【20】「貴様!孤虹か!!」
「この霊圧・・・黒星隊長じゃない?」
「近くに感じるこの霊圧、茜雫のものだ!」
浮竹が京楽に返すと、すぐさま立ち上がろうとした。
しかし、立ち上がったとたんに、ごほごほと咽こむ。
「まさか行こうってのかい?その体調じゃ無謀もいいとこだよ」
「でも・・・茜雫は俺の部下には違いは無いんだ!」
夜一は、二人の会話を聞きながら、視線を背後の庭へと移した。
無遠慮な足音が、遠くのほうから聞こえてきていた。
「庭から急に入ってくるな、お主ら!」
「夜一さん、あんた来てたのか!冬獅郎は来てねぇか!」
風情も何もなく、庭を突っ切ってやってきたのは、一護、ルキア、恋次だった。
「日番谷冬獅郎なら・・・」
夜一は、ちらり、と視線を中空に走らせた。
「今霊圧を感じたぞ。一足早く、現地に入っていたようじゃな」
「おいホントか?アイツ、抜け駆けかよ!」
「草冠宗次郎の霊圧も、今跳ね上がった。神崎茜雫のすぐ傍におるようじゃ」
「・・・はっ?」
一護が、とっさに思考のおいついていない顔をした。
「止まらぬな・・・」
夜一は一護にかまわず、ひとり、つぶやいた。
まるで獲物の匂いをかぎつけた獣のように。一人、また一人と戦いに巻き込まれてゆく。
こんな場面を、これまで何度も見てきた。
「止めるさ」
一護の言葉に、ハッと我に返る。
たった10年ちょっとしか生きていない、死神から見れば、よちよち歩きを覚えた赤ん坊なのに。
生まれたてで、弱くて、可能性を秘めている。
それを愛しいと呼んだ、あの女の記憶がまたひとつ、鮮やかになる。
「蝶の半身はここにおるぞ」
返事の代わりに、夜一は中空を指差した。
一護たちの背後を追うように、ふわふわと異形の蝶が飛ぶ。
「穿界門の向こうは、もはや戦場だ。一護、恋次、覚悟はいいか!」
「おう!」
「当然だぜ!」
一護と恋次が即座に返すのを見て、ルキアは頷いた。
そして、手にした斬魂刀を向け、一言、唱える。
「開錠!」
その時、刀の近くを待っていた地獄蝶の半身が、朧な光に包まれたように見えた。
そう思ったときには既に、穿界門の姿が中空にぼぅ、と浮かび上がって見えた。
「行ってしまいおった。慌しいのぅ」
夜一が、3人を飲み込んで、ふっと掻き消えた穿界門の方を見やって呟いた。
「ぼやぼやしてる場合じゃない!俺たちも・・・!」
そういいかけて、浮竹が言葉を途切らせた。
腕から背中にかけて、一瞬で鳥肌が立つ。
それほどまでの霊圧が、瞬間的に高まったからだ。
「・・・さすが黒星元隊長。格が違うのぅ」
―― まずいな。これじゃ・・・
浮竹と京楽は顔を見合わせる。
何百年も時を経れば、いくら二人でも、多少は力が衰えるのではと思っていた。
衰えた二人なら、いざとなれば自分たちでも押さえ込めると。
しかし、まるで限界が無いかのように・・・むしろ、その力はあがっているではないか。
「儂は・・・行くぞ」
その時、二人に背を向け立ち上がったのは、夜一だった。
「し!しかし、いくらお前でも・・・」
「行かねばならんのじゃ」
振り返った夜一は、見慣れない表情をしていた。
それは、孤独、とか。寂しさ、とか。おおよそ彼女には無縁な感情をあらわしていた。
「儂しかできぬことがある」
場所は、一番隊隊舎前。
「毎日毎日、こう雨が降り続けると、体にもカビが生えそうだな」
死覇装の上にたすきをかけ、斬魂刀を腰に差した門番が、くぁ、と欠伸をした。
「オイオイ、気を抜くなよ。最近はただでさえ治安が悪いんだから・・・」
隣に立っていた別の門番が、欠伸をした男の肩を小突いた。
旅禍の侵入。藍染の裏切り。そして、思念珠と王印による精霊廷への侵攻。
とくに、王印を携えた草冠宗次郎が精霊廷を襲撃した際は、精霊廷も直接かなりの打撃を受けた。
そしてこれが全て、過去数ヶ月の間に起こったことなのだ。
過去数百年と、安寧の時代を送ってきた精霊廷には、近年例を見ない状況だった。
「あぁ。分かってるさ・・・ン?」
姿勢を正した男が、前を見やった。
ふぅわりと、鼻腔に香水のような甘やかな香りが漂ったように感じたからだ。
風に流されるように霧雨降りしきる中、蒼い影が、ぼんやりと浮かび上がった。
艶のある黒髪が、風にさらりとたなびく。
黒い飾りのついた簪が、しゃらりと涼やかな音を立てる。
透け模様の入った黒い唐傘を、無造作に片手で差している。
「誰だ!」
その問いに、にんまりと女の口角がつりあがった。
その女が、だらりと手に提げた、白々と輝く刃に、門番たちはハッと身構えた。
大胆な芍薬の模様が入った、蒼い着物を粋にまとった女。
女が歩むごとに、割れた裾から紅い襦袢がのぞくのが、なまめかしかった。
「懐かしいねぇ、一番隊舎なんて」
その唇から言葉が紡がれた時。
「貴様!孤虹か!!」
鷹の一鳴を思わせる鋭い声が、雨の空気を切り裂いた。
女がゆるり、と首をめぐらせて、声のほうを見やる。
スタッ、と一番隊門の上に姿を現したのは、二番隊隊長・砕蜂だった。
「ただいまァ♪」
からかうように発せられた孤虹の言葉に、砕蜂は眦を決してにらみつけた。
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