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47話:天使
 立食会は、既にその言葉の意味を成していなかった。
 小さないざこざは、いつの間にか会場全体が見守る大事件となっており、誰もが固唾を飲んで行く末を凝視していた。

「……あれ?」
 そんな中、閃光と共に現れた少女は、どこか間の抜けた声を上げて、きょろきょろと周囲を見渡した。
「え? え?」
 年の頃にすれば、十七ほど。髪は高木と同様に黒いが、やや亜麻がかった色をしており、ふわふわと柔らかそうである。小さく整った顔は愛らしく、ぱっちりとした目元と柔和な笑みは、十人いれば十人が。百人いれば百人が振り返って眺めてしまうほどに美しい。
 事態をよく飲み込めていなかった一人の男は、後にこう発言した。
「まるで、天使が現れたようだった」

「……ひとみ」
 高木は呆然とした様子で、目の前の少女の名前を呼んだ。
 天橋ひとみ。それが彼女の名前である。
「え……聖人?」
 ふわ、と長い髪が広げながら、ひとみは高木の言葉に振り向いた。
 そして、次の瞬間。
「聖人っ!!」
 何かに弾かれたように、ひとみは高木に飛びついた。
「もう、何処行ってたのっ!?」
 高木の胸に顔をうずめて、きゅっと腰に手を回して。ぽろぽろと涙を流しながら。
「す、すまん。諸々の事情により……」
「探したんだよ。御両親も心配したし、仁科君や、巴ちゃんだって。二ヶ月も、どこ行ってたのよ。警察だって動いたし、行方不明で、ニュースにまでなって」
 ひとみは泣きながら、咎めるように高木の胸をぽかぽかと叩いた。
 高木はされるがままだったが、やがて、ようやく少しだけ落ち着きを取り戻したのか、ひとみの肩に手を回して、そのまま抱きしめた。
「ああ……全部、謝る。そして、もっと謝る必要があることを、しでかしてしまったが……とりあえず今だけは」
 普段、他人に弱みも情けない姿も見せない男。それがフィアが高木に対して思っていたことだ。
 飄々としていて、不遜な態度で。まるでこの世の全てを知っているかのような雰囲気すら出していた筈の男が、突如として現れた少女以外、何もかも見えなくなっているようだった。
「ね、ねえ……マサト?」
 会場全体が絶句する中、召還魔法の専門家であるフィアだけが、この事態に一番早く反応することができた。
 しかし、投げかけた言葉に、高木は言葉を返さない。
「マサトったら!!」
 よくわからない苛立ちが、フィアを叫ばせていた。会場全体が、フィアの言葉ではっと我に返る。
 周囲が不意にざわめき、高木はひとみの肩から手をはずす。クーガは見開いていた眼を元に戻し、遠くから様子を眺めていたオルゴーとルクタが駆け寄ってきた。
 そして、ひとみは改めて周囲を見渡して、再び「あれ?」と短い疑問文を口にする。
「私、どうしてこんなところにいるの?」
 その言葉に、返ってくる言葉はなかった。

「……マサト君。君が異世界の人間であることは、このクーガ・エクスが認めよう」
 会場を取り纏めたのは、主催者であるクーガだった。
「君の約束通り、友人の話を聞こう。しかし……どうやら君は、随分と大切な人間を召還してしまったようだ。今は、それどころではないだろうから、また後日に」
 クーガはそう言うと、パンパンと手を打ち、立食会の終了を宣言した。
 周囲がざわめく中、ひとみは意味がわからずに高木に寄り添う。高木もまた、全く想定していなかった話の流れに、頭が動かないでいた。
「マサト君。それに、女豹の友人達。客室を用意する。細やかな話は後で良いだろう」
 クーガはそれだけ言うと、他の客人達を送り出しに行った。

 エリシアは、少し離れた場所から事件の推移を見守っていた。
 高木が異世界から来た人間であること。そして、急に現れたヒトミという女性。
 起こったことを理解することすらままならず、ただぼんやりと見ていることしかできなかった。
「……異国の学生ってだけじゃねえと思ってたがよ。まさか異世界たぁな」
 不意に、エリシアの隣にヴィスリーが並ぶ。その隣には、ナンナもいた。
「ヴィスリー?」
「途中から見てた。元々、兄貴は変なヤツだったけど……逆に異世界人って言われりゃ、納得できるぐらいじゃねえか」
 フィアが召還魔法を扱うことすら、魔法に興味のないヴィスリーには知らないことだった。しかし、高木の知識や、ライターなど、異世界からの来訪者となれば辻褄の合うことばかりなのである。そして、目の前に起こったことを考えれば、それを否定することなど、どうやってもできない。
「……私、よくわからない」
 エリシアは高木を見つめて、それだけを呟いた。
 高木に対する信頼や、今までにたくさん貰ってきた気持ちが変わることなどない。しかし、あまりにも突然すぎる出来事が連続して起こりすぎて、何もわからなくなってしまったのだ。
「まあ俺も正直、ちょっと混乱してるけどな。たぶん、兄貴が一番困ってるぜ、ありゃ」
「それは……わかる」
「んじゃ、俺らがするこたぁ、一つだけだろ。ほら、行くぞ」
 ヴィスリーはエリシアの手を引いて、高木の元に歩み寄っていく。
「我はここで待っておる。これ以上、事態をややこしくしたくないでの」
 ナンナの優しい言葉が、ヴィスリーには嬉しかった。

「……タカギが、異世界人?」
 ルクタは、隣に並ぶオルゴーに問いかけるように呟いた。
 言われてみれば、確かに納得できる。しかし、それをあっさりと理解できるほど、ルクタは楽観的な人間ではなかった。
「オルゴー。そうなの?」
「私も初めて聞きました。しかし、タカギさんは嘘をついていません。珍しいことに」
 オルゴーでも、この状況を素直に飲み込むことは難しかった。
 エリシアやヴィスリー同様、今更高木への認識を改めることなど無い。珍しい異国人だというのが、異世界人へ格上げになったぐらいである。
 しかし、何故だろうか。胸に渦巻く感情を、ルクタは捉えることができなかった。
「一体、何なのよ。私、こんなことになるなんて思わなかった……ただ、クーガに会うために」
「ええ。ルクタの責任ではありません。それに、今はタカギさんが心配です」
 オルゴーはゆっくりと、高木に向かう。ルクタはオルゴーの腕を手に取り、その後についていくことしかできなかった。

 レイラは一人だけ、この状況を冷静に把握していた。
 高木が異世界人だということに、レイラは一つも驚かなかった。なぜならば、既に気づいていたからだ。
 フィアのように召還魔法を使うことはできないが、レイラも優秀な魔法使いである。召還魔法の存在は知っていたし、フィアと高木がそれについて話していることも、会話の端々から把握していた。
 そんなことで、高木への想いが変わることなど無かった。打ち明けてくれないことを悲しくは思っていたが、いずれはっきりと言ってくれると思っていた。だから、高木がこのような場所でそれを打ち明けたのも、たとえクーガへの策であっても、自分たちを信頼しているからだと理解できた。
 ただ、冷静に状況を把握している。だからこそ気付いてしまった自分を、少しだけ悲しく思うのだった。
「……恋人、いたんだ」


 レイラの呟きに、フィアはようやく状況を完璧に把握することができた。
 高木はおそらく、自分の世界に『対象を召還するモノ』を作り出した。元々、自然界に存在しない概念を作り出すことに関しては、高木の概念魔法ほど相性の良いものは無い上に、フィアが当てずっぽうのように想像していた異世界ではなく、元々居た世界を想像したのだ。あっさりと人間を召還できてしまうのも頷けたし、その対象が「最も大切な人」になってしまうことも理解できた。自分があれだけ失敗した召還をあっさり行ってしまうことに、嫉妬こそしたが、元々の土台が違うので仕方がない。
 ただ、目の前で抱き合う二人を眺めていると、何故か苛々としてしまうのだ。
「とにかくっ。全員集合っ!!」
 それだけを言うのが、精一杯だった。


 高木の前に、エリシアとヴィスリー。ルクタとオルゴー。そして、フィアとレイラが揃った。
 フィアが半ば勢いで招集をかけたものの、そのフィア自身、何を言えばいいのかわからない。何ともいえない気まずさはあったが、唯一、フィア達とひとみ、両方と知り合いであるのは高木一人だった。この状況で自分が動かねば話が進まないことぐらいは、今の高木にも判別がついた。
「僕が異世界人だと黙っていたことを、まずみんなに詫びたい。言う機会を窺っていたんだが、おあつらえ向けな場所が無くてな。時期としては悪くなかったが、場所とその後の展開が不味かった」
 高木の言葉に、ヴィスリーとオルゴーが頷いた。とりあえずは、それで良しとしようと決めて、高木は言葉を続ける。
「フィアが召還魔法で僕を喚び出したのは偶然だ。エリシアと僕が出会った日。ちょうど、僕もこの世界にやってきた」
 フィアは少しばつが悪そうに頷く。エリシアも静かに頷いた。
「それで、だが。彼女は僕の世界の人間で……まあ、概ね想像はついていると思うが、僕の、恋人だ」
 高木はちらりとひとみを見る。ひとみはまだ状況が把握できていないのか、じっと高木を見つめている。
「……ひとみ。とりあえず状況を説明すると、ここは日本ではなく、異世界だ」
「異世界?」
 高木の言葉を反芻して、ひとみはきょろきょろと周囲を見渡した。
「異世界って、ファンタジーとかの、あの異世界?」
「ああ。有り体に言えばそうなる」
 俄には信じられないことだろうと、高木は内心でため息をついた。
 しかし、高木の胸の内に反して、ひとみは一つ頷くと、「わかった」と言った。
「……わかったのか?」
「うん。大体だけど……私、聖人が消えるところを見てたんだよ?」
 高木は、その言葉でようやく自分が召還された瞬間を思い出した。
 確かに、高木はひとみの目の前で消えたのだ。その後に元の世界で何があったかは知らないが、一番途方に暮れたのは間違いなくひとみだっただろう。隣を歩いていた男が突然、何もない空間を指さして「黄色いマリモ」と言い出して、次の瞬間に消えたのだ。
「警察にもうまく説明ができなくて、神隠しって本当にあるのかなって思ってた。けど、いきなり消えて無くなっちゃうよりも、別の世界に飛んでたほうが、少なくとも理解はできるよ」
 まだ完全に納得はしていないのだろう。それでも、ひとみは動じることもなく、冷静に言葉を紡いでいた。
 そんなところが、高木に似ているとフィアは思う。高木もまた、突然日常から切り離されたというのに、おそろしく冷静にフィアを手玉に取り、シーガイアに馴染んでいったのだ。高木の恋人ならば、それぐらいできてもおかしくないと思ってしまうのだ。
「けど、私が喚ばれたのはどうして?」
 だが、次のひとみの言葉で高木がピタリと固まった。
 説明するのは、そこまで難しいことではない。順を追って話せばいいことだ。
 しかし、ひとみが召還された理由というのは、高木が元の世界を思い浮かべたときに、一番印象に強い存在だったからである。別にそれ自体は悪いことではないのだが、適当な電化製品を召還するつもりだった高木は、まさか手違いで恋人を喚んでしまったとは言い出しにくい。
「……えぇと、だな。これには、それなりの理由があるのだが」
 高木はどう説明すべきか迷った。本当のことを言えばいいのだが、一つだけ問題がある。
 ひとみは、怒ると怖いのだ。高木が心底怯えるほどに。
 高木が懸命に言葉を探している。その様子をフィア達は呆然と見ていた。こんな高木を今まで見たことなど無かったのだ。
 しかし、ひとみの次の言葉はもっと衝撃的だった。
「聖人は本当に嘘がつけないねー」
 それだけは絶対に無いと全員が思った。高木が嘘をつけないなら、世界中の人間の全員が正直者だ。
 流石に冗談だろうと、フィア達が思ってしまうのも無理はない。だが、高木は「うん」と頷いたきり、何も言わなかった。
「……兄貴の恋人って、すげえ」
 ヴィスリーの言葉に、シーガイアの人間全員が心の底から納得した。
 高木が否定しなかったのもさることながら、返事も「ああ」や「うむ」ではなく、なんとも素直な「うん」という言葉である。今まで高木に対して持っていたイメージが音を立てて崩れていく瞬間だった。
 そして、最後にとびっきりの言葉が、ひとみの口から飛び出してきた。
「ところで、聖人を呼び出したフィアさんって、誰のことかな?」
 後に、フィアは語る。
 人間の一番恐ろしい表情は、笑顔だと。
一つ、御報告をば。
先日、めでたく「黒衣のサムライ」の通算PVが百万を超えました。これも皆様のおかげです。
今後とも、よろしくお願いします。

作品の補足というか、敢えて作中に書かなかったことですが。
46話にて名前の出てきた高木の友人達は、拙作「御主人様は中学生」や「かわいいひと」のキャラクターです。
主人公ではない、脇役としての高木も登場していたりしますので、まあ、機会があれば読んでくだされば幸いです。


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