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おさない、かけない、しゃべらない 作者:真木あーと

第一章 話せない少女と心が読める少女

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第二節 話せない少女

「ふう……ま、こんなもんだろ」
 俺は畑の世話と、今日の食料の収穫を終え、一息ついた。
 師匠は一生食っていけるだけの財産はあるが、なるべくそれらを多く俺に残すよう、こうして自給自足をしているのだ。
「ああ、そう言えばあの人ら飯食ってくのかなあ」
 そうなると、倍の量が必要になる。
 とはいえ、あの男はどうにも大飯が食べられる状態ではなく、女の子の方も、大食いとはとても思えない。
 これだけあれば何とかなるだろう。
 足りないようなら店で肉でも買って来ればいい。
 俺は適当な野菜を抱えて家に戻る。
「ティルド、ちょっと来てくれ」
 俺が戻った事に気づいた師匠が、俺を呼ぶ。
 今度は何だ?
 俺は台所に野菜を置くと、急いで客室へ向かう。
「どうかしましたか、師匠」
 部屋に入ると、先程の男は既に眠りについていた。
 さっきの様子じゃ無理もない。
 女の子の方は俺が出て行った時と全く変わらず宙を見ていた。
 状況から、俺が呼ばれた理由を考えてみる。
「えーっと、この人を寝室に運べばいいんですか?」
「いや、彼はもう死んだ」
「え!?」
 いきなりの師匠の言葉に、俺は声を失う。
 俺が出て行く前は生きていた。
 確かに今にも死にそうだったが、傷があるわけでもなかったし、死に至る原因があったわけでもない。
 部屋も荒れていないし、男も出て行ったときの毛布を被ったままだ。
 師匠と戦って死んだ、なんて事もないだろう。
「彼は毒に侵されていた。本来なら自分で何とかしたかったのだろうが、死期を悟って私を頼ってきたのだろう」
 師匠が目を瞑って言う。
 壮絶な死に様だ。
 剣に生きるというのはこういうことなのだろうか?
 俺も剣で生きて行きたいと思っているが、俺にそんな生き方が出来るのだろうか?
「とにかく、お前に話がある。長くなりそうだ、そこに座れ」
 俺は言われるがままに、師匠の前、男の隣で女の子の逆側に座る。
 隣に死体があると思うと、少し異様だが、あまり考えないようにする。
「お前にはちょっと使いに行って欲しい」
「使い、ですか……?」
 いきなりの話に、俺はそのままを聞き返す。
 師匠の話はこうだ。
 死んだ男は王国の兵士で、とある組織について独自に調査していたそうだ。
 その組織は、この国の王の暗殺を企んでいるらしい。
 彼はその事実を把握しそれを王に伝えようと思っていたのだが、追っ手の放った毒矢にやられ、報告するのは無理だと悟り、ここへ来たのだ。
「それで、お前に頼みたい事がある」
 説明をし終わった後、師匠がおそらく本題に入る。
「王にこの事を報告しに向かって欲しい。信書は私が書く。直接王城には入れないだろうがアランヴェート卿を頼れば──」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
 俺は思わず師匠の話を止める。
 いきなり過ぎて話が飲み込めなかったからだ。
「王城ってここから歩いていくとかなりありますよ?」
「そうだな。うまく宿があればいいが、野宿も避けられないだろう。獣や野党に襲われる可能性もある」
 平然と言う師匠。
「これは、お前のいい修行の機会だと思う。旅団なら避けられる野党や獣も、二人の旅となると、それなりに危険だろう。そこで鍛えられるものがいくらでもあると思う」
「はあ……」
 修行と言われれば行かないわけにもいかない。
 死闘を演じられるかどうかは分からないが、実戦を経験する事があれば、確かに何か得るものがあるかも知れない。
「ん? 二人? 師匠も行くんですか?」
「いや、私が行けば王城の面倒な連中が動き出す事もある。この子を連れて行ってくれ」
 師匠は俺の隣の隣、人形みたいな女の子を指す。
 女の子は、相変わらずの無表情。
 自分が話の中心になっているのに全く興味がなさそうだ。
「この子は組織のアサシン、つまり暗殺者だ」
「え?」
 俺は、その女の子と師匠の言葉とのギャップに思わず聞き返す。
 確かにその冷徹そうな無表情っぷりは、暗殺者(アサシン)と言われればそうなのかもしれない。
 だが、こんな小さな女の子に何が出来るんだろう。
 力があるようには見えないし、例えば俺がこの子に襲われたとしても、首根っこ押さえれば終わりになりそうな気がする。
 そもそも、組織の暗殺者(アサシン)という割に、恐らく向こうから見れば敵陣であるこの場にいて、あまりにも落ち着き過ぎてはいないだろうか?
「この子はメルゾーン族出身のようだ。暗殺者(アサシン)としてはかなり手ごわいかも知れない」
「メルゾーン族……?」
 聞き慣れない種族の名前だ。
「遥か北の森の奥に住む種族だ。妖精の血を濃く受け継いでいる。魔法が得意で、詠唱なしでも使えるということだ」
「詠唱って呪文の詠唱ですか!?」
 俺は驚く。
 俺にとって魔法はそう身近なものでもない。
 だが、時々魔法使いの旅人がこの町に来た時に、見せてもらう機会も何度かあった。
 それらの魔法使いたちはみんな呪文を唱えていた。
 その呪文に魔力が乗り、魔法が発生するらしい。
 言い換えれば、呪文がなければ魔法は発生しないはず。
 それがそのメルゾーン族には出来るって事か。
「呪文というのはそれ自体が『音』だ。静寂を武器とする暗殺者(アサシン)にとっては邪魔なものでしかない。それが必要ない、という事は絶好の暗殺者(アサシン)素体ということだ」
 確かにそうだろう。
 人をいかに素早く、気づかれないように殺す事を専門とする暗殺者(アサシン)にとって、呪文詠唱は邪魔でしかない。
 例え、小声だったとしても、それは相手の耳に届く事だろう。
 その時点で敵が攻撃に気づいてしまう。
 見た目か弱い女の子で、相手を油断させられると言うのに、呪文詠唱で相手を警戒させては何の意味もない。
 だが、彼女は魔法発動の瞬間まで誰にも気づかれずに魔法を作り出し、攻撃が可能という事だ。
「だから組織では、時々メルゾーン族の子をさらってきて、暗殺者(アサシン)として鍛えるそうだ。何年もかけて、暗殺技術だけを教え込み、暗殺指示に従うよう洗脳し、余計なものは一切削っていく」
「余計なものを削る? どういうことですか?」
「例えば声。呪文が必要なければ声も必要はない。声を持っていれば、痛ければ叫ぶ事もある。それに命令に反論出来てしまう。だから声を削るのだ。更に表情も削る。そうする事で表現する手段がなくなるため、おとなしく命令に従うしかなくなるそうだ」
 は?
 何言ってんだ、師匠は?
 いや、師匠が言ってることは分かる。
 分かるけどさ、分からないんだよ、信じられないんだよ。
 つまり、この子は殺人のために育てられ、それに必要のないものは切り捨てられたって事だろ?
 何だよそれ。
 何だよ、それ!
 所詮俺は田舎のガキだし、世間知らずと言われれは反論できない。
 だけど、そんな非道な連中がこの世にいること自体、信じられない。
 俺は死体越しに女の子を見る。
 表情のない、まるで人形のようだと言った。
 まさにその通り、この子は殺戮人形(キルドール)なのだ。
 俺の親はとっくに死んだ。
 心細い思いもしたが、師匠がいるからなんとかなったし、平和でそれなりに幸せに生きて来れた。
 だが、この子は親元からさらわれ、幸せに生きる権利を奪われ、殺すことだけを身につけさせられ、それ以外のことは切り捨てられ、生きてきた。
 自分が不幸とか幸せとか、考えたこともないだろう。
 なんだろう、この、ぶつけようもない怒り。
 俺は今すぐその組織とやらに行って、全員を殺してやりたいと思った。
「落ち着け、ティルド」
 俺の表情から、心を読んだ師匠が大きめの声で言う。
「けど師匠……!」
「お前一人でどうにかなる組織ではない。だからこそ、王城にまで伝えるのだ。王国として、兵を持って戦うしかない。それは戦争に近いものになるであろう。そうする他ないのだ」
「…………」
 師匠の言うとおりだ、俺は何も言い返せない。
 だが、この心の中の怒りはそう簡単には納まらない。
 兵士に代理を頼むほど、俺は穏やかな人間ではない。
「どうしても戦いたいと言うのなら、王城の兵となり、戦いに参加させてもらうがいい。信書にそう書いておいてやろう」
 そう言うと、師匠は信書をしたために部屋を出て行った。
 部屋に残されたのは、俺と女の子と、兵士の死体。
 なんとも嫌な組み合わせだ。
「棺桶を用意しないとな……」
 どこの誰だか知らないが、さっきまで生きて動いていた人が死んだ状態で目の前にいるというのは気分のいいものじゃない。
「なあ」
 俺は女の子に呼びかけてみる。
 彼女は、自分が呼びかけられていると気づいてないのか、こちらを向く事もない。
「あんただよ、そこの黒い髪の」
 俺が言うとやっと彼女はこちらを向く。
 その目には何の感情もなく、死体の隣に座っているのに、何の驚きも憂いもないようだ。
「とりあえず、名前なんていうんだ?」
 とりあえず名前がないと呼ぶ事も出来ない。
 だが、彼女は俺をじっと見るだけで、何も言わない。
 そう言えば喋れなかったか。
「字は書けるのか?」
 ふるふる
 少女は首を振る。
 字も書けないのか。
 意思伝達が完全に一方通行になってしまうな。
 これが組織の狙いってやつか。
「名前が分からないと呼びようがないな。うーん……じゃ、とりあえず分かるまで勝手に名前付けてもいいか?」
 こくこく
 おそらく問題ないといているのだろう。
「じゃあな、えーっと……メルゾーン族だったっけ? だったら、メシュってのはどうだ? 呼びやすいし悪い名前じゃないと思うんだが」
 こくこく
「よし、じゃあ、お前はメシュだ。よろしくな」
 俺は手を差し出す。
 彼女……メシュは、俺の手と俺の顔を交互に見ているだけで、向こうから手を差し出して来ない。
 表情は分からないが、おそらく握手の意味が分かってないんだろう。
「ほら、手を差し出せ。お前の右手」
 俺が言うと、メシュは素直に手を差し出す。
 俺がその手を握ると、やはり同じように握られた手と俺の顔を交互に見る。
「これはな、握手って言うんだ。利き手を相手に預けるってことで、その信頼を確認しあってるんだ」
 じっと、俺の顔を見るメシュ。
 一切の表情のない、人形のような彼女だが、これに表情がつくと、思ったより大人なのかもしれない。
 俺よりも五歳ほど年下とさっきは思ったが、それは無垢な表情と、小柄な体格からの判断で、実はもう少し上なのかもしれない。
 まあ、俺より年上って事はないだろうが。
 だが、冷静に考えると、この子──メシュは組織の人間なんだよな。
 洗脳されてる被害者って言っても、いや、だからこそ、組織に忠誠を持っているはずだ。
 この死んだ男にさらわれてきて、どうしてこんなにおとなしいんだろうな?
 普通に考えて、今ここで俺を殺してもおかしくないんだよな。
 本当に、大丈夫なのか?
 誰も警戒しないので何も思わなかったが、冷静に考えると危険に思えてきた。
 そう思うと少しだけ怖くなり、俺は手を離してしまった。
 いや、分かってる、分かってはいるんだよ。
 この子は確かに暗殺者(アサシン)だが、だとしても悪いのはこの子じゃない。
 だが、俺にもそういう思考とは別に、防衛本能ってもんがある。
 次の瞬間、いきなりナイフで心臓を刺されたら洒落にもならない。
 この死んだ男が、メシュの毒でやられた可能性ってのも否定できない。
 そう思うと、情けない事に俺は少しだけ距離を取っていた。
「ティルド、インクが切れたが替えはあるか?」
 いきなり師匠が戻ってきて、俺にそう言った。
「インクなら奥の戸棚の確か上から二番目に置きましたけど……それより、この子は大丈夫なんですか? 組織の人間なんですよね?」
 俺は場所を教えるついでに、そんな疑問を打ち明けてみた。
「ああ、それは大丈夫のようだ。彼女は『兵器』であって組織の『人間』じゃないからな」
「……?」
 俺は師匠の言う事がさっぱり分からなかった。
 メシュは兵器?
 いや、確かにそれは事実なんだろうが、それと同時に組織の人間である事もまた事実だろ?
 俺が言いたいのは、そんな兵器のような敵をこんなところに連れてきて大丈夫なのかといいたいんだが、どうも通じていないような気がする。
「ふむ、分かっておらんようだな。例えば恐ろしい殺戮兵器があったとしよう。それを持っているならず者がお前の前に現れたらどうする?」
「いや、そりゃかなり危険だから戦うか、無理なようならさっさと逃げますが」
「そうだな、我々はそれに対して、非常に脅威を感じる。だが、道を歩いていて、その兵器が落ちていたらどうだ?」
 えっと、師匠は何が言いたいんだ?
 まあ、とにかく素直に答えよう。
「そりゃ、そこに置いておいて、誰か悪い奴が拾ったら危険だから持ち帰るか壊すかしますね」
「その通りだ。彼女はな、その兵器と同じなのだ」
 この子が、兵器と同じ?
「いやでも、人間ですよ?」
「彼女は余計なものは全て削られた。命令に従うだけの道具だ。それは組織に対する忠誠も同じだ」
 待てよ、ちょっと落ち着いて考えよう。
 つまり、メシュは例えではなく、完全な殺戮人形(キルドール)で、組織に対する忠誠心もなければ愛着すらない、つまりは操る人間がいない今、怖くも何ともない「落し物の兵器」ということか。
「だからこそ、我々の手には余る。王に保護してもらう必要があるのだ」
「…………」
 分かったような気がするが、何となく釈然としない。
 完全な物扱いってことか。
 さっきちょっとやり取りをしただけだが、この子が素直なのは分かる。
 同じくらいの歳の子なら、生意気だったり反抗したりってのがあるだろう。
 だが、そんなのもない。
 それは純粋で可愛いと思いもするが、同時に可哀想とも思う。
「ティルド、同情するのは構わんが、あまり入れ込まないことだ。この世は理不尽で溢れている。それに潰されるな」
 そう言うと師匠は、再び部屋を出て行った。
 俺は再びメシュに向き直る。
 メシュはじっと俺を見ていた。
「さっきは握手を離してごめんな、もう一回握手しよう」
 俺が言い、右手を差し出す。
 メシュはその手を見つめ、そして自分の右手を差し出して、俺の手を軽くつかんで、俺を見上げた。
「…………」
 俺もその手を握り返し、笑う。
 この子が普通の女の子に戻る事は、とても難しい道のりだろう。
 だが、必ずいい方向に行ける、行かせてみせる。
 そう、強く思った。
+注意+
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