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おさない、かけない、しゃべらない 作者:真木あーと

第五章 暗殺者とハーレム王

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第二節 首都の夜

「よお、ご主人、何してんだ?」
 後ろから声をかけられる。
 俺は振り返ってファルカを確認する。
 ファルカは寝着(パジャマ)に何も羽織らず、俺の後ろに立っていた。
 ブラウンの髪をまとめているいつものリボンがないので。長い髪はさらさらと夜風に揺れていた。
「ちょっと眠れなくてな。風に当たってたんだよ」
「そっか、じゃ、俺もそうするかな」
 そう言ってファルカは、俺の隣に座った。
 ファルカの腕が、俺の腕に触れるくらいの距離に座る。
 薄い寝着(パジャマ)が透けそうなので、俺は慌てて目をそらす。
 いつも下着姿のユキやメシュと一緒に寝てるんだが、それとこれとは別の問題だ。
「なあ、ご主人は、メシュのこと、どう思ってんだ?」
 不意にファルカはそんな事を聞く。
「どうって、最初は殺戮人形(キルドール)だと思ってたし、実際そうだったし、何考えてるのか分からなかった。ユキと会うまでは実際何も分かってなかったし、分かろうともしなかった。長い旅で、こいつを本当に王城まで連れて行けるか不安になった」
 その時代を知らないファルカには、まず俺があった頃の印象を言おうと、まずはそう言った。
「そっか、つまり、さっさとこんな殺戮人形(キルドール)は王城に押し付けて田舎に帰りたい、そう思ってたってことか?」
 ファルカはにやり、と意地の悪い笑い方で俺を見上げる。
 賢い子だから、俺の言うことを理解してないわけじゃないだろう。
 その上であえて意地悪くそう言いやがった。
 だから俺はファルカの頭をちょっと乱暴に撫でてやった。
 ファルカは「んだよー」とか言いながら、だが嬉しそうに髪を直した。
「最初はそう思ったってだけだ。だけど、メシュにも感情があって、それは普通の女の子と同じもので、表現の仕方も少しずつ分かってきたら可愛くなってきた。今となっては大切な仲間だ」
「仲間、か」
 そう言うと、ファルカは更に身を寄せてきて、腕を俺に絡み付けてきた。
「お、おい……」
 俺の腕がファルカの胸に押し付けられる。
 柔らかい感触がしたので慌てる。
「なあ、仲間の中に、俺も入ってんのか?」
 ファルカが期待を込めた目で俺を見上げる。
「そ、そりゃ、そうだろ。お前も大切な仲間だよ」
「そっかあ」
 満面の笑顔で俺の腕を更にギュッと抱きしめるファルカ。
 その表情だけなら本当に可愛い女の子なんだけどな。
「……俺は、メシュを引き渡そうと思う」
 だから、俺はおそらくファルカが一番聞きたかったであろう話を口にした。
 反対されることも分かってるし、反論されることも分かってる。
 賢いファルカに言いくるめられるって事もあるかも知れない。
 だけど俺は、出来れば俺を言いくるめて欲しい、とも思っていた。
 そうすればそれは、メシュを引き渡さない理由になる。
「……そっか」
 だが、ファルカは静かにそう答えただけだった。
 だから俺は、言葉を続けてしまった。
 ファルカが反論しやすいように。
「メシュにとって何が一番幸せかってことを考えたらさ、そうするべきなんだよ。シュカレメルスはメシュを諦めたわけじゃないしな。奴らが来たとき、本気を出してきた奴らから、俺たちじゃメシュを守りきれないと思う。実際、俺たちは何の役にもたってない。シュカレメルスの刺客は全てメシュが倒して来んだしな」
 聞かれてもいないいいわけを、俺は延々語り続ける。
 ファルカは黙ってそれを聞いていた。
「そっかあ」
 ファルカは俺の腕を離し、軽く伸びをする。
 そよそよと漂ってくる香水の香り。
 こいつ、香水借りたのかよ。
 その甘酸っぱい柑橘系の香水は、ファルカによく合っていた。
「でもな、ご主人?」
 風にそよぐブラウンの髪を見ていたら、不意に振り向いたファルカと目が合った。
「幸せなんて、人それぞれだろ? 俺はさ、ご主人とこの町に住むのが一番の幸せだと思ってんだけどよ、もしご主人が地獄に行くってんならついて行くぜ? 俺にとっちゃ、それが一番の幸せなんだ」
 ファルカはあっさりとそんなことを言った。
 そう思ってくれるのは嬉しい。
 だけど、ファルカにとって、俺って何なんだろう?
「なあ、どうしてファルカは俺をそこまで思ってくれるんだ? まさか、本当にご主人様なんて思ってるわけじゃないだろ?」
「へへっ、まあな」
 ファルカはにっこりと笑う。
 いまだにご主人とか呼ぶ割にはあっさりと認めやがった。
「でも、俺にとっちゃご主人は、あの生活から俺を抜け出させてくれた救世主なんだよ」
「救世主……?」
 俺のやったことって、こいつに説教したことくらいじゃなかったか?
「ああ、俺はご主人に救われたんだ。あの生活が危険だなんて俺だって知ってたさ。危ねえ目に何度も遭ってるからな。ほら──」
「ちょっ! おまっ……!」
 ファルカは着ていた寝着(パジャマ)を脱ぐ。
 そこに見えるのは、ちょうどいい膨らみのの胸と、それを覆う下着、そして、白く、きめの細かい肌と、それに似つかわしくない、いくつもの醜い(あざ)
「俺はさ、今までも何度も危ねえ目に遭ってきたし、死にかけた事もある。体中に消えねえ(あざ)も沢山あるんだよ。だから、ああいうことがヤバいってのは分かってたし、けど、それでも止められなかったんだよ。やめれば飯が食えねえからな」
「ファルカ……」
 そう言えば、ファルカは寝る時も下着にはならない。
 別に当たり前の事なので何も思わなかったが、よく考えると、あれだけ俺に迫ってからかってくるような奴だから、ユキたちに便乗して下着になって迫ってくることも容易に想像出来た。
 ファルカは、この(あざ)を見せるのが嫌だったんだろう。
「だからさ、俺はいつか殺されてのたれ死ぬと思ってて、それもまあ仕方がねえとか思って、生きるためにやってたんだ。それしかなかったからな。ご主人は、そんな人生から俺を引き上げてくれたんだよ。もうこんな事をするなってな。だから俺はご主人と一緒に行こうって決めたんだよ。前にちょっと話したんだが、ユキも多分同じようなこと、思ってるぜ? メシュもな」
「…………」
 俺は何も言えなかった。
 俺は、お前の思うような奴じゃない。
 そう言ってしまうのは簡単だ。
 だが、そう言ってもファルカは俺を尊敬し続けるだろうし、好意を持ってくれるだろう。
 心から嬉しいし、こっちこそそう思ってくれることに感謝したい。
 だけど、俺の思いは少しだけ違う。
 もし、ファルカが地獄へと行くのならどんなことをしてでも引き止める。
 それがファルカにとって幸せだったとしても、俺がファルカに本当の幸せを教えられなくても、とにかく俺は引き止める。
 この一時(ひととき)の幸せよりも、人生全体の幸せを考えると、その方がいいと思うからだ。
 メシュにとって、何が幸せか?
 調教師との戦いで、俺たちを選んでくれたメシュ。
 俺たちにはあいつを幸せにする責任と義務がある。
 ひと時の不幸よりも、将来の幸せを。
「……俺は、それでも、あいつを王様に引き渡そうと思う。それがあいつにとって一番幸せだと思うからな」
「……そっか、ご主人がそうしてえならそうすればいいさ」
 ファルカは、静かにそう言った。
「──俺のことを、ひどい奴だと思うか?」
 俺の思う幸せを、メシュに押し付けるのはおこがましいかも知れない。
 俺が正しいと思うことに、メシュを従わせるのは傲慢なのかも知れない。
「ひでえ奴はそんな事聞かねえよ。ご主人は、自分の決めたことが不安で、迷ってて、だから、どっちに決めても後悔するんだ。それは、優しいって事だろ?」
 不意に視界が閉じる。
 ファルカが、膝をついた姿勢で、俺を胸に抱きしめる。
 柔らかく、弾力のある胸の感触と、香水じゃない、ファルカの汗の匂い、ファルカの鼓動、そして、ファルカが鼻をすする音。
「幸せなんてな、誰も分かんねえんだ。ご主人が悩んで悩んで出した結論は、どっちにしても、メシュは幸せなんだよ。悩んだ分だけ幸せなんだよ。ご主人に、こんだけ悩んでもらえる事が幸せなんだよ……」
 ファルカの声は、泣いていた。
 俺に泣き顔を見せまいと抱きしめたんだろう。
 だけど、それは俺にとっても幸いだった。
 ファルカの胸の感触を十分に感じられたし、ファルカの心を聞くことができたし、それに、俺の泣き顔を見られずに済んだ。

 翌日、朝一に俺は、ユキとメシュに、メシュを引き渡す事を伝えた。
 ユキは反対したが、俺は昨日考えてたことを話すと、ユキは涙を目に浮かべながらも、それでも不満そうに承諾した。
「二度と会えなくなるわけじゃないんだ。俺たちが城下町にいる限り、王城で兵士として働く限り、いつかはまた会えるさ」
 俺たちが兵士となってシュカレメルスを撲滅する。
 そうしたら、メシュは誰に狙われる事もなくなる。
 またいつか、メシュには何にとらわれる事もない、自由な時が来る。
 それがいつになるか分からないが、その時はきっといつか来る。
「ごめんな、メシュ。明日で少しだけお別れだ。またいつか会おう」
 俺が言うとメシュはじっと俺を見上げる。
 しばらく俺を見つめた後、こくり、と一つだけうなずいた。
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