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油性ペンで書かれた生命線
作:りいち




「僕の生命線は短いんだ」


 記憶の中の弟はそう呟いて何度か咳をした。私としては弟が生命線などという難しい言葉を知っていたことが不思議だった。
 私は襖のそばで突っ立ったまま、少し離れた所で寝ている広樹をじっと見下ろしていた。それ以上近づけない、近づいてはいけないと言われていたのだ。
 ひとつ違いの幼い弟は病持ちで身体が弱い、こんな風に一日の大半を布団の上で過ごすのが当たり前になっていた。哀れだと思っても、可哀想だとは思わなかった。なぜなら私もまた、幼なかったのだ。看病故母を独り占めする弟に、嫌悪さえ抱いていたような気がする。
 耳障りな咳を繰り返す弟に、声をかけてみた。


「広くん」
「……」


 弟は咳を繰り返す。苦しいのか、涙目で私を見た。死ぬの?と私が聞けば咳は一層大きくなる。


「ねぇ、死ぬの」
「……」


 咳はやっと止まった。私も心のどこかでホッとする。弟は深く息を吸っては吐いてを繰り返し、やっと落ち着いたようだった。そして先ほどの質問に答えるかのように、首を左右に振った。否定、というよりも分からない、という意味に見える。


「僕の生命線は短いんだ」


 私は襖を開けて急いで部屋から出た。わざと乱暴に閉め、広い廊下を走って、居間で洗濯物をたたむ母の元へと駆け寄る。突然現れた私に驚く様子もなく、少し微笑んでまた洗濯物に視線を戻した。きっと廊下を走る小さな足音を聞き、私が来るのに気が付いていたんだろう。


「また広樹の部屋に行ってたでしょう」
「うん」
「駄目よ、病気が移っちゃうから」


 悲しそうに言う母を見て、先ほど咳に苦しめられていた弟の姿を思い出した。みんな、苦しんでいるのだ。弟が死んだら、母は泣くだろう。幼かったこの頃の私は、それが何よりも嫌で、耐えられなかった。


 再び弟の部屋の前に立った私は、右手にある物を握ったまま襖を開けた。弟は首だけを私に向け、弱々しく微笑む。情けない笑顔だった。また咳をしていたのだろう、口の端から涎が垂れている。
 近づいてはいけない、という母の教えを無視して一歩を踏み出した。布団のすぐそばにちょこんと座る。幼いながらに病気が移ることを心配しているのか、弟の表情はどこか心配そうだった。
 私は無言で布団の中に手を突っ込み、弟の腕を無理やり取り出す。抵抗する様子もなく、むしろ何をするのか興味があるようだ。私は右手に握っていた油性ペンのキャップを外し、弟の掌に長い長い線を書いた。


「ほら」
「……」
「長くなった、私より」
「……」



油性ペンで書かれた生命線
(彼は流れる涙を隠そうとはしなかった)









 それから数日経ったある昼下がり、弟は長い長い咳をし、それから最後に身震いする程真っ赤な血を吐いた。泣き崩れる母の横で、もう二度と動かなくなった弟の掌を覗く。忌々しいくらいに太く長く、私の書いた生命線はそこにあった。















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