【22】「破道の百一」
「総隊長・・・!」
その場で凍り付いていた隊士たちが、かすれた安堵の声をあげた。
タン、と手にした杖が、地面を突く。
堂々とした足取りで、総隊長が姿を現した。
ごくり、と誰かが息を飲み込んだ。
決して、その霊圧は烈しくはない。
しかし、歩みと共に輪のように広がる霊圧が、その場の空気を制圧してゆく。
「さすがですねェ、その力・・・お変わりないようで」
どことなく嬉しげに、孤虹はその口の端を上げた。
「何。お主ほどの勢いはもう無うなったがな」
その言葉とは裏腹に、老人とは思えぬ力のこもった動きで、ひゅん、と手にした杖を振る。
それと同時に杖の外側は姿を消し、中からは、一振りの斬魂刀が姿を現した。
山本総隊長の持つ最強最古の斬魂刀、「流刃若火」である。
10メートルほど手前までやってくると、そこで総隊長も動きを止めた。
―― ここが、境界か・・・
おそらく、これ以上一歩でも踏み込めば、互いの間合いに入る。
「古巣に戻ったか。何ゆえじゃ」
眦を決し、総隊長が言い放った。
それを、孤虹の涼しげな瞳が受け流す。
「復讐のためか?お前たちを裏切った、精霊廷に対しての」
―― なに?
砕蜂は、その言葉に一抹の違和感を覚えた。
それは・・・「逆」ではないのか。
「まぁ、ね」
ゆっくりと、再び孤虹は歩き出した。
山本総隊長に向かって。
膨張してゆく霊圧に、ビリ・・・と空気が震え、傍を取り巻く隊士たちに緊張が走った。
「ちょっと、王印を借りようかと。精霊廷が持ってても使いやしないだろ」
「そんなことが出来ると思うか!」
砕蜂が身を乗り出し、叫んだ。
「出来るわよ」
孤虹の言葉は、短かった。そして、スッと視線を地面に伏せる。
「黄昏に沈む翼。一切の光を滅す瞳。汝の棲まいし闇に我を誘え」
その言葉に、誰もが怪訝そうに眉をひそめた。
鬼道のようだが、そのような詠唱を、誰もが聞き覚えが無かったからだ。
しかし、その詠唱に反応したのは、総隊長だった。
「よせ!」
一声叫んで、思わず、といった仕草で孤虹の方に手を伸ばす。
「その技は・・・!」
「破道の百一」
「ひゃ・・・百一?破道は百までのはず・・・」
周囲からどよめきがあがる。
「バカだねぇ、そんなの誰が決めたのさ。鬼道は百が限界だって」
蓮っ葉に言い捨てると同時に、手にした扇「紅南風」をシャン、と振った。
ぽぅ・・・と扇を紅色の光が包んだ、と思った瞬間、扇は一振りの刃に姿を変えていた。
「鬼道と、斬魂刀の力を組み合わせた、アタシだけの技さ。
かわした者は、今まで・・・誰もいない」
「・・・それを打てば、何が起こるかわかっているのか」
「山本総隊長。貴方は、死なないだろうね。そこの隊長さんも」
チラリ、と孤虹が視線を砕蜂に走らせた。
「でも、それ以外に半径1キロ以内で助かる人間はいないだろうさ。
そして、精霊廷全土に壊滅的な打撃を与える・・・」
ゆっくりと口から紡がれる言葉。それを受けた総隊長の表情が、全てを物語っていた。
「ひ・・・」
隊士たちが、じり、とその場から退く。
「王印を渡しな」
「脅すつもりか、孤虹!」
「つもり、とは甘いねぇ、相変わらず」
あざけるように、孤虹は山本総隊長を見返す。その瞳に一気に力がこもった。
「精霊廷全土を人質に、卑怯にも脅してんのさ」
「貴様!元隊長として、恥ずかしくは無いのか!」
砕蜂がその時、声を上げた。
今の隊長達に、精神面で未熟なものは多いと思ってきた。
戦闘狂の更木、マッド・サイエンティストの涅、一人一人の命に拘りすぎる日番谷。
しかしそれでも、「精霊廷を護る」という強い意志だけは、皆持っていると思う。
それに比べて・・・この女は。
こともあろうことに、精霊廷と引き換えに、己の願望を叶えようというのか。
―― 裏切りには必ず、理由がある。
やはり、そんなことには意味はないのだ。
砕蜂は、そう言った時の日番谷の表情を思い出し、心中で毒づいた。
砕蜂を見やった孤虹は、その紅色の口角を上げただけで、何も言わず視線を戻した。
「どうするんだい?山本総隊長。アナタならアタシに勝てるかもしれない。
ただ、精霊廷は灰燼に帰すけどね」
卑怯な・・・砕蜂は歯を食いしばった。
ふたりが刀を向ければ、戦いに勝とうが負けようが、精霊廷は崩壊する。
精霊廷守護の要である総隊長が、それと知って戦えるはずがないではないか。
そして、それをこの目の前の女は、誰よりもよく分かっている。
「・・・!」
山本総隊長が、無言で唇を噛んだ。
その表情から、苦悶が手に取るように感じられる。
ゆっくりと・・・彼が手にした「流刃若火」の切っ先が、下へと降りた。
「それじゃ、中に入らせてもらいますか」
その横を、軽い足取りで、孤虹が通り過ぎる。
ヒュンッ!!
その頭に向かって、一筋の閃光が光った。
孤虹は振り向きもせず、頭の位置を少しだけずらす。
「!」
完全に避けきったと誰もが思ったが、その頬に、真紅の一線が引かれた。
「・・あンた」
孤虹ははじめて振り返り、血を流す足を引きずりながらも、立ち上がった砕蜂を見た。
その手には、苦無が握られていた。その切っ先を向け、砕蜂が孤虹をにらみつける。
「そんな苦無で、アタシを殺せる訳がないだろ。無様な真似はやめな」
「無様、だと」
腱を切られた足は、他人のように言うことをきかない。
それでも、砕蜂はよろめきながらも、前に歩き続ける。
「本当に無様なのは、隊長でありながら、精霊廷の敵に、一矢も報えぬことだ!
貴様には絶対に分からぬ」
こんな醜態をさらすために、何百年も修練を積んだわけではない。
尊敬した元上司の失踪後、その隊長の座を奪い取ったわけでもないのだ。
こんなにカンタンに隊長の座を捨て、精霊廷を裏切った女には、絶対に分からぬ。
「・・・」
孤虹が、砕蜂に初めてまともに向き合った。
そして、斬魂刀をヒュッと空中で一振りすると、大股で砕蜂に歩み寄った。
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