうどいい。リラは僕の大事な人。粗略に扱ってみろ。僕はリラ以外の村人を殲滅する。理解したなら、せめて人間基準で最高の物に、リラの服を上等な物に着替えさせろ。……長く見ていると村を干上がらせてやりたくなる」
大人達はそれを聞いて、ウンディーネに敬礼したと慌てて私を村に連れ帰り、上等な服に豪勢な食事で私をたてまつった。家も村の一等地が与えられ、侍女が何人もついた。御伽噺のような、一夜の逆転劇だった。
――ただ、夜には侍女も帰って一人。村人はみな精霊の加護を受けた私を遠巻きにしてやはり一人。不興を恐れて必要以上に話すこともない。そんな毎日の中、誰もいない部屋でふと考える。……どうして、一人なのは前と同じなんだろう……。
ウンディーネはただ花をあげただけの私によくしてくれた。文句なんて言えるはずもない。
けれど、あの事件ではさすがに文句を言ってしまった。
ウンディーネは苛めっ子の幼馴染三人娘に愛し子を苛めた報いとして、一人は体中の水分を奪って若いのに年寄りのような肌にさせた。一人は逆にじめじめさせて常に生臭い状態にさせた。でも残った一人は何もしないでいた。その結果二人は異常のない一人を憎むあまり殺してしまった。その件で自警団に責められると、今度はお互いに「リラを苛めたのはお前が言ったから、だからこんな事になった」 と責任を押し付けあい、朝には独房で二人が死んでいるのが分かった。相打ちだったらしい。
人はますます、私を避けた。
「ねえ、お願いだから、人を傷つけるのはもうやめて」
「どうして? 嬉しくないの?」
「……だって、あの子も私も同じ人間だよ。私のことも、気に入らなくなったら同じことするの?」
「まさか。それにリラは違うよ。僕の好きな人間だよ。だからもう価値が違うんだよ。でもまあ、リラが言うならとりあえずやめておくけど」
偉い人の価値観は庶民とは違うっていうけど、それをまざまざと見せつけられた瞬間だった。彼は、やっぱり人間じゃない。
◇◇◇
十歳だったリラは、金だけは充分に与えられて人並みに育っていった。十六歳、ウンディーネと出会って六年の月日が流れた。栄養失調でボロボロの肌は改善し、ご飯が食べられないことで悪かった頭も人並みになり、もちろんウンディーネの脅迫でお金には困らない。
といっても、お金に困らないのには別の要因もあった。この村はそもそも禁足地を抱えることによって国から莫大な支援金を貰っていた。
表向きは精霊の聖地。実際は、疫病神の監視の義務。同じ力を持っていても、使い方で神とも悪魔とも言われる、そんなの人間の都合なのに、とウンディーネは時折リラに愚痴をこぼしていた。
そんな禁足地には、定期的に王族が訪れる。監視のためだ。王子の一人であるファスレイは、馬車の中で報告書を読みながら村の現状に頭を抱えていた。
「『村の少女を精霊が気に入ったので、そのための予算を増やしてほしい』 ……なんだこりゃ?」
ファスレイは報告書を見て呆れずにいられなかった。嘘ならもっともなように書けばいいものを。そんなファスレイを見て、付き人の一人が進言する。
「その、ウンディーネたっての要求のようで……」
「とは言ってもな、これが本当なら、監視を怠ってましたって言ってるのと同じじゃないか。図々しい。お取り潰しでいいんじゃないのか?」
「しかし村を消したところで、後釜を配置するのも手間のかかることでございます」
「それもそうか。ハァ……。しかしこの少女っていうのも、自分が重荷になってるって気づいているのか? どうせ贅沢に喜んでるアホ女じゃないのか? まったくこれだから庶民は……」
王子らしからぬ振る舞いや言葉使いは、彼の母がその庶民であることに由来する。身分は保証されていても、後継者の地位はない。兄弟は何人もいるのだ。その事実がコンプレックスとなりファスレイを苛立たせ、粗暴にしていた。頑張っても取り立てられることなんてない。なら、頑張る理由もない。そんな鬱屈した少年だった。
◇◇◇
「初めまして。お目にかかれて光栄です、ファスレイ様。私がリラです」
のに、リラを見てファスレイは変わった。それほど、リラは薄幸そうな少女だった。
「あ。ああ、よろしく」
報告書の主と一度は会わなくてはと思ってしぶしぶ会ったが、リラは予想と違って、質素な身なりの、どちらかと言うと暗い少女だった。王子という肩書きだけで媚びてきた王都の少女達とも違っていた。リラはまるでファスレイを、村の先生みたい接してくる。下心が一切感じられない……というか生気すら感じられない、失礼にならない程度の棒読みの挨拶だった。
「村長代理から聞いております。お金の件に関しては、私が精霊様に何とか今までどうりにとお伝えします。私には必要ありませんから」
「あ、いや、しかしウンディーネの機嫌を損ねるのはそれはそれで……」
「……申し訳ありません。私なんかのために……」
「……」
自分より不幸そうな少女を見て感じるものがあったのか、ファスレイは滞在を延ばし、リラから調査の名目で話を聞いた。人目がそれなりにある村のウンディーネを模った噴水の前で、世間話でもするように質問をする。
「家には一人なのか?」
「はい」
「……寂しくないのか?」
「慣れました……」
「親から虐待を受けていたとの報告もあるが、事実か?」
「何が虐待なのか今となっては分かりません。だから私には答えられません」
「……ウンディーネとは、好きで契約したのか?」
「気がついたら、こうなっていました。こんな無責任な状況でも、あれは契約というのですね……」
リラは中々本音を言わなかった。常に一歩引いた距離で他人事のように答えていた。それが余計にもどかしかった。俺はそんなに弱そうか?
「つらくないのか。一人で。誰からも無視されて。そんな立場、非難こそされても、矢面に立つ義務と引き換えに人を守ってるなんて考えて、感謝する人間はなかなかいないだろうからな」
リラは心臓に杭を打ち込まれたように感じた。精霊様の威を借りて、村中を配下において見下してるなんて陰口は聞いても、そんな風に言ってくれた人はいなかった。思わず、泣きそうな目でファスレイを見上げてしまう。その様子にファスレイも、自分の予想が当っていると感じた。
「精霊を監視下に置くのは王族の義務だ。……助けを求めればいい。俺は、お前の力になりたい」
そんな風に言ってもらえたのはこの六年間で初めてで、リラは迷いながらもファスレイに「逃げたい」 と口にしようとした。
――人間が、図に乗るな――
その瞬間、噴水の水がファスレイにのみ襲い掛かる。誰の嫌がらせなのか二人にはすぐ分かった。ついでに周りの人間にもすぐ分かった。第三者にすぎない村人達は蜘蛛の子を散らすように逃げ、広場にはリラとファスレイ、ウンディーネが残った。
息が出来ないほど絶え間なく水を被せられているファスレイを見て、リラはウンディーネに詰め寄った。
「やめて! やめてよ!! もう誰も傷つけないって約束したじゃない!!」
必死になってファスレイの水を振り払いながらそう言うリラを見て、ウンディーネは不愉快な表情を露にする。
「……したね。でも、それはリラがここにいるからだ。今、逃げようって思ったでしょ? どうしてそんなこと考えるの? リラにはたくさん、たくさん色んなものあげてるのに……」
「……! 逃げないから、逃げないからもうやめて……!」
その言葉を聞いて安心したのか、ウンディーネは襲い掛かる水を解除した。ファスレイは呼吸を整えると、きっと目の前の精霊を睨みながら吼えた。
「ふざけんな……お前、そんなものでリラを縛っているのか? それで満足か、リラを苦しめて満足か!! そんなんでリラを幸せにしてるつもりか!!! 俺は認めない! リラを解放しろ!!」
ウンディーネを諸悪の根源と判断し、リラに背を向けて庇う。しかしその際に腕を掴んだら、ファスレイのその部分が徐々に凍り付いていった。
「う、うわあああああああ!?」
「ファスレイ様!? やめて! やめてウンディーネ様!!」
水だけでなく氷すら操れたのかと思ってウンディーネに視線を向ける。彼は口元は笑いながら、目で激しくファスレイを睨みつけていた。
「弱い人間はすぐそうやって情に訴える。それしか誇るものがないからだ。首をへし折られただけで死ぬような人間。そんな人間は強い存在に守られることこそ至高なんだ! その権利はファスレイ、お前にはやらないがな!」
そんなウンディーネの言葉を聞きながら、リラはファスレイの指先が紫から黒になっていくのを狂いたい気分で見ていた。どうしてこうなるんだろう、自分のせいで。自分さえいなければ、誰もこんなことにならないのに。
リラが苦しんでいる――そう察したファスレイは、激痛に苛まれながら、ふっとリラに笑って見せた。
「やめろ、お前のせいじゃない。お前は何も悪くない。惚れた女のためなら、手の一本や二本くらいくれてやる……。だから、お前はウンディーネと縁を切りたいと言え、お前はお前自身を大事にしろ!」
リラはそのままファスレイに頼りたかった。が、好きになったからこそ、離れなくてはならないと彼女は考えた。
「ありがとう、ファスレイ様。でも、ここでさよならです。ウンディーネ様、彼を……」
凍傷からくる余りの寒さに気が遠のき、彼女がなんと言ったのかは聞き取れなかった。ただ、ファスレイの意識はほどなく闇に沈んだ。
◇◇◇
「リラ、僕と離れるの? あいつのところに行くの? 泉まで来たのは、これがお別れってことじゃないよね?」
噴水で見たウンディーネは本体ではない。本体は禁足地の泉に封印されて動けないが、影だけは飛ばせるらしい。それがどういう原理なのかはリラには分からないし、分かる必要も感じない。リラは嘆くウンディーネに音を立てずに近寄っていく。
「私を不幸にして楽しい?」
リラはウンディーネにそう言った。最後の意地悪のつもりで。
「不幸……違う。幸せになってほしい、でも他の人と並ぶのを見るだけで、苦しくなる」
ウンディーネは子供のように泣きながらそう言った。その返事を聞いて、リラも諦めがついた。
「もうどこにもいかないよ。だから……私を貴方と同じ存在にして」
「リラ……?」
「人間じゃなくなってもいい。貴方のために」
ウンディーネはそれを聞いて歓喜の表情を浮かべながら水の抱擁をした。その祝福を受けながら、リラはあてつけのように心の中で別の人間のことを考える。
私は結局、自分の為には死ねない半端者だった。でも今は違う。彼の為なら死ねる。誰かが理解してくれた、そう思うだけで、心置きなく魔物になれる。
そしてそれを最後にファスレイのことを考えるのをやめた。それからはまっとうに、精霊の伴侶として生きるつもりだったからだ。
◇◇◇
救護棟でファスレイは意識を回復した。腕は切断されいたが、利き腕じゃないのが幸いだった。精霊に喧嘩を売って、腕一本で済んだのは奇跡だった。
しかし必要とあらば再びウンディーネに喧嘩を売ってもよかった。リラがいない。あの自罰的な性格の少女はまた犠牲になるつもりなのだろうか?
付き人達の反対を振り切って泉にいくと、そこには泉のほとりに彼女の靴だけが揃えて残されていた。それですべての意味は分かった。つま先をきちんとこちらに向けているのは、彼女が上品だからだろうか、それとも人の家にお邪魔するような気持ちで行ったのか……。リラ、そこは本当にお前の居場所なのか?
「気の毒な話ですが、変に予算をいじる必要がなくなったのは喜ばしいことです」
そう言った付き人を思わず殴ってしまい、あとで反省した。付き人はバツの悪そうな顔をしていた。
「申し訳ありません、失言でした。しかし、もう精霊様のものとなったのですから、どうあってもこれ以上の手出しは出来ません。この件はこれで忘れて……」
「忘れない」
ファスレイは病後のためにやや掠れた声で、しかししっかりとそう言った。
「俺まで忘れたら、彼女の存在は救われない。永遠に救われない。僕はこの悲劇を語りつぐ。いつかどこかで、彼女がそれを聞いて、けして一人じゃなかったと思ってほしい」
ファスレイはその言葉を生涯守った。独身の研究者となり、いまだ謎の多い精霊の新しい知識を明かしてまわった。そしてリラの話を世界中で広めた。
――――そのことがあったから、その世界では「精霊に愛された人間」とは、不幸の代名詞のようになったという。そして今も、信仰されながらも恐れられている。