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おさない、かけない、しゃべらない 作者:真木あーと

第一章 話せない少女と心が読める少女

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第一節 男が連れてきた少女

 一見平和そうな、実際平和な昼下がりの中庭。
 穏やかな風が通りぎ、遠くには鶏の鳴き声も聞こえる牧歌的な風景。
 そんな見るからにのどかな村に、似つかわしくない、強い殺気。
 それを発してるのは俺と、俺の前の初老の男だ。
 お互い相手に対して、風景には似つかわしくない殺気と緊張をみなぎらせていた。
 俺たちはお互いに剣を向けたまましばらく経つ。
 互いの間合いは既に把握し合っている。
 相手に一歩近づけば、俺の剣先は一撃で男に届き、男の剣先はやはり一撃で俺に届く。
 だからこそ、お互いに一歩を踏み出せない。
 その一歩を踏み出すことは、勝利と敗北が、つまり生と死が混合している。
 お互いの技量に大きな差がない場合、いかに相手の隙を窺い、先んじて攻撃を成功させるかだ。
 どちらかが隙を見せるまでの根比べだ。
「…………」
 来たっ!
 男が一瞬の隙を見せたその瞬間。
 俺は一歩を踏み込み攻撃に転じる。
「はぁっ!」
 上段からの脳天狙い。
 首か胸を狙うだろうと思っている相手の意表をつく上段攻撃。
 あえて一撃必殺を狙わず、行動停止にしてからの二撃目の必殺。
 男は落ち着いてその剣筋を見極め──。

 かきん

 金属同士がぶつかる音。
 あれ?
 俺、攻撃中だったっけ……?
 攻撃が、決まったはずの瞬間。
 俺は手に剣を持っていなかった。
 俺は何が起こったのか理解できず、一瞬の虚が生まれた。
 呆然とし、はっとわれに帰り、相手を探そうとした次の瞬間。
「……!」
 男の剣が俺の喉元にあるのを確認した。
 男がその気だったら、俺の首はそこにはなかった。
 これで勝負は決まった。
「勝負、あったな」
 男、いや、師匠が言うが、言われるまでもない。
 俺の剣は少し離れたところに転がっていた。
 俺の攻撃を受け流した師匠に、そのまま叩き落されたのだ。
「参りました」
 俺は膝をつく。
「あぁぁぁぁぁっ!」
 俺は悔しさに軽く叫んだ。
 クソっ、今回は惜しかった! もう少しだったよな!
 今度は行けたと思ったんだけどなあ!
「──ティルドよ」
 地面を叩いて悔しがる俺に師匠は穏やかな声で言う。
「お前の剣の腕はかなり向上した。最早私と互角と言っていいだろう。だからこそ、ここからは心理戦なのだ」
 師匠は剣をしまいながら、いつもの説教の時間に入る。
「剣の腕に差がなければ、剣を振るう速さも正確さも互角。ならばいかに相手のペースを崩していくかが勝負の分かれ目となるのだ。相手の心理を探れ。そして利用しろ」
 また同じ説教かよ。
 分かってんだよそんな事。
 けど、そんなことが簡単に出来るかよ。
「いや、人の心を読むなんて、そう簡単には出来ませんよ、俺そういう能力持ってるわけじゃないんで」
 俺は不貞腐れた態度で師匠に反論してみる。
 これも最近じゃ珍しくもない。
 俺にとっては師匠は剣の師匠でもあり、親父みたいなもんだしな。
 それに俺はこの意見を間違ってるとは思ってない。
 いや、確かにこの世には人の心を読める奴はいるさ。
 でも、俺はそんな能力持ってるわけじゃないんだ。
 そんな能力なしに人の心なんて読めるわけがない。
「私だって心が読めるわけではない。だが、心が読めなくとも、心はいくらでも表面に現れる。目の動き、表情、呼吸や汗、手足の動き、心拍──。それらを読めるようになれば心など、いくらでも分かるというものだ」
「そんなもんっすかねえ」
 密着もせずに心拍が分かるなら、そりゃ心読むのと同じくらいの能力なんじゃないか?
 そもそもだ、師匠にそう言われてから師匠の呼吸やら表情を読もうとしてるが、さっきみたいに逆に偽の隙を作られて攻撃をさせられる羽目になってるわけだ。
 俺が読めるのは、イライラしてる時と、呆れてる時の表情くらいだ。
 人の心が読めるなんて疑わしいとしか言いようがない。
「疑わしい、と思っているな?」
「え? な、何の事ですか?」
 師匠にいきなり俺の心を読まれ慌てる。
 師匠は少しだけ笑う。
「かまをかけただけだ。だが、今の態度でそれが図星だと分かった」
 そこまで見てるのかよ、全くかなわねえな。
「このはったりもまた心理戦だ。こうして出来た隙を突くことも出来る。さっきのお前のようにな」
「…………」
 そう言われると何も言えない。
 事実、さっき隙を見せて負けたのは事実だ。
「お前にもそんな心理戦は出来ると思う。だが、やはり経験不足が来ているな。このような心理戦は、本当の殺し合いの最中の研ぎ澄まされた精神で磨かれて行くものだからな」
 師匠はもう一つ、俺が言い返せない事実を嘆く。
 俺の経験不足。
 これはどうしようもない事実だ。
 言うまでもない、この田舎では戦う相手がいない。
 戦争もなければ外敵もいない。
 盗賊は時々来るが強くはない。
 俺や師匠にとって不足ないような相手ではない。
 だから、俺は師匠とナマクラで戦うしかない。
 師匠もそれが分かっていて、やっぱり困った顔をする。
 俺はその表情をされると、さっき負けた時以上に悔しい気分になる。

 俺の名前はティルドラーディル。
 仰々しい名前だが、別に貴族ってわけじゃない。
 この村は王国の中でも王城のある町からかなり離れてるので、結構自由なのだ。
 だから、子供に貴族みたいな名前を付けるのは結構当たり前の事だし、誰もそれを咎める者はいないわけだ。
 一応王から村を預かってる領主はいるが、これがまた心の広い人で、名前程度で怒る人じゃない。
 ま、だから名前を付けること自体問題はないんだが、付けられる側はたまったもんじゃない。
 長ったらしくて、名乗るのも面倒、呼ばれるのも面倒、遠くから来た人に名乗る時には、名前の長さから貴族と勘違いされるので恥ずかしい事この上ない。
 まあ、死んだ両親が付けてくれた名前が嫌いというわけじゃないし、感謝していないわけでもない。
 だが、この長すぎる名前をいちいち名乗るのは面倒なので、俺はティルドと名乗ってるし、周りからもそう呼ばれている。
 この村でも、俺の本当の名前は、もう師匠くらいしか知らないかも知れないな。
 師匠は俺の両親が死んでから、自分の家に俺を置いて剣を教えてくれる、親代わりだから、知っていて当然ではあるが。
 師匠の名前はバザメマル。
 田舎の剣道場の師匠をしているが、実は結構凄い人だ。
 この人はこの国の剣技を変えたと言ってもいい。
 従来の剣技は、基本的に剣を相手に叩きつけて、力と勢いでなぎ倒す、というやり方が主流だった。
 だから、みんな力を付けて筋肉を増やして行ったのだが、師匠はそのやり方を変えた。
 つまり、力の弱い者でも強い者に勝てる剣技を編み出したってわけだ。
 剣先を巧みに操る事で相手の攻撃をかわし、確実に急所を攻撃して体力を使わずに倒す、という、本当の意味での剣「術」で、若い頃は名を馳せたのだ。
 そのおかげで師匠は、かつて王国騎士団の親衛隊長にまでなったことがあるらしい。
 言うのは簡単だが、それはそう簡単なことじゃない。
 親衛隊長ってのは文字通り王を守ることを専任とする部隊だ。
 だから、強いだけでなく、信頼されなければなれず、多くは王族出身者が就任する。
 それを王族どころか貴族でもない師匠が就任したって事は、どれだけ凄いことかわかるだろうか。
 だが、親衛隊長にまでなると、剣技だけでは渡って行けなくなる。
 その立場は、政治や権謀の方が強くなければ生き残れない世界だ。
 師匠自身、剣に生きてきた人だから、そんな力は全くなかったが、周囲の彼を心酔する貴族や王族に守られて権謀に巻き込まれずにいた。
 だが、やがて謀に巻き込まれ、師匠は若くしてその座を追われることになり、故郷であるこの村に戻ってきて、ここで剣技の道場を開いたのだ。
 当時、師匠の剣技や伝説は国中が知っていたため、その彼から剣技が習いたいという若者が彼の道場には殺到した。
 だから、王国一弟子の多い道場になったわけだが、それで黙ってなかったのが、彼を追い落とした連中だ。
 奴らは師匠が王を憎んでいて、王を倒す軍隊を育成している、という噂を広めたのだ。
 もちろん、貴族や王族にも師匠を尊敬する人は多くいる。
 だから、それを否定して回っている人たちもいたようだ。
 だけど、悪い噂の方が早く広まるもので、師匠が国家転覆を謀っているという噂は消えることはなかった。
 しょうがなく、師匠は道場を解散した。
 そして、内弟子である俺だけの道場にして、細々と続けた。
 ま、死ぬまで生きていけるだけの金は既に持っているわけだから、生活に困ることはない。
 だけど、そのせいで、今俺が直面している、練習相手がいない、という問題が発生しているわけだ。
 大勢の練習生がいたら、中には強い奴もいたかもしれない。
 そういう奴と鍛え合って、お互いどんどん強くなれたかも知れない。
 それが悔しくて仕方がない。
 俺も師匠が言うように、強い奴らと戦いを繰り返して強くなりたい。
 ここではもう限界かもしれない。
 とは言え、王城に行き、兵士に志願して騎士を目指すのも、師匠の話を聞いていると、何となく決断が出来ない
 この領地の兵として盗賊や獣から町を守るという仕事ならあるだろうが、この町の番兵はみんな俺よりも弱い。
 師匠の弟子で一番出来の悪かった奴が、番兵としては大活躍をしている、なんてことも、俺が行きたくない理由の一つだ。
 そんな将来に夢も希望もない、ただのガキの俺に、師匠は優しく笑いかける。
「──剣を極めると言うことは、強くなることだけではないぞ。剣は非情な武器だが、優しさにもなり得る」
 剣が優しさ?
 何言ってんだ? 意味が分からない。
 俺がそんな表情をしていたら、師匠は詳しく説明をしようと口を開く。
 その、瞬間のことだ。
「バザメマル殿! バザメマル殿はおらぬかっ!」
 切迫した、叫びに近い声が屋敷の表から、この裏庭まで聞こえてくる。
「ふむ、誰か来たようだな。緊急を要するようだ」
 師匠は剣を俺に託すと、中庭を抜けて歩いていく。
 残された俺は、師匠の剣と、地面に落ちた自分の剣を持ち、家の方に戻る事にした。
 俺は剣を片付ける前に手入れしておこうと、机の上に置く。
「ティルド、いるのなら毛布を持ってきてくれ」
 すると、師匠が客間から俺を呼ぶ。
「わかりました」
 客間に毛布?
 何事だと思ったが、言われた通りに毛布を用意して客間に向かう。
「失礼します、毛布を持って来……」
 客間に入り、中を見回すと、俺は毛布を落としそうになるほど驚いた。
 客間には、師匠以外に二人の人間がいた。
 一人は兵士風のいでたちの男。
 もう一人は、俺よりは五年くらいは歳下のような女の子。
 俺が驚いたのは男の方だ。
 様子がおかしい、というか異常だ。
 ここまで走ってきたのだろう、息は上がっていて、身体もぐったりとしている。
 まあ、それだけなら驚く程じゃない。
 俺だってきつい練習の後はそんな状態になることは珍しくもない。
 ただ、その憔悴というか、疲弊というか、その度合いが異常だ。
 目を閉じて、開いたら死んでいてもおかしくはないくらいの状態だ。
 目は見開かれていて、かろうじてまともな精神状態を保っている、という風に見える。
 顔は真っ青で、手足も力なく、だが震えは止まらない。
 外傷はない、ように見える。
 だが、俺が見てるのは、腹を刺されて、今にも死のうとしている人間を見ているかのようだ。
「ティルド、彼に毛布を」
「……はい」
 師匠にそう急かされて、俺は慌てて彼に毛布をかける。
 それで止まる震えとも思えないが、全身が暖かくなるように包んでやる。
 その時ちらりと女の子の方を見る。
 こっちは逆の意味で驚いてもいいくらい、全く表情のない顔で宙を見ている。
 隣で連れの男が異常な状態にも関わらず、全く興味がないようにそこに座っていた。
 顔の造詣がかなり綺麗なだけに、人形のようにも見えるが、息もしているし、時々目も動くので、人間なんだろう。
 そもそも人形なら、もっと可愛い服を着せるだろうが、この子は、動きやすさを前提とした地味な服を着ている。
 どこまでも黒く、長い髪も、動きやすいように後ろでまとめている。
 俊敏に動くための服装だと思うが、俺にはこの子が俊敏に動く姿が想像できなかった。
 今はほぼ動いてないし、表情もないんだからな。
「バザメマル殿……お力を、お貸しいただきたい」
 もう息も絶え絶えの様子で、力を振り絞って、男は師匠に懇願する。
「ふむ。話を聞こう。だが、まずはゆっくり休んでから──」
「いやっ!」
 師匠の言葉を、男は遮る。
「明日では遅すぎる。時間が、ないのです……!」
 切迫した表情と声。
 そして、その声にあるものは覚悟。
 明日では遅すぎるのだ、この人には。
 師匠も、それを十分に理解したようだ。
「分かった。話を聞こう」
 師匠はそれに応える事にしたようだ。
 俺は毛布を届け終わったので、彼が話を始める前に、部屋を後にした。
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