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おさない、かけない、しゃべらない 作者:真木あーと

第四章 口が立つ女と口で動かす男

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第三節 育ての親と喧嘩

 かなり旅も長くなってしまったが、そろそろ王城も近くなってきた。
 もう数日で王城にたどり着ける事だろう。
 魔道師の襲撃から数日経つが、あれ以降、シュカレメルスの襲撃もなく平穏に旅を続けることが出来た。
 ユキとファルカは相変わらずの仲だが、少しは変わって来た。
 あの襲撃の日からだと思う。
 喧嘩が絶えないのは相変わらずだが、何だかんだでよく喋っている。
 一緒に寝るし、二人でどこかに行く事もあるし、お互いの手助けもする。
 まあ、いきなり仲良くなれというのは難しいところだが、少しずつは近づいているのだと思う。
「なあ、後どれくらいで城に着くんだ?」
 ファルカが、これで何度目か分からない質問をする。
「多分あと数日ってところだな。野宿して進めばもう少しは早くなるが」
「野宿はなしで行こうぜ、ご主人。ま、何日かで俺とご主人の新居に到着するんだな?」
 表情だけを見ると、無邪気な笑顔のファルカ。
 だが、かなり疲れていて、旅に参っているというのも事実だろう。
 ま、普通の女の子だし、長旅は厳しいんだろう。
「ん? ちょっと待て、色々待て。お前、俺と一緒に住むつもりか?」
 聞き逃しそうになったが、ファルカもまたとんでもない事を言い出した。
「そりゃ、ご主人と俺はそういう関係だろ?」
「どういう関係なのか聞くのも面倒だが、俺はそもそも城下町に住むとも決めてないぞ?」
 そもそも、俺の役割は信書というか密書を王に手渡す事だ。
 ついでにメシュを引き渡すために連れて来たわけだが、どっちにしろ、普通ならこのまま師匠のところへと帰るのが普通だろう。
 一応信書には俺が兵士志望とは書いてくれているし、王城に兵士として採用されたなら嬉しいが、それを期待するのも違う。
 まあ、うまく採用されれば、城下町にも住む事になるし、そこで生活もしていく事になると思うが、新人兵士の賃金が何人もの人間を養えるほど高いとも思えない。
「いいじゃねえか、住んじまえよ。行ったことねえけど、城下町はすげえ賑わってるらしいぜ」
「いや、まあ、兵士に雇われたら住む事になるんだろうけど、ちょっと待──」
「ちょっと、何勝手に決めてんのよ! ティルはあたしと住むって決まってんのよ!」
「いや、決まってないし、お前も住みたいのか?」
 いきなりのユキの横槍に突っ込むしかなかった。
「前から言ってるじゃないのよ! あたしを更正させるために養うって!」
「言った気がしない。お前が勝手に言ってただけじゃないのか?」
「言った! 言った! 絶対に言った!」
 ユキが必死に思えるくらいの勢いで言う。
「そっかー、まあ三人で住める家に住めばいいか」
「……まあ、そこは妥協してあげるわよ」
「ちょっと待て、俺の将来を俺抜きで勝手に決めるな!」
 城下町に三人で住む事になりそうになっていたので、思わず話を止めた。
「俺はまだ、城下町に住むとは言ってないだろう!」
『住め』
 二人の声が綺麗に重なった。
「いや、待てって! 兵士に採用されたら住むさ! だが、採用されなかったら俺は町に帰るぞ? 生活も出来ないしな」
「しょうがねえなあ。俺は都会に住みたかったんだが、ご主人が田舎の方ががいいってんなら、田舎でもいいぜ?」
「まあ、ティルが帰りたいって言うなら、しょうがないわね」
「ついて来る気かよ!」
 この二人は、どうあっても俺と暮らすつもりだ。
 正直困る。
 とても困る。
 いや、確かに実際はその気になれば贅沢でもしない限り、二人くらい養えると思う。
 二人と一緒にいるのが嫌かと言えば、まあそんなこともない。
 二人とも可愛いし、性格はまあ、アレだが、かと言って嫌いってわけでもない。
 んー、まあ、あれだ、言いたくはないけど俺はあいつらを好きだと思うし、この先別れがあるのなら寂しいと思う。
 だけど、俺はまだガキだし、女と生活するのは早すぎるんじゃないかと思う。
 そもそも、もっといろいろな段階があって、その先に同居というものがあるのではなかろうか。
 いや、何度も言うが、こいつらは嫌いじゃないし、一緒に旅をしていても、疲れるがとても楽しい。
 だけど、同じ家に住んで生活を共にするのは、もう少し先にしたいところだ。
 それをどう説明しよう。
 だが、そんな事は悩むまでもなく、俺の心を読んでいるであろうユキが問答無用の表情なので、考えるだけ無駄な気がしてきた。
 まあ、先のことはまた後で考えればいいか。
 そんな事を考えていた俺の右手に、ぬくもりが伝わる。
 誰かが俺の手を握っている。
「メシュ……?」
 メシュが、俺の手を握って、俺を見上げている。
 表情がないので、何を考えているのか分からない。
 言葉がないので、何を言いたいのか分からない。
 俺の手をぎゅっと握りしめて、俺を見ているだけだった。
「どうした、メシュ?」
 声をかけるが、動かない。
 俺はユキに助けを求めてみる。
 ユキは少しだけ寂しそうにメシュを見つめ、だが、俺には何も言わず、背を向けた。
 結局俺は何も分からないまま、しょうがないので頭を撫でてやるだけだった。
 少し冷静になって考えれば、自分もそこに住みたい、と言いたかったことくらい分かっただろう。
 それに気がつけなかった事に、俺は後で死ぬほど後悔した。
 それからしばらく、ほとんど何も喋らないままに歩き続けていた。
 旅程は後半だがまだまだ先があり、留まってはいられないからだ。
 道は少しだけ山道となり、両脇が木々に囲まれた森の中を進む。
 ここを超えれば後は平原だと思われる。
 ファルカにはきついかもしれないが、もう少しだけ我慢してもらおう。
 そんな事を考えていた時のこと。
「……!」
 緊張感が張りつめる。
 気配を感じた。
 殺気とは少し違う。
 だが、警戒せざるをえないような、圧力のある気配。
 何と説明すればいいのか迷うが、圧倒的な優越を持った気配、とでも言おうか。
 それを森の方角から感じた。
 森は陽の下でも少し薄暗いが、その男ははっきりと見えた。
 若者と呼ぶには年老いた、だが、老人と言うには若い、そんな歳の男だった。
 貴族のような服を着て、手に持っている武器は鞭。
 男は警戒すら見せず、俺たちを見ていた。
 いや、俺なんかは眼中にはなかったかもしれない。
「久しぶりだな、三番」
 男が言う。
 三番、という言い回しは言うまでもなく、シュカレメルスの、メシュを呼ぶ呼び名だ。
 シュカレメルスの刺客で間違いはないだろう。
 だが、様子がこれまでと違う。
 これまでの奴らはメシュを物と考えていて、それを奪った俺たちに対して言葉を発してきた。
 だが、こいつはメシュに話をしている。
 メシュを物として見ていない、そんな間柄の男なのだろうか。
「私の顔を忘れたわけではあるまい? やっと会えたな、三番」
 男は笑うでもなく、落ち着いた声で、メシュに話しかける。
 そして、様子がおかしいのは奴だけではない。
 メシュもいつもとは違う。
 シュカレメルスでは物であったメシュにはシュカレメルスに対する愛着はない。
 そして、少なくとも俺たちの敵であるという事から、奴らを敵とみなし、殺気を発して攻撃の機会をうかがっていた。
 だが、今はそれがない。
 こいつだけは、特別ということか。
「お前は誰だ」
 俺は警戒しながら聞く。
「お前こそ誰だ? 何故三番の主人のような面をしている? 三番の主人はこの私だ」
 男は無警戒に道へと出てきた。
「名乗る名前など、必要あるまい。私は調教師。シュカレメルスが拾ってきた子供を一流の兵器に育てることを本業としている。私の調教した者は、立派な兵器として活躍している。三番もその一人だ」
 男は、堂々と、誇らしげに言い放つ。
 つまりはメシュをこうしたのもこいつの仕業か。
 俺は剣を握り直す。
 ユキも同じ感情なのか、殺気をみなぎらせている。
「戦うのは構わんが、勝てるつもりなのか?」
 男は小馬鹿にしたように言う。
「人数を考えろ。こっちは一人戦力にはならないが三人いるんだ。お前は一人。いくら力に差があろうと、これだけ人数差があれば──」
「数を数え間違えてないか? こちらは二人、お前達も、一人が役立たずなら二人に思えるのだが」
「メシュを、自分の側に考えるな!」
 俺はその態度に腹が立った。
 こいつはメシュが自分のものであるという圧倒的な自信があるのだ。
「お前こそ勝手な名前を与えるな。私の作品に勝手な感情を持つな」
 男は平然と言い返す。
 そして、武器を構える事もない。
「ま、私自身が戦うつもりはない以上、一対二と言ったところか。だが、三番は強いぞ。お前らも知っていると思うがな」
「メシュはもうお前の命令なんて聞きはしない!」
「では、試してみるか?」
 男が笑う。
 ああ、こいつは笑わない方がいい。
 笑うと腹が立って仕方がない。
 そんな事を考えている間に、悪魔の命令が放たれた。
「三番、こいつを殺せ」
 男がそう言った瞬間、ぞっとするほどの殺気が俺を包む。
 誰でもない、確実に俺にそれが向けられている。
 気配を感じた瞬間、俺の目の前にメシュの顔が現れ、そして、俺の喉に刃が──。

 どんっ

 衝撃とともに、俺は倒れる。
 喉は無事だ。
「何やってんのよ、メシュ!」
 衝撃の主は、ユキだった。
 ユキが俺に体当たりをしてメシュの攻撃を避けさせた。
 そして、メシュの前の立ちはだかり、俺を守る。
「ユキ、やめろ!」
 ユキは決して弱いわけではない。
 だが、メシュとの間には補い切れないほどの圧倒的な力差がある。
 それは初めて会った時に嫌というほど見せ付けられたはずだ。
 それなのに、こいつは俺を守り、メシュの前に立ちはだかる。
 命がけの行為だ。
「刃を向ける相手が違うでしょ!? ティルはあんたにとって何なのよ! 殺してしまってもいいの?」
 ユキが叫ぶ。
 メシュはそれでも戦闘態勢を止めることはなかった。
「ティルは殺させないわ! あたしの命に代えてでも!」
 俺の前に立ち、ユキはナイフを構える。
「あんたとも戦いたくはない! でも、あんたがティルを殺そうとするなら、あたしが守る!」
 無謀。
 ユキでは絶対メシュには敵わない。
 それはユキですら分かり切っている事実だ。
 だが、それでもユキは俺を守ろうとしている。
 死ぬつもりなのか?
 いや……。
 メシュが攻撃をして来ない。
 殺意がなくなったわけじゃない。
 現に俺への殺意はいまだ健在だ。
 だが、前にユキが立ちはだかっているため、俺を攻撃できない、という感じだ。
「やっぱりね」
 ユキが笑う。
「どういうことだ、おい三番!」
 調教師も戸惑う。
 俺は一瞬その意味が分からなかったが、はっと、思い出す。
 そう、あれは俺の言葉だ。
 ユキが仲間になった夜の日の言葉。

「あ、メシュ、こいつ仲間だから、もう手を出すなよ?」

 その言葉は、この調教師によって上書きされていない。
 つまり、メシュにとって調教師の命令である俺の殺害は最優先だが、ユキを殺すな、という俺の言葉によって俺を殺すのに邪魔なユキに手が出せないでいる。
「これでようやく話が出来るわね」
 ユキは警戒しながらも笑う。
「あんたの殺そうとしてる奴は、本当に殺していい奴なの?」
 ユキはメシュに言う。
 メシュは身構えながらも、じっとユキを見つめる。
「分かってるわよ、でもそれがどうしたのよ」
 メシュの心との会話。
 メシュの言葉は分からないが、何を言っているのかは大体分かる。
「知らないわよ! 自分で考えなさい! あんたは何がしたいのよ! あんたにとって、何が幸せなのよ! 物じゃないなら、兵器じゃないなら、自分で考えなさいよ!」
 ぶんぶん
 メシュが首を振る。
「あんたがそのオッサンと何年いたか知らないけど、ティルといた何日かとどっちが幸せだったのよ! これから先、どっちについて行きたいのよ!」
「茶番はそこまでだ。その程度で三番の心が揺らぐわけがない」
「うるさい! この子は三番って名前じゃないわ! メシュって言うのよ! そこのティルがつけた名前で、ちゃんとした人間の女の子なのよ!」
 ユキの叫び。
 俺の知る、これまで聞いてきたどんなユキの声よりも、耳に、心に響く声だった。
「そんな事は知るか! 三番、こいつから殺せ!」
 しまった!
 更に命令が上書きされた。
 これでユキを殺すことに躊躇することがなくなる。
 当のユキは、一切怯まない。
 じっとメシュを睨みつけたままだ。
「ユキ、逃げろ!」
 俺が言っても、ユキはそこを退く気配がない。
 メシュが高速で迫る。
 その顔に苦しみが見えた気がした。
 メシュは武器を構えると、素早く動き、俺と同じように喉元へと短剣を──。
 血が吹き零れている。
 メシュの髪が、顔が、服が、また血に塗れた。
「メシュ……」
 俺は信じられないようは表情でメシュを見る。
 メシュは絶命を確認すると、遺体となったその体を地面に転がす。
 じっと俺を見つめるメシュ。
 こういう時、どんな言葉をかければいいのか分からない。
 だが、メシュが言って欲しい言葉なら分かる。
 俺はメシュに近づき、口を開く。
「よくやったな」
 俺はメシュの頭を撫でてやった。
 メシュはおとなしく、自分の作った死体から顔を上げ、俺を見た。
 俺は、血が付くのを気にせず、メシュを抱きしめた。
 そして、俺は、泣けないメシュの代わりに泣いてやった。
「うん……よくやったわよ。頑張ったと思う」
 ユキも泣く。
 泣きながら頭をくしゃくしゃになるまで撫で回した。
 俺たちは二人して、泣きながらメシュを褒めてやった。
 長年従ってきた調教師を殺して、その呪縛から逃れたメシュを、心から褒めてやった。
 メシュがどんな思いだったのかは想像が付かない。
 大きな決意があったんだと思う。
 ただならない思いだったんだと想像できる。
 とにかく、メシュは俺たちとの未来を選んでくれた。
 それだけでも嬉しかった。
「そんな、何回も心の中でごめんなさいばかり繰り返しても仕方がないわよ。そこからこっちに出て来てくれた事があたしたちには嬉しいんだから」
 ユキが俺からメシュを奪い、抱きしめる。
 メシュが俺を見て、俺がユキの言葉を肯定するように頷くと、メシュはやっとほっとしたように息を吐く。
 ユキから解放されたメシュは、疲れたように俺にもたれかかるので、俺は彼女を支えてやった。
「うん、よくやったぜ」
 ファルカもメシュを──。
 あれ?
「ファルカ、いつの間に?」
 気がつくと、さっきまで姿が見えなかったファルカがいつの間にかメシュを称える輪に入っていた。
「ちょっと、あんたさっきまで何やってたのよ!」
「何って、避難してただけだぜ! 俺なんかいたら足手まといだろ? だからさっさと隠れてやったんだ。正解だろ?」
 ファルカが平然とそう言う。
 それは何の間違いもないので、ユキも言い返せない。
 いつもならそれで終わるが、今日のユキは少し違った。
「ふん、あんた得意の口でのハッタリの出番だったのに、いないからあたしが言ったわよ。あんたなんかよりずっと言いくるめられたわよ!」
 さっきのことがよほど嬉しかったのか、いい気になってファルカに言う。
 ああ、またファルカが言い返して喧嘩になるな、などと面倒に思った。
「ああ、あれは俺には出来ねえな。少しは見直したぜ」
 ファルカは爽やかなくらいあっさりとそれを認めた。
「な、な、な、何よ……!」
 まさか肯定されるとは思ってもいなかったユキは、何と言っていいか分からず慌てる。
「それだけじゃねえぜ? 一歩も引かずにご主人を守ってたじゃねえか。メシュが攻撃してこないなんて分の悪い賭けだろ? 俺なら絶対に出来ねえ」
「な、なななっ! なによっ!」
「? どうした? 俺は思ったままの事を言ったまでだぜ? 心読めるお前なら分かるだろ?」
「わ、分かるけど! なんかその……」
 ユキの顔が真っ赤に染まる。
 そんなユキの手を、メシュが握る。
「や、あたしは、そんな大したことしてないわよ、そんなに感謝されても困るっ!」
 盛大に照れるユキ。
 だが、今回、ユキに助けられたのは事実だ。
 ユキがいなければ俺は死んでいたし、メシュも三番に逆戻っていただろう。
 俺からも心から感謝したかったが、今はやめておこうか。
「あんたまで感謝か!」
 真っ赤な顔でこっちを睨むユキ。
 ああ、こいつは心が読めるんだったな。
 まあいい、だったら心から言ってやる。
 ありがとう、ユキ。
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