【21】「必要なんだよ。王印の力が」
「ここは既に貴様の立ち入ってもよい領域ではない!今更、何をしに来た!」
「王印。あるでしょ?ここに」
「・・・なに?」
その言葉は、砕蜂には意外なものだった。虚を突かれて一瞬、黙り込む。
―― 王印・・・など、どうするつもりだ?
草冠宗次郎が王印を奪い、精霊廷に戦いを挑んだのはまだ記憶に新しい。
卍解を会得していない草冠が使ってさえ、隊長全員でかからねば押さえ込めないほどだった。
もしも、この女や黒星がその力を使ったら。
結果は、火を見るより明らかだ。
その間にも、ゆっくりと孤虹は門に歩み寄っていた。その足音に、砕蜂は我に返る。
「使わないでしょ?アタシに頂戴」
「馬鹿を言うな」
返した砕蜂の背中を、つい、と冷たい汗が流れ落ちた。
その頃には、一番隊の隊士に加え、二番隊も続々と門の前に集結しつつあった。
しかし、「敵」が着物姿の女一人、と知ると、戸惑ったように顔を見合わせた。
「王印で何をするかは知らんが、ただ一人で乗り込んでくるとは無謀というもの。
後悔するぞ、孤虹」
冷たい、強い言葉はいつも通り。しかし砕蜂はその時、女の姿に視線を奪われた。
着物の胸元からこぼれる、白く豊かな胸元。
裾からのぞく、細い足首。
目尻を紅く染め、きりりと描かれた眉。
自分が厭い、投げ捨てた「女」というものを、惜しむことなく備えている。
その艶のある唇が微笑む形に、砕蜂は図らずも、見惚れた。
「一人で来るから粋なんじゃないか。ぞろぞろ古巣へ帰るなんて無粋ってものサ」
ざっ、と女の足が砂を踏む。
その頃には、皆気付いていた。女の孕む空気が、まともではないことを。
異様、異質、異常。「異」という言葉がふさわしい。
―― この女は、危険だ・・・
本能が、この女に背を向けろ、全力で逃げろと言っている。
「何をしている、早くかかれ!」
一番隊舎の中から走り出てきた隊士たちが、飲まれたように立ちすくむ門番達を叱咤する。
「お・・・おぉ!」
その言葉で我に返ったように、門番たちが一斉に、孤虹に向かって駆け出した。
「ま・・・待て!」
砕蜂は、気付けば叫んでいた。
「その女に不用意に近づくな!」
「・・・正鵠※」
孤虹が顔を上に向け、小首をかしげた。
そして、その唇が何かを呟いた。
途端。
「う・・・うぉっ?」
「なんだぁ?」
門番たちの体が、突然何かに拘束されたように、その動きを止めた。
「く・・・くるし・・・」
手から、次々と斬魂刀が落ちる。
その胴体が、目に見えぬ大きな手のひらに掴まれたかのように締まり、よじれてゆく。
―― なんだ、この技は?斬魂刀の力か・・・?
砕蜂は、門の上で斬魂刀を構えたまま、目下の状況を見下ろした。
締め上げられた男たちの顔が赤く、そして次々と蒼白に色を変えてゆく。
その体が、上にぐっと持ち上げられたように見えた次の瞬間・・・つま先が、宙に浮いた。
「う・・・わっ!!」
5センチ。30センチ。1メートル・・・
門番達の体が中空に持ち上げられるに至り、それを成すすべなく見守る隊士達の間にも、恐慌が広がった。
その中を、悠然と孤虹がひとり、歩みを進める。
「砕蜂隊長!」
二番隊の隊士たちも、思わぬ事態にたたらを踏んでいた。
ちっ、と砕蜂は舌打ちをする。
「私が行く!」
叫ぶと同時に、その姿が掻き消える。
「素早いね」
唐傘を上に持ち上げ、孤虹が呟いた。
その刹那、砕蜂の振り上げた足が、孤虹の頭を狙っていた。
ギンッ!!
孤虹が顔の前にかざした腕と、砕蜂の足首が烈しく交錯する。
―― この感触は・・・
肉体ではない、もっと硬い・・・鉄のようなもの。
砕蜂がそう思った時、孤虹が砕蜂の蹴りを受け止めた、着物の袖の中に手を差し入れた。
その中からスルリ、と抜き出されたのは、艶やかな薔薇の花が描かれた、鉄扇だった。
―― ただの扇ではない!
孤虹の白魚のような指が踊り、鉄扇が開かれる。
「覚悟っ!」
中空で体勢を立て直し、砕蜂は、斬魂刀「雀蜂」を繰り出した。
普段はそう簡単に斬魂刀は出さないが、相手がこの女では、遠慮する必要はあるまい。
無防備な孤虹の顔に、その雀蜂が吸い込まれた――
「隊長っ!」
隊士の声が周囲に響くと同時に、鋭い金属音が響き渡った。
「うっ・・・」
その瞬間、宙に浮いていた門番達の体が落下し、次々と地面にくず折れた。
「おい!大丈夫か!」
隊士たちが駆け寄るが、門番達は口から泡を吹いたまま、意識は全くなかった。
孤虹が持っていた唐傘が、驚くほど高く、宙を舞う。
恐ろしく長いような気がした時間の後、乾いた音を立てて地面に転がった。
そして・・・その唐傘の向こうに、ふぅわり、と孤虹の後姿が降りた。
風に膨らんだ蒼の着物が、地面に着地すると同時に、元の姿に収まった。
しなやかな髪が、さらりと背中に流れた。
「唐傘、ダメにしちまったね」
小さく肩をすくめる。そして、手にした鉄扇を空中で一振りした。
と、同時に。真紅の液体が、空中に飛び散る。
「な・・・に?あれは・・・」
隊士たちが、その扇を見て絶句する。
その扇の骨の部分一本一本が銀色に光り、更に目を凝らせば・・・鋭い刃さながらに磨き上げられているのが分かったからである。
「き・・・貴様」
10メートルほど離れて対峙した砕蜂は、地面にうずくまったまま動かない。
その両足首を手で掴んでいた。指の間から、次々と血が流れ出し、地面に赤い水溜りを作った。
―― この女、腱を・・・!
砕蜂は、その場にうずくまったまま、歯を食いしばった。
「それが、貴様の斬魂刀か・・・」
「紅南風。始解もまだだけどね」
皮肉っぽくもなく孤虹は言い放った。
「アンタの戦い方、サッパリしてて嫌いじゃないよ。でも、まだまだ修行が足りないね」
「敵」というよりも、まるで後輩を見るような、笑顔。
パシッ、と音を立て、片手で扇・・・いや、「紅南風」を閉じる。
「・・・なぜだ」
気づけば、砕蜂は傷の痛みに歯を食いしばりながらも、問うていた。
「なぜお前のような実力者が、野に潜んでいた。なぜ王印を求める!」
「必要なんだよ。王印の力が」
「王印など手に入れて、今更何をする気だ!」
「それは・・・」
孤虹が、口を開いた瞬間だった。重々しい声が、その場の緊迫した空気を破った。
「待て。孤虹」
ぴたり、と孤虹の足取りが止まった。
そして、声を放った主を見上げ・・・優しげに微笑んだ。
「お久しゅうございます。・・・山本総隊長」
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※正鵠=「物事の要点や急所を正確にとらえること」。その通り。
「最もだ!」と思ったら、学校でおうちで、使ってみてください。
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