挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
おさない、かけない、しゃべらない 作者:真木あーと

第四章 口が立つ女と口で動かす男

13/18

第二節 殺人をめぐっての喧嘩

「ここの飯はうまい」
 俺は素直に感想を述べる。
「うん、結構おいしい。特に肉がおいしいわね」
 あれだけ怒っていたユキも嬉しそうに料理を頬張る。
「さっきそこらの奴に聞いたんだが、ここらはブタを育てるのが盛んみてえだな。おい、いいのか、共食いだぜ?」
「うるさい!」
「まあ、落ち着け。飯食ってる時くらい、静かにしろ」
 このままなら喧嘩になりそうだったので、俺は急いでなだめる。
 メシュはそんな話を意に介さず、料理に夢中だった。
 食の細いメシュがこんなに食べるのは初めてかもしれない。
 まあ、食材のせいか料理人の腕のおかげかは分からないが、この町にまた来ることがあったら、もう一度ここに来よう。
 そんなことを考えていた時。
 妙な殺気を感じた。
 それはメシュも、ユキも感じたようで、辺りを見回して怪しい奴を探していた。
 しかし、特に怪しそうな奴も、殺気を発している奴もいない。
 ただ、恐ろしいくらいの殺気は、今も感じている。
「どうしたんだ、お前ら。何か探しもんか?」
 唯一殺気に気づかないファルカが暢気に言う。
「──出るか」
 俺の言葉に、ユキとメシュが頷く。
「……おう」
 空気を読むことに長けているファルカは、理解していないものの、雰囲気を感じ黙ってついて来る。
 恐らくその殺気は外からのものだ。
 この殺気は一つの脅しなのだろう。
 こっちはこの町中で襲撃してもいいんだぞ、と。
 誰に被害があってもこっちは関係ないぞ、と。
 だから、俺たちは人気のない、広い場所に向かう事にした。
 そこに行けば現れる事だろう。
「ファルカは先に帰れ」
 俺はファルカに言う。
 ファルカは戦いが出来ないし、自分の身を守る事も難しいだろう。
 これは戦闘であり、確実に罠だ。
「俺はご主人について行くぜ?」
「足手まといだって言ってんのよ」
「分かってるぜ? その上でいくっつってんだよ」
 平然と言い返すファルカ。
 堂々と言えるのはファルカらしい。
 ファルカだって普通の女の子だ、怖くないわけじゃないだろう。
 だが、こういう時には一人で離れるより俺たちにくっついて来た方が怖くないし、安全なのかもしれない、と判断したんだろう。
「ついて来てもいいが、邪魔はするなよ?」
 だから俺はそうとだけ言い、ファルカに戦闘の見物をさせる事にした。
 戦ってるユキを見れば、何か変わるかもしれないからな。
 町も外れまで来ると、この小さな町はほとんど賑わいもなく、薄暗い世界に殺気だけが漂っていた。
 その先に立っていたのは、一人の男。
 こいつが多分俺たちをここに誘導した奴だろう。
「よく来たな、シュカレメルスに刃向かう愚か者どもよ!」
 男が叫ぶが、その声には野太さや冷徹さなどはない。
 暗くてよくは見えないが、細い体に中背の男が、防具の一つも着ずに立っている。
 大して強そうにも見えない。
「こんなのがシュカレメルスの刺客? 人材不足にも程があるわよね……!」
 ユキが言い終わる前に、空間に炎が舞い、彼女を突き刺そうとする。
 避けるのが一瞬遅ければ、今頃ユキはあの炎に突き刺され、火だるまになっていたかもしれない。
「なによ、これっ!」
「はぁぁぁぁっはっはっはっ! この私はシュカレメルス最高の魔道師だ! お前らごときが敵う相手ではない! 身の程を知れ!」
 愉快そうに笑う魔道師を名乗る男。
「さっさと三番をよこせ。そうすれば苦しまずに済む。私のような魔道師に三番の魔法は通用しない。抵抗は無駄だ、諦めろ」
 そう言うと、男は一歩前に出る。
 自らの力を誇示するために出した炎が、男の青白い顔を照らす。
 俺は、メシュを背に庇う。
「お前がシュカレメルス最高の魔道師ということは、メシュの──お前らの言う三番の言葉や表情を封じたのはお前か?」
 こいつがやったのなら、こいつにはそれが解けるはずだ。
 そうなればやり方も変わってくる。
 何とかして解かせる方法を考えることも出来る。
「封印? ふん、そんなものは低級の魔道師がするものだ。私がするわけないだろう!」
 魔導士が不機嫌そうに言う。
 ん? 人の自由を奪う魔法って、攻撃魔法の方が難しいのか?
 魔法のことはさっぱり分からないが、なんだか違う気がする。
 いや、今はそれを考えている暇はない。
 ともかく、目の前に魔道師がいる。
 魔法相手に戦った事などないが、師匠が言うには剣に比べ、攻撃範囲がかなり広い。
 詠唱の隙に間合いを詰めるのが王道、と言われたが、それも難しそうだ。
 こいつはメシュと違い魔法詠唱が必要だがそれもそう長くはない。
 ギリギリの間合いから攻撃を仕掛けたとしても、俺の攻撃の前に奴の詠唱が終わっている可能性が高い。
 それは心が読める上、俺よりも動きが速いユキにしてもそうだろう。
 それなら、メシュならどうだろう?
 あいつの素早さなら出来るかもしれない。
 だが、メシュは攻撃に魔法を乗せることで相手を殺傷している。
 体術は得意だが、速度を重視するために余分な筋肉はないし、あいつのナイフは魔法が乗りやすい加工をしてあるため、単体では殺傷能力がほとんどない。
 メシュの筋力だけでは致命傷が与えられるかどうかも分からない。
 それに本人である魔道師がメシュの攻撃は通用しないと言っている。
 恐らく前にメシュが裏切ったことを受けての対策としてこいつが来たんだろう。
 メシュにこいつは倒せないと思われる。
 そうなると、三人が同時攻撃して、誰かが攻撃を受けている間に他の奴が奴を撃つしかないか。
 いや、奴がレベルの高い魔道師である以上、その程度の攻撃は何ともないかもしれない。
 そもそも俺は、魔道師がどのような存在であるかすら分からない以上、対策を考えるのも難しい。
「三番を寄越さぬのなら、力ずくで奪うまでだ。行くぞ!」
 向こうはこちらの準備を待ってはくれない。
 魔道師が攻撃の準備を開始する。
 まずいな、とにかく散らばって一斉攻撃を避けるしかない。
 しかも、レベルの高い魔道師である以上、それで勝てる見込みも浮かばない。
 攻撃をやめて、まずは逃げることを考えるのが一番かもしれない。
 そんな事を思った瞬間。
「はっ、その程度の魔力でよくもそのような大口が叩けたものだな、この低級魔道師」
 闇からそんな女の声が響く。
「何者だ!」
 魔道師は攻撃準備をやめ、、声の方を警戒する。
 俺たちも辺りを見回す。
 こんな口調の知り合いはいない。
 だが、こんな声の知り合いがいた気がしてならない。
「何者だと聞いているんだ!」
 魔道師が怒鳴る。
「私の名を知らぬとは、どこの田舎魔道師だ。寿命に縛られた無知で矮小な存在め」
 名を知るも知らないも、俺の知る限り一切名乗ってはいないんだが。
「まあいい、この町は私のシマだ。ここで騒ぎを起こすのなら私が相手をする。お前程度の魔道師が千年を魔法に捧げた私に勝てると思うのならかかって来るがいい」
「くっ……」
 魔道師の男は不老長寿の魔道師の登場に焦る。
「次の機会には、人として生まれるのだな……」
「ま、待て! 分かった! ここは引く!」
 魔道師は慌てて叫ぶ。
 それは対面は保っているものの、命乞いに近い。
「分かったならさっさと去れ! そして、二度とこの町に足を踏み入れるな!」
「くっ!」
 魔道師はこちらをひと睨みすると、走り去った。
 俺はひと息つくと、声の主の方に向かった。
「……お前、いつから不老不死の魔道師になったんだよ?」
 俺を可愛げのあるにっこりとした表情で見上げる、声の主であるファルカに言う。
「おいおい、ご主人まで信じんなよ。そんな力があったらあんな町であんな事してねえだろ?」
「……まあな?」
「な、何言ってんのよあんた」
 あまりにあっさり言うので、俺もそりゃそうか、などと納得しかけてしまった。
 まったく……こいつの度胸って感心するくらい図太いよな。
 完全な嘘話であそこまで堂々としてたのかよ。
 今回は相手が逃げたからよかったものの、もし開き直って攻撃して来たなら、かなり危なかったと思う。
 町にいたときの商売もそうだけど、本当、こいつって危なっかしいな。
「お前さあ、こういうの危ないだろ? もし、あいつにばれてたらどうなったと思ってんだよ!」
「あー、大丈夫。あいつ大した魔道師じゃなかったからな」
 事もなげに言うファルカ。
「本当にレベルの高い魔道師はシュカレメルス一なんて、てめえの仲間内で一番、なんてちっぽけなハッタリかまさねえしな。メシュの封印もしてねえっつってたから、出来ねえし分からねえんだと思った」
 心が読めめるユキですら驚くほどの観察力と洞察力。
 あの短時間でそこまで分析していたのかよ。
「ああいう輩は弱いもん虐めが大好きだが、自分が敵わねえ相手にはまず刃向かわねえもんだ。恥かくのが大嫌いだからな。だから、さっさと逃げると踏んだんだ。当たってるだろ、ご主人?」
 愉快そうに笑って寄り添ってくるファルカ。
 俺はまず自分が驚きたいのか呆れたいのかすら分からず、さまざまな感情が交錯して、しばらく口を開いたまま何も言えなかった。
えなかった。
「……ま、まあ」
 だが、ファルカが俺たちを救ったのは事実だ。
「よくやったぞ、ファルカ」
 俺は素直にほめやる事にした。
「へへへっ、いいって事よ」
 ファルカは、少し嬉しそうに笑って腕に絡み付いて来る。
 少し離れたところに、同じように口をあけて突っ立っているユキも、そのハッタリを認めざるを得ないだろう。
 少し悔しそうな表情をしているあたり、素直にはなれないんだろうと思う。
 メシュは……。
「あれ、メシュがいないぞ?」
 辺りを見回し、視界にメシュが見当たらない事に気づく。
 陽の落ちた町は、家や店から漏れる灯りしか光はない。
 だが、ここらには先ほどの魔道師が残した火があるため、ある程度遠くまでは見渡せる。
 少なくとも、その灯りの範囲内にはメシュはいない。
「あれ? さっきまでいたのに……?」
 ユキも不思議そうにメシュを探す。
「どうせ、さっきの奴を追って殺しに行ってんじゃねえの? 俺だったらそうするぜ? 今が一番油断してるところだろうからな」
 ファルカの軽口を、俺は笑えなかった。
 メシュなら、その可能性は十分ありえるからだ。
「メシュ!」
 俺は魔道師の去って行った方向に走った。
 一応は周囲を警戒する。
 あいつが、ファルカのハッタリに気づいて戻ってくるかもしれないからだ。
「メシュ……!」
 少し前の方に気配を感じる。
 誰のものかは分からないが、少なくとも殺気はない。
「メシュ、か?」
 俺は聞いてみる。
 例えメシュだとしても、彼女には返事をするすべがない。
 俺は注意深く、徐々に気配に近づく。
 気配は俺が近づいた分だけ後退する。
「…………?」
 何だ?
 何がしたいんだ?
 これは本当にメシュなのか?
「なあ、メシュだろ? 何してるんだよ、こっち来いよ」
 俺はその場に立ち止まって様子を窺う。
 俺が止まると向くも動かない。
 何も言わないし、気配も消してはいないが存在をアピールしているわけでもない。
「何してんのよメシュ?」
 後ろから、俺に追いついてきたユキが気配に向かって言う。
「はあ? 怒られる? ティルがそんなことで怒るわけないじゃないの」
 話をしている、ということは相手はメシュなんだろう。
 それなら、心配することはない。
 俺は走って気配に追いつく。
 気配は少しだけ逃げようとしたが、観念したのか立ち止まる。
「どうしたんだよ、メシュ……」
 夜更けの暗闇には、月明かりしかない。
 黒い髪に黒い服、浮かび上がる白い顔のメシュ。
 その顔が、血に塗れていた。
 必死に拭おうとした跡があるが、そう簡単に落ちるものでもない。
「あいつを殺してきたのか……?」
 こくこく
 メシュが頷く。
「まったく……」
 俺が小言の一つでも言おうとした時だった。
「え?」
 ぎゅっ
 胸にぬくもりと締め付けを感じた。
 視界から、メシュの顔が消えた。
 薄暗い中で、何が起きたのか一瞬分からなかった。
 メシュが、俺を抱きしめている。
「メ、メシュ?」
 その意図が分からず、引き離すことも出来ず、俺は戸惑う。
 メシュだって女の子だ。
 ファルカどころか、ユキ程も女の子っぽくないが、こうして抱きつかれると女の子を感じてしまう。
 小柄で柔らかい身体、息遣い、女の子の体臭。
 思わず抱きしめ返してしまえそうになる。
「『ごめんなさい』ってずっと言ってるわよ」
 背後から冷めた声のユキ。
 まずい、ユキがいたんだ。余計なこと考えないようにしないとな。
「分かった。別に怒るつもりはなかったし、もういいぞ?」
 俺が言うと、メシュは少しだけ抱きしめている力を弱めて俺を見上げる。
 ま、あの魔道師は俺たちに大魔道師の仲間がいると思っていたし、それがシュカレメルスの耳の届けば、本格的な敵を送り込んでくる可能性もあった。
 だから、逃がした俺は甘かったし、メシュの判断は正しかった。
 俺はメシュに人殺しをあまりして欲しくないために、簡単に殺すなとずっと言っているし、最初に盗賊を殺した時には怒ってしまった。
 その記憶が、メシュを萎縮させてしまったんだろう。
「よくやったぞ、メシュ」
 俺はメシュの頭を撫でてやった。
 メシュは表情を変えることはなかったが、俺の胸に頬をつけて、しばらくじっと撫でられていた。
 子犬みたいで可愛い奴だな。
「メシュはああ見えて分かってる奴だな。男ってのは怒ってても、泣きながら抱きしめて謝れば大抵おとなしくなって許してくれるもんよ。俺もよく使う手だぜ」
 背後でファルカが言う。
 そう言えば、メシュが自分から抱きついて来るなんて、初めてのことかも知れない。
 どういう意図があったのかは分からないし、解明する気もない。
 どっちにしろ、俺はメシュを許すだろうし、それが計算だったとしてもかまわない。
 それがファルカの悪影響だったとしてもな
 メシュが人間的に生きることに反対するつもりはないし、周りにいる人間に影響を受けていくのも悪くはない。
 だが、ユキから強引さわがままさを、ファルカから媚びと計算高さを学び、どこへ向かうのだろう、という不安もある。
 まあ確かにそれらを適量構成すれば魅力的な女の子になると思うが、この二人はそれがあまりにも極短過ぎるからな。。
 メシュの周りに中々いい見本はいないもんだなあ、などと思ったら、心を読んでいたユキに後ろから蹴られた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ