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おさない、かけない、しゃべらない 作者:真木あーと

第五章 暗殺者とハーレム王

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第一節 到着した首都

 調教師の襲撃から間もなく、俺たちは城下町にたどり着いた。
 そこは信じられないほどの賑わいで、俺のような田舎物には衝撃的ですらあった。
 とにかく人の数が多い。
 人の数が多いから、市場の規模も大きい。
 売っている品の種類も数多い。
 見たこともないものを売っている店があったりもする。
 競争相手の多い店は、客を呼び込むために大きな声を張り上げ、それが市場全体に広がっているから、本当に騒々しい。
 いや、もちろん俺の知っている市場でも、商人は声を張り上げてはいたが、規模が小さかったので、こんなに空気が揺れるほどの騒々しさはなかった。
「……凄いわね」
 都会派みたいなことを気取っていたが、実はそう都会を知ってるわけでもなかったんだろうユキも圧倒されている。
 メシュは怖がっているのか、俺の腕にぎゅっとしがみつく。
 その気になればここにいる奴らを皆殺しにもしかねないほどの強さを誇るメシュが怯えているのが、少し微笑ましかった。
「これだけデケえと、なんか色々商売が出来そうだなあ」
 ファルカの第一声がそれだった。
「ファルカ、お前、更正したんじゃないのかよ」
「ご主人、俺はカタギの商売の話してんだよ。俺のマッチはここではよく売れんじゃねえのか?」
「まあ、まともな商売なら反対はしないしどんどんやればいい。そうして早く独立して、一人で生活して行けばいいと思う」
「おいおい、俺がご主人を見捨てると思ってんのか? もしご主人が兵士に採用されなくても、俺が養ってやるって!」
 物凄くいい笑顔でファルカが言い俺の肩を叩く。
 いや、その気持ちはありがたいが、年下の女の子に養ってもらうのは俺のプライドみたいなものが許さない。
「あ、あたしだって、ティルが困ってたら助けてあげてもいいわよ!」
 ユキがファルカに対抗する。
 この二人、それなりに仲良くなったんだが、時々反目しあうこともあって困る。
「へー、お前何か金儲け出来んのかよ? 旅の途中は散々俺のこと役立たずだとか言いやがったが、ここじゃお前の方が役立たずのクソ野郎なんじゃねのか?」
「あたしにだって何か出来る事くらいあるわよ!」
「落ち着け、やめろって、大通りのど真ん中だぞ」
 そのままいつもの喧嘩に発展しそうだったので、俺が止める。
 旅の途中の誰もいない道ならともかく、ここは辺りに人だらけだ。
「そんなこと、気にしなくてもいいだろ? こんだけ喧しけりゃ、この程度誰も気に留めねえよ」
 ファルカがにっこり笑う。
 まあ、実際近くにいた人が何人か振り返ったが、わざわざ見物する程の人間はいない。
 この程度の騒ぎは、ここでは当たり前なのかもしれない。
 更に、これだけ人がいれば、個性の塊だと思っていたユキやファルカは、それほど珍しい人間じゃないのかもしれない。
「それはそれとしてだ。喧嘩なんてするな。これからも町やら家の中やらで喧嘩されたら、喧しくて仕方がない」
 俺はそう言って、ともかく喧嘩を止めさせた。
「ま、ご主人がそういうならやめてやってもいいんだが。それよりご主人、今言ったことは本当だな?」
 ファルカが目を細めて、少し意地悪そうに笑う。
「? 何の事だ?」
「今俺たちと今後も生活していくって言ったじゃねえか」
「あ、そう言えば!」
 俺の発言、いや、失言に、ユキも気づく。
「い、いや、そういう意味じゃなくてだな!」
「照れるなご主人。俺はいつでも一緒にいてやるぜ?」
 ファルカがぎゅっと俺に抱きついてきた。
「ストップ! その話はまた後で! 俺は先に任務をこなす!」
 ファルカを引き離し、俺は市場の先を目指して足を速める。
「別にいいんだけどよ……そんなに先の話ってわけじゃねえぜ? さっさと答えださなきゃ、もう時間はねえだろ?」
 ファルカが少しだけ不満そうにそう言う。
 俺は何も言わなかった。
 そんなこと、言われなくてもわかってるんだよ。
 他にも今すぐにでも答えを出さなければならない事が沢山ある。
 それを出来るだけ、先延ばしにしているだけだ。
 ユキやファルカの事。
 そして、メシュの事も。

 俺は信書を届けるための足がかりとして、アランヴェート卿の屋敷というのを探して回った。
 探して回ると言っても、門に名前が書いてあるわけでもないので、人に聞いて回ったのだ。
 それで何とかたどり着く事は出来た。
 聞いた相手は、大抵俺を怪訝そうに見た。
 何しろ相手は貴族で、俺は薄汚れた旅人。
 更に女を三人も連れて回っている。
 明らかに怪しい商売をしていそうな奴に映ることだろう。
 そう思われても不思議はない、と思う。
 そして、それは相手が卿の屋敷の門番でも同じではあった。
 門番の表情は明らかに不審者を相手にした時のそれだった。
 だが、俺がバザメマル師匠の弟子であり、王に渡す信書を持っていると言うと、何とか取り次いでくれた。
 薄汚れた俺たちは途端に厚待遇となり、アランヴェート卿本人ですら、俺たちを暖かく迎えてくれた。
 彼は高位の貴族の出でありながら若いころは武官として名を馳せ、親衛隊長であった師匠とは親友でもあったそうだ。
 今では現場で戦う武官は引退し、兵士や騎士など、この国の全軍を統括する地位にいるそうだ。
 若い頃からのさばさばとした性格は今でもそのままで、陰謀渦巻く世界はやはり苦手で、おそらくその地位以上にはなれないだろう、などと本人も笑う。
 この人は師匠に似ている。
 師匠には名家という後ろ盾がなく、この人にはそれがあった、というだけの話で、もしこの人が高貴な出じゃなかったら、今頃どこかで剣術の道場でも開きながら、楽しくのんびりと暮らしていた事だろう。
 俺は師匠から、王への信書とは別に預かった卿への手紙を手渡す。
 卿は懐かしそうな目でそれを読む。
「ふむ。状況は分かった。確かに王への謁見が必要だ」
 卿は俺に向き直る。
「明日にでも、王に謁見する取次ぎをして来よう。謁見には順番があるからいつになるか分からないが、それまではうちにいるといい」
「ありがとうございます」
 俺は頭を下げる。
「そう言えば、バザメマル殿の手紙に、君を軍に入れて鍛えてやって欲しい、とあったのだが、君自身の強さを知りたい。それによっては鍛え方も変わって来るからな。またそのうち、実力を見せてくれ」
「分かりました」
 それはそう静かに返事をしながら、心の中で飛び上がりそうに喜んだ。
 やった!
 これで少なくとも兵士になる足がかりは出来た。
 後は俺の実力を出し切れば、十分採用くらいされるだろう。
 いくら師匠の弟子とはいえ、王国最前線の兵士たちと肩を並べる事が出来るのかは分からない。
 いや、出来れば末席の方がいい。
 ギリギリで入れてもらって、強い兵士たちに揉まれてもっと強くなりたい。
 いやいや、俺の実力は卿も賞賛するくらいあって、俺は師匠ばりの昇進を果たして──。
「あ、あの……っ!」
 俺が心の中で色々と妄想していたら、隣にいたユキが緊張の面持ちで卿に声をかける。
 あの傍若無人さで言えば、俺の知る限り世界で一番、いや、ファルカがいるから二番か、その二番目のユキが、ガチガチに緊張してる。
「あ、あたしの腕も、見てくれま……いただけませんか? その、腕には自信があるので……」
 思いつめたような表情のユキ。
 だが、言っている事はかなり図々しい。
 何しろ相手はこの国の軍事における最高権力者だ。
 その彼に自ら頼むなんて、怖れを知らないというか、俺だって師匠の紹介がなけりゃ出来なかったはずだ。
「おい、ユキ……お前なあ……」
「いいだろう。君の腕も見よう」
 だが、卿は笑いながらそれを了承する。
「あ、ありがとうございます!」
 ユキは何度も頭を下げ、礼を言った。
 全く、ユキの奴……。
 こっちが恥ずかしくなったじゃないかよ。
 まあ、ユキも必死だってのは分かるんだけどさ。
 ファルカも言ってたように、この町で生活していくには、ユキのもつ能力は役に立たない。
 その点で長のあるファルカに頭を下げて一から指導してもらって更生していくって手もあるが、こいつのプライド上それを許さないだろう。
 だが、兵士という職業はユキにとっては最適かもしれない。
 それなりの成果も上げられるだろうしな。
 それが更生の道なら、俺はユキを失礼だとか図々しいとか叱ったりはしない。
 こいつなりに自分の将来を考えた上で、あそこまでガチガチになって懇願したんだからな。
 街道で盗賊やってたこいつがさ。
 そう思うと、俺は少しだけこいつの成長が嬉しくなったが、俺の心を読んでいたユキに真っ赤な顔で睨まれた。
 ま、採用されるかどうかはまた別の話けどな。
 それは俺も同じことではある。
 まあ、口に出して言うことでもないから、心でだけ言おう。
 お互い、頑張ろうな。
 ユキはふん、と鼻を鳴らしたが、赤い顔のまま、軽く頷いた。



「なあ、一つ聞いていいか?」
 卿の屋敷に滞在して二日目の夜。
 王への謁見の日取りもまだ決まらないまま、俺たちは一日を無為に過ごしたその日の夜。
 俺は自分に宛てがわれた部屋で、みんなに聞いてみた。
「何でみんなここで寝るんだ?」
 昨日聞くべきだったが、昨日はなんだかんだで勢いに飲まれてしまった。
 俺もファルカ程じゃなかったが疲れがたまってて、上等な食事をした後何も考えずに眠ってしまった。
 それからひと眠りして疲れも回復し、退屈に過ごした一日は心も回復させ、ふと思い直して、あれ、そう言えば、と思ったのが今だ。
 卿は俺たちを一級の客賓として迎えてくれ、ここみたいな豪華な部屋を一人一室与えてくれた。
 だから俺はこの広いベッドを独占して眠れるはずだった。
 だが、俺が寝ようとしたら、まずメシュが来て、ファルカが来て、最後にユキが来て、一気に俺のベッドは窮屈になった。
 うん、朝起こしに来た使用人のハーレム野郎を見る目が今も忘れられない。
 メシュとユキは相変わらず下着姿だし、ファルカはこっちで用意してもらった寝着(パジャマ)を着てるが、これがまたじっと見れば透けるほど薄く、下着より色っぽいかも知れない。
 ともかく、ここは旅の途中の宿でもなく、恥もかき捨てでもなく、王国の貴族様の屋敷だ。
 こんな自由に女囲って寝るなんてことやって、いい目で見られるはずもない。
「何でって、そりゃ俺とご主人の仲だろ? 離れて寝るなんてありえねえだろ」
「お前とは旅を共にした仲間ってだけだと思うんだが」
「そうよ、ティルはあたしと寝るんだから、あんたはさっさと自分の部屋に帰りなさいよ」
「いや、それも違うはずだぞ? あと、メシュはそんなにぎゅっと抱きつくなよ」
 俺が言うと、メシュは更に俺をぎゅっと抱きしめた。
 いつの間にこんなわがままな子になってしまったんだ、メシュは。
 これが普通の女の子の仕草と言われればそうなのかもしれないが、影響を受けてる女の子がユキとファルカってのはどうだろう。
 いつかメシュに表情と声が戻ったとき、やたら怒りっぽくて汚い言葉を使ったら目も当てられないな。
「なによ、あたし達がメシュに悪影響だって言いたいの?」
「そんな事考えてたのか、ご主人!」
「い、いや、そうじゃなくてだな……その……」
 そうじゃないも何もない。
 まんまその通りに考えていた俺は、返答に困る。
 だが、ここで何も言わなければ、この二人の矛先が同時にこちらへと向いてしまう。
 それはかなり危険だ。
 こいつらはお互い常に喧嘩し合うことで、どんどん口喧嘩慣れしてきて、高みへと急上昇で登りつつある。
 こいつらと舌戦を繰り広げようものなら、完全敗北の上、何か新たな枷を背負う羽目になりそうだ。
 いいわけでもいい、何か言わないと……!
「い、いやな、一応メシュは預かった子だからな。なるべくそのままで王様に渡したいと思っただけで別にお前らが悪いと言ったわけじゃ……」
 俺が言い逃れのために放った言葉は、場の空気を止めた。
 ユキも、ファルカですら表情を曇らせる。
 その理由も、俺には分かっている。
 だから俺は、言ってしまったことを後悔していた。
「……やっぱり、引き渡すの?」
 ユキの問いに、俺はすぐには答えられなかった。
 実際のところ、俺は悩んでいないわけでもなかった。
 俺は師匠に言われて旅をしてきた。
 メシュを王に引き渡すことが、俺の使命だ。
 だから、メシュを引き渡す事は当然の事で、これは使命で、俺はそれを十分に理解している。
 だが、この旅の中で、俺は、俺たちは、メシュと心を通い合わせた。
 メシュと離れたくないし、メシュの方もそう思ってくれていると思う。
 だから、引き渡したくはない。
 俺はこんな感情を何度も感じてきた。
 その度に考える事にしているのは、メシュ自身の幸せだ。
 それを考えると、やっぱり引き渡すのが一番だと思う。
 ここに来るまで、メシュには辛い思いを何度もさせた。
 シュカレメルスの刺客が送られて来て、メシュは一緒に頑張ってきた仲間である二番を殺し、長年従ってきた調教師を殺した。
 それが辛くなかったなどという事はありえない。
 俺たちと一緒にいる限り、シュカレメルスはまた襲って来るかもしれないし、そのときには辛い思いをさせるかもしれない。
 俺たちでなんとかしたいが、やつらは手に余る敵だ。
 だから、引き渡した方がいいんだと思う。
 国でメシュを保護してもらい、国でシュカレメルスと戦ってもらう。
 俺は王の兵となってその戦いに参加する。
 それが誰にとっても最適で幸せな方法だと思う。
 結論を、出さなければならない。
 ここまで引き伸ばした。
 もう、これが限界だろう。
 だけど、俺はまだ、結論を出せずにいる。
「……明日までに、結論を出す」
 俺は見苦しくも、更に一日結論を先延ばしにした。
「……そう」
 俺の心が読めるユキが、小さくそう言った。
「じゃ、今日は寝るか。ご主人がさっさと答えを出せるようにな」
 ファルカはいつもの口調でそう言ってベッドに寝転がり、目を閉じる。
「そう、ね……」
 いつもなら反発するユキもファルカに従って、ベッドに入る。
 多分ユキはファルカの心を読んで、だからそれに従ったんだと思う。
 二人が入ったら、メシュは俺をじっと見上げていたが、のそのそとベッドに入った。
 吐息だけの、静かな部屋。
 最近はなかった光景だ。
 俺もおとなしくベッドに隅に入り、目を閉じた。
+注意+
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