表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

異世界で最強!

作者: 枝鳥

 暗く深い森を越えて険しき山を越えたその地で、男はドラゴンと相対していた。

 男が手を振るう度に、ドラゴンは悶える。



 男がドラゴンと対峙する三年前に時は遡る。


 男が一日の勤務を終えて、勤め先を出た瞬間にそれは起こった。

 鉄筋コンクリートのビルの一室。足元にカバンを置き、施錠をして帰宅しようとした瞬間に男の足元が光ったかと思うと、そこはうす暗い部屋だった。

 視界が蛍光灯で明るく照らされた廊下から、ひんやりとした暗闇に変化した。明るさが急に違ったため、男が慣れない暗さに驚きキョロキョロしていると暗闇の中から声がした。


「おまえは誰だ、何を職業としている」


 しわがれた低い男の声だった。


「は?あ、あれ?」


 男が混乱していると、再度同じ声がした。

 暗闇を透かして、黒っぽい大きな布を頭から被った老人が杖を手にしてこちらをじっと窺っていた。


「速やかに答えよ。おまえは誰だ、何を職業としているのだ?」

「お、俺は山野悟で鍼灸師だ。ここはどこだ!?何が起きた!?」

「しんきゅうし?しんきゅうしとは何だ?」

「は、鍼をうってお灸をすえる仕事だ。それよりここはどこなんだ!?」

「おまえは戦えるのか?」

「た、戦えませんよ。治療するのが俺の仕事です」

「ちっ、せっかく媒体を集めて召喚をしたのにハズレとは。

 この世を支配するための人類最強となる手駒を手に入れるはずが、またもや失敗とは嘆かわしい。この世界を手中に治めるためと貴重な触媒も資金も費やした結果がこれか。

 これで万策尽き果てた。所詮、あやふやな召喚など無駄だったのだ。

 ──……まだいたのか、忌々しい。消えろ」


 しわがれた声はそう言って、手にしていた杖を振った。

 山野はひどい立ち眩みに襲われた。

 最後に山野の目に映ったのは、まるでゴミでも見るかのような男の無機質な瞳だった。

 ひどくどろりと濁った瞳だった。

 


 一瞬かすんだ意識をはっきりさせようと頭を振ると、そこは森の中だった。

 鬱蒼とした静かな森。

 あまりにも樹木が生い茂り、日も差さない薄暗い森の中に山野はいた。

 ひんやりとした風が山野の頬を撫でる。

 湿度を含んだ風は、濃い緑の匂いがするようだった。


「は?」


 山野は混乱していた。

 ついさっきまで、勤め先である鍼灸院にいたはずが、暗い部屋になり、今度は森の中。

 夢かと頬をつねってみたが、一向に醒める気配はない。

 辺りを見回した時に、轟音が鳴り響いた。


 グガアアアアアア


「な、なんだ!?」 


 ビリビリと肌が震える。

 突然、薄暗い森が急に辺り一面影にのまれた。


「上か!」


 頭上に、何か巨大なモノがいた。

 と、その巨大なモノと眼があった気がした。


 瞬間。

 巨大な何かは消えた。


「え?な、何だったんだ……」

「お前は何者だ」


 頭上を見上げたままポカンとしていると、本日二度目の誰何の声がした。

 今度は低い渋い声である。


「や、山野 悟です」


 声のする方を向くと、筋肉隆々とした強面でスキンヘッドの蛮族のような男がいた。

 上半身は裸で腰周りに布を巻いている。

 男が山野をジロジロと眺めまわす。


「ここは人は立ち入らぬ森、何用だ!」

「え、えっと、俺もよくわからりません!」


 噛んだ。

 スキンヘッドは気にした風もなく、フンッと鼻を鳴らすと再び話しかけてきた。


「お前、どこから来た?」

「み、港区ですけど、ここ、港区じゃない、です、よね?」

「ミナトク?

 フンッ。やはり長に確かめてもらうしかないな。

 ヤァマノとか言ったな。

 じっとしてろよ」



 スキンヘッドの姿が消えたと思うと、そこには巨大な何かがいた。


「うわああああああああぁぁ」


 巨大な何かはパクリと軽く山野の体を口に挟むと、大空へ飛び立った。


 ──喰われるっ!

 ──俺が一体何をしたんだ!?

 ──ああ、まさかこんなところで死ぬなんて……。

 衝撃で山野の意識は暗い淵に落ちて行った。



 気絶した山野が目覚めた時に、眼前いっぱいにスキンヘッドの顔があった。

 木でできた室内。

 窓のそばにあるベッドに寝かされていることに山野は気がついた。

 

「長ぁ、起きたぞ」


 続いて、これまた厳つい年配の男が山野の顔を覗き込んだ。

 これまた禿頭に白いヒゲが生えているが、その体は老人とは思えないほどに鍛えられている。ゆったりとした茶色の布のズボンに、同じ色の作業衣のような上着だ。ゆったりとしているため、老人とは思えないほど鍛えてある筋肉が見える。


「ん、ちゃんと生きとったようだな。

 ヤァマノとかいうそうだな。

 おぬし、今日の朝からの出来事を包み隠さず言ってみよ」


 混乱しつつも山野が今日一日の出来事を話し終えると、老人はしばらく目を閉じた後で話し出した。


「おぬしから漂う魔力の残滓からも、おそらくこれが真実じゃろう」


 山野はどうやら異世界に何らかの条件で紐付けされて召喚された。

 しかし召喚した者の期待するものではなかったので、ポイ捨てという名の転移をされた結果、森に現れた。

 スキンヘッドは魔力の気配で様子を見にきて拾ってくれた。

 前にも同じことがあったが、その時はスキンヘッドが発見するのが遅く餓死したのか遺体になっていたが、その遺体の着ていた服が山野と似ていた。

 だから確認のためにスキンヘッドは長のところに山野を連れてきた。

 スキンヘッドと老人はドラゴン。


「はあっ?」


 ひょいと窓から森で見た巨大な何かと同じものが山野を覗き込んだ。

 ドラゴン。

 黒い爬虫類のような頭部に赤い縦長の瞳孔がギョロリと山野の姿を映す。

 ファンタジーだ。

 再び山野は気絶した。



 二度目に目覚めた山野は、ようやく現実を受け入れた。

 老人は、意外に親身に山野のことを心配してくれた。どうも、自分をこの世界に召喚したであろう人間よりも人ができている──この場合はドラゴンができている、というのだろうか。

 老人は白いあごひげを右手でしごきながら思案した。 


「しかし、人間一人くらい養ってやるのは構わんが、おぬしは何が出来る?」

「はぁ、鍼灸師なので鍼を打ったりお灸をしたりですねぇ」

「なんじゃ、そりゃ。

 なんで針など刺すのが仕事になる?」

「えっと、私のいたところでは古来から人体のツボと言われる箇所を刺激することで、筋肉を弛緩させたり神経に刺激を与えて体をリラックスさせます」

「……危険はないのか?」

「えぇ、怪我をさせるのが目的ではありません」

「うーむ……ちとわしにやってみろ。

 危険がないかどうかわしが判断して、良いものならそれを仕事にすればよかろ」

「でも……」

「なあに、わしならちっとやそっとの事じゃなんともならん。構わん、年老いたとは言え、このドラゴンの里を治める長老じゃ。おぬしのような人間ごときにおいそれと傷つけられるものじゃなかろう」

「い、いえ。そうではなくて……。

 あのぉ、ドラゴンって人化した時は、人間と同じ構造なんでしょうか?

 俺は人間しか鍼を打ったことないんで……」


 ドラゴンもさすがにそれは知らなかった。


 山野の触診で、おそらく人化した際は同じ構造だと判断した。

 どういう仕組みであの大きなドラゴンが、人間サイズになっているのかは全く持ってわからないが。

 多少違うかもしれないが、その場合はその都度確かめていけばいいだろう。

 なにしろドラゴンだ。

 そう困った事態にはなるまいという老人の判断もあった。



 しかし、次の問題があった。


「あのぉ、髪より細い張りのある指くらいの長さで清潔な針ってありますか?」

「うむむむむ」


 山野は何一つ持たずにここに来た。当然、商売道具の鍼があるわけがない。

 老人は腕組みをしてしばらく考え込んだ。


「ちと待っとれ」


 そう言って長が外に出て、すぐに戻ってきた。

 細い張りのある1メートルほどもある毛のような物を手にしていた。


「ああ、コレならいけそうです。

 ちょっと長いけど切れば使えそうです」

「清潔なら魔法を付与すれば問題ないじゃろう。

 これはドラゴンの幼生の産毛じゃ」


 誇らしげな表情をした長が言った。

 厳つい老人のドヤ顔である。

 可愛くはない。


 山野はそっと目をそらした。



 どうやらドラゴンは爬虫類とは根本的に違うようだ。

 生まれてしばらくはフサフサの毛が生えているらしい。

 成長と共に自然に抜け落ちるので特に大切にしているものでもないらしいが、その辺に放って置くわけにもいかず貯めてあったらしい。



 兎にも角にも、準備は整った。


 山野はベッドに仰向けになった老人を触診していく。


「ここはどうですか?」

「いだだだだだだ」


 厳つい顔した老人が悶える。


「おぬし、何をしたんじゃ?」


 涙目で剣呑な顔をして山野を問い詰める。


「うんうん、ここが痛い人は少し胃腸が荒れてるんですよ。

 じゃあここは?」

「あばばばばばは」



 触診が終わった時点で、長は息を荒くしていた。

 筋肉質の老人がハアハアと顔を赤らめ、息を荒くしても可愛くはない。


「ハアハア、こ、これで終わりか?」

「え?」

「え?」


「今から本番ですよ」

「いやじゃああああああ」

 

 老人がプルプルと震える。

 筋肉質の老人が震えても可愛くはない。



「大丈夫ですよ。

 じゃ、胃腸のツボからいきますよ」


 トントン


「……ん、なんじゃ?痛くないぞ?」

「はい、鍼は思ってるよりも痛いものじゃないんですよ。

 じゃ、あと少しだけ深く入れますね」


 トン


「うああああ、なんか、ビクって、ビクってなったあああ」

「ああ、効いてますね。

 じゃあこのまま少し置きますね。

 次はここ、と」


 筋肉質の老人がビクビクとする──やはり可愛くはない。


「はーい、じゃあ、今日はここまで。

 お疲れ様でした」


 仰向けの後にうつ伏せにされて鍼を打たれ、その後にマッサージまでされた長は、放心状態である。


「こ、これは本当に効くのか……?」

「どうでしょうねえ、鍼は相性もありますからねえ。

 三割くらいは良く効きます。

 三割くらいは効いてるような気がします。

 三割くらいは効いてないような気がします。

 あくまで俺の感覚ですが。

 焦らずが一番です。

 では次は一週間後ですね」


 放心状態の筋肉質の老人が遠い目をした。



 翌日。

「なんかあんまり変わらん気がするのう」



 三日後。

「少しいい感じな気がしないでもないのう」



 一週間後。

「効いたような、効かないような。

 じゃが、おぬしが仕事として成り立つかどうかじゃからなあ」

「はい、お疲れ様でした。

 ではまた一週間後ですね」



 一ヶ月後。

「最近、寝つきが良くなった。

 胃の調子も悪くない」



 三ヶ月後。

「ちょっと嫁が気鬱でなぁ」

「気鬱に効くツボもありますよ」



 半年後、山野は鍼灸院を開いていた。

 ドラゴン達で予約は埋め尽くされている。


 一年後、モグサに似た植物も発見できたのでお灸も始めた。


 三年後、今日も鍼灸院は大盛況である。

 お灸もなかなかに人気である。



 しかし、山野もドラゴンも気付いていない。

 ドラゴンに鍼を打つことの意味を。

 ドラゴンにお灸をすえることの意味を。


 この世界では、自分より強いものに攻撃を通すことで強くなることができる。

 そのため、人々は戦い争い合う。

 より強くなることを人々は切望する。

 もしくは……より強いものを従えることを切望する。

 最も強い者を隷属させることができれば、その者が王となることすら不可能ではない。

 

 三年間、多くのドラゴンに鍼を打ち、お灸を据え続けた山野は本人も知らないうちに最強になっていた。

 人とドラゴンでは強さの秤が違う。

 ただの人は、ドラゴンに毛ほどの傷も負わすことはできないだろう。


 ドラゴンの幼生の産毛だからこそ、鍼を打つことができたことすら山野は知らない。



 かつて山野を召喚した男は、最も強くなれる可能性を持つ強き者を召喚し、そして隷属して王になろうとした。

 彼の召喚は決して失敗してはいなかったのだ。


※ドラゴンは特に鍼灸が効果がある種族の可能性がございます。鍼灸のご利用はあまり本作を鵜呑みにしないようお願い申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ドラゴンが面倒見よくて和みます 長が好奇心旺盛なのか義務感なのか悩みます 続編希望しとります [気になる点] 召喚したの誰なんですか [一言] エンデ自身をこれじゃないとブチ切れさせたフ…
[一言] ネバーエンディングストーリーは……原作はすばらしいのに映画は残念な出来でしたね。 竜の毛、のイメージが一致しました。ありがとうございます。
[良い点] 久しぶりに面白い小説を読ませてもらいました。 [一言] 本人もドラゴンも攻撃とは思ってないだろうから、その辺りの設定はどうなのだろうか?ダメージ?というより治療している様な気もするんだけど…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ