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おさない、かけない、しゃべらない 作者:真木あーと

第一章 話せない少女と心が読める少女

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第四節 ついて来る少女

 峠は半ばを過ぎると楽だった。
 これまでが登りであった分、ここからは下りだ。
 下りは下りで結構大変なんだが、進行速度は早くなり、何とか今日は宿のある町にたどり着く事が出来るだろう。
 道もいくつかの道が合流して広くなり、通りやすくもなった。
 この調子で行けば、暗くなる前に、少なくとも山越えは終わるだろう。
 俺はこの程度の山越えで疲れるわけでもないし、メシュも同じだと思う。
 ただし、メシュは表情もなく、声も出せないので本当は疲れているのかもしれないが、少なくとも息は上がっておらず、時々疲れたか聞いてもふるふると首を振るだけだ。
 ま、多少は余裕もあるので念のためゆっくり目に歩くか、などと考えていた時。

 かさっかさかさっ

 道陰から何かの音がする。
 少しだけ警戒しながら様子を見る。
 メシュも同じように武器を手に取る。

 かさっかさっ

「あ、気づいちゃった?」
 そんな余裕のある声が草の合間から聞こえる。
 そして、軽い足取りで、女の子が道脇から現れる。
 薄汚れた金髪は長いが、両脇二ヶ所くらいで縛っていて、服装はどう見ても町の娘には見えない。
 軽装の、袖のない服に、丈の短いスカート、革のみで作られた靴。
 腰には小さな皮袋と、小さな武器をぶら下げていた。
 身のこなしと静粛性を求めた機能衣装を身に纏う。
 それはメシュの暗殺者(アサシン)スタイルとも似ているが、異なる点が二点ある。
 メシュは殺傷のみを考えたスタイルではあるが、その女の子は軽い荷物を持ち歩くことを前提としていた。
 更に、メシュの服は実質のみの地味な衣装だが、その子のは一応見た目も考慮されている。
 歳は俺より二つ三つ下だろうか、その年齢の女の子が手足の肌を露出しているのは魅力的だし、可愛いと思う。
「何だ、迷子か?」
「そう見える?」
 その子は必要以上の余裕と、必要以上に小馬鹿にした態度で笑う。
 何だか歳下の女の子の態度にしては、かなり横柄と言ってもいいかも知れない。
「迷子じゃないなら、草むらで何をしていたんだよ。まさか盗賊か?」
「正解。よく当てたわね」
 女の子が小馬鹿にしたように笑う。
 盗賊かよ、そんなわけないだろう。
 賊って割に一人みたいだし、強そうには見えないしな。
 まあ、こういう冗談だと思うが、相手するのも面倒になってきたからほっといて行くか。
「面倒になったからってほっとかないでよね。冗談でもないし。行くんなら金目のもの置いてってくれない?」
 女の子が前に立ちふさがる。
 なんだよ、まるで俺の心を読んだみたいな言い方しやがって。
「読んだような、じゃなく読んでるのよ。あたし、人の心が読めるからね」
 にやり、と笑う女の子は、さっきより余裕があり、そして、さっきより遥かに俺を馬鹿にしていた。
 人の心が読める?
 確かにそんな奴の存在を知らないわけじゃない。
 だが、まさかそんな奴が目の前に現れるなどとは思ってもいなかった。
 俺は師匠から人の心を読むのが苦手だとよく言われてたが、その時によく「俺、そんな能力持ってない」なんて言い返していた。
 師匠は俺の表情や視線、息遣いなどでそれを読んでいると言っていた。
 俺もそれが出来るようになれば格段に強くなるとも言っていた。
 俺も確かにそう思う。
 心が読めるようになれば、人の動きが前もって分かるし、対処も裏をかくのも簡単だ。
 目の前の女の子は真剣に剣の修業をして来たとは思えない。
 だが、それが出来るのなら、こいつはかなりの強敵かもしれない。
「さ、あたしの強さが分かったところで、さっさと金目の物置いて、逃げてもいいわよ。そうすればみんなハッピーで済むわよね?」
 彼女は相変わらずの態度で、そんな理不尽な事を言う。
「いや、そんなことをするつもりはないな」
 例え人の心が読めても、それだけで勝てるほど戦いの世界は甘くない。
 確かに大きく有利ではあるが、実力差が大きければ何の役にも立たない。
「はあ? 何言ってんの? あ、言ってないか」
 少しだるそうに、短刀を構える。
「このユキルーンカルド、通称ユキちゃんが、弱いって思ってるの?」
 自ら名乗るユキとかいう奴。
 犯罪に身を染める者は、足がつくので自分から名乗る事はまずない。
 こういう輩が名乗るという事は、俺たちを確実に殺す、という意思に他ならない。
「じゃ、自分の身を持って試してみるといいわ!」
 言うが早いか、ユキは俺に向かって一直線に走る。
 速い!
 小柄な体を最大限に利用した速さと、方向転換。
 ユキは俺のすぐ手前まで来ると、右にずれ、俺を通り過ぎる。
 直線で突っ込んで来ると思っていた俺は、その反応に遅れる。
 そして──。
「くっ……!」
 背中に痛みが走る。
 とっさに避けて服と皮一枚程度だが、それ以上にユキの手ごわさに驚いていた。
 真似の出来ない素早さに、人の心を読んだ上での攻撃。
 確かに言うだけはある。
「ふふふん。あたしの強さが分かったようね。でももう手遅れだわ。あんたたちはここで終わりよっ!」
 連続攻撃をして来ずに、あえてそう言い放つ余裕。
 だが、こっちも致命傷を与えられなかったのは事実。
 負けが決まったわけでは……。
「お、おい、メシュ?」
 それまでおとなしく様子を見ていたメシュが俺の前に立ち、ユキに立ち塞がる。
「へえ、あんたがやるの? いいわよ、先に死にたいんなら」
 メシュは武器を構える。
「ふうん、そうなんだ、でもあたしには関係ないわよね」
 何言ってんだ、あいつ?
 ああ、メシュの心を読んだのか。
 当たり前と言えば当たり前だが、メシュだって物を考えてるんだな。
 俺がそんな事を考えていると、メシュが動いた。
「メシュ、殺すなよ!」
 俺はそう言いつつも、メシュの後を追う。
 何しろこう見えて殺す事だけのために生きてきた子だ。
 だが、俺の脚ではメシュに追いつけない。
「え?」
 俺だけじゃない、さっきあれだけの俊足を見せたユキですらも、あっけに取られる速度。
 そしてメシュの、考えるよりも速い行動。
 行動が分かっていても反応できない。
「きゃっ!」
 ユキは一瞬で転ばされ、メシュがその上に馬乗りになる。
 そして、メシュのナイフがユキに──。
「ひいいいぃいぃぃっ!」
 ユキの悲鳴。
 何とか間に合った。
 俺はギリギリでメシュに追いついて、今、振り下ろしかけていた腕を掴む。
 その手に持つ刃の先は、ユキの眼球に触れる直前だった。
 メシュは一度俺を振り返り再びぐい、とナイフを押そうとする。
「やめろ、メシュ!」
「やっ、やっ! やめて! ごめんなさい! 許して!」
 泣き叫ぶユキ。
 俺が強引にメシュを体ごと持ち上げる。
 ユキの戦意もなくなったからもういいだろう。
「殺すなって言っただろ、メシュ」
 俺はため息とともにメシュを叱る。
 メシュは抗議するように俺を見つめる。
 もちろん目も表情も口も何も語らない。
「目を潰しただけなら、人は死なないって……そんな平然と……」
 自由になったはずのユキは、逃げようにも腰が抜けて立つ事が出来ず、その場でおそらくメシュの声を読む。
「……そんなことを考えてたのか?」
 こくこく
「お前なあ……」
 俺はもう呆れるしかなかった。
「人間の機能を潰すってのは殺すのと同じなんだよ」
 メシュはただ、俺を見返すだけだ。
 ユキに心を読んで欲しいが、恐怖で泣いてるし、しかも短いスカートから見える、恐怖で隠そうともしない丸見えのパンツは豪快に濡れてて、つまりお漏らししてて、それどころじゃないようだ。
 ま、こいつは基本盗賊で敵だしな。
 駄目もとで頼んでみるのもいいが、とりあえず落ち着かせないとな。
「なあ、ユキだったっけ」
「ひっ! ごめんなさい、ごめんなさい! お金あげますから許して下さい!」
 面倒だな、恐慌(パニック)状態だ。
 とりあえず俺らに戦意がない事を伝えて落ち着かせないとな。
「まあ、落ち着けって、こんな恐怖、もう味わいたくないだろ? だから、盗賊なんてやめて普通に暮らせ?」
「は、はい!」
「俺らは金なんて要らないから、その金は返せるものは返して、残りでちゃんとした生活の足がかりにしろ。お前も可愛いんだから、何とかやって行けるだろ?」
「はい……ごめんなさい」
 大分落ち着いてきたようだ。
「でさ、ちょっと頼みがあるんだが、こいつの心読んでくれないか?」
「へ?」
 いきなりそんな事を言われ、きょとんとするユキ。
「は、はい……えっと『いい歳してお漏らししてる』って……」
 ユキは、そのままを読み上げたため、それが自分の事だと理解するまでに時間がかかった。
「……うわーん!」
 徐々に目に涙をためたかと思うと、いきなり大声で泣き出し、走り去っていった。
 まだ少しだけ足からぽたぽたと雫をたらしながら。
「……おーい」
 ユキの去った後は濡れていた。
 取り残された俺は、メシュを睨もうとしたが、やめた。
「……いや、メシュは悪くないな。何を思うのも勝手だからな」
 俺も似たようなこと考えてたしな。
 あの状況でそう考えるのは仕方がないよな。
 だが、これでメシュの心がまた分からなくなった。
 ちょっとは思ってる事知りたかったんだがなあ。
 ま、これまで通りか。
「そろそろ行くか」
 こくこく
 メシュが頷くのを確認してながら、俺は旅の歩を進めた。
 峠の下り道は案外長く、さっきのごたごたが命取りになり、俺たちが峠を越え切る前に日が暮れ始めた。
 大した時間でもなかったように思えたのだが、思った以上に時間をとってしまっていたようだ。
 あのユキとかいう盗賊のせいだが、もうあいつを責める気は全くない。
 理性ある若い女の子として、十分過ぎるほどの罰は受けてるしな。
 逆に同情するほどでもあった。
 ま、そのショックを機に更正して欲しいものだが、そこは中々難しいだろう。
「今日も野宿か……」
 仕方がないとは言ってみたものの、そう考えるだけで疲れてきた。
 初日から盗賊に襲撃され、さっきもユキに襲撃された事もあり、道が決して安全ではないて事も分かってきたので、ただ、夜を越すだけの野宿がきつくて仕方がない。
 睡眠時間を半分にして夜番を立てればいいのかもしれないが、それはそれで避けておきたい。
 睡眠時間半分では体力の回復が思うように出来ず、旅に影響があるかもしれないしな。
 それにメシュを一人で起こしておくと、どんな殺戮をしでかすか分かったもんじゃない。
 かと言って俺がずっと起きているわけにも行かない。
 結局ギリギリのところで気配を探りつつ休むしかない。
 それでまともに眠れるとも思えない。
 メシュの夜番を成り立たせるとしても、せめてあと一人いれば、まだかなりマシにはなるだろう。
 まあ、悩んでも仕方がない。
 いないものはいないしいきなり増えるわけでもない。
「よし、火を焚くぞ」
 俺が言うと、メシュが辺りをきょろきょろして、落ち木を集めて来る。
 俺も適当な木や、火付け用の木の葉を集めて火をつけようとする。
 そんな時、メシュが俺の服をつかむ。
「? どうした?」
 メシュの表情は変わらないし、言葉もない。
 ただ、じっと俺を見つめている。
 だが、この状況はどこかであったかもしれない。
 ああ、昨日盗賊に襲撃された時に、自分に任せろみたいな意思表示した感じに似ているのだ。
「火を点けられるのか?」
 こくこく
「分かった、やってみろ」
 俺がそう言うと、メシュは集めた木の葉を見る。
 何をしてるんだ? などと思っていると、不意にその木の葉に火が付いた。
「!」
 今、メシュが何かしたのか?
 ただ木の葉を見ていただけに思えるんだが。
「メシュが、付けたのか?」
 こくこく
 ああ、そう言えば呪文の詠唱なしに魔法が使える種族だったか。
 俺は少しだけ驚いた。
 魔法というものが、こんなに簡単に出せるとは思っていなかったからだ。
 メシュの付けた火はすぐに小枝に移り、大き目の枝をも焼こうとしていた。
 魔法というものは、不気味で恐ろしい攻撃という認識しかなかったのだが、こうして見てみると、中々使えるのかもしれない。
 まあ、覚える気はないが。
 そう考えながら、俺は火のそばに腰かける。
 メシュはその隣に座る。
 俺は荷物から、干し肉を出して、メシュに渡す。
 メシュはそれを受け取ると、火にあぶり始めた。
 昨日より少しだけうまくあぶることが出来ているのが微笑ましかった。
 俺も同じようにあぶる。
 今日は平和な夜になればいいな、などと考えていた。
 その瞬間、メシュが顔を上げる。
 俺も遅れて顔を上げる。
 俺の望みはあっさりと打ち砕かれた。
 気配がする。
 気配を殺してはいるがほんの少しだけ、気配を感じる。
 ここまで気配を消す事は獣には不可能だ。
 つまり、人間が、しかも気配を隠せるだけの実力を持った人間が潜んでいる。
 くそっ、二日目の夜もまたこれか。
 俺は心の中でため息をついた。
 メシュは既に戦闘態勢だ。
 幸い気配は一つしかない。
 いや、だがそれは分からない。
 集団の中の、最も気配を消す事が出来ない一人がたまたま俺たちにバレたのかもしれない。
 油断は出来ない。
 俺がする、まず最初の事。
「メシュ、殺すなよ。あと、壊すな、人の機能を──」
 メシュは、首を縦にも横にも振らず、駆け出した。
「あ、おい!」
 俺は慌てて後を追う。
 だが、メシュのトップスピードには相変わらず追いつけない。
 その間にメシュは敵に追いつき、組み合っていた。
「ひっ! やっ、ちょっと待ってっ!」
 薄闇の中に響いたのは女の声。
 ん? 聞いたことのあるような?
 ともかく俺は、声と音のする方に走る。
 すると、薄明かりに見えたのは、仰向けに倒れている人と、それに馬乗りになっている人の影。
 あれ、この構図、どこかで見たよな。
 おそらく馬乗りがメシュだろう。
 となると、それと大差ない体格の下の人間は、おそらく声の主。
 思い出した、この声は昼に聞いた声だ。
「えっと、ユキだったっけ? 何してんだよ。昼にあれだけ言ったのにもう仕返しとか考えてんのか?」
 昼と同じく、メシュに組み敷かれたユキが、昼と同じように悲鳴を上げていた。
「ちょっと、あんた! お願いだからこの子止めて! 殺される!」
 必死の叫び声。
 いや、本当の意味で死に瀕してるからな、今。
「それはお前次第だな。これから改心する気があるなら──」
「する! するっていうかしに来たのよ! まずは落ち着いて話を聞いて!」
 なんだかよく分からないが、まあ、戦意もないことだし問題ないか。
「メシュ、離してやれ」
 俺が言うと、メシュはすっとユキを放す。
「はぁっ、はぁっ……ひどい目に遭った……」
 ユキは半泣きでへたり込む。
 薄暗くてよくは見えないが昼と同じならまた──。
「漏らしてないわよ!」
 ユキは短いスカートの裾を押さえつつ、俺をきっ、と睨む。
 薄暗くて見えないが、上にマント羽織っているし、軽装ではあるが荷物も持ってる。
 どうも仕返しとか、強盗とか、そういう装備じゃなく、逃亡とか旅行とか、そういう装備に見える。
 ま、よく分からないが、敵意がないなら話くらい聞こうか。
「あー、まあとりあえず火のあるところに戻るか……」
 俺は焚き火を指差すと、メシュとユキを誘う。
 ゆっくり話を聞くか。
「うん……」
 ユキはおとなしく従う。
 改心したかどうかなんて分からないが、少なくとも殺気も殺意もないし、隠したところでちょっとでも出した瞬間、メシュに殺されると思ってるだろうから、大丈夫だろう。
 それに俺らに下手に逆らったらお漏らし盗賊として近隣の町で言いふらして──。
「やめて! 逆らわないからやめて!」
 ユキが後ろから俺の身体にすがり付く。
「いや、心で思っただけだから! 言うつもりなんてないから!」
 全く、心が読めるってのも面倒だな。
「……本当?」
「本当だ」
 本当だぞ?
 こうやって心でも思ってりゃいいのか?
 じっと俺を見つめるユキ。
 ……顔が近いな。
 結構可愛い顔してるじゃないか。
 目付きが生意気そうだけど、こう従順な表情をしてると可愛い。
 しかもすがり付いて体が密着してるから、結構色々身体の柔らかさとか匂いとか……。
 ぴくん、とユキの眉が寄る。
「あんた、あたしでエロいこと考えたわね?」
「うっ……」
 俺は言葉に詰まる。
 ユキの指摘が間違っていなかったからだ。
 そりゃ、しょうがないだろうよ! 可愛い女の子にこれだけ密着されれば変なこと考えない男はいないだろ。
 お前も心が読めるんなら、こんな心いくらでも読んできただろ?
「まあ、別に悪いとは思ってないわよ。そういう事考えるって事はあたしが魅力的だって事だからね」
 そう言ってユキはやれやれ、といった態度で俺から離れる。
 さっきまでおとなしかった癖に、こいつの本性である生意気な態度が蘇っていた。
「でも、『小振りもなかなか』ってどういうことよ!」
「言うな! 思ったけど言うなあああああっ!」
 確かに思った!
 心で思ったのは仕方がないだろ!
 だって小振りなんだよお前!
 それをいいと思ったんだよ、素直に!
 俺が脳内で混乱しつつ、いいわけをしていると、ユキの顔が赤くなる。
 火の灯りのせいか?
 だが、同じような位置にいるメシュはそんなに赤くはない。
「……ま、いいわよ。人の心読めれば、その程度の事日常茶飯事だからね」
 ユキはそう言って、焚き火の前に座る。
 なんだかよくわからないが、俺はユキに許してもらったことにほっとする。
 十数メートル向こうにいたときは、俺たちが許す許さないの側だったはずだが、ほんの少し歩いただけで、立場が逆転した。
 心を読めるというのは恐ろしい。
「そうでもないわよ。あたしが読めるのは表層心理の更に上辺だけだから。声にしないだけの言葉と、あと表面上の感情がちょっと分かるだけ。心の奥底が読めるわけじゃないわ」
 またも俺の心を読みながら、そんな事を言うユキ。
 俺は彼女の向かいに座り、メシュは俺の隣に座る。
「……なんでそんなに離れるのよ」
 焚き火のそばと言っても、もちろんすぐそばは熱いので、焚き火からある程度離れて座るわけだが。
 向かいとなると結構な距離となる。
「いや、心読まれるとろくな事がないからな」
「だから、表層心理読んでるだけだって! 心の奥まで読めないからそんなに怖がらなくてもいいわよ」
 本当か?
 自分から弱点を言うあたり怪しいが、まあ、信用しよう。
 俺はユキの隣とは行かないが、少し近くに場所を移動した。
「で、話って何だ? 俺たちに何の用だ?」
 俺は話を最初に戻す。
「あ、うん……そのさ……」
 ユキはもじもじと口ごもる。
 昼に会ったときや、さっきのやり取りで見せた元気のいい生意気な女の子という感じではなく、まあこれはこれで可愛いかもしれない。
 だが、そんな事を心で思うとこいつはまた……あ、やっぱり赤くなった。
 こういうの面倒だからもう話せよ。
 あえて心の中で言ってみる。
「うん、あのさ、あたしもあんたたちについて行っていいかな……?」
「は?」
 いきなり何言い出すんだ?
「うん、あたしはここで一年くらい盗賊してたのよね。だから、多分だけど悪評(うわさ)も広がってると思うのよ。あんたに言われて改心する気にはなったんだけど、この辺りじゃまともな生活は出来ないから、どこか遠くに行って生活したいかなと思って」
 ああ、そりゃそうかもしれないな。
 盗賊だった奴が「改心しました」などと言っても暖かく迎えてくれるお人よしもそうはいないだろう。
 特に盗賊の被害に遭った人たちは、たとえその犯人がユキでなかったとしても、いい顔はしないと思う。
「とは言ってもなあ……」
 俺たちものんびりと旅を楽しんでいるわけでもないし、元盗賊連れて行くような場所でもない。
「お願い! 女の一人旅は危険なんだから誰かに連れてってもらいたいのよ!」
 俺を殺しかけた奴が何を言い出すのかとも思ったが確かに強くても一人旅は危険かもしれない。
 野宿するのもままならないのは俺たちも実証済みだ。
 俺たちの方も三人いれば野宿の夜番も何とか成り立つだろう。
 うーん、連れて行くべきか?
「うん、それならあんたからも言って?」
 ユキがいきなりわけの分からない事を言い出した、と思ったら俺じゃなくメシュを見ていた。
「それは絶対に誓う! この人を攻撃する事はないから!」
 なんだかメシュと話が成立しているようだ。
 ああ、そういう利点があるのか。
 ユキ連れて行くと、メシュの考えが分かるな。
「? どういうこと?」
 今度は俺に向くユキ。
「いや、実はな──」
 俺はメシュの事について、簡単に話す。
「……ひどい。何でそんな事するのよ!」
 いや、俺に言われても。
「で、俺はこいつに話は出来るんだがメシュからの意思表示はほとんどないから、何考えているかさっぱりなんだよ。一緒に連れて行ってもいいから、メシュの意思を伝えてくれないか?」
「それくらいならお安い御用よ!」
 ユキはどん、とない胸を叩く。
「ない胸ってどういうことよ!」
 俺の心を読んだユキが怒る。
 ……あー、面倒くさい。
「じゃあ、早速だが話がしたい。ここ数日、俺が一方的に色々と話をしたり怒ったりして来たんだがどう思ってるんだ?」
 俺はメシュに向かって聞き、そして、ユキを見る。
 ユキはじっとメシュを見て、おそらくその心を読んでいた。
「んー、簡単に言うと『どうしていいか分からない』みたいね。これまで一から十まで命令されてきて、それに従って来たけど、それがほとんどなくなって困ってるみたい。こうすれば喜んでもらえると思ってやった事は大体怒られるし」
 そりゃあ、殺戮人形(キルドール)の思考だからな。
 今まで受けてきた命令は殺戮人形(キルドール)としてのものだろうし、俺は少なくとも人間として接しているから、そもそも根本的に違うものだろう。
 それ以前に、俺は命令しているつもりはあまりなかったからな。
「俺は確かにこうしろとか言ったけど、別に命令しているわけじゃないんだぞ? お前が嫌だと思ったら従わなくてもいいし、自分で考えて行動してくれていいんだ。まあ、自分勝手に動かれても困るんだが」
 俺が言うと、メシュはユキを向く。
「……『何言ってるか分からない』って。結局自分で考えてやっていいのかやったら困るのか分からないみたいよ」
「うーーーーん……」
 そう難しい事を言ったつもりはないんだがな。。
 加減とか適当などという言葉は、それを理解できる常識あってこそか。
「まあ、しばらくは難しいかも知れないな。自由勝手にってわけには行かないが、世の中の常識を少しずつでも覚えて行くしかないか」
 こくこく
 何とか納得してくれたようだ。
 メシュの心が少しだけでも理解出来て、心が通じた気がする。
「あ、そう言えば、本当の名前って何なんだ?」
 俺は大切な事を思い出した。
 メシュという名前は俺が勝手につけて呼んでいる名前で、彼女に本当の名前が分かるものなら、それで呼んでやるべきだろう。
 俺は、メシュの返事、ユキの言葉を待った。
 すると、ユキの目が少しだけ開き、すぐに眉が寄る。
「? どうしたんだ?」
「……『三番』だって。名前なんて付けてもらってないみたい。本人も、それで呼んで欲しくないみたいよ」
「…………」
 つくづく非道な組織だな。
「えーっと、あんたってティルドって言うの?」
「ああ、そうだが?」
「あんたにはとても感謝してるみたいよ。名前も付けてくれたし、おいしいものくれたし、暖めてくれたし、って。何があったかあたしにはよく分からないけど、とにかく、感謝してるって」
「そうか」
 そう思ってくれてるのは嬉しいな。
 これまでは嫌われているのか好かれているのかすら分からなかったからな。
 それが分かっただけでも、俺も気が楽になった気がする。
「じゃ、あたしも連れてってくれるんだよね? どこに行くか知らないけど」
 ユキが嬉しそうに聞く。
「ああ、これからよろしくな」
 ま、どこまでの道連れか分からないが、しばらくは夜も楽になるな。
「あ、メシュ、こいつ仲間だから、もう手を出すなよ?」
 こくこく
 メシュの頷きを見たユキがない胸を撫で下ろす。
「ない胸ってどういうことよ!」
 ああ、やっぱり面倒くさいな。
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