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おさない、かけない、しゃべらない 作者:真木あーと

第三章 悪い奴と口の悪い奴

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第一節 元同胞の敵

 町で食料を補充してから、俺たちは町を後にした。
 昨日はベッドで寝て、いい飯を食ったのでみんな結構元気なはずだが、ユキは俺を殴り続けたため、かなりぐったりしているし、俺はその殴られたダメージが蓄積している。
 メシュはいつも疲れているのか元気なのかも分からない。
 まあ、つまりは野宿して緊迫感の中で寝ている日と大して違いはなかった。
 俺はやっとユキの裸を思い出す周期が長くなってきた。
 まあ、こうして徐々に忘れていくだろう。
 その方が俺が痛い目に遭わなくて済む。
 ……そう言えば、メシュの裸はもっと間近で見たんだよな。
 近くにいた分、はっきりと見ているし、明確に思い出せるのだが、そんなにフラッシュバックするほどに思い出す事はない。
 俺にとってメシュは裸を想像するような存在じゃないって事か。
 つまり、欲情するという事を自ら禁じるような特別な存在……じゃない!
 ユキが睨むので、それを否定しておこう。
 あまりにもユキが魅力的だから、何度も思い出すんだな、きっと。
 そういう事にしておくと、みんなが幸せになれる気がする。
 そんなことを考えながら歩いていると、徐々に辺りの木々が深くなって来ており、気がつくと、森の中を歩いていた。
 いや、一昨日の峠とは違い、多くの人が通る街道だから、道も広いし盗賊などが現れそうな気配もない。
「……疲れた」
 今までそんな事を言った事もないユキが、そうつぶやく。
「って、メシュが言ってる」
 ふるふるふる
 ユキの言葉を、メシュは即座に否定する。
「お前が疲れてんだろ?」
 今朝あれだけ暴れれば無理もない。
「疲れてないわよ!」
 そう言いながらも、足取りもふらふらしていた。
「しょうがない、休むか」
 俺は少しだけ森に入り、その場に座る。
「あたしは疲れてないけど、あんたがそう言うなら休んであげるわよ」
 ユキはそう言うと、俺のそばに腰を下ろす。
 息は上がっていないが、かなりぐったりとしている。
 メシュはユキと反対側の隣に座る。
「はあ、王城って遠いわよね」
 ユキは自分の水筒の水を飲むと、そうつぶやいた。
 昨日まで、王城までの距離など話しもしなかったから、疲れて少し弱気になっているのかも知れない。
「そこまで遠くはないぞ。まだ出発して数日だしな。お前と会った日が二日目だったからな」
「……分かってるわよ」
 ユキが不機嫌そうに言う。
 まあ、疲れているだけだろう。
 その原因が俺を殴り続けたことだという辺り、あまり同情できないが、少しはゆっくり歩く事にするか。
「そんな余分な時間あるの?」
「あるわけじゃないが、別にそこまで急いでいるわけでもないからな」
「でも、遅れるのは問題なんでしょ?」
 ユキが少し心配そうに言う。
 まあ、実際急いで伝える事があるのも事実だが、そこまで早急ってわけでもないんだよな。
「でも、お前もきついんだろ? 正直な話」
「きつくないわけじゃないけど、別にそこまできついわけじゃないわよ」
 ユキは俺が言った言葉を言い返してきた。
 一見わがままにも見えるユキだが、人の心が読めるだけあって、結構気を使う奴なんだよな。
「あ、名案思いついた、あんたがあたしをおんぶして行けば誰も困らないわね!」
 前言を撤回しよう。
「よし、すこしゆっくり行くか」
「駄目、あたしのせいで遅らせられない!」
 立ち上がった俺の背に飛び乗るユキ。
 元気じゃないかこいつ!
「お、降りろ!」
「うるさい! もう決定! 降りない!」
 さっきまでの疲れた様子が嘘のように、しっかりと俺の背にしがみついてくる。
 そんなに密着されると、色々と困るんだがな、こっちは!
「……! まあ、こんな状況だから、ちょっといやらしいこと考えるのは許してあげるわよ」
 何なんだその上から目線。
「でも、度を越えたら言葉に出すわよ!」
 そう言いながら、ぎゅっと俺の首筋から頬に顔を密着させる。
 くそ、言葉に出来ないくらいのこと想像してやろうか。
 だがそれは自滅への道でしかなかったのでやめる。
 結局、ユキの疲れの原因は俺であり、俺の妄想だからな。
 なんだかんだでこいつには俺たちと出会ったことで、色々人生を変えさせてしまったしな。
 こうやって面倒を見るのも仕方がないか。
「べ、別に、それはいい方向に進んでるんだから、問題はないわよ」
 耳元でユキが言う。
 そんなに大声で言わなくても聞こえるからな。
「あたしは、あんた達と出会って悪かったとは思ってないから」
 まあ、そう思ってもらえるのは嬉しい。
 あの時、ユキを潰そうとしていたメシュをギリギリで止めた甲斐はあった。
 これで今後自立して真っ当な方向に向かってくれるなら言う事はない。
「うん、とりあえず、城下町でティルに養ってもらいながら次を考えるわ」
「その過程を省いて頑張ってくれないものか?」
「嫌。もしその日から頑張ったとしても、明日から食べていけないでしょうが」
「お前、結構金持ってるよな!」
「昨日の宿代でほとんど使ったわよ」
「計画性を持て!」
 本当にこいつは、そこそこの収入を得ても餓死しかねないな。
 ま、俺も王城行ってその後どうなるか分からないが、こいつとくらい同じような場所にいて、いつでも会えるといいんだがな。
 メシュとは、それが出来ないんだからな……。
「…………」
 さっきまであれだけ騒いでいたユキが静かになる。
 ああ、こいつは心が読めるんだったな。
 そして、メシュを引き渡すのに反対している。
 この前会ったばかりで、しかも殺されかけているのにな。
 俺だって、やっぱり寂しい。
 それは事実だし本心だ。
 だが、何が一番重要なのかを考えたとき、そこに俺のわがままが一番上に来る事はない。
 最優先はこの国の事であり、メシュのことだ。
 メシュにとって、一体何が幸せか。
 それを考えると、引き渡すのが一番だと思う。
「……あのさ、あたしは、あの子の心が読めるのよ」
 不意に俺の耳元で、ユキが小さな声で言う。
「あの子は、少なくともあたしやあんたを慕っているわよ」
「…………」
 それは、嬉しい。
 正直とても嬉しい。
 感情表現が出来ないメシュがそう思ってくれていると分かったのは、とても嬉しい。
 俺も同じ気持ちだし、ユキだってそうだろう。
 だが、それは一時の感情に過ぎないと思う。
 それが永遠に続くなんて事はないと思う。
 未来を考えなければならないんだろう。
「あのさ、あんた、難しく考え過──」
「……!」
「!」
 強力な、気配を感じた。
 ただの気配ではない、背筋が凍りそうな、誰かに命を狙われているような感覚。
 これは、殺気だ。
 しかも強力な。
「どうやら、奴の言っていた事は、本当だったようだな」
 道の脇から現れたのは、一人の男と女の子。
 男は旅人風の格好をしているが、ただの旅人とは思えない目つきをしている。
 その目は、邪悪というか、恐ろしいくらい冷たくもあり、かつギラギラとした何かを持っている。
 人を殺す事を何とも思っていないようで、かつ人殺しを喜びとしていそうでもある。
 つまりは、かなりヤバい雰囲気の男だ。
 女の子の方はその逆。
 何も読み取れない目に、何の感情もない表情でこちらを見る。
 ただ、男と共通しているのは、人殺しを何とも思っていなさそうな雰囲気だ。
 俺はそんな雰囲気を最近感じた事が、ある。
「三番を盗んだ奴は死んだと思って回収しに来たのだが。まさか別の奴に拾われていたとはな」
 男は一見穏やかな、だが、見下しと快楽を交えたような声で言う。
 三番、という呼び名。
 俺はその呼び名で呼ばれていた奴を知っている。
 それは、メシュの元の名前。
 組織でそう呼ばれていたはずだ。
 つまるところ、その名を呼ぶということは、答えは一つ。
「お前、組織の者か?」
「組織? 我々シュカレメルスのことをそんな呼び方で読んで欲しくはないものだな」
「シュカレメルス……?」
 それが組織の名前なのか。
「新たな国を作り、そして領土を広げるための軍事結社だ。まあ、お前らには分からないだろうがな」
 徹頭徹尾の見下した表情。
 そうか、こいつらの目的は国王を殺す事ではなく、王国そのものを乗っ取ることなのか。
 そして、それを俺たちに喋るという事は、確実にここで俺たちを殺すという事だろう。
 俺たちを殺して、メシュを回収する。
 そのために暗殺者(アサシン)を用意してきたのだ。
 何の感情も見出せない、男の隣の女の子。
 これが組織──シュカレメルスとやらの暗殺者(アサシン)である事は間違いない。
 俺は剣を手にする。
 メシュの回収などはさせない。
 もう、あいつを殺戮人形(キルドール)にはしたくない。
 俺が、かなう相手ではないことは分かっている。
 向こうにも暗殺者(アサシン)がいるのだ。
 メシュと同じような強さとして、俺やユキがかなう相手ではない。
「ま、話はこれくらいでいいだろう。三番を回収して、お前らは殺す。行け、二番!」
 男が言うが早いか、二番と呼ばれた女の子は俺の方へと間を詰める。
 速い!
 反応どころか、目で追うことすら難しいほどの速度。
 彼女は俺に迫ると、メシュと同じく、刺すためのナイフに魔法を込め、それを俺に──。
「…………!」
 俺は死を覚悟する間すら与えられないままに殺されるのだと思っていた。
 事実、俺は殺されかけた。
 それを知ったのは命を免れた後だ。
 俺にはその時間が与えられた。
 つまりは、死んでいない。
 俺の前に、メシュが立ち塞がり、二番という名の女の子の攻撃を止めたのだ。
「三番? お前、何をしているのだ!?」
「メシュ!」
 俺の前に立ち、二番という女の子から俺を守るメシュ。
 正直、俺はメシュには期待していなかった。
 メシュはこれまで俺を守ってくれてはいた。
 だが、さすがに組織に反抗する事は出来ないと思っていた。
 しかし、師匠が言ったとおり、こいつはあくまで組織の道具だっただけだ。
 持ち主が俺に移ったので、俺を守る、という事か。
 いや、そうじゃない、と信じたい。
 俺とメシュは使用者と道具なんて関係でも、飼い主と獣という関係でもない。
 少なくとも、俺はそんな事を考えたこともない。
 金属音が聞こえる。
 何も見えないが、恐らく高速で何かをやりあっているんだろう。
 二番とメシュの攻防は、速すぎて俺には見えない。
 風だけがその高速のやりとりを知らせてくる。
「二番! お前のほうが実力は上だろう! 何とかしろ! 最悪殺しても構わん!」
 怒鳴る男。
 こいつにもメシュの反抗は想定外だったようだ。
 俺はメシュ達の次元の違う戦いには参加出来ない。
 相手の足を引っ張ることすら出来ないだろう。
 ならば、俺のやるべきことは、この二番って子を止めることだけだ。
 この子も道具に過ぎないなら、持ち主を何とかすればいい。
「ユキ!」
 心を読めるユキなら、俺のしたいことは分かるだろう。
「うん!」
 俺とユキは対称的な方向に回り込み、俺と同時に男を攻撃する。
「ちっ!」
 男はうまく後ろに避ける。
 ある程度の戦闘は出来るようだ。
 だが、所詮は二番という武器を使いこなす暗殺者(アサシン)使いに過ぎない。
 武器一本でやってきた俺や、旅人相手に戦ってきたユキの敵ではない。
「くぅっ! おい、二番! 俺を助けろ!」
 男が叫ぶ。
 呼ばれた二番は、まさに戦闘相手であったメシュを置いてこっちに走る。
 それは一瞬の事だ。
 俺が息をつく間もない程の瞬間。
 彼女が俺に追いつき、俺はまた何も動けないまま突っ立っていた。

 ボンッ!

 軽い爆発音。
 二番を追いかけるメシュが後ろから魔法と思われる炎を浴びせる。
 それは首筋に命中し、深手ではないが、俺を攻撃する手を止めるには十分だった。
 更に、次の瞬間。
 追いついたメシュが、二番の喉にナイフを突き立てた。
 二番は、メシュが攻撃することくらい分かっていただろうに、一切振り返らずに、忠実に男の命令を遂行しようとし、殺された。
 鮮血が舞う。
 二番は振り返り、何かをしようともがいたが、それも一瞬の事で、そのまま絶命した。
 倒れ落ちる二番。
 メシュは二番の返り血まみれの顔で、それを見つめる。
「…………」
 俺はただ呆然と、その様子を見ているだけだった。
 声をかけることも、動く事すら出来ない、ほんの瞬間の出来事だった。
 男はいつの間にか、いなくなっていた。
 恐らく俺たちに襲われた時から、二番を捨て駒にして逃げるつもりだったのだろう。
 血も涙もない、本当に彼女らを道具としてしか扱っていない奴ら。
 シュカレメルス。
 名前は覚えたからな。
 メシュはじっと、二番を見つめていた。
 彼女には声もない、表情もない。
 だが、その小さな体の中には心がある。
 思いがある。
 同じように育ってきた仲間であろう二番を、自分が殺したという事実。
 どんな感情を抱いているのだろう。
 それはユキが心痛な表情でメシュを見ている事から、うかがい知る事が出来た。
「メシュ……」
 ユキは、メシュの顔や服に付いた血を拭ってやる。
 メシュはそれでも何もせず、二番の亡骸を見つめている。
 涙が流せるなら、どんなに楽だろう。
 大声で泣けたなら、どれだけ気が紛れるだろう。
 メシュはそれが出来ない。
 メシュの代わりに、ユキが涙を零している。
「うん、うん……頑張ったね」
 ユキはぎゅっと、メシュを抱きしめる。
 何て言っているのかなんて、聞く必要なんてない。
 メシュが抱いている感情は、これからの彼女にはとても必要なものだと思う。
 道具と道具が戦ったわけじゃない。
 人間と人間が戦って、一方が死んだのだ。
 その意味が理解出来るのはもう少し先なのかも知れないが、今回の事は大きなきっかけになると思う。
 死生観。
 それはメシュがこれから普通に生きていくために必要なものだ。
 人はいつか死ぬし、メシュ自身もその事実からは逃れられないし、彼女の周囲の人間、つまり俺たちだってそうだ。
 そんな中でどう生き、どう生かされ、どう生かせて行くのかをうまく考えていくのが人間だと思う。
 メシュが不意に二番から目をそらす。
 何かを見つけたのだろうか。
 そう思った瞬間、不意に、メシュが走る。
「…………?」
 俺もユキも不思議にそれを見る。
 逃げたわけでもないし、殺気を伴っていなかったから、何かと戦いに行ったわけでもない。
 何をしに行ったんだ?
 そんな事を考えている間に、メシュはすぐに帰ってきて、その手にはいくつかの花が握られていた。
 それを、二番の亡骸の上に乗せる。
 これがメシュの精一杯の弔いなのだろう。
 見よう見まねじゃない、心からの感情なんだろう。
「……行くか」
 メシュの頭を撫でながら、俺が言う。
 こくこく
 メシュが首を縦に振る。
 メシュの同胞の亡骸を背に、俺たちは再び歩き出した。
+注意+
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